決意
北海道に夏が来た。
2度目の夏も暑かった。
私は小児科でのボランティアを2週間ほど休んで復帰した。
コウキくんのことを克服したわけではなかったがマナちゃんが私に手紙を書いてくれたのだ。
こんな私に会いたいと言ってくれる子がいる。
私はそれだけで頑張れる気持ちになった。
小児科は入院してくる子もいれば退院していく子もいる。
退院していく子には(もう戻って来ないように 健康に過ごしてね)と祈り別れた。
これが効くのか効かないのかはわからないが。
痛みを訴えたり、吐き気で苦しんでいる子をみかけると(症状が和らぎますように)と祈った。
手を握りそうお願いすると子供たちは苦痛から解放されるような顔をした。
看護師さんにも「色野さんが側にいるとみんな元気を取り戻すね。」と冗談交じりに言われた。
私は開き直っていた。
倫理もチートもクソくらえだ。
私は目の前で苦しんでいる子がいたら助けたい。
もちろん奇跡のようなことは起こさない。
日々の苦しみを少しだけ和らぐようにと力を使っているだけだ。
変な疑いをかけられないように気をつけてもいる。
私がここでやっていることは自己満足だということもわかっている。
すべての子供を苦しみから救えないということも承知だ。
だからといって何もしないということは私には無理だった。
病気は治せない。
いや、治せるかもしれないけど、まだ私にはそこまでできていない。
私はいつものように小児科を訪れるとマナちゃんがいなかった。
私の心臓は破裂しそうなほどにドキドキしていた。
(マナちゃんに何かあったのか)
奥野さんは私をみつけるとマナちゃんの話をした。
「感染症を起こしてね。今は集中治療室にいるわ。」
「大丈夫なんでしょうか?」
「わからないわ。でもマナちゃんは強い子よ。信じて待ちましょう。」
奥野さんも心配しているようだったが笑顔で他の子供たちの相手をしていた。
私もマナちゃんに恥ずかしくないように顔に出さずに他の子たちの相手をした。
みんなマナちゃんの心配をしていた。
「頑張れってお手紙と折り紙を折ろうか。」
私がそう言うとみんな「いいね!」と言って、お気に入りの便箋に手紙を書いた。
折り鶴をみんなで折った。
初めての子も一生懸命折っていた。
出来栄えは美しくなかったがその鶴からはエネルギーを感じた。
元気になれ!と声が聞こえてくるようだった。
私は看護師さんに渡してほしいと頼んだ。
看護師さんは「ご両親に必ず渡すわ。」と言ってくれた。
私は帰ってからもマナちゃんが心配で勉強が手につかなかった。
感染症のことを調べれば調べるほど恐ろしいものに思えた。
私はゆっくり目を閉じた。
マナちゃんの今の姿を見せてと願った。
私は前のように夜空を飛んだ。
ビュンビュン進んで病院に来ると集中治療室のマナちゃんのベッドまでやってきた。
マナちゃんは機械に繋がれていた。
疲れただろうご両親がベッド脇の椅子で居眠りをしていた。
看護師さんは機械をいじりカルテに何か記入している。
いつも私に向けてくれるかわいい笑顔はそこにはなかった。
私は心が締めつけられる思いをした。
我慢できなくなり、(マナちゃんの体から感染症を取り除いて)と願った。
マナちゃんは目をパチリと開けた。
「ママ?ここはどこ?」
酸素マスクを外してマナちゃんは寝ているお母さんを起こした。
「マナ!大丈夫なの?!誰か!マナが起きました!」
看護師さんはすぐに駆け寄り、医師もすぐにやってきた。
聴診器をあてられ、体温を測ったり心電図を見たりしている。
「もう大丈夫そうですね。」
医師は少し納得がいかないような顔をしていたがご両親は嬉しそうにしていた。
「これ、みんなからのお手紙と折り鶴よ。これのおかげかもしれないわね。」
マナちゃんは小さな千羽鶴を見て嬉しそうにしていた。
私がしたことは許されないことなのだろうか?
私はゆっくり目を開けた。
自分の部屋にいた。
自然の摂理や運命を変えているのだろうか。
自分の自己満足のために人に干渉しているだけなのかもしれない。
罪悪感はなかった。
この程度なら許されるだろうと自分に言い聞かせた。
それでも胸にあるモヤモヤしたものは消えなかった。
私は心配になって寝る前にもマナちゃんを見に行った。
集中治療室にはもういなかった。
小児科の部屋ですやすや眠っていた。
ご両親も今日は家に帰り休んだのだろう。
────
それからも私は(薬が効きますように)とか(手術がうまくいきますように)などと医療行為の邪魔にならないようなことに力を使った。
病気そのものを消すこともできるだろうがそれなしなかった。
子供たちの生きたいというエネルギーを信じた。
そこに少し手伝いを加えているだけだ。
元気に退院していく子が増えた。
医師も看護師たちも心なしか元気に見える。
自分たちの努力が実っていると感じているのかもしれない。
相乗効果のようなものが生まれている気がした。
私は小児科に通うのが楽しくなった。
奥野さんも「慣れたからかな?気持ちに余裕があるのがわかるよ。」と、にこやかに言ってくれた。
勉強も捗った。
知識欲は以前にも増したようだ。
私は図書館に行き難しい医学書を読みあさった。
きっとチートスキルが働いているだろう。
難しいはずの内容が手に取るように頭に入ってきた。
そんな中でマキトくんとの時間は特別なものだった。
完全に私の息抜きの場所になっていた。
マキトくんは1枚のワンピースを見せてくれた。
お母さんと一緒に買いにいったのだという。
「かわいいでしょ。でもまだ1回も着てないんだ。」
「かわいいね、そういうの私は着たことがないから憧れちゃうな。」
マキトくんは満足そうにそのワンピースを眺めていた。
「今は見てるだけで幸せなんだ。」
マキトくんは大事そうにクローゼットにしまった。
「見せてくれてありがとうね。」
私がそう言うと照れくさそうに「自慢してごめんね」と言った。
いつものように高校入試に向けての勉強をしていると、
「さち先生、なんだか吹っ切れた感じがするね。」
とマキトくんに言われた。
「えっ?そうかな?」
「うん、なんだかつかえていたものが取れたみたい。」
私は我慢していた力を使うようになったことかな、と思った。
「マキトくんの観察眼はすごいなぁ。」
「嫌われないように他人の動向には敏感なんだよ。」
「人の気持ちを汲み取れるって素晴らしいことだよ。今の人たちは他人に無関心だからね。」
「どうでもいい人の観察はしないけどさ。さち先生が元気ならそれでいいんだ。」
私はそう言われてにっこり笑った。
「いつもありがとうね!」
そう言うとマキトくんは照れて「こっちのセリフだよ。」
と言って勉強に戻った。
中学2年生に心配されて慰められている。
先生失格だ。
────
本格的に暑くなり、世間では夏休みが始まっていた。
マナちゃんは薬物療法が効いて退院することができた。
定期検診は必要だが再発しなければ普通に学校にも行けるのだという。
私がいない時間に退院してしまったが私に絵を描いてくれていた。
(マナちゃんが再発せずに元気に過ごせますように)と願った。
寂しくなるけどここに戻ってこないことが1番だ。
一人退院してもすぐに次の子がやってくる。
「転院希望も多くてベッドが足りないのよ。」
看護師さんがボヤいていた。
どうやらいい病院だという噂が広まったらしい。
(スタッフのみんなが健康に過ごせますように)と念じておいた。
研修医も増えた。
小児科を希望している人とローテーションで来ている人と半々くらいだった。
「小児科と産科だけは絶対にイヤだと思っていたけど、ここにいると小児科もいいなって思えるから不思議よね。」
休憩室で研修医の女の子二人が話していた。
子供たちの笑顔にはいつもパワーをもらっている。
この先生たちもきっとそうなんだろう。
マナちゃんがいたベッドに新しい子が寝ていた。
ヒナコちゃん8歳、脳腫瘍がみつかったばかりだという。
お母さんと思われる女性が面会時間が終わり名残惜しそうに病室を出ていった。
きっと心配で心が割かれる思いだろう。
私は奥野さんとプレイルームで子供たちに絵本を読んだ。
今では奥野さんよりも上手だと子供たちに褒められている。
「今度紙芝居を借りてくるから読んであげて。」
奥野さんは嬉しそうに私にそう言った。
「紙芝居はやったことないですね。」
「何事も勉強よ!」
子供たちは部屋に戻る時間よと看護師さんに連れて行かれた。
「最近いいことばかり続いているけれど…いつ何があるかわからないのが小児科よ。子供たちの異変には細心の注意をはらってね。」
「はい。」
慢心は良くない。
さすが奥野さんだ。
────
私は少し涼しくなった夕方の帰り道、ゆっくりと自転車をこいでいた。
力を使うたびに思う。
本当にこれでいいのかと。
私は毎回そう疑問視することにしている。
慣れてしまって当たり前のように力を使うのは良くない気がしている。
この力が永遠なものなのかもわからない。
使えているうちは使おうと思う。
幸いなことに私の力に気がつく人はいない。
自転車をこぐと夕方でもやっぱり暑かった。
────




