レオンのお見舞い
その後、悪魔は毎日やって来た。スズランの大きな花束をいくつも持って。
スズランで埋め尽くされた部屋に、レオンはご満悦だった。
「アンドレの花束など、豆粒みたいなものだ」
どれだけ負けず嫌いなの?
ソファに腰かけていた私の隣に、レオンは座った。目の前のテーブルに本を置く。
「エミリー、本を持ってきた。捲ってくれ」
怪我人をこき使う気ね。でも命令なら仕方ないわ。
「はい、レオン様」
私は、本を引き寄せた。題名を見ると「悪役令嬢物語」だった。
最近女性に人気の本だわ。レオンも好きなのかしら?
私の膝の上に、レオンが横向きに頭を乗せた。
キャー! 何?
「最初からだ。俺が捲れと言ったら、捲れ」
ドキドキが止まらない。
とりあえず、違うことに集中しよう。
そうだわ。私も本を読んでいれば良いのよ。
私は、本をレオンの顔の前に置き、読み始めた。
「捲れ」
レオンの命令だわ。でも、このページ、まだ読み終わってないのに。
「レオン様、ページを捲るには少し早すぎます。もっとじっくり読まないと。意外な伏線が張られてることもありますから」
私は、自分が読み終わると、本を捲った。
何、この本。面白いわ。最初から引き込まれる。
自分のペースでどんどんページを捲った。
はー、読み終わったわ。最高に面白かった。
ん? 膝に重みを感じて、下を見ると、レオンの正面顔が。ドアップーーー! しかも寝てるーーー! 最初から寝てたのかしら? あれきり命令が聞こえなかったけど。
私は、まじまじとレオンの顔を見た。何て綺麗な顔……。まつ毛も凄く長いわ。
一本抜いてみようかしら?
レオンがパチッと目を開けた。思い切り目が合った。
ドッキーン! 心臓が跳ね上がった。
私はパッと目を逸らした。
レオンが起き上がった。私の隣に座り直す。
「寝てしまったか……。本は読み終わったか?」
「はい。とても面白かったです」
「俺の命令に口答えをし、自分のペースで読み進めるとは。お仕置きが必要だな」
えーーー! またお仕置き……。また頬っぺたにキス?
レオンは、私の髪を後ろに靡かせると、顕わになった私の耳たぶを噛んだ。
きゃーーー! 耳たぶを悪魔に引き千切られるーーー!
あれ? 痛くない。
何だ……。耳たぶを唇で挟んだだけなのね。驚かさないで。
レオンは満足げな顔をすると、スッと立ち上がった。
「もう帰らねば」
そのまま、部屋から出て行った。
「何だったの? 本を読みたかったんじゃなかったの?」
私の独り言に、ハンナがすかさず返答した。
「分かりませんか? お嬢様が足を怪我して退屈だろうと、本を持ってきて下さったのです。レオン殿下が、あのような本を読むはずがありません」
私のため?
「何で?」
ハンナは呆れた顔で溜息を吐いた。
「お嬢様は、鈍感極まりないです。レオン殿下は、お優しい方ですね。外に出掛けられないお嬢様のために、スズランでこの部屋をいっぱいにされました。更に命令だと言いながら、本を読ませて下さった」
そうなの?
「普通に本を持って来たと言えば良いのに」
「レオン殿下は、きっと照屋さんです」
えー。照屋の悪魔なんているー?
でも、ハンナの言う通りなら、本当は優しい方なのかしら……。
数日後。
学園では、先日の試験の結果が貼り出されていた。
生徒たちが群がっているのは当然だけど、ざわつき方がおかしいわ。
マルクが蒼褪めた顔で、群衆の中から抜け出て来た。
「僕が二位だなんて……」
嘘でしょ? マルクは入学以来、学年トップの座を誰にも譲ったことがないわ。
「一体、誰が一位なの?」
「エミリー、君だよ」
は? 確かにスラスラと解けたけど、そんなはずないわ。
私は、群衆を掻き分け、最前列で貼り紙を見た。
そこには、紛れもなく、トップに私の名前があった。
そんな……。本当に私が一位だわ。
王妃教育、恐るべし……。
けど、大変なことになったわ。
ビリからイキなりのトップよ。有り得ないわ。
私は、群衆の間をすり抜け、マルクの元へと戻った。
戸惑いながらも、マルクに助けを求める。
「マルク、どうしよう。きっと不正を疑われるわ」
「違うの?」
疑ってるー!
当然よね。でも、王妃教育のおかげだとは言えない。
何か言い訳しなきゃ。
「違うわ。私、本当は今まで、本気を出してなかっただけなの」
マルクが、絶句してる。この反応……。言い訳を、間違えたーーー!
「エミリー、君は、天才だったんだね」
納得した! マルク、どうかしてるわ。
「で、どうやったの?」
やっぱり納得してなかったー。
マルクの視線が、私の背後に向けられた。
「エミリー、先生が来る」
振り返ると、険しい顔でこっらに来る先生の姿が……。
来たーー!
しかも、学年主任で鬼と恐れられてる先生よ。
「これは、一体どういうことだね。エミリー、君が一位を取るなど、有り得ないことだ」
先生のこの問いに、何と答えるのが正解なの? 誰か教えてー!
マルク、マルクは?
周囲をキョロキョロ見渡すと、後方に隠れて手を振っている。
肝心な時に逃げるなんて、覚えてなさいよー!
私が先生に向き直った時、誰かの背中が、私の前にスッと現れた。
え? 誰? この後ろ姿、見覚えが……って、レオン!
後ろ姿からでも分かる。レオンが、先生を威圧的に見下ろしているのが……。
「随分と失礼だな。エミリーには、俺が教えた。エミリーは、毎晩遅くまで、俺の作成した予想問題をひたすら解いた。頑張った生徒に、疑いの目はどうかと思うが」
何て素敵なフォローなの。そういうの、欲しかったの。
悪魔もたまには、役に立つわ。
周囲の生徒たちも静まり返り、こちらを見ている。
もしかして、わざと他の生徒にも聞こえるように答えてくれたの? これ以上、疑われないように?
先生は、蒼白の顔で取り繕う。
「殿下が……。そうでしたか。いえ、疑った訳ではないのですが。エミリー、よく頑張ったな」
先生は、慌てて踵を返した。
良かったわ……。
助けてもらったんだから、ちゃんとお礼を言わなきゃね。
私は、レオンの背に声を掛ける。
「レオン様、ありがとうございました」
レオンは、振り返ると、繁々と私を眺める。
「勉強は苦手だと思っていたが」
目が疑ってるー。バカだと思ってたのね。確かに、あの契約書は酷かったけど。
レオンは、私の足元に視線を移す。
「足は、もう治ったな」
「はい。すっかり良くなりました」
屋敷に今日も行ったのかしら? きっと母から登校したと聞いたのね。
その時、ラシェルが現れた。レオンに向かって淑女の礼をする。
「殿下、お久しぶりでございます」
ラシェルは、公爵令嬢だもの。二人は面識があるのね。
レオンは、一瞥すると、ツーンとそっぽを向いた。
ラシェルを完全無視? 女を寄せ付けないとはいえ、挨拶も返さないの?
ラシェルは、俯いている。
私は、慌ててラシェルに声を掛ける。
「ラシェル様、どうかされましたか?」
ラシェルは、レオンを少し気にしながら顔を上げた。
「エミリーは、殿下とお知り合いだったの?」
「えぇ、少しだけ」
ラシェルは、何だかモジモジしている。
どうしたのかしら?
「何か、ございましたか?」
「エミリー、実は相談があるの」
ラシェルの相談と言えば、アンドレのこと以外にないわね。
「どこかで座って話しましょうか?」
ラシェルの顔がパァッと明るくなった。
「では、部屋へ行こうか」
突然、レオンが割り込んで来た。
レオンは、私の手を取ると、スタスタと歩き出した。
ちょっと待って。ラシェルと二人で話すのよ。
まさか、三人で話す気? 空気読めない人?
「レオン様、私はラシェル様と」
レオンは、きょっとん顔で固まっているラシェルに、声をかける。
「何をしている? サッサと来い」
空気読めない人だーーー!
ラシェルは、弾かれたように歩き出した。
「はい、殿下」
えー三人で話すの? と思った方は、★★★★★とブクマをお願いします!




