アンドレとレオン
私は、やっとアンドレから解放され、侍医の前に座らされた、
「早く診てくれ。足から酷く出血している」
「はい、殿下」
侍医は、私の足の血を拭い、傷口を診始めた。
聖女の印を消そうとしたときは、すぐに治癒した。けれど、今、私の足の怪我は治っていない……。やっぱり聖女の印だけが消せないんだわ。
アンドレは、落ち着かない様子で、侍医に捲し立てる。
「元通り歩けるようになるか?」
「どうなのだ? 早く答えてくれ」
「治せなかった時は覚悟しろ!」
最後は脅しになってるわ。
「大丈夫でございます。出血は多かったですが、傷口はそれほど深くありません。打撲もありますが、一週間もすれば回復するでしょう」
侍医は微笑むと、白い布を傷口に巻いて治療を終えた。
アンドレは、心底ホッとした表情を見せた。
「そうか。良かった」
ラシェルが、アンドレの後ろから顔を出す。ポロポロと泣き始めた。
「エミリー、私、私」
なぜか私に抱きついて、泣き始めた。
「すごく怖かったわーーー!」
「ラシェル様、私は何ともありませんので、ご安心を」
「私、急に突き飛ばされて、目の前にシャンデリアが落ちて来たのよ。とても怖かったわ!」
あー、そっち?
「そうですね。怖くて当然ですわ。突き飛ばしたりして申し訳ありません」
アンドレが、呆れ顔をラシェルに向ける。
「エミリーが謝ることではない。突き飛ばさなければ、ラシェルはシャンデリアの下敷きになっていた。死んでいたかも知れない。命を救われたんだ。礼を言うべきだ」
ラシェルは、おずおずと私の手を握ると、上目で私を見た。
「エミリー、ありがとう」
私は、ラシェルの手をよしよしと撫でた。
何だか不思議だわ。あの頃は、顔も合わせたくなかったのにね。
「ラシェル様が、ご無事で本当に良かったです」
七年後、ラシェルが病になる可能性は高い。その時だけは、コッソリと聖女の力を使って、私が必ず助けるわ。ラシェルの子もね。
そうすれば、罪悪感から解放されそうだもの。
夕陽が空を彩り始めた頃。
私が帰宅すると、母が嬉しそうに出迎えてくれた。
「エミリー、どうだった?」
「単なるお礼だったわ」
良かった。私の足の怪我に気付いてないわ。ドレスで隠れて見えないものね。
私が怪我をすると、いつも心配して大騒ぎするから。知られないようにしないと。
「そう……。まぁ良いわ。早くエミリーの部屋に行きましょう」
ん? 何だか様子が変だわ。
私は、母に促され、部屋のドアを開けて中に入った。目の前を見て、私の足はピタリと止まった。
嘘でしょ……。何で悪魔がいるのーーー!
レオンは、窓際の席で、ハンナの注いだ紅茶を口に運んでいる。
「エミリー、遅かったな」
「レオン様、なぜここに……」
母は、私の耳元で「超絶イケメンね」と囁くと、ドアを閉めて出て行った。
レオンは、カタンと椅子から立ち上がった。
「用事が早く済んだから、寄ってみた。出掛けているとはな。しかも、王宮に」
レオンは、アンドレからの手紙を、スッと掲げた。
直後に、手紙の破片がハラハラと、宙を舞った。
レオンが、手紙を破り捨てたー!
レオンは、口の片方だけを上げて、微笑んでいる。
怖い怖い。これぞ悪魔の微笑みよ。
「アンドレには近づくなと命令したはずだが。もう忘れたのか?」
「こ、断れば、不敬罪に問われます。私だって、行きたくて行った訳では……」
私は、ハンナをチラッと見た。
お願い、ハンナ。助けてー!
ハンナは、頷いた。
良かった。気持ちが通じたわ。
ハンナは、コホンと咳払いをすると、レオンに声を掛ける。
「レオン殿下、そちらのスズランの花束は、アンドレ殿下からの贈り物です」
何でーーー? 火に油を注いでどうするの!
まさか、悪魔に取り込まれた?
「何だと?」
レオンは、背後のスズランを振り返った。不機嫌極まりない顔でスズランに右手を伸ばす。
私に見えるように、薄ら笑いを浮かべながら、グシャリと握りつぶした。
スズランたちが、無残に散った。
レオンが、悪魔の微笑みでゆっくりと私に歩み寄る。
私は、壁際に後ずさった。何か、言い訳しなきゃ。
「スズランは、命を助けたお礼に頂いただけで……」
レオンは、私の顔の横の壁に、ドンと右手を突いた。
ひぇーーー! 怖いよー。
「喜んで飾っていたと?」
「よ、喜んでいた訳では、ありません」
「お仕置きが必要だな」
レオンの顔が斜めに傾き、近づいて来る。漆黒の闇のような髪が、パサリと揺れた。
「動くなよ」
甘い囁き声の直後に、レオンの唇が……私の頬に触れた。
キャーーーー! 頬にキス! 心臓が止まる。
初めて殿方から頬にキスされた……。
「エミリー、お前は俺の物だ。二度とアンドレに近づくな」
私は、コクリと頷いた。
神様、なぜですか? 私の頬っぺたファーストキスを、悪魔に奪われました……。
私は今日、ラシェルを助けました。良いことをしました。なのに、なぜこんな、酷い仕打ちを?
レオンが、ふいに問いかける。
「エミリー、どこか怪我をしているか?」
なぜ、分かったの? 母にも、気付かれなかったのに。
ドレスで隠れて、足は見えていないはず……。
「大丈夫です。足を怪我しましたが、王宮の侍医に診てもらいましたから」
レオンは蒼褪めると、私の背中に手を回した。
え? 何?
フワリと体が浮いた後、床が見えた。
レオンが、私を肩に担いでるーーー!
荷物? 私は荷物なの?
私は、そのままベッド脇に座らされた。
レオンは、足に巻かれた白い布を真剣に確認している。
「アンドレの奴。怪我をさせるとは」
「いえ、違うんです。私が勝手に」
レオンは、顔をズイッと近づけてくる。
「庇うのか?」
うわぁぁぁ! 不機嫌イケメンの迫力に、敵うはずないわ。
「いえ、アンドレ殿下のせいです」
アンドレ、ごめんね。でも、私は自分の身を守るため、貴方を売るわ。
レオンが、耳元で囁いた。
「アンドレにまた近づいたら、覚悟しておけ。次は口にするぞ」
口……。ひぇーーー!
ダメ。ファーストキスだけは、何としても死守しなきゃ。
「絶対に、二度と近づきません」
レオンは、微笑むと、スッと立ち上がった。
「歩くな。治るまで寝ていろ。命令だ。いいな?」
私は、コクリと頷いた。
レオンは、ようやく部屋から出て行った。
ハンナが、心配そうに、私の足を覗き込む。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ハンナ。悪魔に取り込まれたわね」
ハンナは、スッと姿勢を正すと、両手を腰に当てた。
「心外です。私は、悪魔の反応を見たかっただけです」
何で得意げな顔? それって、ただ楽しんでただけだよね?
「これでハッキリしました。レオン殿下は、かなりのヤキモチ焼きです」
ハンナは、自信たっぷりに言い切った。
えー。結論がそれ……?
「もう寝るー」
私は、そのままベッドに横になった。
私は、キスされた頬に触れた。レオンの顔が思い浮かぶ。
居ない時にも私を拘束する気ね。お願い、消えてー!
お仕置きがキス?と思った方は、★★★★★とブクマをお願いします!
 




