アンドレとの婚約の挨拶
その夜。
ハンナが、私の部屋に駆け込んで来た。
「お嬢様、母が宝剣について書かれた書物を見つけてくれました!」
「本当に!?」
私は、椅子から立ち上がった。
王宮の図書館にもなかった宝剣について書かれた本。
諦めていたけど、読みたいわ。
ハンナは、赤い布表紙の本を私に差し出した。
手に取ると、題名には「伝説の実在可能性」と書かれていた。
実在? 宝剣が実在する可能性についての本?
「後ろのほうのページに、僅かですが載っています」
私はパラパラとページを捲った。
あったわ! そこには、「時を戻す宝剣の実在可能性」と書かれていた。
『時を戻す宝剣は、金色に輝き腹に赤い宝石が埋め込まれている。どこかの国の王家に、代々、受け継がれているらしい。国が滅びた時に、国王は忠実な臣下にこの宝剣で刺されることを望む。刺した臣下と、刺された国王は、同時に時を遡ることが可能だと言う』
国が滅びた時のための宝剣だったのね。でもアンドレは、自分の願いのために、時を遡った……。
『遡る年数は、約七年』
やっぱりこの宝剣だわ。私は、ちょうど七年の時を遡ったもの。
『なぜ国王は刺されることを望むのか? 宝剣の代償は、刺した者が払わされるからだ』
ハンナの話と合致するわ。
『宝剣は代償として、刺した者の寿命を奪う。刺した臣下は、時を遡っても数年しか生きられない。刺された国王は、やり直しの人生を歩める。国が滅びるのを阻止できるのだ』
待って。刺したアンドレは、数年しか生きられない。刺された私は、やり直せる……。
「おかしいわ。これでは、アンドレの願いは叶えられない。私を助けるだけだわ」
『刺した臣下が生き延びる唯一の方法があると言う。だが、詳細は分かっていない』
「ハンナ、宝剣は伝説ではなく間違いなく実在するわ。ここに書かれている通り、私が身をもって体験したもの。刺した者が生き延びる唯一の方法って何?」
ハンナは、首を横に振った。
「ただ、母が言うには、恐らく刺された者に関係するのではと……」
刺された私に? 私が何かをすれば、アンドレは生き延びられるの?
アンドレは数年の命。救わなければ、ラシェルが悲しむ。
でも、方法が分からない。
「ハンナ、聖女の私なら、アンドレを死の間際に救えると思う?」
「救おうとしてはなりません。宝剣は、呪術的な物です。お嬢様の身に危険が及ぶかも知れません」
私の身に……。でも、放っておくことはできないわ。
刺した者が生き延びる唯一の方法を、探さなないと。でも、どうやって……。
数年……。まだ数年あるわ。
大丈夫よ。王宮に上がれば、宝剣についても調べられるはずよ。
翌日。
アンドレが約束通り、私を迎えにやって来た。
屋敷の入口で、私は挨拶をする。
会うのは、襲われた日以来で、少し気まずいわ。
「アンドレ殿下、わざわざお迎えに来ていただき、ありがとうございます」
アンドレは、私の手を取った。
「エミリー、この間は、すまなかった。君の気持ちも考えず、焦り過ぎたようだ。君の秘密が知られてしまうのが怖かった。先に婚約しよう。そうすれば、レオンも邪魔できない」
婚約してから、男女の交わりをと、思っているのね。
ごめんなさい。私は今日、陛下の前で聖女であることを告げるわ。
その瞬間から、アンドレは私に触れられなくなる。
アンドレが、本当に私を愛してくれているのだとしたら、申し訳ないわ。
でも、私の心も体も、レオンのものなの。どうにもならない。
私は、アンドレの隣に並ぶと、父と母に挨拶をする。
「お父様、お母様、では、行って参ります」
父と母は、複雑な顔で、私を見送ってくれた。
大丈夫よ。心配しないで。強く生きるから。
あっ、そう言えば、私が聖女だと、まだ両親に伝えてなかったわ。
知れば、きっと大騒ぎね。
私は、王家の馬車に乗り、アンドレと共に王宮へと向かった。
あー、これで本当に、また聖女として生きていくのね。
王宮へ着くと、アンドレが、謁見の間に案内してくれた。
玉座には、既に陛下が畏怖堂々と座っていた。
私は、アンドレに手を引かれ、陛下の前におずおずと進み出る。
「陛下、お初にお目に掛かります。エミリー・ド・アヴェーヌと申します」
私は、淑女の礼をした。
この挨拶も二度目ね。一度目はガチガチに緊張していたけど、今はそれ程でもないわ。
人間、慣れるものね。
「男爵家の娘だと聞いていたが、所作の美しさは、まるで王族のようだ」
はい。一度、王家に嫁いでおりましたので。
「お褒めに預かり光栄でございます」
アンドレが、嬉しそうに陛下に説明する。
「父上、エミリーは、この通り美しいのですが、それだけではないのです。成績は、学年トップです。先日の夜会では、僕の命を救いました」
「そうだったな。自分の身体を顧みずアンドレの命を救ってくれた。礼を言うぞ」
「勿体ないお言葉でございます」
アンドレは、自慢げに意気揚々と続ける。
「父上、先日、王宮の玄関ホールのシャンデリアが落下した件はご存じですか?」
「聞き及んでおる。ラシェルが死にかけたと」
「あの時、エミリーが自分を犠牲にして、ラシェルを助けたのです」
そんなに並べ立てないで。私がすごく立派な人間に聞こえるわ。ハードル上がるじゃない。
陛下は、顎髭を撫でた。
「そうであったか。さすがは我が息子。未来の王妃に相応しい令嬢を選んだな」
「ありがとうございます。父上」
アンドレは、嬉しそうに頭を下げた。
私は、顔をスッと上げた。
「陛下、お話ししなければならないことが、ございます」
アンドレが、驚いた顔で私を見た。
私の二度目の人生は、結局一度目と同じ運命を辿る。
でも、一度目とは全く違うわ。レオンと会えたもの。
レオンに、出会えて良かった。
レオンの奴隷になって、良かった。
レオンを好きになって、良かった。
後悔は、しない。レオンとの想い出が、これからの私の人生を支えてくれる。
私は、左手首の腕輪に手を掛けた。外そうとした瞬間。
後方の扉がバンッと勢い良く開いた。
振り返ると、レオンだった。
レオンが悪魔の微笑みを讃えたまま、立っていた。
「レオン様、なぜここへ……」
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