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23、思わぬ再会と神託

「ディータさん、どうかしましたか……?」


 彼がずっと森の木々やその葉の付き具合を観察しているのが気になって、私は声をかけた。

 

「いや……魔イノシシが村の作物を荒らすのは森に食べ物がなかったからかと思って。でも、不作なのは間違いないが木々が病気になっているわけではないんだなと気づいたんだ。たぶん、この蜂が関係してる」


 説明しながら、ディータは今度は地面に転がる巨大蜂の死骸を見ていた。


「木が実をつけるには、受粉を手伝ってくれる虫がいるだろう? その虫を食べるなり脅かすなり巨大蜂がしていたとすると、今年の不作の説明がつく」

「つまり、この蜂のせいで果物が採れなくなり、イノシシ型モンスターたちは人里に下りなくてはならなくなったんですね……」


 いざ人里にやってきたのを見つけたら退治しなければならないのは確かなのだけれど、イノシシたちにも事情があったと考えると少し胸が痛んだ。

 かといって、野放しにすることなどできない。原因がわかっても、だから許すという話にはならないのだ。


「じゃあ、今年はもう仕方がないとして、来年以降はこの巨大蜂を討伐しておけばイノシシ問題はクリアできるんじゃない?」


 説明を聞いて考えていた様子のミアが言うと、ディータは考え込んでから首を振った。


「部分的に見ればそうなんだが、それじゃ解決にはならないと思う」

「巨大蜂がなぜ小さな虫を脅かすようなことをしたのか、その原因を取り除けていないから――ですよね?」


 ディータの考えていることがわかるのか、アヒムが彼の言葉を引き継いだ。さっきまでなぜか私が巨大蜂を叩き潰したことに興奮していたのに、今はキリッと真面目な顔をしている。


「今、各地で異変が起きています。それはおそらく、ひとつとして無関係なものはないんです。巨大蜂が小さな虫をどうにかしたから受粉が行われず実がならなかった。実がならなかったから魔イノシシは食べ物に困って人里で暴れた。たぶん巨大蜂も何かのっぴきならない事情により、小さな虫を脅かす行動をしたんです。イナビカリタケが凶暴化したり、魔石猿が日頃と違う動きをしたりしたのも、おそらく原因があるんですよ。だから、部分的に解決しても無意味だということです」


 アヒムは地面に図式を書きながら、わかりやすく説明してくれた。

 それを見れば、私たちがこれまで目にしてきた世界の異変が、何か大きな繋がりを持っているように見える。

 きっと、その大きな繋がりを探り、絶つことができなければ、ひとつ潰してもまたひとつ……と問題は浮上するのだろう。


「とりあえず、魔イノシシをどうにかするかは明日以降考えよう。暗くなる前に、今日のところはシュティール家の領地屋敷に戻ろうか」

「そうですね」


 ディータはまだ難しい顔をしたままだけれど、ひとまず話は済んだようだ。これ以上ここでできることはないから、私たちは促されるまま帰路につく。

 これは数日がかりの調査になるだろうし、イノシシの問題を解決するには時間がかかるだろうなと私は考えた。

 とはいえ、まずは屋敷に戻ってみんなをもてなして、今日の疲れを取ってもらわなければいけない。

 せっかく来てくれたのだから、ここの土地の美味しいものを食べてほしいなとか、何か楽しいことができたらなとか、そんなことを頭の中で計画していた。

 これから難しい問題に取り組むというのに、浮かれていたのだ。仲間を、親しい人を家に招くというのが久々だったし、こんな形であれディータたちを故郷に連れてくることができたのが嬉しかったのである。

 だから、屋敷に帰り着いて目に飛び込んできたものに、頭をガンと殴られる心地がした。


「……エーリク様と、レーナさん」


 ドアを開けてすぐの玄関ホールにいたのは、並んでうなだれて床に膝をつくかつての婚約者と、その彼が夢中になった女性の姿だった。

 彼らの後ろには、神官たちが数人控えているし、うちの兄が困った顔をしてその傍らにいた。

 何よりも異様なのは、エーリクとレーナの手に木製の枷がつけられていることだ。

 その姿は、まるで罪人だった。


「……ただいま戻りました。お兄様、これは一体どういう?」

「この二人は、お別れに参ったのです。最後にどうしても、イリメルさんにお会いしたいと」


 私が尋ねると、フランツが答えるより先に神官のひとりが口を開いた。

 フランツを見ると、困ったように目を泳がせている。その顔を見れば、彼が手引して今ここにいるわけではないのだろう。それがわかっただけでもよかった。

 

「うわ……やっぱ裁かれるんだ。何かさ、その女が自分の彼氏である公爵子息のほうが王位に相応しいとか騒いだんでしょ」


 二人の姿を目にしたミアが、声を落として囁いた。それは今初めて聞く話だったから、私は驚いてしまう。

 確かにエーリクの実家であるアルタウス公爵家といえば、血筋を辿れば王家に連なる。しかし、それが王位に相応しいかどうかの話には繋がらないのだ。

 でも、レーナにはそれがわからなかったのだろう。

 だから無邪気に、もしくは欲に目がくらんで、エーリクこそが王位を継ぐべきなどと口にしてしまったらしい。

 それがわかると、彼らの今の姿にも納得だ。評判が悪いどころの話ではない。下手をすれば王家への反逆罪だ。

 つまり彼らは、この国の危険分子と見なされたのである。


「この方たちは、神託を受けたのです。復活した邪竜の贄となるべしと。さすれば世の混乱は収まり、再び安寧がもたらされると」

「邪竜、だと……?」


 神官の言葉に、ディータが反応した。

 不審がっているのかと思ったけれど、その顔に浮かぶのは驚愕と、それから恐れだ。

 どうしたのか尋ねようとしたけれど、それより先にレーナが口を開く。


「これは、神様があたしに与えてくれたチャンスなんです!」


 消沈していたかと思ったのに、顔を上げたレーナの目は輝いていた。そこには後悔も、申し訳なさも感じられない。


「あたしとエーリク様はただ愛し合っただけなのに、周りの人たちに認めてもらえなくて、たくさん苦しい想いをして、誰もわかってくれなくて……でも、神様はあたしたちのことを見放さなかった!」


 周囲が戸惑っていることにも、神官たちが冷ややかな目で見下ろしていることにも気づかず、レーナは語り続ける。

 その横で何も言わず力が抜けているエーリクが、少し気の毒になるくらい。


「世界を困らせている邪竜をあたしたちが鎮めれば、みんなあたしたちが正しかったって気づいてくれるはず。ううん……それだけじゃなくて、あたしたちは世界のために命をかけた聖女と英雄として、後の世まで語り継がれるのよ! 真に愛し合った悲劇の恋人同士として!」


 レーナは完全に悦に入っていた。

 彼女が演説する間、その胸はふるふるふるんと元気に揺れていた。でもそれを見ても、私はもう羨ましいとは思わない。

 ただただ、長年隣にいた私よりも彼女を選んだエーリクが今どんな顔をしているのか、それだけが気になった。

 「きみは強いからひとりでも平気だよね?」と言った美しい顔には、どんな表情が浮かんでいるのだろうか。


「では、お別れも済んだので我々はいきます。贄を邪竜の巣へと捧げれば、異変も収まるでしょう」


 神官はそう言って、二人を引き立てて連れて行ってしまった。

 すれ違うとき、ようやくエーリクと目が合った。彼は、あきらめたみたいに薄く笑っていた。


「……死んで、命をかけて、〝正しかった〟ことにしてもらうんだ。それしかもう、許される道がないから」


 そう言って、エーリクは神官に連れられて屋敷を出ていってしまった。

 パタンと扉がしまって、沈黙が落ちる。

 ディータたちの顔を見れば、彼らが戸惑っているのがわかった。

 当然だ。依頼を終えてひとまず帰ってきただけなのに、いきなり意味不明の修羅場を見せられたのだから。

 私はとりあえず説明しなくてはと、頭を悩ませる。何を言えばいいのか、何から説明すればいいのか、全くわからないけれど。


「えっと……さっきの人たちは私の元婚約者とその恋人です。私、彼に『きみは強いからひとりでも平気だよね』と言って婚約破棄されたんです。『レーナは僕が守ってやらなくちゃいけないから』って。二人は、真実の愛とやらに目覚めたらしいんですよ」


 話し始めたら、口が勝手に動いた。

 私はエーリクに言われたことや、私と婚約破棄したあと彼らがどんなふうに見られているかや、レーナが口走ったらしい問題発言について語っていた。

 これまでずっと、誰にも語ったことはなかったのに。話題にしようという気すら起きなかったのに。

 話しながら、自分が今とても腹を立てていることにも気がついていた。

 腹が立つなんていう、そんな可愛らしい表現では足りないかもしれない。

 体中の血液が煮えたぎり、勢い良く全身を駆け巡って行く。そのために、心臓が激しく動いている。

 その衝動を外へと爆発させないようにしながら、気がつくと私は呟いていた。


「……私、邪竜を倒しにいきたいです」


 


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