悪魔との契約➂
レオンは、薄笑いを浮かべている。
悪魔の微笑みすらイケメンすぎて眩しいなんて、悔しいけど。
こうなったら、従うしかない。私が勝てる相手ではないわ。
私は、レオンに手を引かれて、中庭へ出た。
一面に咲き誇っているスズランが、穏やかな風にそよそよと吹かれている。
とても可憐だわ。
パトリックの言う通り、植えられたばかりなのね。土の色が、この一角だけ違う。
「スズランは気に入ったか?」
「はい。私の一番好きな花ですもの」
レオンは、得意げな表情を浮かべた。
私の歩幅に合わせているのか、レオンは、ゆっくりと歩いて行く。
あの頃、こんな風にアンドレに手を引かれ、散歩をするのが私の願いだったわ。
そんな小さな願いを、アンドレの代わりに悪魔が叶えてくれるなんて。皮肉ね。
「昨夜、アンドレ殿下を助けたそうだな」
もう知られてる。さすがに情報が早いわ。
「偶然、居合わせたものですから、仕方なく」
しまった。つい、気が緩んで本音が。
「アンドレが嫌いか?」
「いえ。聖女であることが知られないように、アンドレ殿下とは、あまり関りたくなかったのです。アンドレ殿下の具合は、その後いかがなのでしょう?」
「順調に快復しているそうだ」
「それは、良かったですわ」
レオンは、私のほうに向くと、両手で私の手をギュッと握った。
うわぁーー。両手攻撃。
「いいか。今後、アンドレには、絶対に近づくな。誰にも秘密を知られてはならない。これは命令だ。分かったか?」
言われなくても、そうするつもりだけど。
なぜ、そんなに必死なの?
あー、なるほど。奴隷として独り占めできなくなるからだわ。
「はい。そうします」
私は、コクリと頷いた。
レオンは、安堵の表情で、私の手に視線を落とした。
「お前の手は、小さいな」
「殿下、私には、ちゃんと名前があります。お前ではありません」
「そう……だな。では、エミリー。俺も、殿下ではなく、名前で呼べ」
これも命令ね。
「はい。レオン様」
レオンの表情が、僅かに華やいだ。
嬉しいのかしら? 表情が微妙で分かりにくいわ。
その時、控えていたパトリックから、声が掛かった。
「殿下、お茶菓子の準備が調いました。どうぞ、こちらへ」
「行こう、エミリー」
やったわ! お茶菓子が食べられるのね!
スズランが見渡せる庭園の一角に、丸いテーブルセットが設けられていた。
テーブルの真ん中に置かれた皿には、様々なお菓子が盛られている。
美味しそうだわ。思わず引き寄せられる。
はしたなくても、仕方がないわ。食いしん坊の本能だもの。
それなのに、レオンが私の手を離そうとしない。
早く食べたいのに。
「レオン様、どうぞ先に腰かけてください」
レオンは、おもむろに椅子に腰かけると、私の手をグィッと引っ張った。
え?
体が、レオンのほうに引き寄せられる。
うわぁぁぁー。
ストンと、私はレオンの膝の上に座らされた。
ひぇーーー! 横抱きされてる。
レオンは、私の腰に両手を回し、しっかり支えている。
膝の上に横抱きなんて、今までの人生で一度もないんだから。
ドキドキし過ぎて心臓が止まりそうだわ。
「レオン様、これは……」
「食べさせろ」
はい?
この体勢で、食べさせて欲しいと? 無理よ。心臓が保たないわ。
「ですが、この体勢では、ちょっと」
「バラされたいのか?」
出たーーー! 絶対服従させる悪魔の言葉ーーー!
「ですが、この体勢では、手がお菓子に届きませんわ」
そうよ。本当のことだもの。これで下ろしてくれるはず。
パトリックが、皿を私の目の前にスッと差し出した。
そんな援護射撃、要らないからーーー! 忠実な執事め。
「その小さいクッキーをくれ」
こうなったら、やってやろうじゃないの!
私は、レオンがご所望のクッキーを手に取った。
震える手で、レオンの口元に運ぶ。
うっ、顔が近い! 間近でみるとイケメンの破壊力が凄まじいわ。
レオンは、クッキーをパクッと口にした。
美味しそう……。私も食べたい。人が食べるのをじっと見てるだけなんて、拷問だわ。
「次は、そのピンクのチョコレートだ」
このチョコレート、イチゴ味だわ。一つしかないのに……。
私は、チョコレートを手に取ると、レオンの口元近くへ運んだ。
うううっ、食べられてしまう。
こんな拷問耐えられないわ、と思った瞬間。
手が勝手に、チョコレートを私の口へ運んでいた。パクッと食べてしまった。
すごく美味しい! ドライにしたイチゴの果肉も入ってるわ。最高~!
「何をしている?」
ビックーン!
今、私、命令に逆らった?
でも、私のせいじゃないわ。手が勝手にしたことよ。
「次はちゃんと」
私は、笑って誤魔化した。
レオンは、白いチョコレートを手に取った。
自分で食べる気になったのね。かえって良かったわ。
「お仕置きが必要だな。口を開けろ」
はい? 私に食べさせようとしてるの?
ダメよ。食べさせてもらうなんて、恥ずかしいわ。
「命令に逆らった罰だ」
罰だとしても、決して口を開けちゃダメ。
でも、この白いチョコレート、とても美味しそうだわ。
私は、意に反して自然と口を開けていた。
だって、目の前に大好きなチョコレートがあるのよ。抗えないわ。
レオンが、私の口にチョコレートを入れた。
「美味しい~」
レオンが、フッと笑った。
「まだ、お仕置きが必要だな。どれが良い?」
こうなったら、不本意だけど、いくらでも罰を受けてあげようじゃないの。そうよ。拷問よりずっと良いわ。決して、喜んでいる訳じゃないのよ。
「その丸いチョコレートを」
私は、ウキウキしながら指差した。
「う~ん、これも凄く美味しいわ。中に濃厚なチョコレートのクリームが入ってる」
レオンは、その後も、私の口にお菓子をせっせと運んだ。
私の食べる姿に、なぜかレオンはご満悦だった。
何だか、あの頃とは印象が違うわ。
レオンは、常に無表情で、女を寄せ付けなかったはずなのに……。
エミリー、なぜか可愛がられてる。と思った方は、★★★★★とブクマをお願いします!