レオンの真実
「パトリックさん、レオン様の病は何ですか! 教えて下さい!」
「聖女でも、殿下を治療することはできません。エミリー様が命を落とします」
さっきの感覚……。治療は、私の命の危険を伴うということだわ……。
それ程のエネルギーを必要とする、私の知らない病があるの?
だからなの? だからレオンは私の治療を頑なに拒否したの?
私の身に危険が及ばないように……。
川辺で聞いたあの時の会話。
期限の一年、私の勘違いだとレオンは言ったけど、本当はレオンの寿命だったのでは?
「パトリックさん、レオン様のお命は、あとどのくらいですか?」
「エミリー様、馬に乗って下さい」
「嫌です! 答えてくれるまで乗りません!」
パトリックは、困り果てた顔をした。
「殿下には、私から聞いたことは内密に。約束してください」
「約束します。決して言いません」
私は、力強く頷いた。
レオンは、私に決して本当のことを話してくれない。
常に付き従うパトリックに聞くしかない。
「あと一年のはずでした。ですが、思ったより進行がかなり早く、保って、あと数週間でしょう」
数週間……? あと数週間でレオンが死ぬの?
私は、全身から力が抜けていくのを感じた。
レオンが、この世からいなくなる。もう会えなくなるの?
「エミリー様!」
その場にへたり込んだ私を、パトリックが支えた。
嫌よ……。レオンがいなくなるなんて、嫌……。
どうすれば良いの……? 本当に、私では治せないの……?
「エミリー様、帰りましょう」
パトリックは、私を馬に乗せた。馬がゆっくりと走り始めた。
不思議と涙は出なかった。
助けなければ……。助ける方法を探すのよ。
そんな想いが頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
その後、どうやって屋敷の前まで帰って来たのか、よく覚えていない。
パトリックが、私を馬から降ろした。
「エミリー様、殿下は数日、迎賓宮へ留まるはずです。また、顔を見せに来ていただけますか?」
「はい。治療法を探します。私が必ず」
パトリックは、首を横に振った。
「殿下の前では、何も知らぬふりで、笑顔でいて下さい。殿下の望みは、エミリー様が幸せでいることです。本当は、殿下ご自身でエミリー様を幸せにしたかったはずです」
レオン自身が私を……?
もしかして、自分の死が近いと知っていたから、私をアンドレに託したの?
聖女としてではなく、私の願い通りの人生を歩ませようと?
パトリックは、馬に跨ると、そのまま走り去った。
私は、溢れそうな涙をクッと堪えて、上を向いた。
泣いている暇はない。必ず、助けて見せるわ。私の愛する人、レオンを。
どう考えてもおかしい。私に治せない病があるなんて。
それに、あのエネルギーを奪われる感覚。普通じゃない……。
私はハッとした。もしかして……。
「ハンナ!」
私は、屋敷に戻ると、すぐにハンナを呼んだ。
ハンナは、驚いた顔で私を出迎えた。
「お嬢様、もうお戻りに?」
「街に行くわ。馬車の用意をお願い」
私の様子に異変を感じたのか、ハンナはすぐに馬車を用意してくれた。
「私もお供致します」
ハンナも馬車に乗り込んだ。
こんな時、ハンナはいつも私の期待通りの行動をしてくれる。
察しの良さは、長年一緒にいるからなのか、ハンナの天性なのか。
私は、馬車の中で、今日の出来事を話した。
「レオン殿下が、まさか……」
ハンナは、しばし言葉を失った。
「私、助ける方法を探すわ」
「ですが、殿下はカルドランの皇太子です。パトリックは、一流の医師のはずです。それでも、治せないと言うことでは?」
それは、私にも分かっている。でも、諦める訳にはいかない。
「どう考えても、聖女が治せない病などないと思うの。だとしたら……」
「まさか、呪術ですか?」
私は、頷いた。
そうとしか考えられなかった。
「あのお婆さんなら、何か呪術を解く方法を知っているかも知れない。あるいは、薬を持っているかも知れない。媚薬を持っていたくらいだもの」
「なるほど。行く価値はありそうです」
その時、ふいに私の頭に前世のレオンの姿が浮かんだ。
そうよ。変だわ。
「前世では、レオンは国王になってた。七年後にも生きているはずよ。あと数週間の命なんて、おかしいわ」
「そうですね……。ですが、前世とは色々と違っています。アンドレ殿下の態度も。人の動きも。様々な要因が絡み合って、寿命が左右されるのでは?」
そう……よね。ハンナの言う通りだわ。
何が、レオンの寿命を縮めたのか。どうして、よりによってレオンなの?
街に着くと、私たちは、すぐにアクセサリー店へと向かった。
ドアを開けると、お婆さんが出迎えてくれた。
「お嬢さん、来ると思っていたよ」
予感していたということ?
「スズランのネックレス、貰ったようだね」
私は、胸元のネックレスに触れた。
「はい。媚薬は私の想い人には、利きませんでしたけど。今日訪ねたのは」
「あの殿方を救いたいかい?」
老婆が、私の言葉を遮った。
「なぜ、それを……」
このお婆さんには、本当に驚かされる。
「薬や医学では、救えない命だね」
やっぱり、呪術なの?
「なぜ、そう言い切れるのですか?……」
「瞳を見れば分かる」
瞳を? どういう意味?
「あの殿方は高貴な身分だね。それ故、こんなことに……。手の届く所にあれば、愚かな行為だと分かっていても、自分を制御できなくなるものじゃ……。時を戻す宝剣の話は知っているかい?」
ドックーン。心臓が、跳ね上がった。
「なぜ、その話を……」
ハンナが、私の代わりに尋ねた。
「時を戻す宝剣を使った者は、その身に宝剣を宿すのじゃ。金色の光となった宝剣をな。瞳の色が宝剣の金の光と混ざり、ついには金色に変わる」
……声が出なかった。まさか、レオンが宝剣を……?
レオンの瞳の色は、前世では銀色だった。でも、あの日、夜会の日に出会ったレオンは、銀色と金色の混ざった瞳をしていた。
あの時、鉄仮面を被って現れたのは、アンドレでは、なかったの?
処刑場で、私に宝剣を突き立てたのは、レオンだった……?
そんなはず……ないわ。
私は、足元が崩れ落ちる感覚に襲われた。
「お嬢様!」
ハンナに、後ろから両腕を抱きかかえられた。
「大丈夫ですか?」
ハンナの声が、遠くで聞こえる気がする。
老婆は、一つ溜息を吐いた。
「宝剣は、どこかの国の王家に、代々、受け継がれておった。あの殿方の国だったんだねぇ……」
どこかの国とは、カルドラン王国だった……?
前世で、レオンは隣国カルドランの国王だった。
カルドラン王国に、代々、受け継がれていたの?
国王であるレオンなら、宝剣を使える。
老婆は続ける。
「宝剣は、本来、国が滅びた時に使う物じゃ。国王は、忠実な臣下に宝剣で刺されることを望む……。刺した臣下と、刺された国王は、同時に時を遡る」
そうよ。書物にもそうあった。宝剣は、国が滅びた時に使うと。
カルドラン大国は、安泰だった。国が滅びる気配など、微塵もなかった。
国のためではなく、何のために宝剣を使ったの?
宝剣を使う時は、国王が忠実な臣下に刺されることを望むはずよ。
本来であれば、国王であったレオンが、忠実な臣下に刺されなければならない。
それなのに、刺されたのは私よ。
レオンが私を刺すなど、あってはならない。
宝剣の代償は、刺した者が払わされるのよ。
レオンが私を刺したなら、レオンが代償を払わされる。
宝剣が、代々、受け継がれていたなら、知らないはずがない。
なぜ……? レオンの願いは何?
時を遡ってまで叶えたかった願いは、一体何なの?
老婆は、続ける。
「宝剣は代償として、刺した者の寿命を奪う。殿方の寿命を奪っておるのは、その身に宿す宝剣じゃ。刺した者は、時を遡っても数年しか生きられない。などと書物にはあるようじゃが……。実際には、二カ月ほどじゃ。宝剣の威力は凄まじい。数年も生きてはいられまい……。刺された者は、やり直しの人生を歩める」
宝剣は、刺した者、すなわちレオンの寿命を奪う。
レオンの寿命を縮めた原因は、これだったの? 宝剣を使ったせいなの?
刺された私は、やり直しの人生を歩める。
でも、レオンは命を奪われるのよ。
一体何のために? 理由が分からない。
けど、レオンの瞳の色。前世とは明らかに違う寿命の短さ。治療を試みた時のあの感覚。全てが、一つの答えへと導く。
宝剣を使い、時を戻したのは、レオンだと。
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