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気付いてしまった想い

週末。


キャーーー! 私は、走る馬の背にしがみ付いていた。


なぜこんな事態になっているかと言うと、悪魔の仕業―。


今日は遠乗りするとレオンが言い出し、馬に乗せられた。

私のすぐ後ろで、レオンが馬の手綱を引いている。


「ほら、身体を起こして前を見ろ」


無理よ。馬に乗るのは初めてなのよ。

もしかして、私がアンドレと王宮の図書館に行ったことがバレた? その罰なの?


レオンは、私のお腹に手を回すと、腰をグィッと立たせた。


いやーーー! 死ぬわ!


目を瞑ったままの私の身体を、風が容赦なく打ち付ける。


「目を開けろ。命令だ」


こんな時に、そんな命令する? やっぱり悪魔ー。


でも、少しスピードが落ちた気がするわ。

私は、恐る恐る目を開けた。


周囲の景色が、駆け抜けていく。

何これ……。すごいわ……。


いつもと景色が全然違う。目の高さが違うからか、スピードが速いからか、とにかく初めて見る光景だった。


山々の稜線も、木々の緑も、空の色も、浮かぶ雲も、すごく新鮮。

打ち付ける風も、気持ちが良い。何だか、楽しいわ!


私は、両手を突き上げた。


「レオン様、最高だわ! もっと速く走りましょう!」


レオンが、耳元でフッと笑った。


あぅ。レオンの胸に、私の背中がピッタリくっ付いていることに、今気づいたわ。

うわぁぁぁ。レオンの顔がすぐ横にある。

ドキドキが止まらない。この体勢、恥ずかし過ぎるわ。


レオンが馬の腹を蹴った。途端に、スピードが上がった。


キャーーー! 一瞬、グラついた私の身体を、レオンがしっかり支えた。


「落ちるなよ」

馬は、更にスピードを上げてゆく。


すごいわ。周囲の景色が超高速で流れていく。

馬がこんなに楽しいなんて、知らなかったわ。


目の前に川が見えてきた。

川面が、陽の光でキラキラと揺れている。

綺麗だわ。


川の畔では、パトリックが、敷物を準備して待っていてくれた。

先に来ていたのね。


レオンに馬から降ろしてもらうと、パトリックがにこやかに声を掛けてくる。


「エミリー様、乗馬はいかがでしたか?」


「最高に楽しかったわ」


「どうぞこちらへ。昼食とお菓子の用意がございますよ」


そろそろお腹が空いてたの。有難いわ。それに、またあの美味しいお菓子が食べられるのね。


「ありがとうございます。では、遠慮なく」


直後に、レオンが水を差した。


「エミリー、昼食は後だ。魚を取りに行くぞ」


えー。魚―。お菓子が食べたいわ。


レオンは、私の手を引くと、水辺に立った。


すごいわ。水が透き通ってる。


「あっ、レオン様。魚がいるわ! ほら、あそこにも!」


指を差す私に、レオンは意味ありげな視線を向ける。


「俺は、鮎の塩焼きが食べたい。取って来い」


は? 私が? 魚を取って来るの? これって命令? よね……。


レオンは、悪魔の微笑みで、隣に立つ私を見ている。


良いわよ。こうなったら、やってやろうじゃないの。

見てなさいよ。鮎ぐらい捕まえてあげるわ。


私は、乗馬服のズボンを少し捲った。はしたなくても仕方ないわ。


水の中に足を踏み入れる。ひゃ、冷たいっ。でも気持ち良いー。

子供の頃以来ね。川に入るなんて。


私は、急に楽しくなってきた。

ジャブジャブと水に入る。


「レオン様、見ててください。大きな鮎を捕まえて差し上げます」


私は、水の中に目を凝らした。


あれ? さっきまでいたのに、魚、いなくなっちゃった。


レオンは、プッと吹き出すと、楽しそうに笑っている。


「逃げられたな。勢い良く水に入るからだ」


そうなの? だったら先に言ってよ。


「そこで、深呼吸しろ」


これも命令ね。


フゥー。私は大きく息を吸って、吐いた。

空気が美味しいわ。周囲の木々と水の清らかさが、心地よい。


王宮暮らしでは、ずっと息の詰まる思いだった。

二度目の人生も、色々あり過ぎて、こんな風に自然の中で過ごす余裕はなかったもの。とても癒されるわ。


レオンが、三つ股のモリを手に、そーっと水に入って来る。

口元に人差し指を当て、喋るなと合図をした。


直後に、レオンの手からモリが放たれた。

見事に、鮎を仕留めていた。


嘘でしょ……。


私は、興奮のあまり、バシャバシャと水飛沫を立てながら、近寄った。


「レオン様、すごいわ! 一体どうやったのです?」


「モリで突いただけだ。それより、また魚が逃げたぞ」


レオンは、ジトッと私を睨んだ。


しまったー! 私ったら、つい興奮してしまったわ。


「レオン様、深呼吸をしましょう。静かにしていれば、また魚が寄ってきます」


レオンは、フッと微笑むと、私にモリを手渡した。


「やってみろ」


これも命令ね。でも、やってみたかったの。嬉しいわ。


「鮎は、同じ所を通る。追いかけるのではなく、通る所を狙って突け」


「分かりました。レオン様より大きな鮎を仕留めます!」


私は、再び揺れる水面の中に目を凝らした。


見つけたわ。ここが通り道ね。

えい! 私は、モリを放った。逃げられたわ。意外に難しいのね。


次こそは、とその後何度か挑戦するも、魚には全く当たらなかった。

何で? レオンはあんなに簡単に仕留めたのに。


そう言えば聞いたことがある。レオンがなぜ周囲の人間をあれ程服従させることができるのか。それは、レオンの優秀さを皆が認めているからだと。勉学だけでなく、剣術、戦略、全てにおいて秀でていると。


ふいに、レオンが私の後ろに回り、一緒にモリを持ってくれた。

狙いを定めると耳元で囁いた。


「今だ!」


私は、瞬時にモリを放った。モリの先が、見事に鮎に命中した。


「レオン様、やったわ! 見ました? 私が仕留めたわ!」


私は、我を忘れ、飛び跳ねながらレオンに抱きついた。


「ほぼ俺が仕留めたと思うが……」


レオンの言葉に、ハッと我に返った私は、サッと離れた。


顔が熱い。私ったら、自分から悪魔に抱きつくなんて。どうかしてるわ。


パトリックが声を掛けてくる。


「焚火の準備が調いました」


やったわ。魚も食べるのね。


私たちは、焚火の周囲に座った。


竹串に鮎を刺し、塩を振ると、パトリックが焚火で焼き始めた。


今日は、すごく楽しかったわ。レオンに感謝したいくらいよ。

そう言えば、レオンは、命令だ、罰だと言いながら、私にお菓子を食べさせてくれたり、本を読ませてくれたり……。

今日は、遠乗りで楽しませてくれたわ。


それに、助けられることもある。

試験の時も。ラシェルに無理なお願いをされそうになった時も。


奴隷と言いながら、こき使われたことはないし……。

一体、どういうつもりなのかしら?


パトリックが、私に鮎の塩焼きを差し出す。


「さぁ、どうぞ。エミリー様が仕留めた鮎です」


「ありがとうございます」


うっ、恥ずかしいわ。ほぼレオンが仕留めたのに、自分が仕留めたと大騒ぎをしてしまった。


私は、鮎にかぶりついた。

ん? 何これ?


「すごく美味しいわ。家で食べる鮎と全然違う」


「自然の中で食べる焼き魚だからな。それも自分で仕留めた鮎だ」


レオンは、揶揄うように笑った。


もう、それ以上言わないで欲しいわ。


私は、昼食のサンドウィッチとお菓子も平らげ、大満足だった。


「食べたら昼寝だ」


レオンは、敷物の上でゴロンと横になった。


えー。はしたないわ。


「さっさと横になれ」


レオンが、私の手をグイッと引っ張った。


ひゃーーー! 私は、レオンの左胸に倒れ込んだ。


レオンが、左手で私を抱き締めている。


きゃーーー! 離して。この体勢は、心臓が爆死します。


「レオン様、隣で横になりますので」


「ダメだ。このまま寝ろ」


無理無理無理―。


レオンをチラッと見上げると、気持ちよさそうに目を閉じている。


仕方がないわ。レオンが眠ったら離れよう。

それまで頑張ってね、私の心臓。保ち堪えるのよ。


私は、目を閉じた。でも、レオンの胸の上は、何だかとても安心するわ。お腹もいっぱいで眠くなってきた……。

私は、いつの間にか、爆睡していたらしい。


気付くと、耳元でレオンとパトリックの会話が聞こえてきた。


「パトリック。俺は、今日の日を決して忘れない。エミリーをこの胸に抱き、眠ることができた。悔いはない」


「殿下、諦めてはなりません。今、全力で方法を探しております」


え? レオンに何かあるの? まるで死ぬみたいな言い方……。まさか、病気?


私は、ガバッと起き上がった。


「レオン様、ご病気なのですか? それなら、私が治せます!」


そうよ。聖女の力で私が治せるわ。


レオンは、一瞬驚いた顔で絶句した。

聞かれてしまったなら、仕方がないとでも言いたげに、ふーッと息を吐いた。

上半身を起こすと、私を、真剣な眼差しで見つめる。


「エミリー、この先、何があっても、決して俺を助けようとするな。人の寿命は神の領域だ。誰かの死は、エミリー、お前のせいではない。罪悪感など持つな。これは、命令だ」


「嫌です! そんな命令には従えません! なぜです? 治せと命じるべきでしょう!」


なぜこれ程、感情が高ぶるのか。なぜこれ程、動揺しているのか。自分でも分からない。でも、レオンがいなくなるのは、絶対に嫌! 


「どこです? どこが悪いのですか?」


私は、焦りのあまり、場所も分からないのに、レオンの胸に左手を翳そうとした。


次の刹那。


「やめろ!」


レオンが、私の震える左手を掴んだ。


「エミリー、落ち着け」


私は、その時、ハッとした。

だから、一年なの……?


奴隷契約の期限は、一年。

あの時、一年経てば国に帰ると言ってたけど、嘘だった? 表情が翳ったのは、病のせい?


「あと一年のお命、なのですか?」


レオンは呆れた顔で首を横に振った。


「勘違いするな。俺が死ぬとでも思っているようだが、安心しろ。俺はそう簡単には死なない」


え……。病気ではないの? 


「一年、この国で遊んで暮らす予定だった。だが、来月にはカルドランに帰らなければならなくなった。ただ、それだけだ」


そう……なの。良かったわ。レオンは死なない。

でも、来月には、いなくなる……。


いつの間にか、私の目から涙が零れ落ちていた。


「私、レオン様がいなくなると思うと、すごく怖かった。……酷いわ、騙すなんて」


「誰が騙した? エミリーが勝手に勘違いしただけだ」


レオンの右手が、私の首元を引き寄せる。唇が、私の頬の涙に触れた。


「俺に惚れるな。金貨一万枚だぞ」


そう、だったのね……。今、分かった。あの最後の条文の意味。

レオンに惚れれば、レオンがカルドランに帰った時、私が悲しい思いをする。だから惚れるなと。


「俺は、今まで通りエミリーを奴隷にして、残りの時間を楽しむつもりだ」


やっぱり悪魔―――!


だけど、来月にはレオンがいなくなる……。

もうすぐ奴隷から解放される。喜ぶべきことよ。嬉しいはずなのに……悲しいのは、なぜ?


カルドランに帰って欲しくない。ずっと傍にいて欲しい。

あー、何てこと。この気持ちは、完全に……。


エミリー、悪魔に惚れちゃったね。と思った方は★★★★★とブクマをお願いします!


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