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記憶の箱  作者: yamico
12/36

1日があっという間に過ぎていく。

気がつけば桜は満開になり散っていた。

今年のゴールデンウイークは課題とバイトで忙しくて実家には帰らなかった。


小児科での活動は特に問題もなく、今では『折り紙のお姉さん』と呼ばれていて歩き回れない子たちの病室を回ることが多くなっていた。

その中でもマナちゃんは特に私を慕ってくれているようで他のボランティアさんには話さないようなことも私に話してくれるようになっていた。


「私ね、天国に行ったらやりたいことがあるんだ。」

マナちゃんは折り紙を折りながら私にそう話し始めた。

「やりたいこと?」

「うん。鬼ごっこの鬼がやりたいの。」

「捕まえる方がいいの?」

「そう。速く走ってみんなを捕まえるの!」

マナちゃんは数年前から入退院を繰り返していた。

なかなか完治できずに定期的に薬物療法をしている。

親は怪我をしないようにと走ったりする遊びを禁止しているのだそうだ。

そもそもマナちゃんにそんな体力はないのだが。


マナちゃんは折り紙を折りながらいつの間にか眠っていた。

私はびっくりして脈をとったがちゃんと生きていた。

こんなにも小さいのに死と隣り合わせだなんて。

私は(マナちゃんが鬼ごっこでみんなを捕まえる夢を見れますように)と念じた。

マナちゃんは寝ながら微笑んでいた。

いい夢が見れてるといい。

私は折り紙で作ったお花をマナちゃんのベッドのテーブルに置いて部屋を出た。


他の病室から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

辛い状況でも子供たちは何かしらの楽しみをみつけている。

本が好きな子、絵を描くのが好きな子、勉強が好きな子、一日中病室で過ごさないといけない中でやりたいことをみつけられるのはすごいことだ。


そんな中にいつも窓から空を眺めている子がいる。

話しかければ答えてくれるし、何かしようと誘えば一緒にやってくれる。

コウキくん10歳、彼も白血病だった。

この病棟の中ではお兄さんの彼は年下の子たちからも慕われている。

優しくて頭のいい子だ。


辛そうな顔をしていれば話しかけようかとも思ったが、コウキくんは窓の外を見ながら微笑んでいた。

私は邪魔をしないようにと静かに通り過ぎようとした。

「さち先生」

思いがけずに呼び止められた。

コウキくんにはよく勉強を教えているので彼は私のことを『先生』と呼ぶ。

「こんにちは。」

「時間があるなら勉強を教えて。」

「いいよ。何やろうか?」

コウキくんは5年生の教科書を出した。

「5年生の算数が難しくて。」

私はベッドの横の椅子に座って一緒に教科書を見た。

「もうこんなに進んだの?早いね。」

まだ5月だというのにコウキくんは教科書の真ん中くらいのページを開いた。

「算数は好きなんだ。でも一人でやるには限界がきたみたい。」

コウキくんはそう言って静かに笑った。

私はノートを出して解き方の説明をした。

コウキくんはすぐに理解してくれた。

「じゃあ似たような問題を出してもいい?」

私はノートに問題を書いて破ってコウキくんに渡した。

「テストみたいだね!」

コウキくんは嬉しそうに1番上に名前を書いていた。

私は嬉しそうに問題を解くコウキくんを眺めていた。


「できました!」

「はい、では採点をしますね。」

私は赤ペンで丸つけをした。

「すごいよ!100点満点です!」

コウキくんはノートを破っただけのその紙を嬉しそうに見ていた。

「ここに貼って!」

コウキくんは自分で描いただろう動物の絵の隣を指差した。

「看護師さんにテープを借りてくるね。」

貼ってくれるならもっとちゃんとした紙にきれいに書いてあげたらよかったなと思った。


ナースステーションで看護師さんにコウキくんがこの紙を貼りたいと言っていると言うと、「100点満点ね、素敵ね。」と言ってテープを持って一緒に病室に行ってくれた。


コウキくんは嬉しそうに看護師さんに「テストで100点を取ったんだ!」と説明していた。

看護師さんもにこやかに対応していた。

看護師さんは病室を出ようとしたがコウキくんの顔色が悪くなったのに気がついた。

「コウキくん、大丈夫かな?疲れちゃったかな?」

「疲れてないよ。でもなんだか気分が悪くなったかも。」

看護師さんはナースコールを押して先生を呼んでと頼んでいる。

私は廊下から見守ることしかできなかった。

さっきまで元気に笑っていたのに、今やコウキくんは青白い顔で苦しそうだった。


すぐに先生がやってきて点滴に何か薬を入れていた。

看護師さんは私に向かって「大丈夫よ。時々なるのよ。」と言ってくれた。

コウキくんの顔色は良くなり苦しそうな表情はなくなった。

眠ったようなので私は奥野さんのところに行った。


奥野さんはプレイルームで子供たちに囲まれていた。

私を見て何かを察したようだった。

「色野さんにクイズを出してもらおうか!」

子供たちは「やったー!」と喜んでいた。

私がクイズの本を持ち歩いているのを知っていたのだろうか。


私は簡単ななぞなぞを出した。

みんな楽しそうに考えている。

「暗い顔をしたらすぐに子供たちにバレるのよ。」

奥野さんは小声で私にそう言った。

私は「すみません」と言って苦笑いをした。

顔に出さないようにしていたが奥野さんにはお見通しだったようだ。


5時になり、奥野さんと私はみんなに手を振って病棟をあとにした。

「少し時間ある?」

と聞かれ、私が頷くと奥野さんは私を院内のカフェに連れて行った。

「コウキくんはね、1度退院したんだけどまた調子が悪くなっちゃってね。」

抗がん剤を使った苦しい治療を乗り越えたのに再発してしまったようだと説明してくれた。

「病気なんてなくなればいいのに…」

私が下を向いてそう言うと、奥野さんはフフフと笑った。

「すごい極論ね。」

「子供が苦しんでいる姿を見るのは辛いですね。」

「うん、何もしてあげられないのが一番辛いよね。」

私と奥野さんは黙ってアイスティーを飲んだ。

「でも世界から病気がなくなったとしたら単純に寿命が伸びるでしょ?そうすると今度は今日本で起きている超高齢化社会が世界中で起こるわけよ。そうなると今度は食糧難になるわ。食べ物を奪い合って戦争も起こるかもしれない。」

奥野さんは私を見て微笑んでいた。

私はそんなこと考えもしなかった。

「そうですね。また違う問題が生まれそうですね。」

戦争で子供が亡くなるのも悲劇だ。


「考えすぎるのは良くないわ。私たちがしているのはそういう子たちに少しでも笑顔の時間を作るってことよ。単純なことよ。何も変わらないかもしれないけど、絶対に意味のあることよ。」

なんだか難しいことを言われた気がした。


別れ際に「辛くなったら休んでね。私たちが元気じゃないと子供たちに伝染しちゃうからね。」と言われた。

私は「はい。」とだけ言って奥野さんと別れた。


私は気を取り直して帰ってからコウキくんのためにもっとちゃんとしたテストを作った。

パソコンでそれっぽく作るのに1時間もかかった。

(何やってるんだろ)

私は出来上がったテストを見ておかしくなった。

喜んでくれるといいなと思った。


────


翌週また私は小児科にやってきた。

新しい折り紙とあれから作り足した各学年のテスト用紙を持ってきていた。

他にも勉強が好きな子が何人もいる。

奥野さんに挨拶をすると私は空き部屋に連れて行かれた。

「実はね…」

週末にコウキくんの容態が悪化したのだという。

懸命な治療もかなわずコウキくんはそのまま天国へ旅立ってしまったのだという。


私はその言葉を飲み込めずにいた。

「無理しないで。こういうことに慣れろとは言わないけど…今日はこのまま帰っていいわ。」

私は「大丈夫です」と言った。

こんなこともあるだろうと覚悟はしていた。

しかし奥野さんは私にポケットティッシュを渡した。

「帰りなさい。」

私は気がつかないうちに泣いていた。

「泣き顔を子供に見せちゃだめよ。」

そう言って私の肩をポンと叩くと奥野さんは笑顔で子供たちのもとに戻っていった。

強い人だ。

優しい人だからきっと奥野さんも悲しいに違いない。


私はひとしきり泣いてから空き部屋を出た。

廊下に出るとコウキくんがいた病室が見えた。

私は耐えきれずに子供たちに捕まる前に病棟を出た。


私には彼を救えたかもしれない。

治れと強く願ったら治った気がする。

やってはいけないことなのかもしれないけどやるべきだったんじゃないかと思いだした。

なんのためにこの力があるのか。


私は自転車を走らせて部屋に帰った。

誰にも合わずに部屋に入るとすぐに泣き崩れてしまった。

落としたカバンの中からテスト用紙が出てきた。


喜ぶ顔が見たかっただけなのにな。


────


次の日はマキトくんの家庭教師の日だった。

私はマキトくんにも問題をかえてテスト用紙を作っていた。


マキトくんは「本物みたいだね!」と喜んでいた。

私は「たまにはいいでしょ。」と言ってマキトくんにテストをさせた。

カリカリと鉛筆の音が鳴り響いた。

私はぼんやりとマキトくんの手元を眺めていた。

「さち先生、終わったよ。」

私はハッとしてマキトくんを見た。

「何かあったでしょ。元気ないもんね。」

マキトくんは優しい表情で私にそう言った。


中性的な美しい顔立ちでまだ声変わりもしていない。

私はそこに天使でもいるのかと思った。

「あ、ごめんね!ぼんやりしちゃった。なんでもないよ。」

「この前言ってた小児科のことでしょ?」

「マキトくんは勘が鋭いなぁ!」

私は「悲しいことがあってね」とだけ言った。


「世の中には自ら自分の命を奪う人がいるでしょ?その人たちの余命をそういう子たちにあげられるシステムでもあればいいのにね。」

「なんだかブラックファンタジーな話だね。」

私はそう言って笑った。

「世の中うまくいかないことが多いね。僕もそうだけどさ。」

「学校で何かあった?」

「ううん。ちゃんとマキトくんを演じてるよ。それはそれで楽しいからね。」

マキトくんはそう言って笑った。

「少しずつ世界は変わっているからもう少ししたらもっと生きやすくなるかもよ。」

「そうだね。今は修行中だと思うことにしてるよ。」

「マキトくんの考え方は本当に大人だなぁ。私も見習うよ。」

二人でクスクス笑った。


世界が変わるのを待つなんて、私にはできそうにないけれど。


────

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