表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/34

気が付くと、時が巻き戻っていた

処刑台に立つ私を、今、貴方――アンドレはどんな顔で見ているだろう。


きっと、微笑んでいるはず。だって、国王となったアンドレが、私をこの場所に立たせたのだから。


聖女であるがゆえに、王太子アンドレの婚約者となった。


聖女であるがゆえに、王太子アンドレに愛されることはなかった。


王室だけが知っていた聖女についての秘密。処女を失えば、聖女の癒しの能力も失われる。


私が知ったのは、アンドレとの結婚の儀を終えた後だったわね。


「生涯、君に触れるつもりはない」


言葉通り、アンドレは、私に一度も触れることはなかった。


私は、人の傷を癒し、病気を治すためだけの、道具でしかなかった。


なのに、アンドレの寵愛を受けた側室の病を治せと? お腹の子を救えと?


「残念ながら私には治せません。私は聖女の力を失いました」


私は嘘を吐いた。


壊れていく私の心は、聖女の力を使わないことを望んだ。


治療を拒否し続ける私の嘘を、アンドレは見抜いていたはず。けれど、アンドレは私に冷たい眼差しを向けた。


「では、用済みだな」


私は、アンドレ、貴方に触れて欲しかった。聖女としてではなく、女として愛されたかった。ただ、それだけだった。


側室は何とか一命を取り留めた。けれど、お腹の子は亡くなった。私は、王家の子を死なせた罪で、死罪を言い渡された。


聖女でなければ、アンドレに愛されただろうか……。


いいえ、聖女でなければ、アンドレと出会うこともなかった。男爵令嬢だった私が、王太子の婚約者となり、王妃となることはなかったでしょう。


今は、ただ、左手首に現れた聖女の印が憎くて堪らない。あれ程誇らしかった、青く美しい百合の印など、消えてしまえばいい。


この願いは、私の命が消えるのと同時に、叶うわね。


振り返ると、鉄仮面を被ったアンドレが、ゆっくりと歩み寄って来る。


「ギロチンではなく、アンドレ、貴方の手で私の命を散らして欲しい」

私の最後の願いを、叶えてくれるのね。


アンドレが、金色に輝く剣を高々と掲げた。剣の中央には、鮮血のような真っ赤な宝石が填め込まれていた。私の命を奪う剣だもの。美しい剣を選んでくれたのね。


最後にアンドレ、貴方の顔を見たかったけれど、残念だわ。


次の瞬間。


私は、胸に鋭い痛みを感じた。


私の胸に突き立てられた剣が、キラキラと輝き始めた。真っ赤な宝石から、光の粒が一斉に放たれたようで、とても綺麗……。光の渦が、まるで私とアンドレを包み込むようだわ。


さようなら。もう二度と、聖女など御免だわ。




瞼の裏にうっすらと光を感じる。


ここはどこ?


目を開けると、見覚えのある天蓋のレースが……。


ここって、私の部屋!?


私は、ガバッと上半身を起こした。


赤茶色で統一された猫脚のキャビネット類、縦長の鏡……男爵家の私の部屋だわ。


どういうこと? 私はたった今、処刑されたはずよ。


私は、慌てて縦長の鏡の前に立った。


ロイヤルミルクティー色の長い髪。エメラルド色の瞳。私だわ。まだ若い。十六か十七歳? 


もしかして、時が巻き戻ったの?


そうだわ……聖女の印!


私は、恐る恐る自分の左手首を見た。


聖女の印がない……。良かったわ。


と思った瞬間、青い百合の印が浮かび上がって来た。


嘘でしょ……。どうしよう……。


私は、聖女の印を必死で擦った。


お願い! どうか、現れないで! 消えて!


けれど、私を嘲笑うかのように、青く美しい百合の印は、クッキリとその紋様を表した。


私は、全身から力が抜けるのを感じた。その場にへたり込む。


どうして……。あんな思いは二度としたくないのに。


自然と涙が溢れてくる。


今日は、七年前のあの日だわ。私に聖女の印が現れて、狂喜乱舞した十七歳のあの日。

無邪気にも、聖女の力を、すぐに試したがったわね。身近に怪我人も病気の人もいなくて、がっかりしたのを覚えているわ。


百年に一度現れる聖女は、王太子の婚約者となる決まりだった。この国の法典に記されている。


お父様もお母様も、まさか一人娘の私が聖女だなんて。と、大喜びだった。


夜には、皆から盛大に祝福もされた。


あんな未来が待っているとも知らずに。


その時、ノックの音と共に侍女のハンナの声が聞こえた。


「エミリーお嬢様、お目覚めですか?」


どうしよう。聖女の印が見つかってしまう……。

ハンナとは幼い頃から姉妹のように育った。一つ年上のハンナは、私にとって姉のような存在。けれど、こんな話、信じてもらえない。


見つかれば、また同じ運命を辿る。

その時、キャビネットの上の白いリボンが目に留まった。

あれだわ!

私は、素早くリボンを手に取った。


ガチャッと、扉を開ける音がした。


「お嬢様、入りますね」


見つかる!

見つかってしまうの?と思った方は、ブクマをお願いします!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ