アンドレとのお茶会①
翌日の日曜日。
とうとうアンドレとの再会の日を迎えた。
私は、王宮の中庭に設けられたお茶の席に、案内された。
蔦の絡まるアーチを潜ると、丸いテーブルと椅子が置かれている。
周囲には、薔薇ではなく、緑の植物が一面に植えられていた。
アンドレは、薔薇の香りも苦手だったわね。
「エミリー様、殿下は間もなく参ります。こちらでお待ちください」
執事の言葉に、私は、椅子に腰かけた。
何としても、今日で、きっちり片を付けるわ。絶対に嫌われなきゃ!
それにしても、目の前のお菓子に目が眩む。
私の好きなお菓子が二段重ねの皿に並んでいた。
あっ、このチョコレート、王宮暮らしの頃、よく食べたわ。中からキャラメル味がトロッと口に広がるのよね。
私は、ゴクリと唾を呑み込んだ。
その時、アンドレが現れた。
「待たせてすまない」
私は、サッと立ち上がると、淑女の礼をする。
挨拶だけは、しっかりしないと不敬罪だもの。
「殿下。本日は、わざわざお招きいただきまして、ありがとうございます。お体の具合は、もうよろしいのですか?」
「すっかり良くなったよ」
アンドレが、目の前の椅子に腰かけた。
私は、頭を下げる。
「先日は、私を庇ってあのような目に遭ってしまったこと、心よりお詫び申し上げます。それから、勝手に殿下のお体に触れたこと、お許しください」
「謝る必要はない。エミリー嬢は、僕の命の恩人だ。ベルトを抜き取られた時には、正直驚いた。だが、侍医は的確な判断だったと褒めていたよ。自分の体を顧みず、毒を含んだ血を吸い出したことも。君は、勇気があるな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
私は、椅子にスッと腰かけた。
「殿下、昨日は、とても綺麗なスズランの花束を、わざわざありがとうございました」
「気に入ったかい?」
「はい、とても。スズランは、私が一番好きなお花なのです」
「やはりそうか。君は、スズランを愛おしそうに眺めていたから」
「お心遣いに感謝いたしますわ」
礼儀は尽くしたわ。今日こそは、嫌われるわよ。
「エミリー嬢、香水の件だが、夜会の招待状に、その旨を記すことにした。今後は、頭痛に悩まされることもなさそうだ」
「それは、何よりです。いっそ、招待状に強烈に臭い香水をふって、今までどれ程迷惑していたか、知らしめてはいかがですか? 小さな復讐をするのです」
どう? 復讐の提案をするなんて、頭おかしいでしょ?
私は、得意になってフッと微笑んだ。
アンドレは、一瞬の間をおき、吹き出した。愉快そうに笑っている。
「なかなか良い案だ。小さな復讐か。君は本当に面白い」
なぜ、そんなに楽しそうに笑うの?
アンドレって、こんな人だった? 前世では、氷のように冷たかったのに。
こうなったら、最後の手段よ。
「殿下、お菓子をいただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、もちろん」
私は、目の前のチョコレートを一つ手に取ると、口に運んだ。
全部食べ切ってやる!
それにしても、美味しいわ。頬が緩む。王宮暮らしでの楽しみは、食べ物しかなかったもの。やっぱり、いつ食べても幸せね。
私は、無我夢中でお菓子をパクパク食べ続けた。
最後の一つを口に入れ終わると、私は我に返り、顔を上げた。
アンドレは、呆然とした顔で私を見つめている。
途中で我を忘れたけど、良かったわ。ドン引きされてる。
王太子の目の前で、お菓子を全部食べ切る令嬢など、下品極まりないでしょ?
私は、ニッコリ微笑んだ。
「ご馳走様でした。どれも、とても美味しかったです。特に、チョコレートは絶品でしたわ。デザート担当のシェフを、私の屋敷に連れて帰りたいくらいです」
アンドレは、フッと小さく微笑むと、席を立った。
やったわ! 確実に呆れられた! 嫌われたわよね!
私の顔など見たくないでしょう? どうぞ、そのまま立ち去って下さいな。
アンドレは、なぜか私の隣に立つと、顔をズイッと近づける。
え? 何? 立ち去らないの?
アンドレは、胸元から真っ白な絹のハンカチーフを取り出すと、私の口元を拭った。
「チョコレートがついている。それにしても、君は本当に美味しそうに食べるね。見ている僕も気持ちが良いよ」
嘘でしょ……。なぜ、そうなるの?
その時、背後から、女性の声が聞こえた。
「殿下、こちらにいらしたのですね」
振り返ると、ラシェルが立っていた。
同じ学園の同級生。前世でアンドレの寵愛を受けた側室ー―ラシェル。
蜂蜜色の髪に、少しピンクがかった薄茶色の瞳。相変わらずの可憐さね。
ラシェルは、公爵令嬢だもの。王宮への出入りも不思議ではないわ。
アンドレは、迷惑そうな顔を向ける。
「ラシェル、なぜここに?」
「パティシエが美味しいお菓子を焼いたので、ご一緒できればと思って」
「悪いが、今日は先約がある」
断るの?
ラシェルが私に視線を移した。
気のせいかしら? もの凄く睨まれている気がするわ。
「その方は、どちらのご令嬢かしら?」
私は、席からスッと立ち上がった。
ラシェルに礼をする。
「ラシェル様、私は、エミリー・ド・アヴェーヌと申します」
「あら? 私をご存じ?」
しまったー!
ラシェルと挨拶を交わしたのは、ラシェルがアンドレの側室として王宮へ上がった時だった。
私って、本当に学習能力ゼロだわ。我ながら、バカなの?って、罵倒してやりたい。
「ラシェル様は、学園皆の憧れですから。知らない者などおりませんわ。オホホホホ」
もう、笑って誤魔化すしかない。
「ありがとう」
ラシェルは気分を良くしたのか、微笑んだ。
グッドタイミングだわ。帰る口実ができた。
アンドレは、前世と違いすぎる。これ以上は、本当に関わらないほうが良いわ。
「殿下、私はこれで失礼いたします。本日のお招き、心より感謝いたします」
私は、挨拶を済ませると歩き出した。
すると、アンドレが私の手を取り、引き寄せた。
何でーーー?
「帰るべきは、ラシェルだ。今日、エミリー嬢にわざわざ来てもらったのは、僕だ」
そんな正論、今、要らないから……。
ラシェルの表情が、明らかに翳った。
私の胸がチクリと痛む。
前世で私は、ラシェルの子を助けなかった。ラシェルはただ、アンドレに愛されただけ。ラシェルにも子にも、何の罪もなかった。それなのに、私は……。ラシェルには、私の嫉妬心から、辛い思いをさせたわ。
私は、アンドレに向いた。
「殿下、よろしかったら、ラシェル様もご一緒に。私、ラシェル様のお菓子が気になりますわ」
お菓子が気になるのは、本当よ。
アンドレは、軽くため息を吐くと、頷いた。
「君がそう言うなら」
ラシェルの顔がパッと華やいだ。
分かりやすくて可愛いわ。あの頃は、こんな風には決して思えなかったけど。
私ったら、少し大人になったようね。偉いわ。
私たちは、改めて席に着いた。
ラシェルは、嬉しそうに持参したお菓子を並べ始めた。ラシェルの視線が、私の左手首の腕輪に、ふと留まった。
「あら? 素敵な腕輪ね。見せてもらっても良いかしら?」
ドッキーン!
心臓が跳ね上がった。
早速ピンチ!と思った方は、★★★★★とブクマをお願いします!
 




