レオンの本音
どのくらいの時が経ったのだろう。
私は、自分の身体がフワフワと浮いているような感覚に襲われた。
ここは、どこかしら。
周囲を見渡すも、白い霧がかかったようで何も見えない。
そっか。私、今度こそ、死んだのね。
レオンは、無事に生きているかしら……。
その時、下のほうから誰かの言い争う声が聴こえてきた。
この声、レオンとパトリックだわ。
見下ろすと、急に視界が開けてきた。ここは、迎賓宮の城の庭だわ。
そこには、前世のレオンとパトリックの姿があった。
私、死んで、また時を超えたのかしら……。
パトリックは、前世でもレオンに仕えていたのね。
あの頃は、気にも留めていなかったから、覚えていなかったわ。
あら? レオンが手にしている剣……宝剣だわ!
「なりません! 殿下、どうか落ち着いてください。宝剣は、国が滅びた時に使うものです!」
「分かっている。だが、エミリーが処刑されるのだ! 俺は行く!」
もしかして、これは、あの日?
私が処刑される日の出来事なの?
パトリックが、レオンの前に立ちはだかり、両手を広げた。
「エミリー様は、隣国の王妃! 幼い頃から、陛下が心を寄せているのは知っています。そのせいで、他の女を一切寄せ付けなかったことも! ですが、我が国が口を挟む問題ではありません!」
え……? 幼い頃?
レオンが前世で私を好きだったなど、有り得ないわ。
「俺は、今までずっと我慢してきた! 幸せそうに見えないエミリーを、ただ遠くから見守ることしかできなかった。この国は、エミリーを聖女だと祀り上げておきながら、掌を返したように処刑するのだ! エミリーは言ったそうだ。最後はアンドレの手で殺して欲しいと。どんな思いでそんな言葉を……。俺は行く!」
レオンは、パトリックの制止を振り切った。
パトリックが、レオンの背に向かって大声を上げる。
「陛下! 命を投げ出すのですか? カルドランはどうなるのです! カルドランを、民を捨てるのですか? 女一人のために、全てを捨てるのですか!? それ程に、陛下は愚かなのですか!」
レオンがクッと唇を噛んだ。
「そうだ。俺は、エミリーのためなら、命も捨てる! カルドランも捨てる! 全てを捨てても良い……。エミリーが時を遡り、もう一度、本当に望む人生を歩めるなら……。俺は愚かな国王で構わない!」
パトリックが、諦めたようにふーッと大きく息を吐いた。
「陛下がそれ程に決意を固めているなら、もう、何も申しません。ですが、時を遡ったら、必ず私に、この事実を伝えて下さい。約束ですよ」
レオンは、振り返ると、微笑みを讃えた。
「幼い頃より傍にいてくれたパトリックに、隠し事などできまい」
あぁ……思い出したわ。いつだったか、レオンに話し掛けられたことがある。
スズランの咲き誇る、王宮のあの場所で。
「貴女は、聖女として生きて、幸せですか?」
「私は、聖女であることに誇りをもっております。ですが、聖女でなかったなら、別の幸せがあったでしょう。もしも、もう一度、時を巻き戻せるなら、誰かに愛され、誰かを愛し、子供を産んで幸せに暮らす人生を選びます」
私は、絶望の中で微笑んだ。
まさか、あの時の言葉を覚えていたの?
だから、時を巻き戻したの?
レオンは、私のために、命も、国も、全てを捨てたの?
フッと、白い靄が掛かった。
次に視界が開けた時には、皇太子のレオンとパトリックの姿が部屋の中にあった。
また、時を超えた……?
パトリックが、レオンの瞳の色を見て、その場に崩れ落ちた。
「宝剣を使ったのですか?」
レオンは、慌ただしく服装を整えている。
「クソッ。丸一日意識を失っていたとは。急いで夜会へ行く。アンドレより先に、エミリーに会わなくては」
「殿下! なぜです……。宝剣を使えば殿下の命は……」
「パトリック、俺は約束を守った。時を遡ったら、宝剣を使った事実をお前に話せと、前世のお前から言われた」
レオンは、扉を開けて、急いで出て行った。
「殿下! お待ちください!」
パトリックが、レオンの後を追い部屋を出た。
これは、夜会の日?
私とレオンが時を遡った翌日……。
この迎賓宮で起こった出来事を、私は見ているんだわ。
フッと、白い霧が掛かった後、また視界が開けた。
レオンが、上機嫌で部屋に戻ってきた。
対照的に沈んだ表情で、パトリックが部屋に入って来る。
「殿下、そんなに嬉しいですか?」
「当然だ。エミリーを奴隷にした」
パトリックは、溜息を吐いた。
「なぜ、奴隷に? もっと他に方法があったはずです」
「奴隷なら、自然と一緒にいられる。奴隷以外にどうしろと?」
「女性が奴隷にされて、喜ぶと思いますか? 宝剣を使ってまで時を遡ったのですよ。エミリー様に、またお会いしたいと伝えるだけで良かったのです」
「なぜだ? 奴隷のほうが良い。俺の好きに可愛がれる」
パトリックは、諦めたのか、首を左右に振った。
レオンは、紙にサラサラとペンを走らせる。
「奴隷契約書だ。この内容で作成しておいてくれ」
パトリックは、受け取ると、目を通す。
「最後の一文は何ですか?」
「エミリーが俺に惚れれば、俺がいなくなった時、悲しい想いをする。金貨一万枚が、エミリーの心の足枷になる」
そうだったのね……。今、分かったわ。あの最後の条文の意味。
レオンは、自分が死んだ後の、私を心配してくれていた。
レオンの顔が、何かを思いついたのか、パッと華やぐ。
「エミリーはスズランが好きだ。庭の一角にスズランを植える」
「なぜ、スズランが好きだと分かるのです?」
「前世で、エミリーは、いつもスズランの咲き誇る庭にいた。愛おしそうにスズランを眺めていた。すぐに手配しろ」
「今からですか?」
「当然だ。明日、エミリーが来る。スズランで出迎える。それから、明日は、エミリーの好きな菓子を、沢山用意しておけ。特にチョコレートだ」
レオンは、上着を脱ぐと、庭へ出た。自ら、庭を掘り起こしている。
パトリックが慌てて庭に出る。
「殿下、私がやります」
「間に合わないと困る。エミリーの喜ぶ顔が見られない。俺がやる」
レオン……。泥だらけになってるわ。
本当に、前世から私を見守ってくれてたのね。
スズランもお菓子も、私の好きな物を、こんな風に用意してくれた。
フッと、白い霧が掛かった後、また視界が開けた。
「見たか? エミリーは幼い頃と同じだ。俺の命令を無視して、お菓子を食べただろう」
幼い頃、私、レオンに会ってるの?
いつ? 全く思い出せないわ……。
レオンの言葉に、パトリックも嬉しそうに微笑む。
「美味しそうに召し上がってました」
「エミリーが可愛いくて堪らない。明日はエミリーの通う学園に行く」
パトリックが戸惑いの表情を見せる。
「学園にまで行くのですか?」
「当然だ。いつも一緒にいたい。名目は視察で良い。アンドレがエミリーに近づかないよう見守る。視察用の部屋にいれば、何かあってもすぐに助けに行ける」
レオン……。私、貴方の気持ちを全然分かってなかったのね。
悪魔だなんて言って、ごめんね……。
フッと、白い霧が掛かった後、また視界が開けた。
レオンは、部屋に入って来るなり、上着を床に叩きつけた。
「クソッ! アンドレの奴、エミリーに近づくとは。しかも怪我までさせた!」
「殿下、落ち着いてください」
パトリックが、上着を拾いながら、レオンを宥めている。
「落ち着いていられるか! エミリーが聖女だと、アンドレにバレたらお終いだ。エミリーは、前世と同じ人生を歩むことになる。俺が宝剣を使った意味がなくなる! またエミリーが悲しい思いをする……」
レオンは、辛そうな顔でソファに腰かけた。
「殿下、エミリー様が、聖女でなくなる方法があるのを、ご存じでしょう?」
「分かっている。だが、それはできない。エミリーの願いは、愛する者と結ばれることだ。俺は、エミリーの愛する者にはなれない」
パトリックが、何かに気付いたのか、レオンを見つめる。
「殿下、今日はいつもより瞳の色が、銀色に近いですが。やはり、エミリー様が怪我をされたせいでしょうか?」
「エミリーの怪我や病気で、俺の中の宝剣が大人しくなるなど、まるで呪いだ……。明日からは、エミリーの見舞いだ。エミリーの好きな本を持って行く」
レオンが、こんな風に私を想っていたなんて知らなかった。
あの本は、やっぱり私のためだったのね……。
フッと、白い霧が掛かった後、また視界が開けた。
レオンがベッドで苦しんでいた。
瞳の色の金色が強くなってるわ。
パトリックが、レオンに薬を飲ませている。
「殿下、痛み止めです!」
「皇族に伝わる書物が、これ程当てにならないとはな。何が一年だ。これでは、せいぜい二か月ほどしか保たない」
「殿下、諦めてはなりません! 私が、必ず助かる方法を探します!」
「無駄なことはするな。俺は、残りの時をエミリーと楽しく過ごせれば、満足だ」
「殿下……」
「エミリーの願いを、できれば俺が叶えてやりたかった。誰かに愛され、誰かを愛し、子供を産んで幸せに暮らす人生。その誰かは、俺でありたかった……叶わない願いだが」
レオンは、切なそうな顔で続ける。
「アンドレは気にくわないが、どうやらアンドレにエミリーを託すしかないようだ。前世でエミリーを苦しめたアンドレだが、今度は、本気でエミリーを想っている。聖女ではないエミリーを」
レオンは、フーッと息を吐いた。
「エミリーに、俺の死を絶対に知られるな。俺は、カルドランに帰っただけだと思わせろ」
「はい。殿下……」
レオンとパトリックの姿が白い霧で覆われ、見えなくなった。
これはきっと、最後に神様が見せてくれたのね。
辺りが暗闇へと変化していく。
レオン……。ありがとう……。
貴方にこんなに想われて、私、とても幸せだったわ。
生まれ変わったら、また会えるかしら?
いいえ、必ずレオンを探すわ。その日まで、待っていてね。
これで、本当にお別れね。
さようなら。レオンーーー。
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