鍛錬
私は朝から例の村に来ていた。
幸いなことに朝から不在だったとしても私を探すような友人はいない。
お弁当にされた夕食を食べずにそのままにしておかない限り、私は存在していなくても誰も困らない。
私はムイに手伝いを頼んだ。
村の長老のところへ行って呼んでもらったのだ。
「シアさんがあちらの世界で魔法を試していたとは思いもしませんでしたよ。」
ムイはいつもの優しい表情でそう言った。
「暴走する前にコントロールできるようになっておきたくて。」
「なるほど。何ができるのか把握しておくのはいいことだと思います。とは言え、シアさんは私ができないことをたくさんされておりました。どうしてそうなるのかわからないし、どうやっていたのかも謎です。」
ムイの口から出てきたのは若干不安になる言葉だった。
「属性魔法とか、この前は水を操れたけど他に何ができるかな?」
「そうですね、よく使っていたのは火でしょうかね。火の玉のようなものを出して明かりにしてましたよ。あとは風でしょうか。シアさんは無詠唱でしたのでよくわからない魔法が多かったんですよね。」
私は火の玉を想像してみた。
ボっという音とともに小さな火の玉が現れた。
火の玉は私の思うように飛んでくれた。
これに進む先を照らせという命令を出せば自動移動する明かりになるだろう。
しかしあっちの世界で使うことはない。
せいぜい点かないマッチに火をつけるくらいだろう。
私は火の玉に消えろと念じた。
火の玉はシュッといって消えた。
風はどうだろうか。
私は試しに小さな竜巻を作ってみた。
これも私の言うことをちゃんときいた。
「こういうのならすぐに使いこなせそうですね。問題は瞬間移動とか透明化ですか?」
「何かコツみたいなの聞いてないかな?」
やってみるにしても仕組みもさっぱりわからない。
「瞬間移動は1度行った場所にしかできないと言ってましたよ。」
「なるほど。あとは想像力かな。」
私は太陽光発電をしているあの家を思い浮かべた。
グラッという感覚がしたかと思うと、私はあの家の前にいた。
(これが瞬間移動か)
私はすぐにさっきいた場所に戻った。
ムイは「成功ですね」と喜んでいた。
「距離が遠くなるほど高レベルを要求されると思いますので。最初から遠くへ行こうとは思わないほうがいいかもしれません。」
試しにあちらの世界の私の部屋に瞬間移動しようとしてみたができなかった。
私はこの村の中にある覚えている場所に何度か瞬間移動してみた。
この感覚を体が覚えていたようで、すんなりと動いた。
あと試したいのは透明化だ。
ちゃんと消えているのか見てほしかった。
「透明化できるかやってみるね。」
ムイは頷いて私のことを凝視した。
私は(透明化して見えなくなれ)と念じた。
「シアさん!成功ですよ!」
ムイが叫んでいる。
私は歩いてムイの真後ろに移動した。
(姿を現せ)と念じるとムイは驚いて後ろを振り向いた。
「すごいですね、気配も消せるんですね。」
「体は覚えてるみたいなんだけど気持ちが追いついてないんだよね。」
「あちらの世界で頻繁に使うものでもないでしょう?戦争なんかもない平和な土地だと聞きましたが。」
「そうだね。私の住む土地は平和だよ。でも私の知らない外国では日常的に戦争している国もあるみたい。」
「どこも一緒ということですね…」
ムイは少し悲しそうな顔をした。
「こっちの世界で戦争が起きてるの?」
「実は人間同士で争いが時々起きているようで。ご主人様も魔王様も人間同士の争いは傍観する姿勢ですから。」
「なるほどね。何か起きても自業自得だね。」
「ただ、聖女様や勇者様が巻き込まれることがありますので…」
「その人たちは魔族ではないんだね?」
「はい。人間ですが共に悪い魔王を倒した仲間たちです。」
「それじゃあ戦争の話を聞くと心配になるね。」
「みなさんお強いので大丈夫かとは思いますが、領地内で戦争が起きたら国民を守るために戦わないといけませんし。いろいろ思うところはあると思いますよ。」
私は聖女や勇者と聞いて心がチクンとした。
この人たちとは何か繋がりがあるに違いない。
「私にできることがあれば助けたいけど…この村から出ることができないみたいだしなぁ。」
私はあのドアを通り抜けてしまう件を思い出した。
「そうでしたね。あれはいったいどうしてなんでしょうね。」
「霊体だからなのか…わかんないや。」
「あぁ、それはあるかもしれませんね。」
「シア様!」
遠くからカリナが走ってくるのが見えた。
カリナは大きなバスケットを持っていた。
「いいにおい!お腹空いた!」
寝ていたアリが起きてぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「昼食をお持ちしましたよ!」
私は何もない草原にどこかの庭園で見たことのあるようなガゼボを建てた。
そこにテーブルと椅子を出した。
「力は健在ですね。」
ムイは立派なガゼボを見てそう言った。
私は躊躇いもせずにこんな大きなものを作った。
自分でもびっくりした。
カリナはテーブルに持ってきた美味しそうな食べ物を並べた。
「クロワッサンが美味しく焼けたのでチーズとハムと野菜をサンドしてみました。ムイさんにはコーヒーもありますよ。」
そう言って私にはオレンジジュースをグラスに入れてくれた。
カリナは本当に私の好みをよく知っている。
好きなものばかり作ってくれる。
「すごく美味しいよ!ありがとうカリナ!」
カリナは嬉しそうに照れ笑いをした。
「時間に余裕のある時でいいので、また珍しい料理とか教えてくださいね。」
「そうだね!何か考えておくね。」
私たちは美味しいものをたくさん食べてお腹いっぱいになった。
アリは「お昼寝」と言ってまた眠ってしまった。
優しい穏やかな時間が流れた。
「では私はこれで。また家にも遊びに来てくださいね!」
カリナは片付けると帰っていった。
私はまだ余韻を楽しんでいた。
「シアさん、心配事の件ですが…」
ムイは何かを考えている顔で続けた。
「自分が望まないときは力が発動しないという呪いをかけておけばそれで済みませんかね?」
その考えは目からウロコだった。
「呪いって永続的なものなのかな?」
「わかりませんが、シアさんがここを去るときに『私が関わったすべてのものが永遠に続きますように』みたいな呪いをかけてました。シアさんがいなくなってもシアさんが作り上げたものが消えることはありませんでしたし…進化し続けているものもありますよ。」
私はそれで事が済むならそれが一番だと思った。
「帰ったらやってみるよ!」
私は他にどんなことが出来たのがムイに詳しく聞いた。
ノートと鉛筆を出してそこに書き込んだ。
「ありがとう!今日はこのくらいで帰るね。」
「シア!ボクも一緒に行きたい!」
寝ていたはずのアリが飛び起きて私にしがみついてきた。
「アリ…あっちの世界では喋るハムスターはいないから…見つかると大変なことになるよ。それに私の部屋はペット禁止なのよね。」
「なにそれ!ボクはペットじゃないよ!!」
「そうだけど、他の人にはハムスターにしか見えないから。」
アリは不服そうだったがムイが「わがまま言わないの」と、なだめてくれた。
私は二人に手を振り、目を閉じて部屋に戻れと念じた。
目を開けると私は部屋にいた。
このへんの行ったり来たりにはもう不安がない。
私は早速ムイに言われたことを実践した。
(この世界で私が望まないときに力が勝手に発動することがありませんように)そして(人を傷つけるような力が発動しませんように)と念じた。
これでいいのかはわからない。
とりあえずこれで様子をみるしかない。
私は力のことを忘れて日常生活に戻ることにした。
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マキトくんの家に行くようになって3ヶ月が経った。
私は力を使わないように生活していた。
いつものように予定の範囲を終えて予習も終わらせたときにマキトくんが真剣な顔で私に話し始めた。
「ねぇ、さち先生。実は相談があるんだ。」
私が「なんだろ?」と聞くと、
「お父さんとお母さんに全部話したいと思ってるんだ。」
マキトくんは覚悟を決めたような顔でそう言い切った。
「決めたんだね。」
「どんな反応をされるかはわからない。できればさち先生がいてくれると心強いんだけど。」
「私は構わないけど…」
私は腕時計を見た。
「時間ない?」
「そうじゃなくて、マキトくんのお父さんが帰るのってだいたい何時かな?って。」
「実は今日は早く帰るって言ってたからもういると思うよ。」
私は急なことでドキドキした。
「そうなんだね。私にできることがあればいいけど…」
私は不安そうにそう言った。
「さち先生は隣にいてくれるだけでいいんだ。話は僕が全部する。」
「わかったよ!」
マキトくんは下に降りて行った。
お父さんとお母さんに話があると言いに行ったのだ。
下から「さち先生!」と呼ぶ声が聞こえた。
私はドキドキしながら居間に移動した。
私はマキトくんに言われるまま隣に座った。
お父さんとお母さんは何が始まるのかと私の顔を見て首を傾げていた。
「言いたいことはあるかもしれないけど最後まで聞いてほしいんだ。」
マキトくんはそう前置きして話し始めた。
「実は僕、小さいときから感じていたんだけど、中身は女の子だと思うんだ。」
そう言った時にお母さんが「なんだそんなこと!」と言った。
マキトくんも私もびっくりしてお母さんの顔を見た。
「先生に恋しちゃったとかそんな話をされるかと思ったじゃない!」
マキトくんのお父さんとお母さんは安堵したように微笑んでいた。
「ごめんね、話を遮らない約束だったわね。」
「お母さん、そんなことって言った?びっくりしないの?」
「マキトが元気ならお父さんもお母さんもそんなこと気にしないわよ。それがマキトだもの。」
マキトくんは泣き出した。
「僕、怖くて…言えなくて…」
お父さんはマキトくんの横に座って頭を撫でた。
「勇気出して言ってくれたんだな。ありがとうな。」
「お父さん、僕、変じゃない?」
「何言ってるんだよ。俺たちにとってどんなマキトだってかわいい子供だよ。」
「もしかして知ってたの?僕がこう思ってたってこと。」
「一緒に暮らしていればいろいろなんとなくわかるわよ。それも個性でしょ。それよりも何か困ったことでもあるの?」
マキトくんは首を横に振った。
「学校では言ってない。理解してくれる人は少ないだろうからね。」
「そうか。苦しくなったらお父さんとお母さんに言うんだぞ。」
「ありがとう。」
マキトくんはお父さんに抱きついて泣いていた。
私も気がついたら涙が出ていた。
「さち先生、大丈夫?」
「ごめんね、なんだか感動しちゃった。素敵な家族だなって。」
マキトくん家族は照れ笑いしていた。
「お母さん、さち先生と結婚したいとか言われるんじゃないかってドキドキしちゃったわよ!」
私たちはみんなで笑った。
「それもいいかもしれないけどね。」
マキトくんが冗談でそう言ったときにはお母さんの顔が一瞬固まった。
お母さん的にそれなナイらしい。
私は家族団らんの邪魔にならないようにすぐに家を出た。
晩御飯をすすめられたが私にはお弁当があると伝えた。
その日は三人で玄関から手を振ってくれた。
私は一礼して自転車をこいだ。
こんな家族は珍しいかもしれない。
とても難しい問題だ。
私にはどれが正解かはわからないけど本人の意思を尊重してあげられるのが1番だと思う。
マキトくんはきっと大丈夫だ。
あのお父さんとお母さんならこの先マキトくんが何かに躓いたとしても手を差し伸べてあげるだろう。
私はいい気分だった。
毎日がこう上手くいくといいのに。
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