友たちに誓う
フレイとひとしきり語り合った後に俺はとうとう本題を話すことにした。今日ここを訪れた一番の理由はこの話をするためだ。
「フレイ、『聖竜部隊』は一週間後、ある任務で『第一ドグマ』を出発する」
それを聞いてフレイはぴくっと身体を少し震わせた。
「そうか……そいつは大変だな。頑張れよハルト。フレイアのことは頼んだぞ」
「お前も来い」
俺がそう言うと、フレイは目を丸くして俺を見ていた。
「装機兵の整備要員ならたくさんいるだろう? それに俺は臨時で雇われていた下っ端にすぎないし、整備に関して専門的な知識もないただの雑用だぞ。それに――」
「整備要員としてじゃない。装機兵操者として『聖竜部隊』に加わって欲しい」
フレイが言い切る前に俺は自分の言葉を被せた。俺の要件を理解したフレイが自嘲気味に笑いだす。
「俺が? 装機兵操者として? ハルト、お前の目は節穴か? 自分で言うのも何だが、俺は装機兵操者として三流だ。剣を始め接近戦のセンスはないし、マナも高くない。竜機兵に選ばれるようなお前らとは違うんだよ! 同期だとしても、随分たちが悪い冗談だな。笑えねーよ!」
フレイは後半声を荒げて言っていた。俺を睨むその目は怒りや悲しみがないまぜになったような複雑なものだった。
この話をすればこういう反応があるかもしれないと思っていたので俺は冷静だった。そして話を再開させる。
「フレイ、俺は同期だからってお前を特別扱いなんてしない。一緒に戦う以上、自分の背中を任せることになるんだ。信頼できない奴に自分の命は預けられない」
「………………」
フレイは口をつぐんだまま俺を睨んでいる。俺は話を続けた。
「この間の戦い。お前はコックピット恐怖症になっていたのに、フレイアのピンチを前に装機兵に乗って敵の前に出て行ったそうだな。その行動が皆を助けることに繋がったんだよ」
「あの時俺は何も出来なかった。敵を撃退したのはお前だよハルト。俺はお前とは違う!」
フレイは暗い表情で俺を見ている。そこには劣等感が表出していた。
今こいつの中では自己評価が最悪な状態なのだろう。実際、ゲームにおいてフレイのステータスは最悪だった。それには俺も同意している。
――ただし、それはあくまで<ヴァンフレア>という近接戦闘主体の機体のパイロットだった場合だ。
ゲームをしていた当時、俺はフレイが『こういう機体』に乗っていたら大化けしたのになぁと残念に思っていた。
「フレイ、お前があの時アグニと戦ってくれなかったら俺が戻って来る前にフレイアはやられていたし、そうなればクリスもパメラもやられていたと思う。お前の行動が確実に皆を助けたんだ。――それと、お前は弱くないよ。ただ、実力を発揮できる機体にまだ巡り会っていないだけだ。今お前の機体をマドック爺さんたちが造ってくれている。完成にはまだ時間がかかるけどね」
「なっ――!」
口ごもるフレイを前にして俺は立ち上がり背を向ける。
「帝国がこのまま引き下がるとは考えられない。休戦協定の最短期間である三ヶ月が過ぎれば再び戦いを仕掛けてくるはずだ。その時、俺たち『聖竜部隊』は最前線で戦う事になる。きっと今までよりも厳しい戦いになるだろうな。そんな状況下で頼りになる操者を寝かしたままにしておけるほど余裕はないんだよ。――フレイ、俺たち『聖竜部隊』にはお前が必要だ。待ってるからな、必ず来いよ」
そして俺はフレイの病室を後にした。自分が伝えたい事は言った。後はフレイがどういう結論を出すかだが、それはあいつ自身の判断に委ねるしかない。
そう思って歩いていると病院のエントランスでフレイアとすれ違った。
「ハルト? もしかして兄のお見舞いに来ていたのか?」
「ああ、まあね。ちょっとあいつと色々話したい事があってさ。それが終わって今帰るとこ」
「そうか、ありがとう。兄も喜んだだろう?」
フレイアは柔らかい笑みを俺に見せる。普段は凛とした表情をしている彼女がこんなふうに笑顔を見せるとかなり可愛い。
これだけスペックが高いのに、どうしてこいつはあんな変態ドMなのだろうか? 残念で仕方がない。
それとは別に本題を告げた時のフレイの表情や言動を思い出すと正直あれで良かったのかと悩んでしまう。
もっとより良い言い方とかがあったんじゃないだろうか。
「それはどうかな? 逆にあいつを苦しめただけかもしれない。――それじゃ、俺は戻るよ」
俺はそう言い残して病院を後にした。フレイアは不思議そうな顔をしていたがそのまま兄であるフレイの下へ歩いて行った。
病院のエントランスでハルトと別れた後、フレイアは兄のいる病室に到着した。
ドアをノックしても反応がないため、慌てて部屋に入るとフレイが顔の上に腕を置いてベッドに横になっていた。
兄が無事だと分かって安心したフレイアはノックをしても返事のなかった兄にジト目を向けるが本人は腕を顔の上に置いたままだった。
「兄さん、ハルトと何かあったのか? さっきあいつとすれ違ったんだが、どうも様子がおかしくって。それに現在進行形で兄さんもおかしいし」
フレイアが声をかけてもフレイはそのままの姿勢を崩さない。
そんな兄が自ら話し始めるのをフレイアは椅子に座って黙ったまま待ち、しばらくしてからフレイがゆっくり口を開くのであった。
「――あいつさ、俺に『聖竜部隊』に操者として加われって言ったんだ」
「――うん」
「俺が必要だって、待ってるって、必ず来いよって、あいつそう言ったんだ」
「――うん」
最初の出だしに一瞬驚いたフレイアであったが、フレイの話をただ頷き聞いていた。今自分が口を挟むべきではないとそう思ったのである。
「俺……さ、昔から自分が嫌いだった。何をやっても思うように上手くいかなくて、いつの間にか全力で何かをする事を馬鹿馬鹿しいと思うようになってた。そんな時に訓練校で会ったのがハルトだったんだ。あいつは装機兵をまともに動かすことが出来なかったのに、俺たち同期にからかわれてもめげずに一生懸命訓練に取り組んでいた。途中で投げ出す自分と比べてそんなあいつが眩しかったんだ」
「――うん」
「そんな中、あいつは<サイフィード>の操者になった。装機兵の操者になるっていう目標をあいつは達成したんだ。それに引き換え、俺は訓練校の仲間を助けることも出来ず騎士すら辞めて中途半端なままだった。もしもドグマに拾われてなかったら、今頃どこかで野垂れ死んでいたかもしれない」
「…………」
「そして『第一ドグマ』でハルトと再会した。俺は中途半端な自分とあいつを比較して、すごく自分を情けないと思った。――――そんな俺を、あ、あいつは必要だって、い、言ってくれたんだ」
フレイの声には次第に嗚咽が混じり始め、上手く喋れなくなっていった。そんな兄の姿を認めつつ、フレイアは変わらず兄を肯定し続けた。
「――うん」
「お、俺……嬉しかったんだ! だ、誰かに認められたのが。ひ、必要だって、て……言われたのが……すごく、嬉しかったんだよぉ……」
「――うん、うん。良かったね、兄さん」
消え入るような声でむせび泣くフレイの髪を優しく撫でながら、フレイアの目からも一筋の涙が流れていく。
「お、俺……いいのかな? お前たちと、い、一緒に頑張っても……いいのかな?」
今まで全てが投げやりだった兄フレイを妹のフレイアは嫌いだった。
そんな兄が必死に変わろうとしている姿を目の当たりにしてフレイアの胸は熱くなり、その熱が顔まで上り涙となって流れ続けていた。
「いいに決まっているじゃないか! ――頼りにしてるからね、兄さん」
「――ゔん! お、俺、頑張るから! あいつらの分も頑張るから!」
鼻をすすり、泣きじゃくりながらフレイは決意した。
自分が辛い時期を一緒に過ごしてくれた訓練校の亡くなった仲間のために、そして自分を信じてくれた今を生きる仲間のために今度こそ戦い抜くと。




