表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/30

6、vs火吹き鳥

「……あれ、火吹き鳥たちですか?」


 薄暗がりの中からこちらをうかがっている無数の目。その大きさから、おそらくそれらが火吹き鳥なのだろうということはわかった。

 しかし、わかってはいても納得はいかない。卵を取ってくるだけの簡単な試験ではないことが、目の前の不穏な気配からビシバシ感じ取れるから。


「……おかしい。やつらは確かに温厚とは言い難い性格だ。でも、夕暮れ時には巣に帰っておとなしくしてるはずたんだよ。しかも、卵を温める場所と住処である巣は別々だったはず」

「だったら、本当ならコソッと卵を持ち帰れるはずだったんですね」


 ディータの話を聞く限り、本来の性質の通りならこの試験はかなり簡単だったのだろう。しかし、目の前の殺気立った火吹き鳥の大群を見れば、何らかの異常事態が起きているのはわかる。


「何でおねむの時間なのに眼がギラギラしてんの?とか、何で群れで行動しないはずなのに群れてんの?とか、疑問はいろいろあるわけだけど、今とりあえず考えなくちゃいけないのは、どうやってこの試験を突破するかだよな」


 言いながらディータは、剣を抜いて構えた。こちらをうかがう巨鳥たちも、じわりと動くのがわかる。

 両者の間に、ものすごい緊張感が漂っているのが伝わってきた。

 向こうがジリ……と動くたび、ディータもそれに合わせて動いた。

 四方を取り囲まれている。どこから、いつ、襲いかかられてもおかしくないのだ。


「……人里に来て悪さをするわけじゃない、無害なモンスターだ。なるべくなら、殺したくないな」

 

 ディータがポツリと呟いた。

 その直後、薄暗がりから光る目がとびだしてきた。


「イリメル、走って!」


 ディータに言われ、私は彼から距離を取る。


「俺が気を引いているうちに、卵を捜して取ってくるんだ!」

「はい!」


 彼の狙いがわかって、私は走った。無数の巨鳥たちが彼に集中しているあいだに、彼らを迂回して、森の奥へと。

 親鳥たちが殺気立っていたのはおそらく、卵を守るためだ。だとすれば、その守りたい卵があるのは、彼らがいた場所より奥のはずだ。


「……あった」


 視界を確保するために魔法で周囲を照らすと、辺りの地面が盛り上がっているのがわかった。

 火吹き鳥は土や落ち葉で塚を作り、そこに卵を隠すのだという。そうすると燃やして温めたあとの熱が保たれ、それでたまごを温めることができるらしい。

 私は塚のひとつを掘り、その中から卵を発掘した。

 ひと抱えほどもある、大きな卵。これはもし火吹き鳥たちが眠っていたとしても、何個も持ち帰るのは大変だっただろう。

 だから欲張らず、見つけたひとつを抱えた。


「……大変!」


 来た道を引き返そうと振り返ると、ディータが火吹き鳥たち相手に苦戦しているのがわかった。

 火吹き鳥たちはディータを囲み、容赦なく火を吐いている。彼はそれを大剣を振り回すことで生じさせた風で防いでいる。

 ディータが腰を落として弧を描くように大剣を振るうと、その軌道を追うように風が生まれた。その風は、火吹き鳥が吐いた炎が彼に届かぬように、防壁となっている。

 その剣さばきは鮮やかだ。決して剣先で巨鳥たちを斬りつけることなく、空間だけを斬っている。それによって起こる風も、炎を相殺するだけだ。

 けれど、一進一退の攻防戦なのは見て取れる。

 彼らに少しも攻撃を当てられていないことを考えれば、消耗戦において不利なのは圧倒的にディータだ。こんなことを続けていれば、早晩彼の体力が尽きてしまう。

 駆けつけて一緒に移動玉を使うにしても、まずは安全を確保しなくてはならない。バリアを張ろうにもタイミングが難しい。

 何とか傷つけず動きを止める方法がないかと考えて、私は咄嗟に魔法を放っていた。


「――凍てつく風!」


 それは、圧縮した水の粒子を強風で送り出すという魔法だ。

 火吹き鳥はその性質上、きっと寒さに弱いはずだ。だから、この凍えるような風を浴びれば動きを止められるのではないか――そう考えてやってみたのだけれど、それは狙い通りうまくいった。

 今まさにディータに向かって火を吹こうとしていた巨鳥たちが、氷の粒をはらんだ風に押し流され、その姿勢のまま動きを止めていた。

 

「助かった。……けど、やりすぎかな」


 駆け寄ると、動かなくなった巨鳥たちの中心でディータが苦笑いを浮かべていた。

 彼がこんな顔をするのも、無理はない。火吹き鳥たちはみな、さっきの魔法で凍ってしまっていたのだ。


「ごめんなさい……ディータさんは、大丈夫でしたか?」


 自分のしでかしてしまったことに気づいて冷静になると、ディータが震えているのがわかった。きっと、彼にも寒風は当たってしまったのだ。


「俺は大丈夫……一応ね。装備に魔防ついてるから」

「すみません。あ、卵は無事に確保できたので、戻れます」

「よかったよかった。あ、ちょっと待ってて」


 ひとしきり震えていたディータだったけれど、ふと何かに気がついたようにそう言って、森の奥へと走っていってしまった。

 しばらく待っていると、両脇に卵を抱えて戻ってきた。


「せっかくこいつらの動きが止まってるんならさ、多めに持ち帰らない手はないと思って」

「え、ありがとうございます」

「いいのいいの。こういうことやってこそ、付き添いの意味があったってもんだろ」


 私が両手でようやく持つことができる大きな卵をふたつも軽々と抱え、ディータは笑った。

 彼が火吹き鳥たちを引きつけていてくれたからこそこうしてひとつ持ち帰ることができたというのに、そのうえさらに卵を採取してきてくれるなんて、本当によく気が利く人だ。


「あと何個かいけるか? ……やべ、そろそろ解凍されそうだ」


 森のほうへ再び視線を向けて悪巧みしていると、凍っていた火吹き鳥の一部が震え始めた。

 もうすぐ〝解凍〟されてしまうとわかり、ディータは慌ててポケットから移動玉を取り出すと、それを地面に投げつけた。

 私たちは魔法陣の光に包まれ、再びギルドへと戻ってきた。


「おかえりなさい。いやーびっくり。お早いお戻りで」


 戻ったのはちょうど人が途切れる時間帯だったようで、受付カウンターにいた眼鏡の職員がすぐに気づいて声をかけてくれた。

 今日一日ですっかり馴染みになったような気分で、その顔を見て私はほっとした。

 でも、なぜだか隣にいるディータは少し苛立っているようだった。


「わあ、三つも持ち帰れましたか。上出来ですね」

「……あんた、簡単な試験だって言ったよな? どうなってんだよ、あれは」


 卵三つを見てウキウキとする職員に、ディータは語気を荒らげて詰め寄った。その気迫に、笑顔だった職員はたちまち震え上がる。


「どうなってるんだ、とは……?」

「しらばっくれるのか? 夕暮れ以降はおとなしいはずの火吹き鳥たちが、えらく殺気立ってたんだが?」

「え、あ、やっぱりですか?」

「やっぱりって何だよ!? 知ってて行かせたのか?」


 初めは目を合わせないようにして誤魔化していた職員も、ポロリと本音をもらしてしまった。それを聞けば、彼がディータの言っていることを理解しているのはわかる。どうやら、今回の異常事態を何も知らなかったというわけではないようだ。


「いや、知っていたわけではないです! 断じて! ただ、珍味として人気の火吹き鳥の卵が最近出回らなくなっているので、入手経路に何らかの異常が出ているのではないかと言うことは察してました! でも、そういったことを真っ先に調査しにいくのも冒険者の仕事ですし、何より不確かな情報を与えて不必要に不安を与えたくなかっただけです!」


 ディータに凄まれて、職員はペラペラと白状した。

 そんなに怖がるくらいなら最初から話せばよかったのにと思ってしまうけれど、彼には彼の事情があるのだろう。


「それにしたって、新米冒険者の、ましてや女の子に何の情報も注意喚起も与えず送り出すってのは、ギルドの理念に反するんじゃないのか? ギルドの存在意義は、冒険者の快適で安全な冒険生活の確保だろうが」

「お、おっしゃる通りで……でも、だからそのためにディータさんを同行させたんじゃないですか。あなたがいれば、大抵のことは大丈夫だろうと判断しましたし、事実、異常があってもこうして戻ってきたわけでしょう? さすが!」


 凄まれて震えていたはずなのに、職員は媚びた笑みを浮かべ、揉み手していた。

 あからさまにおだてられているのだけれど、そうされると悪い気がしないのも人間だ。

 怒っても無駄だと思ったのか、ディータは取ってきた卵をカウンターに置き、大きめの溜め息をついた。


「ともあれ、こうして卵を取ってきたわけだ。しかも三つも。これなら、イリメルは無事に本登録できるはずだよな? 当然、Eより上のランクで」

「それはもちろん」


 職員がすぐ頷いたのを見て、私はほっとした。

 正直、試験をうまくやり遂げても、また何かと条件をつけられるのではないかと思っていたのだ。

 そのくらい、教会を通じてギルドに無許可の討伐を行っていたことが、私の中で引っかかっているから。

 でもこれで、私も晴れてギルドに登録された冒険者になり、堂々とモンスターと戦いにいけるのだ。

 そう思っていたから、続く職員の言葉に私は絶句してしまった。


「それでは、登録料として一万ゼニー納めていただきますね」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ