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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

英雄の廻森

作者: 鏡花水月の幻想

クリスマス短編第二弾になります。


また、本作作品は

「忘れ時の言の葉」という音楽よりインスピレーションを得た作品となります。

 ここは現世とはかけ離れた地。水は地から天に昇り、木々は雲を穿(うが)つほどに伸び、この霧に覆われた森に、生き物の吐息は存在しない。

 すると眼前に、なんの前触れもなく少女が現れた。


「はじめまして。 ここは【英雄の廻森(えいゆうのかいしん)】と呼ばれる場所。 (わたくし)はこの森の守り人(もりびと)を努めております。えっ、名前ですか? そうですね……では"リト"、とでもお呼びください」


 守り人を名乗る不可思議な少女"リト"は、自分に付いてくるよう指示し、深い霧の中をなんの迷いもなく歩きながら語りだした。


「ここは常識のない、現世とは違う……そうですね、【幻世(げんせ)】とでも命名しましょうか。 この幻世には生き物は存在していません。 そして、この森は英雄と呼ばれる人間から、凡人とされる人間まで、ありとあらゆる者の死後、その魂に遺された生前の記録を一冊の書物として読むことができます。 そして、魂は遺っていた記憶を録したあと、潔白な魂としてまた現世に舞い戻るのです。書物はどこに? ですか……それについてはご安心ください。 只今案内しております故、もうしばらく私に付いてきてください」


 しばらく歩き続けたあと、霧が晴れたと思うと、目の前に他の木々とは比べ物にならないほど太く、力強く天を目指している樹があった。そして、その樹の根のあたりに、人一人分の高さの扉が申し訳程度に付属している。

 リトは、「こちらです」と一言だけ発し、扉の方に歩いていった。そして扉を開けたリトに、中にはいるよう誘導された。


「こちらが人類史において存在した人間()()の記憶の書の収め場所で御座います。 そしてこの、記憶の書を収めていられる大樹の名を、現世では神樹(ユグドラシル)と呼ばれております」


 リトに指し示された場所は見渡す限り、書物だらけで、とても先程の大樹の内側だとは思えない光景が広がっている。所狭しと収まっている書物は下層になればなるほど古びており、リトの言っていることの真実味を増させている。この間にも、最上層ではせわしなく新たな書物が追加されている。


「さて、貴方はどの書物をご覧になられますか?」


 リトはさぞ当たり前かのように宙に浮き、その華奢な指で、並べられた書物の一つを軽く触れた。すると触れられた書物はひとりでに動き出し、飛び出したのち、リトの手に収まった。


「こちらはいかがでしょうか? 魔なる者の王に勇ましく挑み、長き争いの果に勝利を得た者【リフル】の人生録(お話)です」


 リトの手に収まっている書物の背表紙には【人物名:リフル】とだけ刻まれている。


「それとも、原因不明の病魔に一生を掛けて抗い、その果に多くの人々を救った医者【フロケル】の人生録(お話)ですか?」


 リトが少し上に浮かび、触れた書物は先程と同じように飛び出し、リトの手に収まっていたリフルの書物の上に重なるように収まった。もちろん背表紙には【人物名:フロケル】とだけ刻まれている。


「それとも、常識外れな思考により、従来の物を大きく上回る生活用品を生み出し続けた【アテム】の人生録(お話)にいたしますか?」

「それとも、弱き人々を守る為に天命を全うするまでの間、優れた武具を生み出した職人【ドワルゴル】の人生録(お話)にいたしますか?」

「それとも……」


 リトは樹の中をあちこちに移動して、色々な書物に触れている。途中から持ちきれなくなったのか、周囲に書物を浮かせている。


「それとも他に、何が気になる書物はお有りですか?」


 リトは書物を眺めて選ぶ作業を一度辞め、もう一度眼前に現れた。リトにそう問いかけられて、あたりを見渡すと、一冊の書物に目が止まった。リトにその旨を伝えると、


「なるほど、これはまた珍しい方の人生録(お話)をお選びになられましたね。 承知いたしました。 では、英雄の廻森(えいゆうのかいしん)の守り人である私めがお読みいたしましょう」

「あなたがお選びなった人生録(お話)、その人物の名は……」


(ここからはルート選択となります。下記に記されています記号が文頭にあるルートを、ご自分でお選びください。そのまま下にスクロールしていただけると、記号の順にルート話があります)


 ルート一覧

 〈○ルート:苦しむ人の為、国に牙を向いた者名無しの愚雄(ネームレス)

 〈☆ルート:小国を大国にまで変貌させた賢王ザスラー〉

 〈●ルート:武の極地を目指して、死ぬまで刀を握り続けた剣豪アカツキ〉

 〈★ルート:運命に(もてあそ)ばれ、何もかも亡くした者ロスート〉








(ルートスタートとなります)

 〈○ルート:名無しの愚雄(ネームレス)


「あなたがお選びになった人生録(お話)、その人物の名は……名無しの愚雄(ネームレス)と呼ばれるお方です」


「まずは彼の生い立ちからお読み(おはなし)していきましょう。 彼が生まれたのは国と国同士が争いあい、血で血を洗い、またその血を血で洗う……そんなことが当たり前となっていた時代でした」


「そして、彼もその流れに乗るように、当たり前のように武器を手にしました。文字の書き取りや、意中の相手に思いを伝える言葉よりも先に、人体の弱点、武器の手入れの仕方を学びました」


「ある日、彼は当然のように、何食わぬ顔で肉を切り、骨を断ち、鮮血を浴びていた時、ふと目にしたのです。 自分では到底手に入らない、綺羅(きら)びやかな衣類を纏い、(みにく)く肥えた腹を重そうにしながら進む男と、ボロボロの服と呼べぬ物を纏い、骨が浮かび上がる程痩せこけた男が女かすら分からぬ者を」


「彼は賢くはありませんでした。 しかし、本能で違和感を覚えたのです。 『なぜ、自分たちだけが自分と同じものを殺さなければ、明日も生きていけるか分からぬのに、あのような者が何もせず明日を迎えるのか』と……」


「彼は違和感を覚えましたが、それをどうにかする手段を知り得ませんでした。 日に日に募る違和感、それなのにどうしようもできない無力感。 彼の心は限界に少しづつ、確実に近づいていました」


「まだある別の日のこと、国から武器を輸送してくる役人が呟いた事を彼は聞き逃しませんでした。 『こんな国、誰かが滅ぼしてくれたらいいのに』そう呟いてたことを確かに聞きました。 彼はその言葉を聞いて、それだ! と、確信を持ちました」


「そこから彼は、色々な人に話しかけ、少しづつ知恵を付けていきました」


「そして彼が違和感を抱いた日から十年の月日が経ったある日、彼は動き出したのです。 長年自分の心の中で渦いていたありとあらゆる負の感情を燃料として」


「彼はついに、数万の孤児や口減らしで捨てられた子、貧しい農民たちを率いて、自らの所属していた国に牙を向けました」


「幸か不幸か、彼には天武の才と呼べるほどのカリスマがありました」


「彼らはただひたすらにこの国で最も高き場所を目指して進み出しました。 そこに討つべき敵がいることを信じて止まずに」


「彼らは歩みを止めることはしませんでした。 たとえ仲間が切られ、撃たれ、屍になろうとも、決してその足を止めることはなく、ただがむしゃらに突き進んでいました」


「数万いた仲間も、最も高き場所に近づくにつれ、一人、二人、と倒れていき、そこにたどり着いたときには百人にも満たない数でした」


「彼らがたどり着いたところでは、この国の王が、豪華な椅子の裏に隠れてガタガタと震えていました。 よく見れば、初めて違和感を感じたときに見た、醜い者でした。 国王は望むだけの金をくれてやる。 命だけはどうか。 とか色々言ってくるが、彼らにとってはなんの意味もなさず、手に持っている武器を固く握りしめ、確実に距離を詰めていきます」


「遂に包囲しました。 皆武器を振り上げて、今にも振り下ろさんとしています。 その時に彼はここで聞きました。 『なぜ我々はお前たちの為に同族殺しをしなければならないのか。 我々には満腹を感じることすら許されぬのは何故か』と」


「返答はこうでした。 『貴様らゴミに価値などない。 むしろ使ってやっているのだ、ゴミはゴミらしく大人しく従い、我らに平伏していれば良いのだ』と」


「怒りが頂点に達しました。 彼は手に持っている武器で国王を殺そうとしました。 一切の躊躇いもなく。 しかし武器が国王に当たる前に、彼の胸を一本の矢が貫いていました」


「どうやら兵が追い付いてきてしまったようです。 こうなっては勝ち目はなく、皆虐殺されてしまいました」


「彼らの死後、一命をとりとめた国王は、死体を踏みつけ、服を剥ぎ、(はりつけ)にし、最後にはその場で焼き尽くすなど、不謹慎の極みを行いました。 そしてその時に彼につけられた名前こそ、名前のない愚かな雄という意味を込めて、【名無しの愚雄(ネームレス)】とされました。 皮肉にも最初で最後の名前を、最も憎んでいた者につけられたのでした」










 〈☆ルート:ザスラー〉


「あなたがお選びになった人生録(お話)、その人物の名は……ザスラーと呼ばれるお方です」


「まずは彼の生い立ちからお読み(お話し)していきましょう。 彼が生まれたのは、小さき国が大きな国に喰われ、その国もまた別の国に喰われる、そんな時代の中、とある小国の第一王子として生まれました」


「彼はいつ国が襲われて、民が傷つき、家族を失うのか、それを考えない日はありませんでした」


「彼はとても賢くこの世に生を受けました。 外交において、他国との交渉の成績は上々、周囲の大国からはとても気に入られていました。 しかしそれを面白く面白く思わぬ者も当然います。 他の中小国家です」


「それから少しづつ、周囲の中小国家からの干渉が起こるようになり、そのたびに彼はその対応に追われました」


「ある時には民が攫われ、ある時には国の土地が侵略され、ある時には街が壊されました」


「彼は考えました。 何故我が国が狙われなければならぬのか。 もちろん理由はわかっています。 しかし納得はそう簡単にできるものではありません。 何故他国とうまく取引をせず、自分たちより小さき国を妨害するしか出来ぬのか」


「彼は遂に踏み切りました。 彼の最も望まぬ手段(戦争)こそ、彼が最も望む未来を手にする為の有効的な手段なのです」


「彼はとにかく考え、部下に何されようとも考えることを辞めませんでした。 民が傷つくのは避けられぬことは明白です。 ですが、傷つく民の数を減らせるのではないか、早く戦争を終わらせる事ぐらいはできるのではないか……と。 しかし、もちろん答えてくれる人なんているはずありません」


「それでも民は文句一つ言わずに快諾してくれました。 民は知っていたのです。 彼が自分たちの為に日々奔走(ほんそう)している事を」


「戦争は終わりました。 彼の奔走のおかげもあり、大国も力添えしてくれて、遂に中小国家全てを統一することに成功したのです」


「彼は後に歴史上において、とても賢く優れた王となりました。 他国にも名が知れ渡るほどに」


「そしていつの日か、こう呼ばれるようになりました」


「偉大なる賢き王……賢王【ザスラー】と」










 〈●ルート:アカツキ〉


「あなたがお選びになった人生録(お話)、その人物の名は……アカツキと呼ばれるお方です」


「まずは彼の生い立ちからお読み(お話し)していきましょう。 彼は物心つく前から武の道にのめり込んでいました」


「刀を振れば振るほど、心が洗われていくような、そんな感覚が彼にとって、とても心地の良いものでした」


「成人後、本格的に武を極めるために、彼は家族の静止を振り切って家を飛び出ました」


「刀一本で生きていく、それはとても苦しく、険しい道のりでした」


「ですが彼はそれすらも愉しんでいました。 彼にとって刀に関わるすべての事が快楽に満ちていたのです」


「時は流れ、いつしか彼の噂は世界中に広がりました。 『曰く、どうやら日の出と共に刀を降り出し、その刃で鉄すら容易く切り裂き、日没と共に死んだように眠りにつく。 そんな変わり者がいるらしい』と」


「その噂を聞いて彼に死合(しあ)いを挑む者が後を絶ちませんでした」


「初めての死合いにて、彼の刀は初めてその刃を赤色に染めました。 なんの躊躇いもなく、生物が死すことに彼は恐怖し……それと同じか、それ以上にそんな事を可能にする刀に魅入られました」


「それから彼の刀は、挑んでくる者すべての血を吸いました。 そしていつしか、拭いても研いでも、その刀に染みた赤色が取れることはありませんでした」


「強き者が挑み、死し、その噂を聞いて、また強き者が集まり、また死す。 そんなことを数えるのが億劫になるほど繰り返していました」


「いつしか世に流れる噂は変化していきました。 『曰く、かつて剣をただ振りし者は、血の味を覚え、自らの欲を満たせる者だけを常に乞うている』と」


「そんな噂を聞いて、彼を自らの者にしようとする愚かな輩が一定数いました。 そのものは皆、口を揃えてこう言い放つのです。 『私がお前を使ってやる』やら、『平民は我らに従っておればよいのだ』やら、『本来私の顔など貴様のような平民には拝めぬのだ。 最上級の感謝を抱きながら私に平伏し跪き給え』と」


「その言葉は彼にとってとても胸くそ悪いものでした」


「誰も彼の築き上げて来た武を見ているのではなく、彼の殺してきた人数を見ている事に」


「彼は武に命をかけて、その果に散っていった武人達には心から最上級の敬意を抱いていました。 そして彼らの発言は、その武人らを侮辱したことに等しいと彼は思っていました」


「彼は彼らに言い放ちました。 『故人を弔えぬ礼儀知らずの輩に尽くす忠義は持ち合わせてはおらぬ』と」


「その後も彼の元を訪れる愚かな輩は跡を絶ちませんでした。 時には刺客を送り込んでくる者もいました。 しかし彼にすべて返り討ちにされました」


「そんなある日、彼がいつものように日の出ともに刀を降っていると複数の馬車が止まり、中でも一際豪勢な馬車から一人の少年が降りてきました」


「そして彼にこう言い放ちました」


「『私に貴方の刀を教えてほしい』と」


「彼は承諾しました。 彼に挑む者、彼を我が物にしようとする者は数え切れぬほどいましたが、教えを乞い願う者は今まで一人もいなかったのです」


「彼は弟子に名を聞かず、また自分の名も教えてはいませんでした」


「彼は名を飾る為だけの刀を教えるつもりは無かったのです」


「彼の弟子もまた名を聞かず、名を語りませんでした」


「彼らはただ、刀を降ることに没頭していました」


「そして彼が少年を弟子にしてから十数年の歳月が経過しました」


「当時はまだ幼さの残っていた少年も立派な美青年になっていました」


「彼の弟子は彼にこう問いかけました。 『あなたの刀をもっと世に広めるべきではないか?』と」


「彼はこう答えました。 『私はまだ武の極地に(あら)ず。 弟子一人育てるのに日々模索を繰り返している私が、これ以上誰かに教えを説くなど傲慢(ごうまん)でしかない』と」


「彼はそれからも弟子と共に刀を振り続けながら、挑んでくる者の相手をする、そんな生活を送っていました」


「そんな日が続いたある日、彼の弟子が彼のところを訪れると、既に彼は外におり、剣を握っていました」


「『お早いですね、師匠……?』彼の弟子がそう問いかけましたが、師匠からの返事はありませんでした」


「彼は、刀を握っていたまま息絶えていたのでした」


「『あ、あぁ……師匠……』と、彼の弟子は泣き崩れました」


「それから数日たって、彼の彼の弟子によって葬儀は盛大に行われました」


「彼の弟子はこの国の王子だったのです」


「その際、彼の握っていた刀は、彼の弟子を除いてだれもその手から抜くことが叶いませんでした」


「彼は言葉の通り、刀を握ったまま死したのです」


「彼の葬儀後、彼の弟子によって新たな流派が生まれました。 【暁刀流】と呼ばれる流儀で、開祖は【アカツキ】という名で、国の中で最も優れた剣士にのみ送られる【剣豪】という二つ名と共に後世に語られています」


「そして気の遠くなるほど時が流れ、【暁刀流】は最も人数の多い流派となりました」


「そしていつしか、すべての剣を持つ者に、当たり前のように語り継がれた事があります」


「それは、死して尚、武の道を極めんとした一人の剣士の名です」


「その者の名は、剣豪【アカツキ】と言います」









 〈★ルート:ロスート〉


「あなたがお選びなった人生録(お話)、その人物の名は……ロスートと呼ばれるお方です」


「まずは彼女の生い立ちからお読み(お話し)していきましょう。 彼女は何の変哲もない農村に生まれました」


「裕福とは言えなくても、村の住民たちと仲良く暮らしていました」


「同じ村の若い青年とも婚約し、とても幸せに暮らしていました」


「ですが、彼女の幸せをあざ笑うかのように、その幸福は破壊されました」


「彼女の村は、ただの遊びの延長で燃やし尽くされました」


「彼女の親は刺殺され、その死体はバラバラにされ、住民の腕がそのあたりに転がり、生きていようとも死んでいても関係なしに魔物に食われ、彼女を守ろうとした婚約者も笑いながら滅多刺しにされました」


「彼女の魂の叫びも彼らの笑い声にかき消され、届くことなく、村の若い女性たちは縛られ、強姦され、奴隷にされました」


「『なぜ私の家族が死ななければならないのか、なぜ彼が刺されなきゃいけないのか、なぜ私たちが慰めものにされなければならないのか、訳が分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない…………』脳内がただその言葉で埋め尽くされていました」


「そしてそんな言葉と同時に、彼女の心は完全に壊れてしまいました」


「『全部……全部、なくなればいい……全部、全部……』と、彼女の中で変化が起きました。 そしてその瞬間から、彼女は今までの幸福すらも忘れてしまい、すべてを壊すために生き始めました。 もう彼女の目に映るものすべてが、彼女にとっては破壊の対象でしかありませんでした」


「奴隷となった彼女は、幸か不幸か容姿が優れていたので、買い手はすぐ見つかりました」


「だがその買い手すらも彼女にとっては破壊対象でしかなかったのです」


「買われたその日の夜には、その買い手はすでに何も言わない肉塊に変貌しました」


「彼女は血を浴びたまま佇んでいました」


「彼女は心の底から何かが湧き上がってくるのを感じました」


「『これが、ぬくもり……あの日失った暖かさ……』」


「それはあの日の記憶とは程遠いものですが、彼女にとってはそれが唯一残った記憶であり、心から欲する唯一の物でした」


「それから奴隷の身でありながら自由となり、その日から血を求める獣になり果てました」


「彼女は血を求めていたるところをめぐり、その手で人を殺めてきました」


「月日が流れ、彼女は数を数えるのが億劫になるほどの血を浴びました」


「『ア、アハ! モット……モットホシイ! アノヌクモリガワタシハホシイノ!』と、彼女は口癖のように常にそういい放ちながら、目をぎらつかせて、あらゆる場所を徘徊しています」


「その手は血が染みつき、髪は赤黒く、爪先と歯からは鮮血が滴っています」


「ついに彼女は貴族にまで手を出し、国から追われる身となりました」


「そんな彼女は一つの村にたどり着きました」


「その村の人々は彼女の格好を見るなり、大慌てでふろを沸かし、衣服を仕立て、もてなしました」


「ですが、彼女にとって彼らは、ぬくもりを感じさせてくれる生き血の流れた肉塊にしか見えていませんでした」


「その日の夜、彼女は何のためらいもなく村人たちを襲いだしました」


「心臓を一突きしたり、腕をかみちぎったり、火であぶり殺したりと、皮肉にもあの日と同じ光景を、今度はする側で彼女は目の当たりにしたのです」


「そして、ある家族を殺したすぐ後、自分の方を見て泣き叫ぶ女の子が見えました」


「その瞬間、その女の子と当時の自分が重なり、失ったはずのあの日の景色が彼女の脳裏をよぎりました」


「『ア、アハ……アハハ! あ、アレ……ナ、何シているンダろうわタシ……』と、片言交じりの言葉を発しながら、その場にペタンと座り込みました」


「彼女は自らの愚かさと過ちにようやく気付いたのです。 彼女の頬を透明な雫が一度伝うと、そのしずくを皮切りにあふれだしました」


「『さ、最初は、ヌクモリがホシカっただけナのに……マタあの日のよウニワラいたかっタダケなのに……あれ、私、何しているんだろう……』と彼女が嘆いているときに、少しづつ何かがにじり寄るような音がしました」


「『ゴハッ!』、その声と共に、彼女の心臓をボロボロの剣が貫きました。 その剣の持ち主は、昔の自分と重なった女の子でした」


「『あ、ありがと……』とっさに彼女の口から洩れた言葉はそれでした」


「その後、その村に兵士が到着し、彼女の死体を引き取り、彼女を世紀の犯罪者として晒上げにされました。 そして彼女の素性を調べる際に、彼女の半生も捜索され、悲惨な人生を送ってきたことが明らかになりました」


「そして、彼女は後世にて、こんな名前で語られています」


「世紀の大犯罪者にて、運命に弄ばれ、何もかも亡くした者【ロスート】と」









「いかがでしたか?」


 リトが手に持っていた本を閉じ、こちらに問いかけてきた。


「では、次に……おや、もう時間のようですね」


 何か話そうとしてきたが、こちらを一度見ると、何かを察したように時間だと伝えてきた。


「では、最後に一言だけあなたにお伝えしたいことがあります」


 改めてリトが姿勢を正し、一息ついて話しだした。


「あなたはこれから来世で、生きる意味を求めて彷徨うでしょう。 そいて、いつしかわからなくなり、うずくまり、立ち止まることもあるでしょう。 しかしあなたが歩んできた後ろに確かにその痕跡()は残っています。 そしていつしかあなたが世界を去ったとき、歴史に刻まれなくても、この場所には確かに刻まれます。 さぁ、紡いできてください。 あなただけの言の葉を……物語を!」


 その言葉を最後に、何も思い出せなくなり、何もかもが……雫のように弾け……消えていった。



皆さん、メリークリスマスです!

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