時を戻す宝剣
屋敷に戻ると、珍しく父が既に帰宅していた。
「エミリー、そこに座りなさい」
様子が変だわ。何かあったのかしら?
私は、ソファに腰かけた。
目の前には、父と母が並んでソファに腰かけている。
母は、なぜか啜り泣いている。
「お母様、何かあったの?」
母に代わって、父が口を開いた。
「商人の娘だ。ずる賢いのは良い。だが、ずるはダメだ。私は、そんな子に育てた覚えはない」
「何の話?」
母が、泣きながら顔を上げた。
「先生から連絡をもらったわ。エミリー、正直に言って。試験で不正をしたんでしょ?」
あー、その話。気持ちは分かるわ。仕方ないわよね、この反応は。
「ずっとビリだった貴女が、いきなり学年一位だなんて。誰の目にも明らかよ。不正をするなら、もっと上手く。せめて半分くらいは違う答えを書かなきゃ」
そこなの?
父は、母の肩を抱き寄せ、涙を拭いてやっている。
「母さんの言う通りだ」
違うと説明するのも、何だか面倒くさくなってきたわ。
そもそも上手く説明できないし。
「ごめんなさい。次からは、もっと上手くやるわ」
「約束よ」
母が、じっと見つめてくる。
いいの? 上手くやっていいのね?
私は、力強く頷いた。
母は、納得したのか、うんうんと頷いていている。
父は、母を抱き締めた。
「もう大丈夫だ。全て解決したよ。エミリーは約束を守る子だ」
ずるはダメって言ったくせに。母が良いなら何でも良いのね。どうかしてるわ。
私は、席を立った。
母が、私の背に声を掛ける。
「エミリー、私はレオン殿下が良いわ」
は? レオン推し?
父が付け加える。
「そうだな。エミリーのために、嘘まで吐いてくれたんだ。レオン殿下のほうが良いな」
父にとって、母の意見が全てなのね。
我が親ながら、可笑しな夫婦だわ。でも、こんな風に仲の良い夫婦に、私もなりたいかも。
部屋に戻ると、ハンナが駆け寄って来た。
「お嬢様、試験の話は上手く誤魔化せましたか?」
「大丈夫。不正はもっと上手くやるってことで片が付いたわ」
「お嬢様がいくら王妃教育を受けたとはいえ、不正なしで一位は有り得ません。次からはもっと上手くやりましょう」
ハンナも信じてなーい!
「それよりお嬢様、大切なお話があります」
ハンナは、私の手を引っ張り、椅子に座らせた。
「お嬢様は、どんな剣で命を奪われましたか?」
は? 急に?
「どんなって……。何で?」
ハンナは、真剣な眼差しで私を見つめる。
「以前から気になっていたので、母に聞いてみたんです」
「おばさんに? 何を?」
ハンナの両親は父の商会でずっと働いている。
私にとってハンナの両親は、親戚のような存在だ。
ハンナは、私の正面の椅子に腰かけた。
「母の故郷が、ちょっと特殊な村だったのは、ご存知ですよね?」
あー、呪術的な部分が残ってるって聞いたわね。
麦を植える日を、占いに基づいて決めたり。病気の人を祈りで治そうとしたり。
「この腕輪のお守りも、特別なんでしょ? それがどうかしたの?」
「伝説も多く残ってるんです。その中に、時を戻す宝剣の話があって」
時を戻す?
「……それって、私のこと?」
「金色に輝く宝剣で、剣の腹に真っ赤な宝石が填め込まれてるそうです」
あの剣だわ……。私の命を奪った美しい剣。
そんな宝剣が本当に実在するの? だけど、実際に私は、時を遡った……。
「アンドレが、私を刺した剣だわ……」
ハンナは、驚愕の顔で立ち上がった。
「本当ですか!? だとしたら、アンドレ殿下が時を戻したことになります!」
嘘でしょ……。なぜ、アンドレが?
「アンドレが、何のために? だって、私に死罪を言い渡したのは、アンドレなのよ。おかしいわ」
「何故かは、分かりません。ただ、宝剣を刺した者と刺された者は、同時に時を戻されるそうです」
何ですって……。じゃ、アンドレも時を遡った?
それなら、アンドレは、私が聖女だと知っているはず。
でも、アンドレにそんな素振りはなかったわ。
待って。ラシェルが腕輪を欲しいと言った時、ラシェルを窘めた。
聖女の印を隠してると知っていたから? それとも、困ってる私を見かねただけ……?
ハンナは、少し迷いの表情を浮かべた。
「宝剣のような呪術的な物を使った場合、必ず代償を払わされるそうです」
代償? 何だか嫌な予感がする。
「例えば、どんな?」
「具体的には、分かりません。でも、母は言ってました。何かを得れば何かを失う。この世は、プラスとマイナスでバランスが取れている。プラスが大きければ、その分、マイナスも大きいと」
時を戻されたことがプラスなら、それ相応のマイナスなことがあるってこと?
ハンナは、私の手を握ってくれた。
「宝剣が代償を払わせるとしたら、意志を持って宝剣を使った者です」
まさか、アンドレに命の危険が? そうだわ。毒蛇……。いいえ、違うわ。あれは、前世でも起きたこと。宝剣を使った代償なら、前世には起きなかった何かだわ。
「アンドレは、宝剣の代償を知っていながら、時を戻したっていうの? 一体なぜ……。そうまでして、時を戻したかった理由が分からないわ」
その時、私はある言葉を思い出した。前世での侍女のある言葉。
そうだわ……。なぜ今まで思い出せずにいたの……?
「ラシェル様は、二度と子を産めない体になりました。一命は取り留めたものの、いつまで保つか」
死罪を言い渡された直後だった。虚ろな私の心と記憶に刻まれることはなかったのか。あるいは、罪の意識を持ちたくなかったのか。私の記憶は、この言葉を今まで完全に消し去っていた。
アンドレは、愛する人との子を、腕に抱くことが叶わなくなった。それどころか、愛する人さえ失いかけていた。
「誰かに愛され、誰かを愛し、子をもうける幸せな人生か。……私も、そうでありたい」
アンドレの茶会での言葉が蘇る。
私が、アンドレの願いを私打ち砕いた。
これが、時を戻した理由……なのね。
「ハンナ、理由が分かったわ。ラシェルは二度と子を産めない体になった。それどころか、命も危うかった。アンドレは、もう一度、愛する人と、子を望み、時を戻したんだわ」
「そんなことが? それなら何となく理解できます」
だけど、アンドレの様子は前世とは、明らかに違う。
前世の記憶があるなら、憎い私にあんな態度を取らないはず。
もしかして、記憶がないの……?
「ハンナ、刺された私だけが、前世の記憶を持つことってあるの?」
「あるかも知れません……。でも、私には何とも……」
ハンナが、私の手をギュッと握った。真剣な眼差しで私を見つめる。
「ただ、母が言うには、刺された者にも、何らかの影響はあるはずだと。刺した者と共に、時を遡るのですから。でも、大丈夫です。私がお嬢様を守りますから!」
私にも? 何かが起こるの?
「どんな影響があるの?」
「分かりません。母もこれ以上は知らないようで」
宝剣について、もっと詳しく調べなきゃ。
それと、アンドレに記憶があるのか確かめないと。
宝剣の代償って何? と思った方は、★★★★★とブクマをお願いします!




