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記憶の箱  作者: yamico
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いちょう並木

北海道の短い夏が終わった。

暑いのは嫌いだと言っていたが冬が来るかと思うと憂鬱になる。

自転車には乗れないし、吹雪くと交通機関にも支障が出る。

徒歩圏内に大学があるのでバス通学の人に比べたら楽なものだが、雪がすごいと歩道はなくなり命の危険さえ感じる。


私は教授の手伝いをしながらぼんやりとそんなことを考えていた。

教授は欲しいデータが出てご満悦だった。

私はこのバイトのおかげで実験器具に詳しくなり、扱いも褒められるようになった。


小児科のことは気になったがあれから見に行くようなことはしていない。

中途半端に関わらないほうがいいと思ったからだ。

それでもときどき大学内の敷地を歩いていると矢口さんに会う。

「色野さんが辞めてから少し雰囲気が変わった気がするんだよね。」

「気のせいですよ。週に2回しか行ってなかったし。」

矢口さんは前より疲れた顔をしている気がした。

研修医ってすごく大変なんだろうな。


私は学食にカレーを食べに行く矢口さんと別れて敷地内を歩いていた。

観光名所のいちょう並木は少しずつ黄色になり始めていた。


目の前を5歳くらいの男の子が走っていった。

後ろからお母さんが追いかけている。

元気に走り回れるということがどんなに幸せなことかみんな気がつかずに生活している。

その男の子を目で追っていたら、さらに向こうから帽子を深くかぶった怪しげな男がこちらに向かって歩いてきていた。


男は小走りでやってくる。

手にはキラリと光る何かを持っていた。

私は立ち上がった。

何か良くないことが起こる。


私は無意識に男の方へと走っていた。

男は手に持った光るものを振り回しながらこちらに走ってきた。

すぐそばにはさっきの男の子がいる。


男は人とすれ違うたびに切りかかっていた。

辺り一面から悲鳴が聞こえる。

男の子は悲鳴を上げている方を向いていて男に気がついていないようだった。

私は思い切り走って男の子に向かって飛んだ。

文字通り空を飛んだのだと思う。


悲鳴はさらに大きく響きわたっていた。

私は男の子を抱きしめていた。

「お姉さんだれ?」

男の子は不思議そうに私を見ていた。


背中に熱いものを感じた。

私は後ろを振り返った。

血だらけのナイフのようなものを持った男がそこにいた。

私は(ナイフを離せ)と男を睨みつけた。

男はナイフを落とした。

(倒れろ)と念じると男はその場に倒れた。

まわりにいた男の人たちがその男を押さえ込みに来た。


私は男の子の方に向き返り、

「大丈夫?怪我はない?」

と聞いた。

男の子は「僕は大丈夫だけど、お姉さん血が出てるよ。」と言った。

男の子の母親が駆けつけてきた。

まわりを見ると確かに私の足元は血だらけだった。

救急車の音が聞こえる。


ふわふわした。

何かに解放されるような感覚がした。

目の前が急に真っ暗になった。


────


目を開けると私は見覚えのある部屋にいた。

「シア?シアなの?!」

目の前に小さな妖精が飛んでいる。

「あれ?チュン?ここはどこ?」

「シア!ボクもいるよ!」

小さな白い熊が飛んでいた。

「ルアンも?私、大学の敷地内でぼーっとしてたんだけど。」


そこは悪魔の屋敷の私の部屋だった。

「ムイを呼んでくるわ!」

チュンはすごいスピードで飛んでいった。

「シア、ハピリナから出られないって聞いてたんだけど。それにこっちにいたときの記憶がないんじゃなかった?」

確かにそうだ。

あの村のゲートで城下町に行くことはできなかった。

それにここでの記憶もなかった。


「なんだか記憶が戻ったみたい。全部なのかはわからないけど。」

ドタドタと廊下を走ってくる音が聞こえた。

「シアさん!急にどうしたんですか?」

ムイが驚いた顔でやってきた。

「シア!屋敷に来れるようになったんだね!」

アリがいつものように飛びついてきた。

「それに前いたときと同じ姿だね。」

そう言われて私は鏡を見た。

そこには美しい姿で黒いワンピースを着た私がいた。


「どうなってるんだろ?」

「とりあえずご主人様のところへ行きましょうか。」

私たちは悪魔の執務室に向かった。


────


「おやおや、呼んでもいないのにここに来たというのかい?」

悪魔はいつものニヤニヤでそう言った。

「私も何がなんだかわからなくて。」

「どれどれ、向こうのお前の姿が映るかな。」

悪魔は机に向かって何か呪文を唱えた。


机はモニターのようになって映像が映し出された。

そこは病院の緊急治療室のようなところだった。

床には血だらけのガーゼがたくさん落ちている。

『輸血追加して!どこから出血してるんだ!』

医師や看護師たちが緊迫した状況の中、懸命に治療にあたっていた。

『あと2人きます!』

『手が足りない!外科から応援に来てもらって!』

『止血できた。すぐにオペ室に向かうぞ。』


「シアよ。お前、また死にそうになってるじゃないか。」

悪魔は険しい顔になって私を見た。

「これって私?」

手術室に運ばれた私は青白い顔をしていた。

すぐに手術着の人たちが現れて私はメスを入れられた。


「そういえばナイフを振り回している男がいたの。男の子の方へ向かったからその男の子を助けようとして。あの子、無事だったかな。」

私はぼんやりといちょう並木で起こった事を思い出していた。

「そいつに刺されたんだな。人を助けて刺されるだなんてお前らしいというかなんというか。」

悪魔がそう言うとニヤが後ろでクスッと笑った。


「とりあえず向こうのシアさんは生きてるようですね。」

ムイが映像に釘付けになりながらそう言った。

「治癒魔法も使えない世界とは。不便なものだな。」

悪魔はそう言って立ち上がった。

「まぁよい。せっかく来たんだ。今日は宴としよう。」

「やったー!ごちそうだ!」

アリが喜んでいた。

「気になるようならこのまま見ているがいい。私は用事があるので少し出てくる。ムイ、あとは頼んだぞ。」

「はい。いってらっしゃいませ。」

悪魔とニヤはその場でどこかに消えていった。


私とムイは机に映し出される映像を見守った。

その間にククルがやってきて私を抱きしめた。

「ごちそうを作るわね!」

そう言って嬉しそうに調理場に戻っていった。


手術は3時間くらいかかった。

悪魔は帰ってきて、「まだ見てたのか。」と言った。

画面の中の私は集中治療室に移動していた。

刑事と思われる人が何人か来ていて治療が終わった人に事情聴取をしているようだった。

『犯人がナイフを振り回して道行く人に切りかかっていた。あの女の人は子供をかばって刺された。そしてあの女の人に睨まれて犯人はナイフを落として…急に倒れた。』

『何か会話をしていましたか?』

『犯人とは何も。男の子に怪我がないかは聞いていました。』

『なるほど、ご協力ありがとうございました。』

刑事は看護師さんに私の容態を聞いていた。

『かなりの重症で…目覚めてくれるといいのですが。所持品にあった学生証で名前はわかりましたので大学に問い合わせてご家族には連絡しました。』


私はまた死にかけている。

また家族を心配させてしまう。

なんでこんなことに。

「もういいだろう。」

悪魔はそう言って映像を消した。

机は普通の机に戻った。

私は言葉も出なかった。

ムイは心配そうにこちらを見ていたが何も言わなかった。

ククルがやってきて私たちは大広間に移動した。


ククルは嬉しそうにごちそうを並べていた。

「とりあえず再会を喜ぼうじゃないか。」

悪魔はそう言ってグラスを持った。

「かんぱーい!」

アリと妖精たちは嬉しそうに食事をはじめた。

懐かしい光景だった。

私はその姿をぼんやり眺めた。


お腹がぐーっと鳴った。

こんな時でも私はお腹が空くんだ。

私は料理を皿に取って一口食べた。

とても優しい味で体中にしみわたる感じがした。

「おいしい。」

私は泣きながら食べた。

ベッドに横になっていた自分の姿が目に焼きついている。

あのままあそこにいる私が死んだらここにいる私はどうなってしまうんだろうか。


────


楽しい宴にはならなかった。

みんなは私に気を使っていろいろ聞くのをやめたようだった。

「今日はゆっくり休め」と悪魔に言われて私は部屋に戻った。

久しぶりに大きなお風呂に入った。

いつもならチュンも一緒に入っていたが今日は入ってこなかった。

静かなお風呂で私はまた泣いた。

家族があの姿の私を見て嘆くだろうと思うだけで悲しくなった。

(なんて親不孝な)


お風呂からあがり、学生会館のベッドの倍くらいあるふかふかのベッドに横になると私はすぐに目を閉じた。

沈んでいく感覚があった。

何か重たいものが上から覆い被さっているような感覚だ。

(苦しい…)

私は体を動かそうとしているが全く動かない。

目を開けようとしても開けることができない。


しばらくすると声が聞こえてきた。

『お姉ちゃん…なんで…』

『さち…』

家族の声だった。

過去なのか現実なのかわからない。

とにかく私はいつも家族を泣かせている。

(ごめんなさいごめんなさい)


私は目を開けようと頑張ったが無理だった。


────

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