葛藤
またこの季節がやってきた。
別れと出会いの季節、春。
北海道はまだ桜は咲かない。
私は大学2年生になっていた。
家庭教師のバイトはそのまま週1で続けていた。
自分の勉強が思っていたよりも大変で辞めようとも思ったが、私にとってマキトくんとの時間は癒やしであり、息抜きであった。
マキトくんは両親にカミングアウトしてからというもの、元気に拍車がかかり学校にも休まずに行けるようになった。
マキトくんは「悟ったんだよね」と言っていた。
学校に行けるようになったマキトくんには私はもう必要ない気もしていた。
私はどんどん先に進めていき、今では高校入試対策の勉強を本格的に始めた。
3年生になる前に中学課程の範囲は終わってしまうかもしれない。
マキトくんは意欲的に学び、ご両親もマキトに姉がいたら…と私をかわいがってくれた。
順調だった。
思ったよりもバイト代が稼げていなかったが、遊んでいるわけではないので親は何も言わなかった。
そんなときに『病院でのボランティア』という募集があった。
ボランティアとは言え時給が発生する案件である。
私は詳細を確認した。
『小児科で長期入院している児童への学習支援やイベントの手伝い』と書かれていた。
勉強を教えたり、絵本を読んだりする仕事のサポートだという。
特別子供が好きなわけではなかったが実際の現場を知ることのできる貴重な体験かもしれない。
週に1回か2回、数時間と言うことなのでやれないわけではなさそうだった。
私は応募してみることにした。
メールを出すとすぐに返事が来た。
敷地内にある大学病院ですぐに面接をしたいという返事だった。
私はちょうど空きコマだったのですぐに行けますと返事をして面接に向かった。
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面接は職員の休憩室のような場所で行われた。
私は看護師さんたちがご飯を食べたりしている横で緊張して座っていた。
「こんな場所しかなくてごめんね!」
優しそうな40代くらいの女の人だった。
「急に1人辞めちゃってね。子供たちが寂しがっているものだから。」
私は急だったので履歴書を用意してなかった。
「色野幸です。医学部の2年生になったばかりです。」
「私は小児科で看護師をしている奥野と言います。看護師と言っても他の看護師さんとは違ってメンタルヘルス専門で常駐しているの。」
奥野さんは平日の朝から夕方まで小児科で子供たちのサポートをしているのだと言う。
小学校教諭の免許を取ったあとに看護師の免許を取ったと言う。
「やりたいことがたくさんあってね。」
そう言って微笑んだ奥野さんは疲れた顔をしていたが目は美しく輝いていた。
「私一人じゃサポートしきれなくてね、何人か学生さんにバイトで来てもらってるのよ。」
奥野さんは望んでいることを話してくれた。
「どうかな?できそうかな?」
「自信があるわけではないのですが…お話を聞いてやってみたいとは思いました。」
「ここで自信があるって言われてもそれはそれで信用できないわ!」
そう言って奥野さんは笑った。
「ちょっと現場を見てみない?」
そう言われて私は「ぜひ」とお願いをした。
私はマスクをして手をきれいに洗った。
小児科にはたくさんの子供たちが入院していた。
元気に歩き回れる子もいれば、管に繋がれている子もいた。
いろんな子がいろんな病気と戦っているようだった。
奥野さんの姿を見るとみんな声をかけてきた。
子供たちがこの人のことを大好きなんだということはすぐにわかった。
子供たちはとても人懐こかった。
私をみつけると「新しい人?」と聞いてきて自己紹介を始める子もいた。
私は小児科にいることを忘れるくらい子供たちのエネルギーを感じた。
きっと元気ではないだろう子供たちは笑顔を見せ、一生懸命話をしてくれた。
私は子供たちに囲まれて質問攻めにあった。
奥野さんはそれをニコニコしながら見ていた。
他の看護師さんがやってきて「ほら!そろそろご飯の時間だよー!今日はもうおしまい!」
と言って子供たちを病室に戻した。
看護師さんは「人気者ね。」と私に笑って言うと子供たちを追いかけていった。
奥野さんにどうだったか聞かれた。
「すごくエネルギーを感じました。入院してるなんて思えないほどに。」
私がそう言うと「あなたは向いているかもしれないわ。でもきっと傷つくことになる。」と言われた。
「それでもいいなら履歴書を持ってきて。すぐに採用するわ。」
私は「お願いします。」と言って頭を下げた。
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私は週に2回、授業のない時間に小児科に行くことになった。
3時から5時までの2時間。
奥野さんのサポートをする。
医療行為は全くなし。
子供たちに異変があればすぐに報告。
体調の変化を見逃さないこと、無理をさせないことを徹底させられた。
私は小児科に行く前に医学書を読みあさった。
子供に多い病気について調べて学んだ。
きっといろんな子供がいる。
数時間医学書を読んだくらいでは把握しきれないほど。
時間が足りなかった。
もっとたくさんの知識が欲しかった。
私は約束の時間になり不安を抱えたまま小児科に向かった。
最初は奥野さんと一緒に動き、どんなことをしているのかを学んだ。
興奮させるようなことはしないように言われた。
子供は楽しいと自分の体調が悪くても気がつかないことがあるのだという。
話を聞いてほしいという子が多かった。
医師や研修医に看護師と関わる大人は多いけど普段の何気ない話を聞いてくれる大人は少ないのだろう。
私はずっと聞き手に回った。
いろんな病気にいろんな年齢。
子供たちはこの狭い世界の中でうまくコミュニティを作り上げているように感じた。
年齢の大きい子や症状の軽い子は小さい子や病状の思わしくない子達のサポートをしていた。
手術する子がいればみんなで手紙や絵を描いて励まし、退院する子がいればみんなでお祝いの歌を歌ったりもするのだという。
こんなかわいい子たちがみんな病気と戦っているというのだ。
すぐに治る子もいればそうじゃない子もいる。
ベッドと車椅子の生活の子もいる。
親が忙しくてなかなか会いに来てもらえない子もいる。
ここには様々なドラマがあるようだった。
私は子供たちを傷つけないことだけを考えて相手をした。
笑顔を消したくなかった。
2時間という時間はあっという間だった。
長く遊ぶと疲れてしまう子がいるので時間には厳しくしているそうだ。
帰り際に私に折り紙のお花をくれた子がいた。
マナちゃん6歳、白血病で入院している子だ。
みんなのように話をするのは身体的に辛いようでいつもベッドにいた。
その子が珍しくベッドから出てきて私にお花をくれたのだった。
「また来てね」と言われた。
私は「次来るときにお返しを持ってくるね。」と約束をした。
マナちゃんはにっこり笑って手を振ってくれた。
青白い顔だったが笑うとほっぺにエクボができるかわいい子だった。
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私は病院からの帰りに100均に向かった。
折り紙を買うために。
昔と違って折り紙の種類の多さに驚いた。
私も小さい頃はよく折り紙を折っていた。
手先は器用な方だった。
何枚も組み合わせて作る玉のようなものを作っては大人に見せて褒められていた。
奥野さんに特別扱いはしないようにと言われていた。
特別じゃなくてみんなにだったらいいだろう。
私は買ってきた折り紙でいろんなものを折った。
スマホで調べるといろんなものが出てきた。
私は勉強もせずに折り紙に夢中になってしまった。
あっという間に紙袋にいっぱいの作品ができた。
マナちゃんが喜んでくれるものがあればいいけど。
私は名残惜しいが折り紙を片付けて勉強することにした。
今の私には時間が足りない。
やりたいことがたくさんある。
食堂で夕食を取っているときにも片手に本を読んでいた。
寮母さんが嫌そうな顔をしていたので本を閉じて急いで食べた。
私は部屋に戻り、あの村で書いたノートを開いた。
そこには私がかつて使っていたスキルや魔法が書かれている。
そこには『治癒魔法』というのがあった。
怪我や病気を治していたのだという。
どこまでできていたのかはわからない。
ただ傷を塞ぐとかその程度だったかもしれない。
しかし本当に病気を治せるのだとしたら。
あの子供たちを病魔から救えるのだとしたら。
私は治してあげたいと思うだろう。
病気の子を目の前にしたら絶対にそう思う。
しかしそんなことをしていいものだろうか。
きっとその子の運命を変えることになってしまう。
私は自分が怖かった。
そこまで関わってはいけないとわかっているが。
目の前で苦しんでいる子供がいたら力を抑えることができるかどうか。
私は医学書を開いて勉強をした。
まずはちゃんと医師になるための勉強をすべきだ。
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