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14、まいごのまいごの

「え……いすって、あの、この人は……?」


 戸惑って尋ねるものの、ゴブリンたちはそれ以上語ることはないというように、だんまりを決め込んでいる。

 もしかしたら、説明できないということかもしれないけれど。

 どうしようかとディータと顔を見合わせて、再び〝いす〟に視線をやると、バッチリ目が合ってしまった。

 縛られた状態から、どうにか首をひねってこちらを見たらしい。


「さあ、早く座ってごらんよ」

「……え?」


 〝いす〟――椅子は、黒髪で片眼鏡をかけた理知的な雰囲気の男性だ。椅子がそんな人物だったこと、突然しゃべりだしたこと、そしてその内容に、私の頭は混乱していた。


「ちょっと待ってください……ゴブリンは人間を捕らえて椅子……座るものにしてしまう文化があるんですか?」


 私が状況を整理しようと尋ねると、ゴブリンたちはすかさず首を振った。そして男性も「これは僕の趣味」と高らかに宣言する。


「おれたち、にんげんすわる、しない。でも、こいつじぶん、いすいう。おれたちいらない、やる」

「つまり、おかしなものを私たちに押しつけようと?」

「にんげん、にんげんいっしょがいいおもう」

「……この人があなたたちの村に来た経緯を教えてください」


 とりあえずゴブリンたちがこの男性を持て余し、困り果てていることがわかったため、私は話を聞くことにした。

 すると、どのゴブリンたちも次々に口を開いた。


「わなかかってた」

「おれたち、にんげんくわない」

「ぶってもよろこぶ」

「でてかない、ずっといる」

「いたい、よろこぶやつ」


 などなど、断片的な単語を組み合わせるだけでも、この男性がいかにクセが強く、手を焼かされていたかがわかる。

 ようはこの男性はゴブリンの罠にかかっていて、解き放ってはみたものの居着いてしまい、追い出そうと痛めつけても逃げ出さないどころか喜ぶから迷惑しているということらしい。

 ただでさえ別の種族で扱いが難しいのに、こんなにクセが強ければ持て余すのは当然だろう。同種族に持って帰ってくれと頼むのも、無理はない。お礼として寄越してくるのは、どうかと思うけれど。


「話はわかっただろう? さあ、お嬢さん。僕に座って」

「え、いえ」

「ではせめて、踏んでくれないか? その筋肉がうっすらついたしなやかな脚で踏んでもらえたら、僕は……天国へいってしまうよ」

「ひぃっ」


 不穏なことを言って嬉しそうに笑う男性に、私は怖くなった。

 ずっと黙っていたディータが、見兼ねたような男性と私の間に割って入った。


「女性に対して、そんな卑猥なことを言うな!」

「おや。僕の言葉を卑猥ととるなんて、あなたは()()()()()ってことですよね?」

「……とにかく、ゴブリンたちやイリメルを困らせるな!」

「困らせるなんて、この哀れなまいごのまいごの僕にはできませんよ」


 怒るディータに対して、男性は逆撫でるようなことしか言わない。これでは埒があかないだろうと、私はこの人から何か聞き出そうと考えた。


「あの、あなたはどうしてこの村にいるんですか?」

「ご主人様とはぐれてしまい、さまよっていたところを罠にかかってしまったのさ。というより、ゴブリンの罠ってどんな感じなのか気になって。何せ、ご主人様がいなくて刺激に飢えていたから」

「えっと……じゃあ、そのご主人様を探しに行かなくていいんですか? ここに居続けるのは、ゴブリンたちの迷惑みたいなのですが」


 話せば話すほど何かが削られそうな相手に、私は早くも心が折れかけていた。でも、ゴブリンたちの疲れた様子を見れば、早く村を出たほうがいいのはわかる。

 異種族との交流は気を張るだろうし、この男性の扱いにも疲れたに違いない。


「そうだね……怒って僕を置いていってしまったわけだけれど、そろそろ下僕らしく許しを乞いにいかなければかな。ゴブリンたちの村で屈辱的な扱いを受けるのも、いい刺激になっていたのだけれど」

 男性が名残惜しそうにゴブリンたちに視線を向けると、彼らは慌てて首を横に振った。絶対に嫌だ、というのがよく伝わってくる。


「あんたは困ってるのか? 困ってるなら、どうしてほしい? それと、名前はなんだ?」


 なかなか話が進まない男性とのやりとりに、ディータが苛立ったように言う。ディータはどうにも、彼のことが苦手なようだ。もちろん私も、得意ではないけれど。


「ようやく尋ねてもらえた。でも、名乗らせたいなら先に名乗るのが礼儀ではないかな?」


 男性が言うことはもっともだ。でも、全身をぐるぐる巻きにされ「座ってごらん」と言うような人に、礼儀を説かれるとは思わなかった。

 それはディータも思ったようで、一瞬ものすごく嫌そうな顔をした。


「……俺はディータだ。こちらはイリメル。そして、この子はスイーラ」

「その獣くんはともかく、イリメルさんには口がついているからご自分で名乗れるでしょう。それとも、あなたはイリメルさんの何かなんですか?」

「くっ……名乗っただろ。今度はあんたが名乗る番だ」

「僕はアヒム」


 まどろっこしいやりとりを経て、ようやく名前を聞き出すことができた。

 ディータはイライラしながら、アヒムと名乗った男性の体を縛っていた縄をナイフで切った。


「アヒムか。これであんたは自由の身だ。どこへなりとも、好きに行くといい。ゴブリンの村に居座る以外な」


 縄を切ってもらい、アヒムは手足をうーんと伸ばした。そうして全身を伸ばしてみると、華奢ではあるものの上背があるのがわかる。

 それに、彼がローブのようなものを身に着けているのもわかった。


「自由にしていいということは、あなたがたについていっても?」

「え?」

「僕、見ての通りソーサラーなので、あなたがたのお役に立てると思いますよ。ディータさんたち、冒険者でしょう?」

「俺たちは確かに冒険者だが、別にあんたとは組まなくても……」

「ディータさんは剣士、イリメルさんはメインは治癒師ですか。それだと、遠隔攻撃が手薄になります。でも、そこにソーサラーが加わることで戦いの幅はぐっと広がりますよ」


 突然のアヒムの申し出に、ディータがたじろいだのがわかった。

 彼は基本的に善良だ。私やスイーラを拾って保護してくれるほどに。

 だから、こんなことを言われるとつっぱねるのは難しいのだろう。ましてや、メリットを提示されては。


「いたっ! うわっ、痛いっ」


 次にどう言葉を返そうかディータが悩んでいるのを見守っていると、不意にアヒムが叫んだ。

 見ると、スイーラがじゃれつくようにして彼の足を噛んでいる。幼生とはいえ、元気に肉を噛み切る歯だ。噛まれればかなり痛いだろう。


「あ、やめなさい! スイーラ! こら!」

「いや、いいんです……ひひ、痛い……」


 ディータが慌ててやめさせようとするも、アヒムは嬉しそうに笑っていた。それを見て、ディータは止めようか放っておこうか悩み始めた。


「どうでしょう? 僕はこの幼い獣くんの歯固めにも役立ちそうですが。パーティーに入れていただけますか?」


 アヒムは得意げに胸を張って言う。その間も、スイーラはお気に入りのおもちゃに噛りつくように、ずっと彼の脚にじゃれている。


「パーティーの役に立つかはわからねぇけど、スイーラが気に入ってるなら……仕方ないな」

「ありがとう。じゃあ、さっそくギルドで登録しよう」


 善は急げとでもいうようにアヒムが急かすから、私たちはゴブリンたちへの挨拶もそこそこに村を出て、移動玉を使ってギルドへ戻った。

 依頼を無事に完了したということで精算をし、予定よりもはるかに多額の報酬を手に入れることができた。

 私たちが精算をしている間、アヒムは自分が怪しいものでないと証明するための書類を発行してもらってくると言っていたけれど、すぐに終わったようでギルドの隅で私たちを待っていた。


「書類、きちんと出してもらいましたからね」

「別に、そんなのなくても……」

「僕は、きちんと自分を信用してもらった上で仲間に加えてもらいたいんですよ」


 そう言ってアヒムは、断ろうとするディータに半ば無理やり書類を突きつけた。それを見たディータの目が、驚きに見開かれる。

 

「……あんた、Aランク冒険者なのか?」


 口をあんぐりと開け、ディータはしばらく呆然としていた。そのあと「こんなに変態なのに」とか「椅子なのに」とか、戸惑いが口から漏れていた。


「どうですか? とりあえず、怪しさは払拭できないかもしれませんが、無能ではないのはわかってもらえたかと」


 満足そうに言うアヒムに、ディータは何と答えようか悩んでいた。

 その間も、スイーラはアヒムの脚を噛み続けている。どうやら、本当に気に入ったらしい。

 その様子を見て、ディータは仕方がないという顔で笑った。


「よかったな、スイーラ。お前の歯固め、何かすごいらしいぞ」


 その言葉で、ディータがアヒムの加入を認めたことが伝わった。

 こうして、私とディータはクセが強いソーサラーのアヒムと行動を共にすることになったのだ。


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