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エミリーの決意

その夜。


私は、テーブルの上の奴隷契約書を手に取った。開いてみる。

レオンのサインにそっと触れた。綺麗な字ね……。


私は、契約書を胸に抱き締めると、引き出しの中にしまった。

さよなら、レオン。


私は、重い体を引きずるようにベッドに入った。

今頃、レオンは、帰路に就いている頃かしら……。

どんなに振り払おうとしても、レオンの顔が頭に浮かぶ。


その時、父が部屋に駆け込んで来た。


「エミリー、アンドレ殿下から、正式に婚約の申し込みがあった!」


何ですって……。アンドレが、婚約を……。


私は、上半身をガバッと起こした。


そんな……。お終いだわ。何もかも……。


父は、大喜びだった。


「さすがは私の娘だ。レオン殿下だけでなく、アンドレ殿下の心も掴んでいたとは」


レオンの心は掴んでないわ。


続けて、母も部屋に入って来た。


「私は、レオン殿下が良かったけれど……。でも、アンドレ殿下でも良いわ。あら? エミリー、嬉しくないの? 将来、王妃になれるのよ」


王妃……? 前世で王妃だった私が、どんな惨めな気持ちで毎日を過ごしていたか、知らないでしょ?

何も分かってないわ……。父も母も私の気持ちなんて、何も分かってない!


「嬉しい訳ないでしょ! 私はレオンが好きなんだから!」


ぶちまけてしまった。涙が次から次へと零れてくる。


父が戸惑いの表情を浮かべた。


「エミリー、だが、断れないぞ。正式な申し込みだ」


「分かってるわ。受ければ良いわ。娘を犠牲にして独占権でも何でも貰えば良いでしょ! 出てって! お父様もお母様も大っ嫌い!」


私は、父と母に、近くにあったクッションを投げつけた。


何事かと、ハンナが部屋に入って来た。


「お嬢様! 落ち着いてください。旦那様、奥様、今は部屋から出ていただけますか?」


ハンナが、父と母を部屋から追い出した。


「お嬢様……」


ハンナは、私を抱き締めてくれた。落ち着くように背中をさすってくれる。


「大丈夫です。私が傍にいます。お嬢様の気持ちは分かっています。思い切り泣いてください」


わーーーん。私は、言われた通りに号泣した。今日は、泣いてばかりだ。


これで、本当に全てが終わった。

どんなに足掻いても、レオンの言う通り、アンドレの元に行くしかない。

レオンは、もういない。


泣き疲れて、ベッドに横になった私に、ハンナが声を掛けてきた。


「お嬢様、今はレオン殿下のことで心がいっぱいでしょう。ですが、時が経てば、きっと忘れられます。前世とは違って、アンドレ殿下と案外幸せに暮らせるかも知れませんよ」


ハンナの言いたいことは理解できる。

アンドレは、前世と違う。本気で私を愛してくれてるのかも知れない。

でも、私の心は、動かない。悪魔に心を奪われたまま。


レオンになんか、最初から出会わなければ良かった。

レオンの奴隷になんか、最初からならなければ良かった。

レオンのことなんか、好きにならなければ良かった。


そんな想いが、頭の中をグルグル回る。


「お嬢様。明後日、アンドレ殿下がお迎えに来るそうです。王宮で陛下にご挨拶をとのことです」


ハンナは、慰めるように私の髪を撫でた。


明後日……。

こうして、私の気持ちを置き去りに、全てが決まっていくのね。

私は、ただ、この流れに身を任せることしかできない。自分の人生なのに。






翌朝。


私は一つの決意の中で目覚めた。

何だか全て吹っ切れた気分よ。これしかないわ。


まずは、お父様とお母様に謝ろう。

前世でのことを何も知らないんだもの。親として普通の反応だったのに、私、昨日、酷いことをしたわ。


私は、部屋を出た。

ん? 何だか使用人たちが慌ただしい。何かしら?


階段を下りると、父と母が荷物を片付けている。


「お父様もお母様も、何をしているの?」


母が振り返り、ニッコリ微笑んだ。


「エミリー、おはよう。私たち引っ越すことにしたの。カルドランに」


は? 今、何と?


父が、母の肩を抱いて、嬉しそうに微笑む。


「私もカルドランに住んでみたいと思っていたんだ。勿論エミリーも一緒だぞ」


何を言ってるの? 


私は、父と母に駆け寄った。


「まさか、私のために?」


「一人娘に大嫌いと言われたら、引っ越さない訳にはいかないだろう」


父は、私の頭を愛しそうに撫でた。


なぜ、そうなるの? この両親、親バカすぎる。おかしいわ。


「アンドレ殿下が、明日には迎えに来るのよ」


私の言葉に、母が首を傾げる。


「でも、エミリーはレオン殿下が好きなんでしょう? 正妃は無理でも、側室くらいには、していただきましょう。アンドレ殿下との婚約を断れば、国外追放か死罪でしょ? その前に、この国から逃げるのよ」


娘の恋のために、この国を、全てを捨てることを考えるなんて。

私は、母と父に抱きついた。

頭がおかしいけど、嬉しいわ。


「お父様、お母様、昨日はごめんなさい。大嫌いなんて嘘よ。本当は大好きよ」


「分かってるわ。さぁ、エミリーも早く準備して」


私は、母の言葉に、首を横に振った。


両親を巻き込む訳にはいかない。

父の会社はどうなるの? 会社で働いてくれているハンナの両親たちは、どうなるの? 


カルドランでまた一から始めるなんて無謀よ。

何より、カルドランへ行っても私の恋は報われない。


「私はカルドランへは行かないわ。レオン様は、私を好きではないの。私はアンドレ殿下との婚約をお受けするわ」


父も母も、呆然としている。


その時、執事長の後ろから意外な来訪者が顔を覗かせた。


「エミリー、少し、話せるかしら?」


ラシェルだった。




私は、ラシェルを、庭のお茶席へと案内した。


「ラシェル様、わざわざお越しいただきありがとうございます。バタバタしてて申し訳ありません」


「引っ越しでもなさるの?」


「いえ。家の片づけをしているだけです」


執事長が、紅茶とお菓子を運んできてくれた。

今度は荷解きをしている中、急いで用意してくれたのね。


「ラシェル様、何かお話があるのでしょう?」


ちょうど良い決意表明になりそうだわ。


「聞いたわ。アンドレ殿下から婚約の申し込みがあったと。ショックだったけれど、エミリーの気持ちを確かめたくて」


ラシェルは、どんな思いでここまで足を運んだのか。

好きな殿方が婚約を申し込んだ相手。きっと辛かったはず。

それ程、アンドレを想っているのね。


「何を言っても、信じてもらえないかも知れません」


私は、左手の腕輪とスッと外した。


顕わになった青く美しい百合の印に、ラシェルが絶句している。


「エミリー、これは……。聖女……だったの?」


ラシェルに話せば、もう後戻りはできない。

私の決意表明、聞いてね。


「いつだったか、この腕輪のご利益を、私に尋ねられましたね。この腕輪は、望む人生を歩むための、手助けをしてくれる物でした……。私は、聖女であることを隠したかったのです」


「なぜ? 聖女は誉れ高き、選ばれし者よ」


誉れ高き選ばれし者……か。


私は、首を横に振った。


「聖女は、王家に、アンドレ殿下に嫁ぐ決まりです。私は、その運命から逃れたかった。だから、隠していたのです」


「アンドレ殿下との婚約は、本意ではないのね?」


「はい。私はレオン様を愛しています」


「好きな殿方とは、レオン殿下でしたの?」


あの時は違ったけれど。でも、自分の気持ちに気付いてなかっただけかもね。


「今となっては、そうですね」


「エミリーの気持ちは分かったわ。でも、アンドレ殿下の申し出を断れないでしょう? 断れば、大変なことになるわ」


「はい。ですから明日、陛下にお会いした時に、聖女であることを明かすつもりです」


ラシェルは怪訝な顔をする。


「聖女であってもなくても、アンドレ殿下に嫁ぐことに変わりはないわ」


「聖女は男女の交わりで、その力を失うのです。ですから、聖女として嫁げば、アンドレ殿下は、生涯私に触れることができません。王家の決まりです」


ラシェルは、一瞬、言葉を失っていた。


「でも、エミリー。貴女はそれで良いの? 貴方の願いは……」


「誰かに愛され、誰かを愛し、子供を産んで幸せに暮らす人生です。ですが、レオン様への想いは叶いませんでした」


私は、涙を堪え、ニッコリ微笑んだ。


「であれば、聖女として生きます。人々を癒すただの道具として生きます。生涯、殿方に触れられることはありません。レオン様を想い続けるには、ちょうど良いです」


そうよ。前世でもレオンは、年に、一、二度、この国を訪れていた。

王妃でいれば、レオンにまた会えるわ。


「それ程に、レオン殿下を想っているのね」


私は、頷いた。


「ラシェル様。私は聖女として、アンドレ殿下の正妃となるでしょう。ですが、王家には後継ぎが必要です。必ず側室をお迎えすることになります。ラシェル様は公爵家のご令嬢ですから、側室では納得できないかも知れません。それでも側室におなり下さい」


私は、ラシェルの手を握った。


「アンドレ殿下の寵愛を受けるのは、ラシェル様、ただお一人です。私はラシェル様の幸せを、心から願っています」


ラシェルの目から、涙が零れ落ちた。


え? なぜ泣くの?


「エミリー、ごめんなさい。私、貴女に嫉妬して」


ラシェルは、私の手を握り締めた。


「良いのです。ラシェル様のお気持ちは、理解できますから」


これで仲直りですね。

王宮では、こうしてお茶を飲みながら過ごせるかも知れない。


これからの長い人生、王宮で共に暮らすことになるわ。

ラシェルがいてくれて良かった。きっと寂しくないわ。


私は、空を見上げた。

今日も綺麗な空だわ。レオンへと続く空。この空の下で、レオンが生きてる。

きっと悪魔の微笑みを浮かべてるわ。思い出すと、自然と笑みが零れる。

こうして空を見上げれば、レオンに会えるのね。


私は、胸元のスズランのネックレスに触れた。

レオンからの大切な贈り物。レオンとの思い出があれば、この先に何があっても乗り越えられるわ。

エミリーの決意に、ちょっとウルッと来た方は★★★★★とブクマをお願いします!

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