アンドレとのお茶会②
私は、左手をサッとテーブルの下に隠した。
公爵令嬢の地獄のおねだり。この女、さっき助けてあげたのに。恩を仇で返したわね! 前言撤回。全然可愛くないわ!
「申し訳ありません。これは、お守りでして。大事なものですので、外すわけには参りません」
「そうなの。残念だわ」
良かったー。引き下がってくれたわ。
「外さなくても良いわ。見せて」
出たー。公爵令嬢の我がままー。
どうする? あまり拒否しても変だと思われるわ。
「少しだけでしたら。どうぞ」
私は、仕方なく、左手を差し出した。
ラシェルは、腕輪に触れると、ツタの模様をじっくり眺めている。
「これは、どんなお守りなのかしら? 何にご利益があるの?」
根掘り葉掘り聞くなー。
「これは……望む人生を歩むための、手助けをしてくれますわ」
「素敵! 私も欲しいわ!」
アンドレが、見かねたのか、口を開いた。
「ラシェル、エミリー嬢が困っているだろ」
ラシェルは、途端にしゅんとした。
そんな悲しそうな顔は反則よ。前世で子を失った後、そんな顔をしていたのかと思うと、罪悪感に殺されそうよ。
「ラシェル様、お菓子をいただいても宜しいですか?」
私の一言で、ラシェルの表情は、またパッと明るくなった。
「もちろんですわ。パティシエの新作ですのよ。エクレールを小さくしたもので、中には、それぞれ違うクリームが入ってますの」
ラシェルって、こんなに単純な性格だったのね。知らなかったわ。
前世では、挨拶を交わすくらいだったもの。
「いただきますわ」
私は、小さなエクレールを口に運んだ。
何これ! すごく美味しい! さすがは公爵家ね。
「エミリー嬢、先程言っていた、望む人生とは、どんな人生なのだ?」
アンドレの質問に、エクレールが喉に詰まりそうになった。
貴方と婚約しない人生よ。とは、言えない。
「誰かに愛され、誰かを愛し、子をもうける幸せな人生です」
ラシェルが、口を挟む。
「随分、平凡なのね」
「私は男爵家の娘ですから。身分相応かと」
アンドレが、微笑んだ。
「誰かに愛され、誰かを愛し、子をもうける幸せな人生か。……私も、そうでありたい」
そう……だったのね。
私はアンドレの子を見殺しにした。死罪は、当然だったのね……。
暗い気分になるわ。話題を変えよう。
「ラシェル様、このお菓子、すごく美味しいですわ」
「そうでしょう? イチゴ味もございますのよ」
それからは、和やかな時間が流れた。
前世でも、私が心を閉ざさなければ、こんな風に三人で過ごせたのかしら……。
今となっては、どうでも良いことね……。
お茶会が終わると、私たち三人は、中庭から玄関ホールへと移動した。
私は、アンドレとラシェルに礼をする。
「それでは、私は、これで失礼いたします。殿下、本日のお招き、誠にありがとうございました。ラシェル様、楽しかったですわ。美味しいお菓子をありがとうございました」
アンドレが、微笑む。
「エミリー、今日は楽しかった。気を付けて帰ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
ラシェルが、私に一歩近寄り、手をギュッと握った。
「エミリー、私たち、もう友達よね?」
えー! いつから友達?
「はい。もちろんですわ」
「良かったわ。また学園で会いましょう」
「はい。それでは、失礼いたします」
クルリと向きを変え、歩き出した時だった。
背後でカッーンと何かの音がした。
振り返ると、大理石の床の上に、大きな釘のような物が落ちている。
見上げると、シャンデリアが揺れていた。
私は、ハッと思い出した。
あれは、いつだったかしら? 王宮の玄関ホールのシャンデリアが落下して、誰かが死にそうになった。
偶然、王宮にいた私が一命を救った。まさか、今日?
あの時は、誰が犠牲になりかけたのか、覚えていない。
前世とは、人の動きが違うわ。こんな風に三人でお茶をしたりしていない。
でも、シャンデリアの落下は、人の動きと関係なく起きる……。
ラシェルが下を見ている。
「何かしら? 何かが落ちて来たわ」
シャンデリアの真下にラシェルが立っている。
もし、ラシェルがシャンデリアの下敷きになって、死にかけたら……。
聖女の力は使えない。まずいわ!
私が、もう一度、上を見上げた瞬間。大きな釘のような物が、バラバラと落下し始めた。同時に、シャンデリアが物凄い勢いで、迫って来た。
「危ない!」
私は、ラシェルを咄嗟に突き飛ばした。
ガッシャ―ン。派手な音と共に、私の足の上に、シャンデリアが崩れ落ちた。
「エミリー!」
アンドレが、血相を変えて私に駆け寄る。
「今、助ける! 少し我慢してくれ!」
アンドレは、重そうなシャンデリアの端を持ち上げ始めた。
ラシェルは? 無事?
前方に、尻餅をついているラシェルの姿があった。
「ラシェル様、お怪我はございませんか?」
ラシェルは、呆然としながらも、コクコクと頷いた。
良かったわ。これで、聖女の力を使わずに済む。
安心したら、急に足が痛いわ。痛すぎる。
見ると、足から鮮血が、だらだらと床に流れていた。
アンドレが、シャンデリアの端を持ち上げて、下敷きになっていた私の足を抜いた。
「エミリー、大丈夫か?」
「このくらい何ともありません」
アンドレが、キュッと唇を引き締めた。
次の瞬間。
身体がフワッと浮いた。
え? 何? ひぇーーー!
アンドレが、私を横に抱きかかえた。
何してるの! 正気じゃないわ!
「私は大丈夫です! どうか下ろしてください!」
「歩けなくなったらどうする! 早く侍医に見せなければ!」
アンドレは、ツカツカと大股で歩き出した。
すれ違う使用人たちが、何事かと振り返る。
痛みよりも恥ずかしさのほうが勝るわ。早くおろしてーーー!
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