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すれ違う想い

扉が、勢い良くバンッと開いた。


「呼んだか? エミリー」


レオン……。本当にレオンが来てくれた。

安心したのか、自然と涙が溢れてくる。


ベッドの私とアンドレを見て、レオンの顔色がサッと変わった。


「アンドレ、貴様! エミリーから離れろ!」


レオンは、アンドレの胸倉を掴むと、私から引き離した。アンドレの首元を、締め上げる。


「何の真似だ? エミリーは、俺の女だ。二度とエミリーに触れるなと言ったはずだ!」


アンドレが、不気味な笑みを浮かべた。直後に声を上げた。


「聖女! だろ? 僕が知った以上、エミリーの弱みを、君はもう利用できない。エミリーを、君の自由にはさせない」


鋭い視線をレオンにぶつけた。


レオンが一瞬、私を振り返った。瞳に動揺が走っている。


ごめんなさい。でも、どうしようもなかったの……。

私は目で訴えた。


気持ちが通じたのか、レオンはすぐにアンドレに向き直った。


「あー、バレたなら仕方がない。だが、エミリーのためを思うなら、黙っておくほうが利口だぞ」


「分かってるさ。皆に知られる前に、エミリーを抱く。皇族なら知っているはずだ。男女の交わりで聖女は力を失う。僕は聖女ではないエミリーを婚約者にする。君の出番はない。邪魔はしないでくれ」


「なるほど。確かに俺の出番はなさそうだ」


レオンは、掴んでいた胸倉をパッと離した。アンドレの胸元を整えている。


え? レオン、助けてくれないの? 

レオンにとって私は、やっぱり、ただの奴隷だったの……。


次の刹那。


レオンがアンドレを派手に殴り飛ばした。


「気に入らないな。エミリーを泣かせた。傷つけた。エミリーの気持ちは無視か?」


アンドレは、口元の血を拭った。私の涙を見ると、辛そうに俯いた。


「エミリーと俺は、契約を交わしている」


レオンは、契約書を胸元から取り出した。アンドレの目の前に突き付ける。


いつも持ち歩いているの? 


「エミリーのサインがここにある。一年間、俺の奴隷だ。エミリーを泣かせて良いのも、傷つけて良いのも、俺だけだ」


泣かせたり、傷つけたりしては、いけないと思うわ。


レオンは、サッと身を翻すと、私の手を掴んだ。


アンドレが立ち上がった。


「奴隷だと……、エミリーを奴隷扱いしてたのか!」


レオンは、アンドレの言葉をあっさり無視した。私を連れ、さっさと出口へと向かう。


「僕が秘密を知った以上、そんな契約は無効だ!」


レオンは、扉に手を掛けながら、アンドレを振り返った。


「では、バラすぞ。エミリーが聖女だと、バラされても良いのか?」


アンドレは、唇を噛み締めている。


レオンは、私の手を引き、部屋を後にした。


門前の馬車に私を乗せると、レオンは隣に座った。

悪魔の微笑みを私に向ける。


うぅ、これは、すぐに謝ったほうが良さそう。


「レオン様、ごめんなさい」


「なぜこんな事態になっている?」


「マルクが三階から落ちて、聖女の力を」


レオンの瞳が激しく揺れた。


「使ったのか?」


「だって、放っておいたら、確実に死んでいたんだもの」


「言ったはずだ。人の寿命は神の領域だと。なぜ助けた?」


「マルクは幼馴染なの。助けられるのに何もしないなんて、できないわ。でも、治療するところは、ちゃんと上着で隠しながらだったの。だから、皆には知られてないわ。傍にいたアンドレにだけバレて……」


「なぜ、アンドレが傍に?」


「話があると連れて行かれて」


レオンは、私の頬に手を伸ばす。


「屋敷に戻ったら、お仕置きだ。覚悟しろ」


ひぇー。お仕置き。きっと今までよりも酷いお仕置きだわ。

今までは、お菓子を食べさせられたり、頬っぺたにキスされたり、耳たぶをカプッとされた。


これより酷いお仕置き。

そうだわ。次にアンドレに近づいたら、お仕置きは口にキス……。


ひゃー。どうしよう、どうしよう……。心の準備が……。


屋敷に着くと、レオンは、自分の家のように勝手に上がり込む。

初めて我が家へ来て以来、レオンの来訪は日常なので、使用人たちも慣れたもの。

なぜか「レオン殿下、お帰りなさいませ」と挨拶している。


私の部屋に入ると、レオンはハンナに声を掛ける。


「お仕置きをする。外してくれ」


嘘っ……。レオンと二人きり……。


ハンナは、嬉しそうに頷いた。私にウインクしてから部屋を出て行った。


ハンナーーー! そのウインクは何? 頑張れってこと?


「えっと、あの、レオン様」


レオンは、私の手を引き寄せると、抱き締めた。


ど、どうしよう……。だけど、嬉しい。

服の上からでも、レオンの鍛え上げられた肉体が分かる。

温かいわ。安心する。


「怖い思いをしたな。大丈夫か?」


心配してくれてる。


「はい。もう落ち着きました」


「では、お仕置きをしても良いな」


え? 


レオンは、そのまま私をベッドに押し倒した。覆い被さると、髪を撫でた。


ひぇーーー! ちょっと待って。これは……。

顔が熱い。これ以上は、無理よ。


「アンドレに何をされた? キスされたか?」


私は、超高速で首を横に振った。


「されてません! その前にレオン様が助けに来て下さったので!」


レオンの瞳に安堵の色が広がった。


「なぜ、俺の名を呼んだ?」


えーッと。それは……。自分でも良く分からないわ。


「レオン様の顔が、思い浮かんだから?」


「俺に惚れたと、告白しているのか?」


好きだとバレたら、金貨一万枚。


「いいえ、違います!」


「まぁ良い。では、お仕置きタイムだ」


え? まだお仕置きじゃなかったの?


レオンの唇が、私の右頬に触れた。


頬っぺたキスだわ……。嬉しさと照れで、きっと私、変な顔になってる。


次に、レオンの唇は、オデコに触れた。


オデコに、レオンの唇が初上陸よ。エヘッ。ちょっと恥ずかしい。


次に、レオンの唇は、左の頬へ触れた。


ひゃ。くすぐったいわ。

次は、いよいよ口かしら……。ドキドキが止まらないわ。

心臓の音、レオンに気付かれてないかしら?


レオンの唇が、私の唇に近づいて来る。私は、目を閉じた。


あれ? 何の感触もない。


私が目を開けると、レオンがじーっと私を見つめている。


「ファーストキスは、愛する人に捧げたい。そう言ってなかったか? なぜ嫌だと言わない?」


好きだと言うべき。いいえ、金貨一万枚は払えない。我が家が破産するわ。


「……お仕置きですから、どうぞ!」


私は目を閉じた。


レオンの指がオデコに弾くように触れた。

私は目を開けた。


どうやら軽くデコピンをされたらしい。


レオンは、上半身を起こした。


えっ、キス、しないの?


「ファーストキスは、愛する者に捧げろ」


レオンは、私に背を向け、立ち上がった。


「アンドレは、どうやら本気でエミリーを愛しているようだ。誰かに愛され、誰かを愛し、子供を産んで幸せに暮らす人生。エミリー、お前の望みは叶う。アンドレの元へ行け。アンドレに抱かれれば、お前は聖女ではなくなる。幸せになれる」


そんな……。レオンの口からそんな言葉、聞きたくない。

それなら、どうして今日、私を助けたの? 連れ出してくれたの?


レオンが私を振り返った。手には、奴隷契約書。私にスッと差し出した。


「奴隷契約は、今日で終わりだ」


まさか、もう会わないつもり?


私は、焦って立ち上がった。


「ダメです! 契約は、どちらかが勝手に終わりにはできません。期限は一年です。レオン様が、カルドランに帰っても、契約は有効です!」


レオンは、一瞬驚いた顔で、首を捻った。


「エミリーが、それ程奴隷を気に入っているとは」


気に入ってはいないけど……。


レオンは、契約書を胸元にしまった。


良かったわ。これで、まだレオンと一緒にいられる。


レオンが、扉に手を掛けた。


「俺は、来週、カルドランへ帰る」


来週? そんなに早く?


「帰国は、来月だと」


「今日は月末だ。来週は、来月だが?」


確かにそうだわ……。本当に、帰っちゃうの? ダメよ!


私は、レオンの左腕をガシッと掴んだ。


「レオン様、明日は、街へ出かけませんか? 私、欲しい物があるのです」


「まさかとは思うが、奴隷が主におねだりか?」


「そうです! 私は今まで、奴隷として立派に務めを果たしてきました。ですから、ご褒美をいただこうかと」


レオンが、フッと笑った。


「何が立派にだ。仕方がない。主が奴隷の願いを、たまには叶えてやる」


やったわ! レオンとお出かけよ!


「ありがとうございます」


レオンは、私の頭を撫でると、部屋を後にした。


入れ替わりに、ハンナが入って来る。


「お嬢様、どうでした?」


私は、その場にへたり込んだ。


「レオンは、私を好きではないわ。アンドレの元に行けと……」


急に涙が溢れてきた。わ~ん。私は号泣した。


「お嬢様……」


私は、泣き止むと、ハンナに今までの経緯を説明した。


「アンドレ殿下は、私と同じことを考えたのですね。レオン殿下の言う通り、アンドレ殿下は、お嬢様を心から想っています。ですから、聖女ではないお嬢様を娶りたいのです。前世とは違います」


前世での私の願い。それは、アンドレに女として愛され、触れてもらうこと。

その切なる願いが、今、目の前にある。私が頷けば、願いは叶えられる。


だけど、無理よ。今の私の願いとは違うもの。


「嫌よ。だって、私はレオンが好きなんだもの。自分の気持ちに気付いたら、好きな気持ちがどんどん大きくなって。止められないの。レオンの傍にいたいの。いつも一緒にいたいの」


「お嬢様……」


ハンナは、私を抱き締めてくれた。


「お嬢様、やはりレオン殿下と男女の交わりを済ませるのです。そうすれば、お嬢様は聖女ではなくなります。穢れた体では、アンドレ殿下の婚約者にはなれないでしょう。ですから、レオン殿下に責任を取ってもらうのです」


え? それは飛躍し過ぎだわ。


「無理よ。それに、レオンは、私にキスしようともしなかったもの」


「では、このままアンドレ殿下の婚約者となっても良いのですか?」


「それはダメよ!」


ハンナは、両手を腰に当てた。コホンと咳払いをする。


「媚薬を使いましょう。殿方にその気になっていただく薬があると聞きます。明日、街へ出かけるのですよね。媚薬を探して買うのです。私が、こっそり殿下のお茶に入れて差し上げます」


えー。ハンナ、その得意げな顔、何でー。ノリノリー。


「レオン殿下は、もうすぐカルドランへ帰られます。お嬢様を側室として連れて帰っていただきましょう」


「何で側室なの? 正妃が良いわ」


「レオン殿下は、お嬢様を奴隷にしました。奴隷が正妃になれるとお思いですか? お嬢様は、たかが成り上がりの男爵令嬢です。相手は大国の皇太子ですよ。正妃には、きっとカルドランの由緒正しきご令嬢をお迎えになるでしょう」


ハンナ、サラっと本当のこと言ったわね。

その通りだけど、もっと包み込んだフワッとした言葉が欲しかったわ。


「勿論、私もお供します。カルドランはとても繁栄した素晴らしい国だそうです。私、カルドランへ行ってみたかったのです。楽しみです。うふっ」


ハンナ、そのために、私にレオンの側室で我慢しろって、言ってるよね。


ん? だけど……。


「前世では、レオンはずっと独身を貫いてたわ。女を寄せ付けないことで有名だった」


ハンナが固まった。


「そんな……。レオン殿下は女に興味がないのですか? まさか、殿方がお好きとか……」


えー。そんな話は聞いたことがないけど。


ハンナは、私の肩にそっと手を置いた。


「レオン殿下と過ごす残りの時を、楽しんで下さい。悲しい気持ちでは、勿体ないです」


諦めたーーー!。急に方針転換ーーー!


「ハンナ、媚薬は?」


ハンナは、フルフルと首を横に振った。


「媚薬は、ほんの少し背中を押す物です。その気が全くなければ、効果は期待できないでしょう。そもそも、そのような物で殿方を惑わすなど、言語道断。人の道に外れます」 


えー。急に? さっきまで惑わす気満々だったよね。


でも、そうだわ……。レオンは、もうすぐ帰ってしまう。

泣いていても仕方がない。同じ時を過ごすなら、楽しく過ごそう。楽しい想い出をレオンと作りたい。


ハンナのこと結構好き。と思った方は★★★★★とブクマをお願いします!

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