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28、邪竜との戦い

 私の声が届いたのか、ディータはこちらを見上げた。

 それから、信じられないものを見るような目をして、そのあと笑った。

 彼から少し離れたところに、スイーラが降り立つ。だから私は、「よくやったね、偉いね」と褒めてから、スイーラの背を降りた。


「……遅くなってしまって、ごめんなさい」


 さんざん迷ってから、口にできたのはそんなひと言だった。

 本当はもっと言いたいことはあったはずなのに、いざディータを前にするとうまく言えなかったのだ。

 その代わりに私は、ここまで抱えてきた大剣を差し出す。

 ただの剣ではない。いつかのときにディータがじっと見ていた魔法剣だ。どうしても渡したくて、フランツに頼んで大急ぎで手配してもらったのだ。

 ディータはそれを見てハッとした顔をしてから、迷いつつも受け取ってくれた。


「……どうしてこれを?」

「前にディータさんがじっと見てたので、ほしいのかなって。いつか恩返しとしてこの剣をプレゼントしたかったので、するとしたら今しかないと考えたんです」

「そうか……ありがとう」


 剣の使い心地を確認するように何度も柄を握りながら、ディータはアヒムとミアを見た。おそらく、謝罪の言葉をどう切り出そうか考えているのだろう。

 それを察知したように、ミアが口を開いた。


「聞きたいことも言いたいこともたくさんあるけど、そんなの後でいいから。とりあえず今は意思確認よ。あんた、邪竜をぶん殴りに行く気ある? あるんならさっさとスイーラの背中に乗って」

「僕の背中でもいいですけど。ひとりくらいなら、乗せて飛べますよ」


 ミアはディータの決断を急かし、アヒムは混乱させるようなことを言う。

 それを聞いてディータはしばらく困った様子を見せたものの、最後は笑いだした。


「アヒムに乗るのは遠慮しておく。英雄になるつもりはないが、まかり間違って後の世に語り継がれるときに〝男の背に乗りし英雄〟なんて言われたくないしな」


 そう言って、スイーラの背に乗った。私も彼に引き上げてもらって、再び鞍に腰かける。


「みんなも気づいてると思うけど、もうずいぶん邪竜の棲家は近い。様子のおかしくなったモンスターもたくさん出てくる。気を引き締めていこう」


 ディータの号令にみんなで「はい!」と応じたのを合図に、スイーラは飛び立った。

 それから先は、確かにディータの言った通り大変だった。

 鳥が、コウモリが、虫が、様子も見た目もおかしくなって飛び掛って来るのだ。

 邪竜の棲家が近づくにつれて瘴気が濃くなって、それによって変異してしまうというのは理解できても、その量と勢いが尋常ではなかった。

 モンスターをそれぞれに攻撃しながら道を切り開いていくのは、なかなか骨が折れることだった。

 だから途中からアヒムと力を合わせてバリアを張って進んでみたのだけれど、そうすると大量のモンスターがバリアにぶつかってはそこに張り付いて死んでいく姿に心が折れかけて、やはり斬って捨てていくしかなかった。

 でも、そんなこともいつまでもは続けられない。


「あーもう! こんなんじゃ邪竜のとこにたどり着く前にみんな疲れちゃうじゃん!」

「こうなったら、〝アレ〟をやるしかないみたいだね」


 ミアが焦れたように叫ぶと、アヒムが彼女にスッと背中を差し出した。

 私たちには〝アレ〟とやらはわからないけれど、ミアにはわかるらしい。仕方がないという顔をして、嫌々構えを取った。その手には、どこから取り出したのか鞭が握りしめられている。


「ここはあたしたちに任せて、あんたたちは進んで」

「任せるって……」

「あたしはこいつに乗って戦うから、気にせず邪竜のところへ飛んでいきなさいって言ってんの!」


 そう言うや否や、私の理解が追いつくより先に、ミアはビシッと空気を震わすほどの音を立ててアヒムの背を、お尻を鞭で打った。

 何度も、何度も、それは振り下ろされる。

 アヒムは唇をキュッと引き結びそれに耐える表情を浮かべていたが、やがて堪えきれないというように喜びが花開いたみたいな顔をした。


「ああっ、ああ……いっくよ〜〜〜〜っ!!」

「うっさい!」


 アヒムが叫んだその瞬間、彼の足先から大量の魔力が噴出した。それを見逃さずミアがその背中に飛び乗ると、アヒムはそのまま勢いよく飛んでいった。

 激流を下る丸太のごとく猛スピードで宙を進むアヒムと、その背で的確に鞭を振るうミア。

 病にかかったときに見る悪夢のような光景なのに、目の前の邪魔なモンスターたちは確実に数を減らしていた。

 それどころか、私たちが進む前には道が拓けている。


「終わったら、あんたんち集合ね! 勝手に宴会始めてるから早く来なさいよ!」

「わかりました」


 アヒム号を乗りこなす女王様と化したミアに手を振って、私たちはスイーラに乗って進み続けた。

 先ほどまでとは比べものにならないほど濃い瘴気に包まれていて、そのせいか荒れ狂うモンスターたちすらいない。

 おそらく、これだけの濃さになると生き残ることができないのだろう。

 それに気づいたから、私はディータとスイーラ、それから自分に加護魔法をかけた。少しでも瘴気の影響を軽減できるように。

 進み続けると、木々が枯れ、空気が目に見えて濁ってきたのがわかった。

 それに、ものすごい圧を感じる。

 強者を前にしたときに感じる、圧倒的な格の違い――邪竜が近いのだ。


「いたぞ! あれが……」


 遠方を指差して、ディータが声をあげた。

 彼の視線の先にあるのは、黒々とした岩肌だ。最初は地面の割れ目かと思ったが、それが動いているのがわかる。

 私たちに気づいて、それが鎌首をもたげた。

 地面の割れ目と見間違うほどのものが、横たわる邪竜だったのだ。

 地を這うものなら地上に降りたほうが戦いやすいのだろうか――そんなことを考えたのも束の間、邪竜は勢いよく伸び上がった。

 

「来るぞ!」


 目の前で起きていることが呑み込めないうちに、邪竜は宙へと体を伸ばしてきたのだ。

 それは水上を這う蛇のように、ぬるぬる動いてこちらへ近づいてくる。そして、その体をしならせて、スイーラごと私たちにぶつかってこようとした。


「やめて!」


 私はとっさに杖を振って、火球を放って邪竜にぶつけた。痛かったのか怯んだ動きを見せたから、連続でぶつけていく。

 しかし、邪竜の体表は硬い鱗で覆われている。そのせいか、やがてただの火球では慣れられてしまった。


「くそっ……耳が」


 火球をぶつけられたことに腹を立てたのか、邪竜は咆哮をあげた。

 それは、この世の不快な音をすべて集めて合わせたような、鼓膜を、頭蓋を揺らすような気持ちの悪い音だった。

 しかし、スイーラも負けていなかった。

 不愉快な音を出した目の前の存在を黙らせようとでもいうのか、勢いよく飛びかかってその喉元に喰らいついたのだ。

 スイーラに噛まれて、邪竜の咆哮は止んだ。


「あの子はあの子で戦いたいみたいだ。邪魔にならないよう、俺たちはタイミングをみて邪竜の背中に飛び移ろう」

「はい」


 スイーラは邪竜に噛みつきつつも、私たちを落とさないよう気をつけているのがわかった。そんなふうに気を使わせたままなら、きっと勝つことはできない。

 それがわかったから、私たちは呼吸を合わせてスイーラの背中から飛んだ。

 ふわっと宙に浮いて、そのまま落下しそうになる。

 そんな私の手を引いて、ディータが邪竜の体を蹴り上げた。その反動を使って、投擲するように私の体を邪竜の背に投げる。私が着地を果たすと、次いでディータも落ちてきた。


「うわっと……ごめん」

「いえ、大丈夫です」


 姿勢を崩して抱き合って伏した格好のまま、私たちは動けなくなった。

 当然だが、邪竜の背中の乗り心地は大変だ。スイーラに噛まれて身を捩っている最中のその体は、絶えず揺れていた。

 それでも何とか鱗の出っ張りに手をかけ、私たちは振り落とされないようにする。


「……こいつさ、たぶん完全に目覚めるにいたってないんだろうな。じゃなきゃ、俺たち瞬殺だろう」

「五十年前に目覚めたときに、ひどく暴れたんですもんね……まだ眠りが足りないんだろうな」

「おそらくは」


 私たちはこの状況を、冷静に分析した。

 かつて小国とはいえ国ひとつを壊滅させた邪悪な存在だ。それが小竜に噛みつかれ、人間ふたりに背中に張り付かれているなんてあってはならないことだろう。

 

「今ここで倒しておいたら、また目覚めるのを先延ばしにできるってことですよね」

「というより、俺たちに倒せるのは今しかないんじゃないかって思うな」


 背中にしがみついているのがやっとのくせに、私たちが考えているのはひとつのことだった。

 捨て身でもなんでも、この邪悪な存在が不完全なうちに倒してしまわなければならない。

 そのための方法を、必死で考えた。


「ディータさん、あそこ……あの鱗だけ、色が変だと思いませんか?」

「本当だ。……あきらかにさ、攻撃してくれと言わんばかりだな」


 背中に張り付いていたと思っていた私たちは、いつの間にか腹側に近いところに移動していた。でも、そのおかげで邪竜の脇腹におかしな色の鱗があるのがわかった。

 全体的に黒光りする深い紫色をしているのだけれど、そこだけ赤黒いのだ。それに、心なしかジュクジュクしているように見える。


「……あれさ、絶対に攻撃されたら痛いよな。治りかけのかさぶたが剥がれたみたいな色、してるもんな」

「かさぶたが何かはわかりませんが、痛そうなのはわかります。――あそこに、魔力をチャージした魔法剣をぶっ刺しましょうか」

「ぶっ刺すって……イリメル、チャージの仕方わかるのか? いい剣だなと思ってほしかったけど、俺も使い方知らないんだよ」


 敵を倒せるかもしれないというところまで来たのに、私たちはどこまでいっても行きあたりばったりだった。

 成り行き任せの、急ごしらえの聖女と勇者だから仕方がない。

 私たちは、出会いからしてすべてが行きあたりばったりなのだ。

 だからそれは、きっと邪竜を倒すその瞬間までもそうなのだろう。


「わからないので、ディータさんがあの場所に剣を突き立てた瞬間、雷魔法を落とします」

「え、それだと俺……」

「はい。危ないのですぐに手を放してくださいね」


 そんな相談をしているうちに、時間がもうないことがわかってしまった。

 先ほどまで邪竜に噛みついていたスイーラが悲鳴をあげたのだ。見ると、どうやら歯が一部折れてしまったらしい。

 いくらおやつに魔石を噛み砕いて食べているとはいっても、硬い鱗で覆われた邪竜に噛みつき続けるには歯は強度に欠けたようだ。

 それでも、再びスイーラは向かっていく。今度は前足を伸ばして、その爪でもって邪悪を痛めつけようというように。


「……やるしかないな。よし、いくぞ」


 これ以上はスイーラが可哀相だと、私もディータも覚悟を決めた。

 ディータは片手に剣を握ると、もう片方の手だけで素早く脇腹へと登っていき、色の違う箇所目がけて剣を振り下ろそうとした。

 そんな彼にバリア、攻撃力増強、肉体強化の魔法を即座にかけ、私は杖を手に集中する。

 イメージするのは、イナビカリタケと戦ったときに使った強大な雷魔法だ。


「――絶対の投槍(グングニル)ー!!」


 私は杖から放たれる雷魔法が稲妻のように迷わずまっすぐ魔法剣へ届くのを想像して、叫んだ。

 頭に思い浮かべたとおり、鋭い閃光は宙を切り裂き、突き立てられた剣へと届いた。

 魔法を受け、剣は輝き出す。

 それを見届けるより先に、ディータの体が落下していくのがわかった。


「ディータさんっ!」


 魔法剣の攻撃を受け、邪竜の体が霧散しはじめた。まるで穴を空けられた風船のように、風に翻弄されながら宙を錐揉みして飛んでいく。

 私の体も宙へ投げ出され、落ちていく。せめてディータを捕まえられればと手を伸ばすのに、力なく落ちていく彼の速さには追いつけない。

 おそらく、手を離すのが遅くて彼は雷槍の影響を受けたのだ。

 このまま意識なく地面に叩きつけられれば、きっと無事ではすまない。

 せっかく邪竜を討伐したのに、こんな幕引きあんまりだ。


「う、わっ」


 私の体が、突然宙に浮いた。いや、浮いたのではない。安定感のある場所に落ち着いたのだ。

 スイーラが、降下して助けに来てくれたのだ。それがわかったから、私は鞍に掴まってもう一度手を伸ばす。


「スイーラ、もっと速く! ディータさんを助けなきゃ!」


 私の呼び声に応えたのか、スイーラがさらに加速する。

 そして、あとわずかで地上というところでディータの体をすくい上げ、そのまま地面を力なく滑っていった。

 


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