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記憶の箱  作者: yamico
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研修医

世間はお盆休みだ。

私の通う大学は観光名所になっているようで夏休みもいちょう並木には人がたくさん歩いている。

観光客もこの暑さに「北国のくせに!暑いぞ!騙された!」と思っているに違いない。

部屋には扇風機しかない。

今年の夏には実家に帰らないことにした私は暇さえあれば図書館と小児病棟に入り浸っていた。

マキトくん家族は海外に旅行に行くといい、夏休みの間は家庭教師もお休みになった。


まわりが海だ山だとキャピキャピしている中、私はいろんな論文を読みあさっている。

いつの間にか苦手だった英語も得意になっていた。

教授からも一目置かれるようになり、学会の手伝いなども頼まれるようになった。

目まぐるしい毎日だったが充実していた。

やりたい事があるというのは幸せなことなんだ。


脳腫瘍で入院してきたヒナコちゃんは手術することが決まった。

グレード1の比較的軽い脳腫瘍だった。

それでも家族は心配そうにしていてお母さんは時間が許す限りヒナコちゃんのそばにいた。

ヒナコちゃんはとても明るくてよく喋る子だった。

「早く退院してプールに行きたい。」と言っている。

きっと本人も不安なはずなのに心配させまいと明るく振る舞っている感じがする。

優しくていい子なのだろう。


プレイルームで子供たちとお絵かきをしているとヒナコちゃんがやってきた。

「一緒に絵を描かない?」

私が誘うとヒナコちゃんは嬉しそうに隣に座った。


私は絵の特訓中だった。

医師とは絵もうまくないといけない。

空間把握能力を育てるためにも必要なことだと私は思っている。

「さっちゃん上手になってきたね。」

私の向かい側でクスクス笑いながら検査入院中のハルカちゃんがそう言った。

私はいつの間にかみんなから『さっちゃん』と呼ばれていた。

奥野さんが親しみやすいようにと呼び始めたのがきっかけだ。

「何に見える?」

私はみんなに絵を見せた。

「犬でしょ?」

「違うよライオンでしょ?」

「えー!うさぎじゃない??」

私は目の前にあるぬいぐるみを見て描いたつもりだ。

「正解は猫でした。」

みんなは「下手くそ!」と声を上げて笑った。


私の隣で黙々と絵を描いていたヒナコちゃんが私に出来上がった絵を見せてくれた。

「ヒナコちゃんすごく上手だね!」

「本当だ!さっちゃんの100倍上手だね!」

ヒナコちゃんは本当に絵が上手だった。

みんなに褒められて照れくさそうにしていた。

「お母さんに見せたい」というのでスケッチブックのそのページを破いて持たせてあげた。


ヒナコちゃんは面会時間に来たお母さんに嬉しそうに見せていた。

お母さんもびっくりした様子で「スケッチブックと色鉛筆を持ってくるわね!もっとたくさん描いて見せて。」と喜んでいた。


翌日、ヒナコちゃんのお母さんはスケッチブックと色鉛筆を持ってきた。

ヒナコちゃんは大きなスケッチブックをもらってとても喜んでいた。

お母さんが帰ってからも一生懸命に絵を描いていた。

「さっちゃん!ヒナコちゃんが泣いてる!」

同室の子が通りかかった私を呼んだ。

楽しそうにしていたのにヒナコちゃんは泣いていた。

「ヒナコちゃんどうしたの?どこか痛い?」

「目が…目がおかしいの…」

脳腫瘍のせいで視覚障害が出たのだろうか。

私はすぐに看護師さんを呼んだ。

医師もすぐに来てくれてヒナコちゃんの目を診てくれた。

「びっくりしたね。手術すれば治ると思うから、今は我慢してくれるかな。」

「治るの?それなら我慢する。」

ヒナコちゃんはゴシゴシと涙を拭いた。


脳腫瘍では視覚に障害がでることがある。

視野が狭くなってしまうのだ。

それによって転倒などの2次被害も起こりうる。

先生が手術すれば治ると言ったので私は力を使わなかった。

そのかわり(怪我などしませんように)と念じておいた。


検査入院していたハルカちゃんには(悪いところは何もなし 元気に退院できる)と念じた。

検査結果は良好で再発の疑いもなしと出た。

ハルカちゃんは退院のときに私に似顔絵をプレゼントしてくれた。

「大事にするね」と言うと嬉しそうにして手を振って病棟をあとにした。


「腫瘍があるようにみえたんだけどなぁ。きれいに消えてたんだよ。」

ハルカちゃんの主治医は研修医に2枚のレントゲンを見せていた。

「本当だ。ここに何かあるようにみえますね。」

「機械の調子が悪かったのかな。動いちゃったとかそんなのかもしれないし。」

医師たちは首を傾げていた。


私はどうやらハルカちゃんの腫瘍を消してしまった。

私が思いつきで力を使うとこういうことになりかねない。

医師の邪魔をしてしまうことに繋がる。

私はそそくさとその場を離れた。

まさか私のせいだなんて誰も思わないだろうけど居心地が悪かった。


────


お盆休みも終わり社会人たちはまた通常通りに戻った。

大学の学食に溢れていた観光客も少し減った気がする。

寮母さんがいない間、私にとって学食は命綱だった。

安くて早くてそれなりに美味しい。

素晴らしい文化だと思う。

私がちょっと奮発して牛トロフレーク丼を食べていると聞き慣れた声で「色野さん?」と声をかけられた。

振り向くと小児科にいる研修医の一人だった。


「研修医の矢口です。わかります?」

「あ、はい。どうもこんにちは。」

矢口さんは白衣を着ていなかったのでパッと見た感じわからなかった。

「一緒にいいですか?」

と聞かれ、私は「はい!」と答えた。

矢口さんは私の向かい側に座って大盛りのカレーを食べ始めた。

「ここのカレーときどき食べたくなるんだよね。」

そう言って笑う矢口さんは爽やかなイケメンだった。

この見た目で性格も良くて医者のたまごなんだからさぞかしモテるだろう。


ジロジロ見てしまっていたことに気がついて慌てて視線を丼に移した。

(変な子だと思われたかな)

「このあと時間ある?」

矢口さんは急に真剣な顔になってそう聞いてきた。

きっと小児科での話だろうと思い、私は頷いた。


食べ終わった私たちは外に出た。

今日は曇っていて比較的涼しく感じる。

矢口さんは空いているベンチをみつけて私と座った。

「急にごめんね。どうしても色野さんに聞きたいことがあって。」

私はこの前のハルカちゃんの件なんじゃないかとドキドキしていた。

「なんでしょうか。」

私は顔色を変えずに聞き返した。

「笑わないで聞いてほしいんだ。変なこと言うけど…色野さんて…何か特別な力があるよね?」

私はかたまってしまった。

なんでバレたんだろうか。

私の頭の中はパニック状態になった。

「ごめんね!急に変なこと言って。色野さんてなんていうか、癒やしというか…そういうパワーがあるんじゃないかってずっと思ってたんだ。」

「あの、私にはさっぱり。」

私はどう答えていいかわからずに曖昧なことを言った。

「苦しんでいる子がいても色野さんがいるときはすぐに笑顔になるんだ。手を握ったり頭を撫でてるだけなのに。」

「偶然じゃないですかね。」

「俺も最初はそう思ったんだけど気になって観察を続けたんだ。そしたら色野さんがいるときだけ急変する子がいなかったんだよ。」


それは確かに私のせいだ。

苦しそうにしたり様子がおかしいのをみつけるとすぐに私は力を使ってそれらを抑え込んでいた。


矢口さんはまっすぐに私を見ていた。

私は本当の事も言えずに困ってしまった。

それに気がついた矢口さんは慌ててこう言った。

「ほら、シャーマンみたいなさ、手をあてて病を治すみたいなそんな血筋なのかなって。」

私は目をぱちくりさせて矢口さんを見た。

「普通の会社員の娘です。」

矢口さんは手を顔にあてて恥ずかしそうにした。

「ごめんよ。マンガの読みすぎだよね!」

いいえ、あなたの言ってることは正しいです。

そう言えたら楽なのに。


「ご期待に添えられずにごめんなさい。」

「いやいや!でも少なからず色野さんのおかげで子供たちは笑顔でいられると思ってるよ。いつもありがとうね。」

矢口さんはバツが悪そうにそう付け加えた。

「奥野さんに少しでも子供たちが笑顔になるように頑張ろうって言われてますので。」

私は矢口さんの目を見てそう言った。

これは真実だ。


「俺もいい医者になれるようにがんばります。変なこと言ってごめんね!じゃあまた病院で!」

矢口さんは時計を見て慌てて走り去っていった。


私の心臓はまだドキドキしていた。

気をつけていたつもりだったがバレていた。

まさか観察されていたとは思わなかった。

(さて、この先どうしたものか)


私は今にも雨が降りそうな真っ黒な空を眺めた。

(曇っててもいいけど今は降らないで)と念じると心なしか少し明るくなった。


今さら力を使うのをやめたくはない。

矢口さんに見つかる前に何事もなかったかのように力を使わないといけない。

子供たちの異変を察知する能力を高めないといけない。

私は図書館に行って関係のありそうな本を片っ端から読んだ。

どんな小さなサインも逃してなるものか。

病気の仕組みからそれによって体に生じるあれこれを勉強した。


その日は疲れてすぐにぐっすりだった。

久しぶりに真っ暗闇にいた。

私はすでに例の箱を持っていた。

投げ捨てるのもあれなので開けてみることにした。


私は洞窟のような部屋にいる。

ゴツゴツした岩の壁のまわりは本棚で囲まれていた。

私は真ん中のテーブルで本を読んでいる。

まばたきをすると次の瞬間、場所は切り替わり不思議な空間にいた。

何もない空間に障害物を出して私はそれに向かって魔法を放っていた。

(鍛錬してるのか)

私は文句も言わずに黙々と練習しているようだった。

『強くならないと…私には守りたいものがある…』

箱の中の私はそうつぶやいていた。


私はゆっくりと目を開けた。

自分の部屋にいた。

夢だったのか、記憶だったのかよくわからなかった。

『守りたいもの』が何かはわからなかった。

しかし今の私にはある。

『子供たちの笑顔』だ。


私は医者になるための勉強と小児の病気についてもたくさん勉強した。


守りたいもののためには努力は惜しまない。

かつての私ができたんだから今の私にだってできるはずだ。


────

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