時間停止モノ
……やっぱりだ。いや、でもまさかこんなこと。でも、何度か試した結果やっぱりこれは……。それに前にも……よし、じゃあもう一回。そこのティッシュを取って、で、落として、はぁ! ……マジか。やっぱりマジだこれ!
――ピンポーン
突然のインターホンの音に、その少年はビクリと体を震わせた。
親は留守。再度鳴るインターホン。そしてノックの音。それがただのセールスでないことを直感したのは、先程気づいたあの現象、自分の能力のせいか。
少年は立ち上がり、身だしなみを整えつつ玄関に向かった。
「あ、あの、どちらさ――」
「君の能力は知っている。今から我々と一緒に来てもらいたい」
「え!? で、でも、いや、まさか、あなたたちは、せ、政府の秘密エージェントか何かですか?」
「詳しい話は向こうに着いてからだ。断るならそれ相応の手段を取らせてもらうがどうする?」
そう威圧する黒服の男たち。少年は素直に従い、黒い車に乗り込んだ。
自分のこの能力ことをなぜかすでに知られている。で、あるならば逃げても無駄だろう。探知機、あるいはそれもまた別の能力者の力かもしれない。前々からこの辺りにいると目星をつけていたのかも。
……能力者。その言葉の響きに少年の口角が上がる。そう、彼はワクワクしていた。ごく普通の中学生という日常とはお別れ。漫画のような戦いの日々に身を投じるのだ。
それは覚悟と言うよりかは楽観的と言った方が正しいが、少年はこの運命と車の揺れに身を委ねたのだった。
が、連れて来られた場所は彼が想像していたところとは大きくかけ離れていた。
「……え? いや、え? 待って、え? は? え?」
「と、今説明した通り、君には彼女たちの時間、つまり動きを止めて欲しい」
「いや、彼女たちって、え? あの……AV女優の方ですよね?
あ、どうも、いつも観て、あ、いつもじゃないですけど別にまあ、程良い感じに観てますはい、おっす……。
いや、そんなことよりもなんで!? 戦いは!? 組織は!?」
「ふう、子供だな」
「うるさいガキだ」
「やれやれですね」
「な、だ、誰ですか、アンタたちは!」
「彼らも君と同じ。時間停止能力者だ」
「え!? でも、いや、そもそも」
「君も時間停止モノのアダルドビデオがあることは知っているだろう? 俗説ではその九割は偽物と言われているが残りの一割は」
「こ、ここってわけですか!? この撮影所!? いや、その前に一割が本物ってあれマジ!? 古いノリかと思ってた……帰ったら調べなきゃ……」
「話を続けてもいいかね? で、なぜ本当に時間を止めて撮るのかと言うと単純な話。あそこにいるお方、監督が本物志向の職人気質だからだ」
「そ、そんな理由で。それに、本物志向と言っても結局モザイクが入るんですよね……」
「それはいいんだ。で、さっき話した通り、報酬も払う。無論、君たち四人は能力に目覚めたばかり。
なのでリレー形式で女優の動きを止めてもらう。
限界が来たら次の者に、というわけだ。さ、わかったら離れて画角の外へ。まあ、女優の裸を近くで見たい気持ちは分かるがね」
「な、ぼ、僕は別にそんなこと……」
「はっはっは、元気なことだ。じゃあ、わしから行かせてもらおうかな。年寄りなもんでな。待っている間に寝てしまいそうだ」
「ふん、好きにしな」
「お任せしますよ」
「はーい、こっちは準備オッケーでーす! お願いしまーす!」
「では……いくぞ……はぁぁいやっ!」
お、す、すごい。みんな止まって、え? なん、なんで
「なんで……僕まで……」
「ほう、さすがは同じ、時間停止能力者。口がきけるか。だがその様子。三人とも動けないようだなぁ」
「ジジイ! てめぇ!」
「くっ」
「な、なんで、どうしてですか、おじいさん……」
「ふっふっふ、わしの能力名は『超停者』
婆さんと息子の嫁さんの喧嘩を止める際に発現したものなのだよ。
まったくあの嫁ときたら、ちょっとわしが着替えを覗いたぐらいで毎回毎回、うるさくてなぁ。
婆さんも婆さんで、わしをかばうと言うよりかは気に入らない嫁と喧嘩したいがためにギャーギャーと……。
それはさておき、揉ませてもらおうかな、ひひひひひ……うっ!」
「ふぅ、まったく……年寄りは我慢を忘れるから困ったもんだぜ」
「な、なにぃ! ま、まさかきさまぁ!」
「動けないだろ? 俺が止めたのさ。『休廷者』でなぁ。
じいさん、あんたが止めたのは嫁さんと婆さんの二人だろ?
スタッフを含め、この部屋にいる全員を止めるのにちょっと無理してるんじゃないかぁ?
俺が止めたのはバスさ。乗客は八人くらいかな?
俺がちょっと信号を無視しちまったら横から飛び出してきてなぁ。ま、この能力のお陰で法廷の出番はなかったというわけさ」
「ど、どっちも自分が悪いんじゃないですか……」
「ガキは黙ってな。さて、ま、それほど興味はないが胸くらい揉んでおこうか、うっ、な、なんだと!」
「おやおや、驚かれたことに驚きですね。話の流れからいって予想できたことでしょう」
「てめぇが俺を止めたのか!」
「そう、能力名は『停滞オン』私は朝が苦手でしてねぇ。遅刻してばっかり。
でもそのお陰で上司の説教中に発現したのですよ。いやぁ、上司含むオフィス全員を止めている間のコーヒーブレイクは最高でしたよ」
「は、早寝、早起きすればいいじゃないか」
「真面目な顔してお前もクズか!」
「の、能力名って、き、決める必要あるんです……か?」
「ピーピーとまったく……まあ、そこで見ていてください。私とAV女優の濃厚な絡みをねぇ……ば、馬鹿な……」
「まさか!」
「ガキ、お前……」
「……乗客ごとバスを止めた? オフィス全員? ははっ、少ないですね。
僕の能力名は……そうですね『一時精子』
僕はオナニー中にイキそうになる度に寸止めしていました。
それが能力発現のきっかけ。そして、一回の射精に含まれる精子の数はおよそ三億。
卵と言えどその数は膨大だ。あなた方は所詮、精子の延長線上にある、孵化した蛙。そう、井の中の蛙に過ぎなかったわけですよ」
「や、やるじゃあないか、坊」
「ふん」
「やりますね……」
四人は互いを見つめ、笑い出した。それは互いの実力を認め合ったからに他ならない。
しかし、彼らはまだ知らない。
これがやはり政府の企みであること。
この国の休火山が休火山である所以を。
エロと競争は人間の進化、成長の原動力であるのだ。