ヴァンフレア起動
「第一ドグマ」の地上工場区では、俺たち竜機兵チームの三機と<シュラ>部隊が激戦を繰り広げていた。
アグニが加わったことで明らかに敵の士気が上がっている。これが非常に厄介だった。
ゲームにおいてアグニは部下たちから慕われていた。それこそアグニのためなら自分の命など惜しくはないと言う崇拝と言ってもいいレベルだ。
あんな頭のおかしいヤツのどこを尊敬しているのか俺には全く理解できないが、考えてもしょうがない。
そして現実問題、アグニの部下である<シュラ>の集団――スルード隊の連中はアグニの<シュラ>を一番後ろにする形でV字型の陣形を組んでいる。
俺たちの側に大きく口を開いたような陣形の最奥には血のように赤い<シュラ>が、誘うように佇んでいた。
「こいつは厄介だな。まとめてかかって来れば返り討ちにして数を減らしていけたんだが、これじゃ手が出しにくい」
この状況、アグニを一気に討ち取ろうと突っ込めば左右に展開した他の敵がなだれ込んで来るので、この作戦は使えない。
となれば左右に展開した敵から地道に倒していくしかないのだが、ここでスルード隊の忠誠心の高さが怖くなってくる。
こいつらはアグニを勝たせるためなら自分の命を平気で投げ出すだろう。
玉砕覚悟で俺たちの動きを止めて、その間にアグニが止めを刺しに前に出てくる可能性が高い。
ティリアリアも、この状況は危険だと察知したらしい。
「ハルト、このまま行くのはとても危険よ。あの赤い機体からとても嫌な感じがするの」
ティリアリアは高いマナを有しており、さらに先見と言われる一種の予知能力みたいなものが備わっている。
それ故に彼女は聖女と呼ばれるようになったのだ。
その先見によるイメージは、その時々によって鮮明であったりあやふやだったりするらしいが、彼女が嫌な予感がすると言った時には必ず何かしらの不利益が起こった。
そんな彼女のアドバイスもあり、無策で攻撃を仕掛けるのは危険と判断し攻めあぐねている状況だ。
敵の陣形を崩すには、せめてもう一機高い攻撃力を持った味方が欲しいところだ。
<サイフィード>とその機体で左右から同時に攻めて、<グランディーネ>と<アクアヴェイル>の二機にサポートをしてもらう。
それならば、あのスルード隊を叩き潰すことが出来るはずなのだが。
『ズドォォォォォォォォォォン!!』
その時、何処からか大きな爆発音が聞こえてきた。辺りを見回すと、倒壊しかかっていた建物が燃えているのが見える。
「何だ? あの建物が爆発したのか? いったいどうして?」
『あの建物は、確か地下と地上を結ぶエレベーターが設置してある場所ですわ』
クリスティーナもエレベーターがどうして爆発したのか分からず困惑している様子だ。パメラも何が起きているのか分からないと言った表情をしている。
――そして、その答えは間もなく判明するのだった。
爆発により巻き起こった炎と煙の中に巨大な人影とその顔の部分に二つの青い光が見える。
このシルエットに俺は見覚えがあった。
「こいつはもしかして――!」
煙の中から姿を現したのは深紅の装甲を纏った一機の装機兵だった。やや細身で機体のいたる所に攻撃性を思わせるブレード状のパーツがいくつも見られる。
頭部には青いデュアルアイと額に一本のブレードアンテナが立っている。
「<ヴァンフレア>が動いている? でも、どうして?」
ゲームで<ヴァンフレア>の操者であったフレイは、現在ストレッチャーに乗って救護班に運ばれている途中だ。
そうであるなら誰か他の人間が乗っているのだろうか?
急いで<ヴァンフレア>とのエーテル通信を試み回線を開くと、コックピットの中には誰も乗っていなかった。
「嘘だろ? 無人で動いてる!?」
<ヴァンフレア>は前方に向かって歩き出す。その先にはフレイたちがいた。
「まさかフレイたちの所に!? あのままじゃ危ない!」
俺が<サイフィード>をフレイたちのもとへ向かわせようとすると、スルード隊によるエレメンタルキャノンの一斉射が始まった。
『二人は私の後ろへ回って!』
パメラが<グランディーネ>のエーテルシールドで敵の遠距離攻撃から<サイフィード>と<アクアヴェイル>を守ってくれている。
この弾幕の中、俺たちは動きを封じられてしまうのであった。
すると、あの薄気味悪い笑い声が聞こえてくる。
『何だかよく分からないけど、あの赤い機体の所に行きたいんだろ? そうはさせないよ!』
アグニ・スルード――お前は本当に癇に障るヤツだ。その人をバカにしたにやけ顔を恐怖一色に塗りたくってやらなきゃ俺の気がおさまらない。
ハルトたちが敵の攻撃で動けない中、<ヴァンフレア>はフレイたちの前まで歩いてくると突然立ち止まって彼らを見下ろしていた。
その様子を敵の弾幕の中から見ている事しか出来なかったハルトたちに焦りが見られる。
だがその中で一人だけは違った。
「大丈夫よ」
そう言ったのはティリアリアだった。
「あの子から邪悪な感じはしないわ。むしろ優しさというか闘志というか、そういう力強い意思を感じるの」
「ティア……<ヴァンフレア>の心が分かるのか?」
ハルトが尋ねるとティリアリアは以前ペンダントを身に付けていた胸元に手で触れながら言うのだった。
「覚えてる? ハルトにドラグエナジスタルを託すまでは、<サイフィード>はずっとここにいたのよ。その時から、時々この子の思いが伝わってくる時があったの。それと同じで他の竜機兵の意思も何となく分かるわ。それは竜機兵操者である皆の方がよく分かるんじゃないかしら? 意識を集中すれば<ヴァンフレア>の声が聞こえるはずよ」
ティリアリアの言う通りに意識を集中する三人。すると<ヴァンフレア>から温かい意思を感じる。
それは、かつて自分たちがそれぞれの竜機兵の操者に選ばれた時に感じたものと同じ感覚だった。
<ヴァンフレア>はその場で片膝をつき右手を差し伸べる。その先にいたのは――フレイアだった。
すると<ヴァンフレア>の腹部にあるコックピットハッチが開く。しかし、中には誰もいなかった。
フレイアはそれを見て驚く。
「誰も乗っていないのか? この状態でどうやって動いていたんだ?」
フレイアが<ヴァンフレア>を見上げると、その深紅の機体は機能を停止させていた。
戸惑っていると後ろにいるフレイが声を掛け彼女の背中を押すのだった。
「どうやら<ヴァンフレア>はお前に乗って欲しいみたいだな。俺はこいつの製造に関わっていたから分かる。フレイア、お前ならこいつの性能を百パーセント引き出せる。――<ヴァンフレア>を頼む!」
「兄さん――分かった。やってみる! 救護班の方々、兄を頼みます」
救護班にフレイを託し、フレイアは<ヴァンフレア>のコックピットに乗り込んだ。
操縦席に座り球体を半分にしたような形の操縦桿に手を乗せると、彼女の中を何かが駆け巡っていく。
その直後、音声とともに正面モニターに文字が浮かび上がった。
『マスターイニシャライズ終了。適合問題なし。フレイア・ベルジュをマスターに認定。――起動開始』
操縦桿を通してフレイアからドラゴニックエーテル永久機関にマナが送られ、生み出されたされた膨大なエーテルが機体の全身に行きわたっていく。
<ヴァンフレア>の青いデュアルアイが力強く発光する。
背部のメインエーテルスラスターから炎が噴き出すと、収束しエーテルマントを形成した。
「行くぞ<ヴァンフレア>。お前の力を私に貸せ!」
フレイアの意思を受け<ヴァンフレア>は力強く立ち上がった。




