王宮の図書館で
レオンが、厳しい眼つきで近づいて来る。
そうだわ。次にアンドレに近づいたら、お仕置きは口にキス……。
ファーストキスを悪魔に奪われる訳にはいかないわ。
私は、プルプルと首を横に振った。
「何も、何もしていません! 偶然、お会いしただけで」
アンドレが、私をスッと離すと、レオンに向いた。
「レオン殿下、今、僕とエミリーが話をしている。邪魔をしないでくれ」
レオンが、アンドレを射るように睨みつけた。
「それはそれは、お邪魔だったか?」
えー。何、この状況……。
レオンが、私の隣に立った。肩を抱いて引き寄せる。私の首輪に触れながら、アンドレをギロリと睨みつけた。
「エミリーは俺の女だ。二度とエミリーに触れるな」
「僕には、エミリーがレオンを恐れているように見える」
アンドレの視線が、私へと注がれた。
「エミリー、もしかして何か弱みを握られた?」
大正解! その通りです!
アンドレって、察しが良いのね。それとも、レオンの性格を熟知してる?
レオンは、不敵に微笑む。
「だとしたら、何だ?」
え? 認めたーーー! 自分の悪行、認めて良いの? 普通、隠すわよ。
「おかげで俺は、エミリーを自由にできる。行くぞ、エミリー」
レオンは、私の肩を抱いたまま、アンドレの横を通り過ぎようとした。
アンドレが、唇を噛んだ。珍しく怒りを露わにしている。
「卑怯者め」
レオンは、涼しい顔で振り返った。
「あぁ、言い忘れていた。エミリーを助けようなんて思うな。エミリーが困るだけだ」
確かに、私のために動かれて、秘密を知られたら困るわね。
レオンは、私の肩を抱いたまま、部屋を出た。
私は、そのまま、あの視察部屋に連行された。
レオンは、私を部屋に引っ張り込むと、そのまま私を抱き締めた。
ひぇーーー! 何、何、何!
レオンは、私の顎を掴むと、厳しい瞳を向けてくる。
「お仕置きが必要だな。言ったはずだ。次は口にすると」
ダメよ。ファーストキスは、愛する人に捧げたい!
何としてでも許してもらわないと。
「ごめんなさい。ごめんなさい。でも、本当に偶然、会っただけなの」
「悪いが俺は、有言実行を信条としている」
そんな信条は、今すぐ捨ててーーー!
レオンの唇が近づいて来る。心臓が飛び出すー、壊れるー、死ぬー!
顎を掴まれてるから、避けられない。唇が触れるまであと数ミリ。
私はギュッと目を瞑った。
あれ? 何の感触もない……。
目を開けると、レオンが笑いをクッと我慢している。
揶揄われたーーー!
「酷いわ! 私にとっては、ファーストキスを奪われるところだったのよ! ファーストキスは、愛する人に捧げたいのに……」
その時、頬に冷たい雫を感じた。私の目から、いつの間にか涙が零れ落ちていた。
レオンの瞳が激しく揺れた。
戸惑いの表情を浮かべながら、私の涙をそっと拭った。
「悪かった」
え? 悪魔が謝った……?
レオンは、私を静かに引き寄せた。慰めるように抱き締める。
うわぁぁぁ。……でも、温かい。レオンの優しさを感じる。
お仕置きは、しないってことよね。
「お仕置きを免れたと思うな。今日はひとまず、ツケしにしてやる。このツケは、必ず払ってもらう」
それって、いつか必ずキスするってこと……?
前言撤回。優しさなんて、微塵も感じな~い!
翌日。
学園が終わると、私は校舎の陰に隠れた。キョロキョロと周囲を見渡す。
今日はレオンに会っていない。良かったわ。いないわよね。
何としても、王宮の図書館へ行くんだから。
その時、後ろから誰かが私の肩に手を置いた。
「キャッ」
思わず声が出た。
振り返ると、アンドレだった。
「殿下……」
「レオンから隠れてる。そうだろ?」
完全にバレてるわ。そりゃそうよね。悪魔が自分でバラしたんだもの。
「裏口から出よう」
アンドレが、私の手を掴んだ。
え……?
私は、思わず、繋がれたアンドレの手を見つめた。
あの頃、こんな風に握って欲しかったアンドレの手……。憧れだったアンドレの手。
アンドレが……大好きだった。
本当に、記憶がないのね。憎い私の手を取るなんて。
「殿下、手を」
「離さない。何と言われても、離さないよ」
アンドレの瞳からは、強い意志が感じられた。
瞳の奥に悲痛な感情が見え隠れしていて、逆らってはいけない気がする。
アンドレは、引き締まった表情のまま、歩き出した。
裏門には、王宮の馬車が停まっていた。
アンドレは、私を馬車に乗せてくれた。並んで座った馬車の中でも、アンドレは私の手を離そうとしなかった。
私は、アンドレにチラッと視線を送る。
一体どうしたのかしら……。切羽詰まった顔をして。
この表情、あの時と似てる。ラシェルの病を治して子を救えと、私に迫った時と。
アンドレと目が合った。
私は、パッと視線を外す。
アンドレと関わるのは、これが最後よ。
宝剣について調べられれば、二度と近づかない。
私たちを乗せた馬車が王宮へ着くと、アンドレが図書館に案内してくれた。
私を連れて、奥へと進んでいく。
「伝説の類は、この辺りだよ」
その棚には、「世界の伝説集」など、様々な伝説の本が並んでいた。
前世でも、この図書館には幾度となく来た。でも、伝説に関する本は読んだことがなかったわね。
「ありがとうございます。あとは、自分で探しますので」
「では、僕は、医学書の棚の辺りにいる」
医学書? 医学に興味を持っていたなんて、前世では、聞いたことなかったわ。
「殿下は、医学に興味がおありなのですか?」
「君に命を救われてから、医学に興味が湧いたよ。医学の発展のため、研究者を集めて研究所を創りたいと思っている。これもエミリーのおかげだ。気に入った本があれば、借りて行くと良い。声を掛けて」
アンドレは、笑顔でその場から離れた。
医学……。
ボーッとしている場合じゃないわ。早く探して帰らなきゃ。
私は、「世界の伝説集」を手に取ると、目次に目を通した。
宝剣の話は載ってないわ……。世界の伝説を集めた本なのに。
その後も、次々と本を手にしては、目次を見て回った。
けど、宝剣の話は、どこにも書かれていない。
王宮の図書館は、一流の書物が集められているはずよ。
何で載ってないの? 宝剣は確かに実在するのに。
ちょっと待って。宝剣は、今、王家にあるはず。
でも、王宮にいた時に、そんな話は聞いたことがなかった。もしかして、秘匿されてた?
だとしたら、図書館に宝剣についての書物はないわ。
宝剣と共に、どこかに隠してある。
あー、何でこんなことに気付かなかったの。
その時、背後からアンドレの声が掛かった。
「エミリー、気に入った本はあった?」
アンドレは、宝剣を知ってるわよね。探りを入れてみようかしら。
「殿下、ある宝剣に関する伝説をご存知ですか? その宝剣で刺された者と刺した者は、時を遡るそうです」
アンドレは、首を捻った。
「聞いたことがないな」
知らない? この反応は、嘘を吐いているとは思えない。
本当に知らないんだわ。
もしかして、国王だけが知ってる? あの時、アンドレは既に国王だった。
国王になった時に受け継がれるのだとしたら、まだ王太子のアンドレは、聞かされていない?
「その宝剣に関する本を探していた?」
「数ある伝説の中の一つなのですが、侍女が興味を持っていたので」
ハンナ、ごめん。
「侍女のために、本を探すとは。君は、本当に優しい」
うっ、褒めないで。今、褒められると、さすがに気が咎めるわ。
「いえ、そのようなことは。私はこれで失礼いたします。わざわざご案内いただき、ありがとうございました」
顔を上げた瞬間、アンドレの右手が私の頬に触れた。
え? 何……?
「レオンに何かされてない?」
何だか、いつもと雰囲気が違うわ……。
「……いえ、何も」
アンドレの手が、頬に触れたまま、親指だけが私の唇をなぞった。
何してるの? 頭の中が真っ白になった私は、動けなくなった。
「本当に? キス、されてない?」
アンドレが、私の唇をじっと見つめている。
私は、唇を動かせず、僅かに首を横に振った。
アンドレは、辛そうな顔で、私をギュッと抱き締めた。
何―――?
キャーーー! こ、これは、どういうこと……?
「あんな風に、レオンが君に触れるのは、許せない。昨日は、君が困ると思って我慢した。君の弱みは何? 僕が解決するよ」
アンドレの切ない声が、耳元で響いた。
「僕は、決して君を脅したりしない。僕を信じて話してくれないか?」
アンドレには、絶対に知られてはならない秘密……。
何て答えれば良いの……。
その時、誰かの足音が聞こえた。次の瞬間、目の前に人影が現れた。
現れた人影は誰?と思った方は★★★★★とブクマをお願いします!




