レオンの病
レオンは、大股でツカツカと進み出る。私の隣に並んだ。
「陛下、お取込み中失礼いたします」
私の手をバッと掴んだ。
「実は、ここにおりますエミリーとは、男女の交わりを済ませた仲です」
は? 陛下の前で、何を言ってるの? どういうつもり?
アンドレの顔色が変わった。
「嘘だ! そんなはずはない!」
レオンは、続ける。
「つい二日前の出来事ゆえ、アンドレ殿下はご存じないのです。嘘だと思うなら、エミリーに直接聞くのが良いかと」
レオンが、悪魔の微笑みで私を見つめる。
私に投げたーーー。嘘でしょ……。何て答えれば良いの……。
陛下が、私に視線を移した。
「エミリー、今の話は本当か? レオン殿下と関係を?」
ここで認めれば、ふしだらな女として、世間の笑い者になるわ。
私だけじゃない。お父様もお母様も、誹謗中傷される。
だけど、レオンが来てくれたんだもの。
こうなったら、ふしだらな女として生きていくわ!
お父様もお母様も、恨むならレオンよ。
「はい。レオン殿下の言う通りでございます。先程、お話ししなければと申し上げたのは、この事でございます。誠に申し訳ございませんでした」
私は、深く頭を下げた。
アンドレが、レオンに掴み懸かった。
「許さない! 無理やりエミリーを傷モノにしたな!」
ちょっと。アンドレ、落ち着いて……。傷モノにはなってないわ。
えっと、どうすれば良いの……。
「やめないか!」
陛下の声に、アンドレの動きが止まった。
怒りが収まらないのか、肩で荒く息をしている。
悔しそうに、レオンから手を離した。
レオンが、ここぞとばかりに畳みかける。
「ちょうど、エミリーとの婚約の許しをもらいに帰国するところでした」
え? 嘘ばっかり。普通に帰国するところだっただけよね。
「既に、他の男との交わりを済ませたエミリーが、アンドレ殿下の婚約者に相応しいとは思えませんが」
そこまで言う? 私、本当にふしだらな女みたいだわ。
「当然だ。そのようなふしだらな娘を、我が息子の嫁になど認める訳がない!」
陛下が声を荒げた。
お怒りだわ。当然よ。何―、この展開。私、もしかして罰せられる?
「では、エミリーは、連れて帰ります。目障りでしょうから」
目障りって何―――!
レオンは、戸惑う私の手を引っ張りながら、部屋を後にした。
王宮前に停まっていた馬車に私を詰め込むと、さっさと出発した。
私は、隣に座っているレオンに目を向ける。
レオンが来てくれた。私を連れ出してくれた。
レオンが隣にいる。手を握ってくれている。
なんて幸せなの。って、幸せに浸ってる場合じゃないわ。
「レオン様、なぜあのような」
レオンの顔が、苦渋に歪む。
「こんなはずではなかった。俺は、エミリーと婚約などできない。だから、アンドレに託そうと」
あー、やっぱり私と婚約なんてできないわよね。
本当はちょっと期待したけど。
それにしても、私をふしだらな女にしましたね。責任を取ってもらいたかったけど、無理なら仕方がないわ。
この先、お嫁には行けないわー。行くつもりもないけど。
でも、これで私の運命は変わった。
聖女ではなく、普通のふしだらな令嬢として生きていけるかしら?
今後、皆に聖女だと知られても、この件で、聖女の力を失ったと思われるわ。
聖女として生きて行かなくても、良いのよね?
やったわ! こんな方法があったのね! ふしだら万歳よ!
レオンが、ニコニコ顔の私を睨みつける。
「なぜ、笑っている?」
不謹慎だったかしら?
「いえ、何でもありません」
私は、口元を引き締めた。
「あの場で聖女だと、明かすつもりだったな」
「なぜ、それを?」
「バカなのか! それでは、意味がないだろう! 何のために俺が……」
俺が? 何ですか?
レオンは、黙ってしまった。
どうしたのかしら?
「なぜ、そんなに怒っているのですか?」
「当然だろう。聖女だと明かさずアンドレに嫁ぐなら、幸せになれた。エミリーの願いは叶う。だが、明かせば不幸だ」
レオンは、私の幸せを本気で願ってくれていたのね。
その言葉だけで、充分だわ。
「でも、なぜレオン様があそこに?」
「ラシェルが来た。帰路に就いていた俺を追いかけて」
ラシェルが……。一体、どういうこと?
「エミリーを助けて欲しいと。エミリーが、自分自身を捨て、俺だけを想い生きていくと決めたと。本当か?」
ラシェルが私のために、レオンを追ってまで……。
「金貨一万枚の用意は、できているのか?」
そうだわ。金貨一万枚。どうしよう……。
お父様とお母様が、あまりに可哀想だわ。
ふしだらな娘と罵られ、金貨一万枚で我が家は破産だなんて。親不孝すぎる。
言い訳しなきゃ。
「ラシェル様は、何か勘違いをなさったようです。私は、ただ聖女として生きていくのも悪くはないと……」
ちょっと待って。契約書は、二枚とも私が持っているわ。
ということは、金貨一万枚は、払わなくても良いのでは?
告白しても、良いのでは?
その時、レオンが急に胸を押さえて苦しみだした。
「レオン様! どうなさったのです!」
微かな呻き声を上げて、苦しそうに息をしている。
私は、レオンの身体を支えた。
「どこです? どこが痛むのです? 私が治しますから!」
「やめろ……。パトリックを」
なぜ、それ程に、私の治療を拒否するの? とても苦しそうなのに。
私は、馬で隣を並走していたパトリックに、窓から叫んだ。
「パトリックさん、レオン様が!」
パトリックの顔色が、サッと変わった。
すぐに、馬車を停めると、乗り込んで来た。
「殿下!」
パトリックは、丸薬をレオンに素早く飲ませた。
薄っすらと目を開けたレオンの瞳の色が金色に煌めいた。
光の加減? 何だか金色が、以前よりとても強くなっているみたい。
パトリックが私に向いた。
「ご心配なく。もう大丈夫です」
レオンは、少し落ち着いた様子だ。
「パトリックさん、レオン様はご病気ですか? それなら私が」
パトリックが首を横に振った。
「薬ですぐに良くなります。少し疲れが出たのでしょう。ラシェル様にお会いして、一晩中、馬を飛ばして来ましたから」
レオンが、一晩中、私のために馬を飛ばして……。
その時、再びレオンが苦しみだした。
「うおぁぁ」
呻き声を上げ、先程よりも苦しそうに、胸の辺りの服を掴んでいる。
「レオン様!」
「殿下!」
これは、普通の苦しみ方じゃないわ。薬も効いていない。
「私が治します!」
「おやめください!」
私は、パトリックの制止を振り切り、レオンの胸に左手を掲げた。
きっと、心臓に違いないわ。
ポワァと白い光が広がった。
レオンの心臓、私が聖女の力で治せるわ。
次の刹那。
「やめろ……」
レオンの力ない言葉の直後に、ある種の衝撃が私を襲った。
まるで、自分のエネルギーを奪い取られるような感覚。
レオンが、私の手を弱々しく振り払った。
「やめろと……言ったはずだ」
レオンは、上半身を起こし、荒い呼吸を繰り返している。
いつだったか、感じたことがある感覚。
歌劇場が崩壊した、あの時と同じだわ。
多くの人の治療に当たり、クリスティナの治療中に倒れた。
自分のエネルギーを使い果たし、倒れる前のあの時と。
レオンが手を振り払わなければ、私が意識を失っていたかもしれない。
でも、レオン一人の治療でこんなこと……。なぜ?
「レオン様の病は、一体、何ですか?……」
「言ったはずだ。決して俺を助けようとするなと」
それ程、酷い病だということ……?
でも、おかしいわ……。聖女の私が癒せない病などない。
今まで、多くの重病患者を、治療してきた。治せない病も怪我もなかったわ。
レオンだけが治せないなんて、あるはずがない……。
「レオン様、もう一度、私にやらせてください!」
「パトリック、馬でエミリーを屋敷に送っていけ」
「レオン様!」
私は、パトリックに無理やり、馬車を降ろされた。
パトリックは、御者に馬車を走らせるよう、素早く命じた。馬車は、そのまま走り去った。
どうしてなの? なぜ……?
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