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19、気まずい二人(sideディータ)

 教会近くの森だからか、とても静かだ。

 そんなところでさっきまで魔石花火をバンバン上げていたなんて、少し信じられない。

 というより俺は、こいつの行動以前に、こいつのことを信用していないわけだが。


「イリメルさん、あんなに慌てちゃってどうしたんでしょうね」

「さぁな」

「それにしても、ご主人様とイリメルさんが知り合いだったなんて。世間は狭いですね」

「そうだな」


 魔石花火によりアヒムのご主人様らしいミアという少女を呼び寄せることに成功したのたが、どうやらイリメルと彼女は知り合いだったとのことで、今は二人きりで話している。

 それで取り残された俺は、スイーラとアヒムと一緒にいる。

 別に喧々するつもりはないのだが、どうにもこいつに対して警戒心が拭えないのだ。

 もちろん、考え過ぎかもしれない。でも何となく、居心地の悪さを感じるのだ。

 スイーラは警戒していないどころか、こいつのことを気に入っているみたいで複雑な気分だ。ただ、動物に好かれる人間という点では、少しだけ評価しているし信じてはいる。

 スイーラの成長に魔力が必要だとこいつが気づいてくれなければ、もしかしたら栄養が足りずに病気にさせてしまったかもしれないのだから。


「スイーラくんは、すくすく育って可愛いですね。さぞや立派な竜になるでしょう」

「……竜?」


 地面に散った魔石の欠片を集めて遊んでいるスイーラを見ていると、アヒムが不穏なことを言った。

 確かにスイーラは得体のしれない生き物だが、よりにもよって竜だなんて……あまりにひどい言いがかりだと思ってアヒムを軽く睨むと、彼は悪びれる様子もなく肩をすくめていた。


「なぜそんなに竜を忌むのですか? 邪竜ばかりではないんですよ。それに今時、邪竜であっても普通の人ならそんなに嫌いませんからね」


 アヒムは含みのある言い方をして、俺を見透かすように見る。

 時折見せるこの視線が、俺はすごく嫌だ。変態的な部分よりも何よりも、こいつの何か知っている感じがどうにも嫌なのだ。

 今さら暴かれるものも暴かれてまずいものも、ないつもりだ。でも、俺の知らないところで俺の何かを知っているやつがいるのならと考えると、どうにも落ち着かない不快な気持ちになるのである。


「そういえば、かつて邪竜によって滅ぼされた国がありましたね」


 ふと、アヒムは世間話でもするかのように切り出した。

 それを聞いて確信する。やはり、こいつは俺の何かを知っている。


「小さくても豊かで平和な国。多くの人が死に、残りも散り散りになった。王家の人間もごくわずかに命からがら逃げ延びたという噂ですが、今はどこで何をしているのでしょうね」


 昔話の続きを考えるのを促すような、そんな聞き方だ。

 こいつは一体何を知っていて、そして俺に何を語らせようとしているのか。

 気になるところだが、残念ながら俺には語ることは何もない。本当に、何もないのだ。


「国がなくなれば、逃げ延びた先で何とか生きてくしかないだろ。当時のことを覚えている人間も、もういないだろうし」


 この話に興味はないし、俺に語れることがないとわかれば、アヒムもあきらめてくれるだろうか。

 そんなふうに考えたが、こいつはなかなかねちっこい性格らしい。片眼鏡の奥の目を見れば、こいつがまだ興味を失っていないどころか、ますますこちらに関心を持ってしまったのがわかる。

 さっぱりした性分でないのはわかっていたが、こんなにもまどろっこしくあきらめが悪いとは思っていなかった。


「その国には、伝説があるそうですね。聖女を得た英雄は、どんな敵をも打ち倒すことができる、と。イリメルさんはさながら、ディータさんの聖女なのかもしれませんね」


 探りを入れるために伝説の話を持ち出してくるとは、一体こいつは何なのだろうか。

 しかも、的確に俺が嫌がることを言ってくる。

 確かに俺は、その伝説を知っている。イリメルと出会ったとき、伝説が頭をよぎりはした。

 だが、そうならないようにとこれまで彼女に無理はさせてこなかった。それをどうにも彼女は寂しく物足りなく感じていたようだが、俺の本音としては彼女を戦わせたくないのだ。

 女だから下がっていろとか、そんな理由ではない。

 俺の都合で、俺の隣に並び立つ女性にしたくはないのだ。

 伝説を聞いた子供のときから、ずっと違和感があったのだ。〝聖女を得る〟って、何なのかと。

 聖剣や何かだったら、まだわかるのだ。それが英雄の証になり得ることも、英雄にとって敵を打ち倒す必要なものであることも。

 だが、聖女とは女性だ。女性は物ではない。

 手に入れるという考え方が嫌だし、英雄の都合で彼の戦いに駆り出される聖女が気の毒だ。

 そんなふうに考えてきたから、イリメルをなるべく戦いから退けたいと思っているのだ。

 彼女と出会ってすぐ、伝説の聖女の存在が頭を過ぎったからこそ、絶対にそんな扱いしないと決めている。

 俺はただ、イリメルのしたいことをさせてやりたいだけだ。危ないことなら当然止めるが、できうる限りサポートして、叶えてやりたい。

 己の強さを知りたくて戦っていると言った、イリメルの意思の強いまっすぐな瞳が、忘れられないのだ。

 危なっかしくてたまらないところも、いつかの自分に重なるから。

 きっと、ずっと一緒にはいられない。だからこそ、共に行動できる間は俺が守ってやりたいのだ。


「アヒムが俺とイリメルの関係をどう見てるのかは知らねぇけど、俺は、誰かを都合のいい聖女に担ぎ出したりしたくねぇな。英雄じゃなくて、ただのしがない冒険者だし」


 アヒムがどういうつもりで聞いたのかはわからないものの、釘は刺しておくべきだろう。

 さっきミアって子が言っていたような、没落した家を再興させようとしたり、なくなったものをもう一度呼び起こそうだなんて考える連中は、どこにでもいるからだ。

 なくしたものを取り戻したいだとか、過去の栄華に縋りたい気持ちはわからないでもない。だが、それで巻き込まれたのでは、今を生きる人間にとっては迷惑でしかないのだ。

 少しきつく言ってしまったからか、アヒムが気まずい顔をして、それから黙ってしまった。

 こんな反応をするから、俺はこいつを警戒しつつも全力で突っぱねられない。善良さを感じるまではいかないが、妙に人間ぽいというか何というか。

 もともと共通の話題もなく、性格が合うわけでもないから、アヒムが黙ってしまうと沈黙が続いた。

 時々ひとり遊びに飽きたスイーラが拾った小枝や草を持ってきて見せるから間が持ってはいるが、正直気まずかった。


「すみません。ディータさんの髪色がこの国ではお見かけしないものだったので、もしかして亡国の民かと思ったのです」


 気まずい雰囲気になったことへの謝罪なのか、アヒムが申し訳なさそうにしていた。とはいえ、謝罪と一緒に新たな話題をぶっこんでくるあたり、あまり反省はしていないのだろう。

 もしかしたらこいつは何かはかりごとをしているわけではなく、単に気になることの答え合わせをしたいだけなのかもしれない。

 とはいえ、その答え合わせに付き合ってやるつもりは毛頭ないが。


「そんなに珍しいか? 冒険者生活でさして手入れもできなくて、ただ日に焼けた髪だよ」


 髪色のことは時々指摘されるが、いつも大抵こう言えばみんな納得する。髪が傷んでいるのは事実だし。

 今度イリメルに髪の手入れ方法でも聞いてみるのもいいかもしれない。彼女は自分の髪の手入れはもちろんのこと、スイーラの毛並みの手入れも怠らない。おかげでこの育ち盛りの謎の獣は、いつも体をツヤツヤさせている。

 それから話題はスイーラの持ち歩きおやつのことへと移り変わった。魔力の補給が大事な生き物だから、外出のときに持っていくおやつはモンスター肉の干し肉なんかがいいのではとアヒムは言っている。

 俺はテイマーと一緒に行動したことがないからわからないが、モンスターを連れ歩く冒険者はそれらの食べ物にもかなり気を使い、こだわり野菜を育て始める人までいるのだという。

 そんな話を聞くのが面白くて油断していたところに、アヒムがまた際どいことを聞いてきた。


「そういえば、ご存じですか? かの亡びた国では代々王位を継ぐ者には共通の愛称があったそうですね。〝ディディ〟もしくは〝ディータ〟という。ディートリヒのもじりでしょう」


 何でもないただの雑談を装いながら、ほとんど核心に近いことを言ってきた。

 こんなことをわざわざ言うなんて、()()()()()()()()()と言っているようなものだ。

 この国でも別にディータという名前の響きは珍しくないから、これまで誰にも指摘されたことはない。

 こいつはどうやら、本当に物知りなようだ。


「へえ。アヒムは物知りなんだな」


 知っているとも知らないとも、俺は答える必要はない。どうせ、こいつはおそらくあらかたのことは知っているか気づいているのだから。

 それならそうとはっきり言えばいいくせに、こんな迂遠なことをするところが本当に苦手だ。

 これからイリメルとの冒険者生活に役には立つだろうが、やっぱり仲間に入れるべきではなかったのではないかという気がしてくる。

 イリメルがきっと放っておけなかっただろうから、仲間に入れただけだ。それに、スイーラの歯固めにちょうどよかったのも確かだ。

 でも、最初の二人と一匹でやっていくのがよかったんじゃないかと、今は後悔している。

 アヒムが加わったせいだけではないのだろうが、波乱のにおいがしているのが嫌だ。

 俺は、イリメルとの日々がずっと続けばいいと思っている。

 それがたとえ永遠ではなくても、ずっとは無理でも、できる限り長く続いてほしいと。


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