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11、自然界の異変

 洞窟で不気味な音を響かせていたお騒がせな生き物・スイーラと暮らし始めてからは、私とディータの日々はさらに忙しくなった。

 その日のうちにしたのは、まずは泊まれるところ探しだった。

 それまで連泊していた宿はペットは禁止だったため、ディータが知り合いのツテでテイマー御用達の宿を探してきてくれた。

 テイマーといえば、手懐けた動物やモンスターを同行させて依頼をこなす冒険者のことだ。だから彼らは当然、そういったモンスターも一緒に泊まれる宿を必要としている。

 私が装備を買った店がヒーラー職専門の店を目指していたように、こういったテイマーを泊めることに特化した宿も存在しているのだ。

 スイーラは私たちのコンパニオンモンスターではないけれど、トイレの躾をすることとリードを装着することを条件に滞在が許可された。

 こうして泊まれるところを確保できたのはいいものの、部屋をわけられなくなったため、ディータと同じ部屋で寝泊まりすることになった。

 とはいえ、モンスター同伴できる宿なだけあって、部屋はたっぷりとした広さがあるのが救いではあった。

 それに、スイーラとの暮らしではそんなことは些末事だ。そう感じるくらい、目まぐるしい生活が待っていた。


「イリメル、スイーラは朝食を食べた?」


 まだ少し眠そうな様子で、ディータが尋ねてきた。

 彼は今朝早くからソロでの討伐に行って、帰ってきたばかりだ。

 この前わりと大きめの報酬がもらえる依頼をこなしたとはいえ、日々の宿代や食費で出費が嵩むのだ。そのため、仕事に対する向き合い方も変わってきている。

 二人だけの頃はよかったものの、スイーラと一緒に暮らし始めてから、とにかく食費がかかるのだ。というのも、お腹を空かせると洞窟での騒ぎの原因となっていた〝あの音〟を出すため、お腹を空かせたままにはしておけない。

 だから、どちらかがスイーラを見ている間ソロでそこそこいい報酬の依頼をこなしていくか、スイーラを連れてあまり危険のない依頼をこなして日銭を稼いでいる。


「今日のは食べました。たぶんですけど、この子は柔らかいお肉が好きみたいですね。スジの多いものや肉質が硬いものは、あまり食べないんです」

「贅沢だなー。お前、そんな選り好みが激しくて、どうやって大きくなろうってんだ?」


 朝食後のまどろみの中にあるスイーラのそばまでやってきて、ディータはその頭をぐりぐりと撫でた。彼が荒っぽく扱っても、スイーラはびくともしない。


「朝の散歩も済ませているので、いつでも出られますよ」

「そっか。じゃあ、少し休んでから行こうか。今日もたくさん収穫できたらいいな」


 眠そうにしているスイーラのそばで、ディータもあくびをしていた。

 スイーラは鈍くさい生き物のように見えるけれど、何かの幼体らしく活発な時間帯は本当に活発なのだ。それを知らなかったとき、一緒に採取に連れて行って元気いっぱい駆け回られて、依頼をこなすどころではなかった。

 だからそれ以来、スイーラを連れて出かけるときは、きちんと食事を与えて適度に運動させてからと決めているのだ。

 そうすれば、わりとおとなしくリードで繋いだ状態で連れ歩くことができるし、疲れてしまえば抱っこすればいいから楽なのである。


「えっと、スイーラのおやつと私たちの食べるものを持って、寝ちゃったときに抱っこするとき両手が空くように大判の布も持って、それから……」

「小さい子供がいる夫婦って、こんな感じなんだろうな」


 ディータが休んでるうちに出かける支度を整えてしまおうと部屋の中を歩き回っていると、それを見ていた彼が何だかおかしそうに笑った。

 その笑顔があまりにも優しそうだったのと、その発言の内容に、私はひと呼吸おいてから恥ずかしくなってしまった。


「そ、それって……私とディータさんが夫婦っぽいってことですか……?」

「いや、その……ものの喩えだよ。イリメルはまだ若くて、子供がいるって歳でもないからな。あはは」


 私が照れてしまったのにつられたのか、ディータも顔を少し赤くしていた。二人で笑って誤魔化したけれど、何だかすごく恥ずかしい。

 でも、嫌なわけでは決してなかった。


「それじゃ、行こうか」

「そうですね。スイーラもおとなしくて、ちょうどいいですし」


 微妙な空気になってしまったため、私たちはいそいそと支度をしてギルドに向かった。

 朝のうちに依頼は受注しているため、そのまま出発ゲートに向かう。

 ゲートの小部屋の中でいつものように四方を光る魔法陣に囲まれていても、抱っこされたスイーラは目を開けもしなかった。ただ眩しそうにハンモック型の抱っこ紐の中に顔を隠しただけだ。

 日に日に図太くなっていくこの生き物がとても可愛い。この可愛い存在のために、私もディータも日々戦っている。


「今日のメインの採取物はヒカリゴケムシだよな」

「そうです。この先の湿地帯にたくさんいるはずなので」


 採取系の依頼は、いくつか取ってくるべきものが指定されていて、そのときの世間の需要に応じて求められるものが変わってくる。だから、その時々で一番求められるものにボーナスが加算されるから、それを少しでも多く取ってこようと気合いを入れている。

 今の私たちにとっては、お金は多くもらえるほうがいいから。


「あ……スイーラがもぞもぞし始めました。もしかしたら、トイレかも」

「わかった。それなら、どこか陰に連れて行ってあげないとな」


 ハンモック型の抱っこ紐の中で目を開けて、スイーラがもぞもぞしていた。どうやら賢い生き物のようで、教えるとすぐにトイレの決まりを覚えたのだ。洞窟の中で一匹で暮らしていたから、もしかすると清潔にする知恵があったのかもしれない。

 落ち着いて用を足せるように草が生い茂るところへ連れて行ってあげると、スイーラは私の腕から飛び出して駆けていった。そして、そこで動かなくなる。


「長くかかりそうだな。俺、ちょっとあの木の上にある植物取ってくる。あれ、確か単価が高いだろ」


 スイーラのトイレに時間がかかりそうなのがわかり、ディータはあたりを見回していた。


「お願いします。スイーラは私が見ていますから」


 私の返事を聞いて、ディータは軽く助走をつけて駆けていくと、木に登っていった。

 スイーラが用を足すと、あまり強くないモンスターが寄ってこなくなるため、討伐系の依頼のときはさせる場所を考えなくてはならないのだけれど、今日の依頼は気にしなくていいから楽だ。

 強いモンスターの糞があると弱いモンスターはその地に近寄らなくなるというから、もしかしたらスイーラはそこそこ強い生き物なのかもしれない。

 そんなことを考えて見守っていると、済ませたスイーラがトコトコ戻ってきた。

 でも、私の腕に飛び込んでくるかと思ったのに、なぜか途中で立ち止まり、空に向かって唸り声を上げた。

 驚いてそちらを見ると、空から飛ぶモンスターの群れがディータに襲いかかろうとしていた。


「危ない!」


 私は咄嗟にディータの周りにバリアを張り、その直後突風を吹かせてモンスターたちの軌道をずらした。

 私の声とバリアで事態に気づいたディータは、構えを取り、安全を確保しながら木から降りてきた。

 モンスターたちは虚を突かれたからか、軌道を変えたまま別の場所へと飛んでいってしまった。


「助かった。ありがとう」

「いえ。スイーラが気づいて唸ってくれてよかったです」

「そっか。お前のおかげか」


 ディータが無事に戻ってきて安心したのか、スイーラは彼の脚にノシッノシッと頭突きをしていた。これはどうやら、この子なりの愛情表現らしい。


「それにしても、さっきのってヌマトビコだよな? あんなふうに人に襲いかかるなんて、聞いたことがないんだけどな……」

「そうですよね。……私のギルド登録試験のときも思ったんですけど、モンスターたちの様子が、少しおかしい気がしませんか? 何というか、報告されている生態と少し違うというか」

「だよなぁ……何かあってんのかもな」

「採取依頼のはずなのに、モンスターを倒したり追い払ったりなんてことも、少なくないですしね……」


 そんなことを言い合って二人で顔を見合わせて、何だか少し不安になった。

 ディータも同じだったらしく、それから急いで目的のものを収集してギルドへ帰り着いた。

 今回の一番の目的だったヒカリゴケムシは、よく群れていておとなしく、捕まえるのは難しくなかった。でも、思ったほどの量がいなかったのが気になる。

 ディータの見立てでは、ヒカリゴケムシを食すモンスターがやってきたのではないかということだけれど、そんなことは依頼を受けるときにギルドからは伝えられていなかった。

 だから、精算のときにそれを伝えておいたものの、職員もまだあまりわかっていないようだった。


「とりあえず、そこそこの金額になるものが取れてよかったですね。ディータさんが木に登ってあの珍しい植物を取って来てくれたのが大きかったです」

「頑張った甲斐があったよ。じゃあ、せっかくだからそろそろ装備のメンテにいこうか」


 ギルドを出てから今回の労をねぎらっていると、ディータは私が着ているものを指差した。

 またどこか破れているのかと心配になったけれど、見たところ目立った破損はない。


「破れたりはしてないんだけど、魔法職の装備って消耗が激しいって聞いたからさ。それなら、決定的に壊れる前に定期的にメンテナンスをしていたほうが安全だろうと思って」

「そうなんですね……ありがとうございます」


 先輩冒険者のディータがいうのだから間違いないだろうと思って、私は勧められるまま、再びあの癖の強い店主の店を訪れることになった。


「ああ、あのときのお嬢さんか。いらっしゃい……って、こりゃあだめだなぁ!」


 店先に顔を出すと、店主は私を見るや否や言い放った。

 

 

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