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9、洞窟から出てきたものは


 驚きの宣言だったのだけれど、ディータは言ってすぐにそのあたりの枝や蔓を使って罠を作ってしまった。

 それを地面に仕掛けて離れたところからしばらく見守っていると、鳥型モンスターがバサーッと飛んできて、その罠に引っかかった。


「え、すごい……何であんなふうに吸い込まれるみたいに罠にかかったんですか?」


 あまりにもきれいに罠にかかるから、それが不思議だった。何かコツがあるのなら、ぜひとも伝授してほしい。


「あの罠は、あの鳥モンスターにだけ使える技だと思ってもらっていい。というのも、あいつらは巣材を空から探す習性があるんだけど、ものすごく不器用なんだよ。だから、よく草むらや木に引っかかってる。その不器用さを利用して、あいつらが好きそうな枝を罠にすると、まんまと引っかかってくれるってわけ」

「へぇ。それを知っていたら、食料に困りませんね」


 こともなげに説明するディータに感心したのだけれど、彼は困ったように首を振った。


「今からいただく命に対してこんなことを言うのも悪いんだけど、人間にとってはあまりうまいもんじゃないんだ」


 そう言って彼が指差すのを見れば、上空を話題となっている鳥モンスターたちが飛んでいる。あれだけ数がいるのを見ると、人間に乱獲されていないということだ。美味や珍味で持て囃される味なら、きっともう少し数を減らしているだろう。


「なるほど……ということは、このモンスターは洞窟の声の主を誘き出す用?」

「そういうこと。じゃあ、今からシメるからね」


 ディータは鳥モンスターを罠から外すと、鮮やかな手つきでシメるところから羽を毟って〝肉〟の状態にするところまでをやってのけた。

 私も魚やキノコを採って食べることはあったけれど、こういった獣を仕留めて食べるまでをしたことはない。いずれできるようにならなければとは思うけれど、それが一朝一夕ではできないこともわかっている。


「火起こしは私がやりますね! それは、慣れているので」


 せめて調理の支度くらいはしなくてはと、私は手頃な石や枝をかき集めた。

 そして、洞窟の前まで戻って、焚き火の準備をする。

 石でぐるっと囲んだ円の中に小枝や乾燥した葉を並べてから魔法で火をつければ、すぐに火起こし自体はできる。でも、これを調理に使いやすい形状にするのが、少し工夫がいるのだ。


「この種火が消えないように、延焼しやすいように薪となる枝を並べていくんですけど、絶妙な間隔を開けてテントの支柱を立てるイメージでやるといいらしいんです」

「なるほど。すごい知恵だな」

「教会にいたとき、詳しい子がいたんです。その子はうんと子供のときから教会所属でモンスター狩りをしている子だったので、生きるための知恵がたくさんあったんです」


 ディータに褒められて、私はかつて自分に知識を授けてくれた人物――ミアのことを思い出していた。

 友達と呼ぶほど親しかったわけでも接点があったわけでもないけれど、私にいろんなことを教えてくれた子だ。だから、あの子が私のことをどう思っていたかはわからないものの、私は彼女が好きだった。


「いろんな子がいるんだな。その子もモンスターを狩って生活してるなら、いつか再会できたらいいな」

「はい。前より立派にやれているところを見せたいです」


 焚き火を囲んで少しでも寛いだ気分になったからか、昔のことを思い出してしまった。

 私がミアと出会ったのは、まだ子供のときで、魔法の修行のために教会に頻繁に出入りしていたときだ。

 剣の修行がしたかったのに却下され、淑女としてギリギリ許されると言われたのが治癒魔法中心の魔法の修行だった私の練習風景を見て、攻撃のほうが向いているといち早く見抜いたのがミアだった。

 私より少し年下なのにしっかりしていて、苛烈な性格ゆえに恐れられていたけれど、私は彼女のかっこいい生き様が好きだった。

 そう言うと彼女は「好きで選んだ生き方じゃない」と困った顔をしていたものの、粗野な中にも立ち居振る舞いからは高貴さを感じさせられて、それがすごくかっこよかったのだ。


「そういえばその子は少し、ディータさんに雰囲気が似てました。隠しきれない高貴さがあるというか」


 彼が肉を焼きながら思い出話に付き合ってくれていたから、私はついポロッとそんなことを言ってしまった。

 すると、ディータは驚いた顔をして、少し視線を泳がせて、それから何でもないように笑った。


「せっかく肉を焼いているのに、反応がないな。風向きが悪いのかもしれないから、魔法で少し風を起こしてくれる?」

「あ、はい」


 誤魔化されたのだ――そう感じたけれど、それを追及する気にはなれなかった。

 つい忘れがちになってしまうが、私にだって探られたくないことはある。それはディータも、誰しも同じなのだ。

 よく覚えておかなくてはと、肝に銘じながら魔法を発動する。


「お、何か言ってるな……」


 肉を焼く煙が洞窟の中へと入っていくようにと魔法でそよ風を起こすと、「ううううぅぅぅぅ……」という唸り声のようなものが聞こえてきた。

 それと同時に、先ほど耳にした「ぐぐぐぐぐううぅぅぅ」というような、不気味な音も聞こえてくる。

 きっと洞窟の中にはお腹を空かせたモンスターがいて、肉が焼ける匂いにつられて今まさに、表に出てこようとしているのだろう。

 足音もさせず、ただ不気味な音と声だけが近づいてくるのがわかる。

 あたりには肉を焼くいい匂いがしているのに、モンスターが出てきたら戦わなければならないという臨戦態勢というのがおかしい。

 それでも、気を引き締めて私もディータも洞窟の入り口をじっと見つめていたのだけれど、そこから現れたものの姿に驚いてしまった。


「……あれは、子豚?」

「いや、毛の生えたトカゲのようにも見えるぞ」


 トコトコと洞窟から現れたのは、恐ろしいモンスターなどではなく、小さな生き物だった。

 子犬くらいの大きさだけれど、犬では決してありえない。豚でも、たぶんトカゲでもない。

 鼻先が少し長いのが特徴の、ずんぐりむっくりした四足の生き物だ。おまけに、よく見たら背中に小さな羽が生えている。

 その生き物は、火で炙られている肉を見て「ううううぅぅぅぅ」と唸った。そして、その腹からは地獄の番犬の鳴き声もかくやというほどの轟音が響いている。


「こいつが何かはわからないが、腹が減っているのは間違いないな。おいで。俺たちはお前をいじめない」


 焼いていた肉を火から外すと、ディータは不思議な生き物に手招きしてみせた。

 それでも警戒して近づいてこないから、目の前でガブリと肉に齧りついてみせる。

 すると、生き物は狙っていた獲物を盗られたとでも感じたのか、そのずんぐりした足でタッタカ走ってきて、ディータが手に持つ肉にかぶりついた。


「よしよし。よく食えよ」

「ディータさん……大丈夫なんでしょうか?」


 肉を食らう生き物は、何ともいえない可愛さがあった。でも、だからといって警戒を解いていいのだろうかという不安がある。


「洞窟の中に何かいるんじゃないかってことなら、大丈夫だと思う。もしこの生き物より強いモンスターがいるのなら、こんなに間抜けなやつはさっさと餌にされているはずだ。そして、こいつの親がもしいるとしたら、こいつはこんなに飢えているわけがない。というふうに考えると、こいつは一匹だけでこの洞窟で腹を空かせてたんじゃないかな」


 生き物に肉を与えながら、ディータは推測を披露した。彼の説明はわかりやすくて、それを聞いて私も納得した。

 

「それに……もう〝不気味な声〟はしなくなりましたね」


 つまり、「洞窟の中の不気味な声の主を確認し、排除もしくは討伐」という依頼は無事に達成されたということだ。

 しかし、ディータは生き物を見て困った顔をしていた。


「こいつ……どうすればいいんだろうな。今の状態じゃ、排除したって言えないもんな」


 ディータの視線の先で、得体の知れない例の生き物は、お腹が満たされて地面の上に横になっていた。

 

「こいつを、討伐するのか……?」


 

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