レオンとのお出掛け②
街の中心にある歌劇場までは、走ってすぐだわ。私は通りを駆け抜けた。
歌劇場の前まで来ると、チケットの半分を切るもぎりに止められた。
「歌劇はもう始まってますよ。それにチケットがないと入れませんよ」
「それどころじゃないんです。皆を非難させないと。もうすぐ建物が倒壊して」
「何を言ってるんだ! 営業妨害だ! 帰ってくれ!」
私は、突き飛ばされた勢いで、尻餅をついた。
ダメだわ。本当のことを言っても誰も信じてくれない。
こうなったら、仕方がないわ。
私は、大声を張り上げた。
「火事です! 歌劇場の裏から火が出ました! 皆さん、避難してください!」
『火事?』
『おい、逃げるぞ!』
周辺にいた人々が、右往左往し始めた。
まずいわ。このままだと、人々が逃げ惑い怪我人が出る。
広場なら周囲に建物がないわ。前世では、怪我をした人々の治療の場所だった。
「皆さん! 広場に避難してください! 広場なら安全です!」
私の言葉で、皆が広場に向かい始めた。
もぎりが、広場に向かう人々に気を取られている。
今だわ!
私は、劇場の中へ、駆け込んだ。
中では、歌劇が行われている最中だった。
構っていられないわ。
私は、舞台へと駆け上がった。
観客が皆ざわついている。
演者の一人が私の腕を掴んだ。
「君、一体何の真似だ」
私は、演者の手を振り払った。
大きく息を吸うと、一気に声を張り上げた。
「火事です! 皆さん、広場へ避難してください! 歌劇場の裏から火が出ました! 今すぐ広場へ向かって下さい!」
観客も演者も一瞬、動きが止まった。戸惑いの色が広がる。
モタモタしてる暇はないのに……。
私がもう一度声を上げようとしたその時、後方の扉がバーンと勢い良く開いた。
どうして。なぜ、ここへ……。
そこには、黒髪を靡かせたレオンが立っていた。
「聞こえなかったか? 後ろから五列目までに座っている者、立て!」
レオンの声に気圧された人々が、席からザッと立ち上がった。
「広場だ。広場へ向かえ!」
すごいわ。たった一言で皆を従わせた。
さすがだわ。人を服従させる天才は、オーラが違う。
「次の五列の者たち、立て!」
あのまま私が皆を非難させていたら、後方に殺到した人々の間で、きっと怪我人が出た。皆が押し合わないように、レオンが誘導してくれてる。
本当にレオンは優秀なのね。来てくれて助かったわ。
これで、半分以上の人々が、安全に外に出たわ。
瞬後。地面が大きく揺れた。
私は、バランスを崩し、舞台に両手を突いた。
『キャー、地震よ』
『逃げるわよ!』
残りの前列の人々が後方へと殺到し始めた。
その流れに一人逆らい、私の元へと走る人影は、レオンだった。
「レオン様! 逃げて下さい!」
レオンの姿が、舞台上にヒラリと舞い上がった。私の手を握り締める。
「奴隷を置き去りにする主が、どこにいる」
大勢いるわよー。普通、そうするわ。
建物が、床が、またガタガタと揺れ始めた。もうすぐ倒壊するわ。
「行くぞ!」
レオンは、私の手を引き、走り出した。
後方へ殺到した人々の波も、引き始めていた。
これなら、倒壊前に、私たちも外へ出られるわ。
その時、後方から泣き声が聞こえた。
どこ……? 子供だわ……。子供が泣いてる。まさか、あの子?
「レオン様、先に外に出てて下さい!」
私は、レオンの手を振り解き、後方へと走った。
「エミリー!」
レオンの焦りの声が響いた。
だけど、振り向いている暇はない。
あの時、あの子は演者の母親を訪ねて劇場に来ていた。母親は、我が子がここに居ることを知らなかった。
私の腕を、後ろからレオンが掴んだ。
「エミリー、どこへ行く!」
「子供がいます! あの子かも。助けなきゃ!」
私は、レオンの手を再び振り解いた。
舞台に駆け上がると、舞台袖から裏へと回った。
「どこなの? 大丈夫よ。助けに来たの。返事をして」
すると、向こう側の舞台セットの間から女の子が顔を出した。
ツインテールの髪に、翡翠色の瞳。
あの子だわ! 間違いない! また会えた!
私は、女の子を抱き締めた。あの時は、ごめんなさい。でも今度こそ、助けるから!
「エミリー、急ぐぞ!」
レオンは、女の子を抱き上げると、私の手を引いた。
次の瞬間。ガタガタガタッ!
立っていられないほどの大きな揺れに襲われた。
私は片手を突いた。同時に建物が崩壊し始めた。
上から、屋根を支えていた板や柱が崩れ落ちてくる。
ダメだわ! 間に合わない!
「ピアノだ! ピアノの下へ入れ!」
レオンは、私の手を引っ張り、グランドピアノの下へ押し込んだ。
女の子を私に抱かせると、私と女の子の上に覆い被さった。
「目を閉じていろ」
私は、女の子と共に、ギュっと目を閉じた。
ガシャガシャガッターンと、凄まじい音が途切れることなく聞こえてくる。
お願い、神様。どうか、この子とレオン様と私を助けて!
暫くすると、音が聞こえなくなった。代わりにレオンの声が響いた。
「もう良いぞ。大丈夫か?」
私は目を開けた。舞い上がる砂埃の中、レオンの顔がすぐ近くにあった。
良かったわ。レオンは無事ね。
私は、胸の中の女の子を確認した。
「大丈夫?」
女の子は、コクリと頷いた。
良かったわ。今度は助けられた。
「お名前は?」
「クリスティナ」
「良いお名前ね。クリスティナ」
名前はクリスティナだったのね。あの時は、名前すら聞けなかった。
周囲を見渡すと、瓦礫で囲まれている。
あの時のレオンの咄嗟の判断がなければ、確実に、この瓦礫の下敷きになっていた。命を落としていたわ。クリスティナも助けられなかった。レオンのおかげで命拾いしたわ。
その時、覆い被さっているレオンの左腕に、鮮血が見えた。
「レオン様、血が出ています! 怪我をされているわ!」
「大したことはない。少しすれば、救助が来る」
「ダメです。私が治します!」
私が、左手を翳そうとした瞬間。レオンに手を掴まれた。
「やめろ。力は使うなと言ったはずだ。心配するな。この程度の怪我は、お前の力を借りなくても、すぐに治る」
レオンは、半身を翻した。シャツの袖を引き千切ると、器用に左腕に巻いた。
私もクリスティナを抱いたまま、上半身を起こした。
レオンは、私の治療を異常に拒否する。
クリスティナが見ているから、力を使わせなかっただけ?
「お兄ちゃん、痛い?」
クリスティナがレオンを心配そうに見つめる。
レオンは、クリスティナの頬の汚れを手で拭った。
「痛くない。大丈夫だ」
子供には、こんなに優しい顔をするのね。知らなかったわ。
レオンは、私の頬にも手を伸ばす。
「エミリーも汚れている」
手でスッと拭ってくれた。
やっぱりレオンが良い。レオンが好き。また再認識させられた。
「レオン様の頬も汚れています」
私は、手を伸ばし、レオンの頬の汚れを拭った。
クリスティナが同時に、レオンの頬に手を伸ばした。笑顔で拭いている。
レオンとの子供ができたら、きっとこんな感じなかしら……。
私ったら、何を考えてるの。こんな時に。それにしても熱いわ。
私は、掌で、慌てて顔を仰いだ。
クリスティナが、私の小指とレオンの小指を絡めた。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんの子供の名前は、クリスティナにしてね。クリスティナがキューピッドだから」
何て良い子なの。ナイス援護射撃よ。助けて良かったわ。
「そうするわ。キューピッドのクリスティナ、ありがとう」
私は、クリスティナの頬にキスをした。
「なぜそうなる? なぜキューピッドなのだ?」
レオンの言葉に、クリスティナは、困った顔をしている。
「レオン様、クリスティナは、きっと何かの物語を読んだのです。キューピッドになりたかっただけです。子供相手に追い込むのはおやめ下さい」
その時、周囲の瓦礫が撤去され始めた。
私たち三人は、無事に助け出された。
クリスティナが、母親を見つけたのか、元気に走って行く。
途中で、振り返り、私とレオンに手を振った。
良かったわ。あの時、助けられなかった命。今度は助けられたわ。
私は、ハッとレオンを振り返る。
「レオン様、早く傷の手当を」
その時、広場のほうから人影が駆け寄って来た。パトリックが血相を変えて走って来る。
「殿下、ご無事でしたか!」
パトリックは、レオンの傷を目にすると、その場で治療を始めた。
え? パトリックって治療できるの?
私の心の疑問に、レオンが答えた。
「パトリックは、優秀な医師だ」
そうなの? 私の力は必要ないって、パトリックがいるからなのね。
その時、私の手が腰の辺りの堅い物に触れた。そうだわ。媚薬。
私は、手で瓶を確認した。大丈夫だわ。割れていない。
エミリー、媚薬を使う気満々だね。と思った方は★★★★★とブクマをお願いします!




