マルクの命
屋敷に戻った私は、ベッドにダイブした。
「ハンナ。私、気付いたの。自分の気持ちに。金貨一万枚だわ」
「お嬢様……。レオン殿下に、惚れたのですね」
私は、上半身を起こすと、コクリと頷いた。
いつの間にか、レオンの存在が私の中で大きくなっていた。
最初は、酷い男だと思っていた。でも、違った。
悪魔のような微笑みの裏には、優しさが溢れていた。
レオンの顔が浮かぶ。
あの漆黒の闇のような黒髪も、銀色と金色の混ざった瞳も、悪魔の微笑みさえも、愛おしく感じる。私、本当にどうかしてるわ。
悪魔に恋してどうするのーーー!
この気持ちがレオンにバレたら、金貨一万枚よ。絶対に隠さなきゃ。
ハンナは、なぜか祝福モードだ。
「良かったです。お嬢様、私、以前から考えていたことがあるんです。お嬢様が聖女であることに怯えず、伸び伸び生活できる方法が一つだけあります」
え? 何? そんな方法があるなら、何で早く言わないの?
「レオン殿下と、男女の交わりを済ませるのです」
はい?
「今まで言い出せなかったのは、お嬢様の気持ちが何より大切だったからです。ですが、レオン殿下を好きなら問題ありませんよね」
レオンと、男女の交わり……。
「ちょっと待って。無理よ。だって、今日、自分の気持ちに気付いたばかりよ。それなのに、そんな……」
顔が熱いわ。きっと私、今、顔が真っ赤だわ。
「それに、レオンの気持ちもあるわ。レオンは、私を単なる奴隷として楽しんでるだけよ」
ん? でも、今日の日を忘れない、悔いはないって言ってたような。
「気付いてないのですか? 殿下は、お嬢様を好きに決まっています。レオン殿下の態度は、あからさま過ぎて、分かり易いです」
レオンも私を好き? 本当に?
「でも、好きな人を奴隷にする?」
「最初は殿下も、面白半分だったのかも知れません。あるいは、お嬢様に一目惚れをして、照屋なので奴隷にしたとか……」
えー。都合よく考え過ぎー。
私は溜息を吐いた。
「レオンは、来月カルドランへ帰るわ」
「急ですね。皇太子ですから、カルドランの国王も黙ってはいないでしょう。帰って来いと言うのが普通です」
そうよね。はー、これから、どうしよう……。
私の二度目の人生。レオンへの恋心に気付いた途端に終了だなんて……。
今は、いつも以上に考えがまとまらない。
「もう寝るー」
私は、ベッドにゴロンと横になった。
その夜は、レオンの顔だけが、いつまでも頭に浮かんで離れなかった。
月曜日の放課後。
今日は、朝からレオンを見かけてないわ。
残りの時間を私と楽しむって言ってたくせに、来ないなんて酷いわ。
帰りの支度をしていると、マルクが声を掛けてきた。
「エミリー、その後、奴隷生活はどう?」
「ご心配なく。楽しんでるわ」
「さすがは、エミリー。どんな状況でもポジティブ。だけど、本当に困った時には相談して。幼馴染の危機は、放っておけないからさ」
「ありがとう。マルクがレオン殿下に盾突けるとは思えないけど」
マルクは、嬉しそうに微笑んだ。
「理解してくれて嬉しいよ。じゃな、気を付けて帰れよ」
あー、助けられなくても恨まないでと、言いたかったのね。
マルクらしい、言い方だわ。
私が、教室から出ると、ラシェルとバッタリ会った。
「ラシェル様……」
そうだわ。自分のことでいっぱいで、すっかり忘れてた。誤解を解かなきゃ。
「あの日のことは、誤解なのです」
ラシェルはツーンとそっぽを向くと、立ち去った。
王妃になるための決意はどこに行ったのー。
まぁ、怒って当然よね。
マルクは、廊下で友人たちと戯れている。
はー、マルクは気楽で良いわね。
私は、トボトボと歩き出した。
校舎を出ると、背後から声が掛かった。
「エミリー」
振り返ると、アンドレだった。
「話がある。一緒に来てくれ」
アンドレが、私の手を掴んだ。
何でーーー! こんな所をまたラシェルに見られたら、大変なことになるわ。
「殿下、手を離していただけませんか?」
アンドレは、振り返りもせず、私を校舎裏に連れて行った。
私は、そこでやっとアンドレの手から解放された。
とりあえず、ラシェルには会わなかったわ。良かった。
「エミリー、この前は、突然すまなかった」
「いえ。ラシェル様の誤解を解こうとしたのですが、聞いてもらえませんでした。殿下からお話をしていただけませんか?」
「その必要はない。ラシェルがどう思おうが関係ない」
「ですが、ラシェル様は」
その時、後ろでドサッと何かが落下する音が聞こえた。
振り返った私は、目を見開いた。そのまま、動けなくなった。
マルク……。マルクが、うつ伏せの状態で横たわっていた。
私は、ハッと思い出した。
そうだわ……。前世でも同じことがあった。マルクが友人とふざけていて、三階から誤って落ちた。
校舎に残っていた私が駆け付けて、聖女の力で治した。
私がいなければ、マルクは死んでいた。
「君、大丈夫か!」
アンドレが声を上げ、マルクに駆け寄った。
「マルク!」
アンドレの声で、私は弾かれたように、マルクの傍に駆け寄った。
マルクは、頭から血を流し、ピクリとも動かない。
ダメよ、マルク。死んではダメ……。
ここには、アンドレがいる。
周囲を見渡すと、校舎から生徒が蒼白の顔で見下ろしていた。
ここで聖女の力を使えば、絶対にバレる。
だけど、使わなければ、マルクは確実に死ぬ。
どうすれば良いの。でも、このまま、マルクを見殺しにはできない。
マルクの横顔から、血の気が引いて行く。
助けなきゃ。聖女だとバレない方法で助けるのよ。
私は、アンドレに目が留まった。そうだわ。
どうやって助けるの?と思った方は★★★★★とブクマをお願いします!




