アバター②
こうして、俺はコックピットのシートに背中を預ける。深呼吸を数回繰り返し、呼吸を落ち着けると操縦桿に手を置いた。
操縦桿は丸い水晶玉のような形をしており、ちょうど俺の掌に収まるサイズだ。ハッチが閉じて、コックピット内部は最低限の光源が点いているだけで薄暗い。
俺は、はやる気持ちで体内の生命エネルギーである〝マナ〟を操縦桿に流すイメージを描く。
すると、暗かったコックピットが明るくなる。今、俺の目の前にはコックピットのモニターを通して外の風景が見えていた。
それは、十六メートル級サイズのロボットだからこその絶景だった。普段の十倍近くの高さからは、周辺の建物の屋上やずっと向こう側の状況まで見通せる。
「す、すごい! 俺、今本物のロボットに乗ってる! 俺が動かしてるんだ! すごい……すごい!!」
俺がコックピットで感動に打ち震えている時、モニターの一部が反応しランド教官の顔が表示された。
その表情はどこか嬉しそうだ。
「教官! 俺、今動かしてます! ロボット動かしてます!」
「ロボット? まぁ、なんだ。よく分からんがまずは良い滑り出しだ。次にすることは覚えているか?」
「は、はい! ステータス確認ですよね! ……では、満を持しまして……ステータスオープン!!」
俺のバカでかい声が響いたのか、モニターの向こうの教官は顔をしかめている。でも、胸のドキドキが止まらない俺は、そんなことは知ったことかとモニターに注目した。
すると、間もなくそこにウィンドウが開く。
【ハルト・シュガーバイン】
年齢:18歳 性別:男
Lv:90 成長ポイント:8
近接攻撃:469 遠距離攻撃:408 防御:399 反応:444
技術:412 マナ:475
【バトルスキル】
鑑定 抹殺 逆鱗 蹂躙 超反応 完全回避 完全命中 絶対防御 竜鱗 韋駄天 愛情 修復 再生 勤勉 富豪 大富豪 革命
【パッシブスキル】
??? カウンター 鍔迫り合い インファイター(Lv10)
アウトファイター(Lv10) カッチカチ マナ回復 省エネ 負けん気 賢者 電光石火 スナイパー 高速戦闘 アダマンタイト
テクニカルマスター ???
「………………」
俺は言葉を失った。表示された俺のステータス画面にはやたらと大量の漢字が並んでいて目がチカチカする。
俺はこの画面に見覚えがあった。それにこの名前――ハルト・シュガーバイン。
さっきから皆に名前を呼ばれてまさかとは思っていたが、このステータスを見て俺は確信した。
「これ、『竜機大戦』のフリーシナリオで俺が育てたアバターじゃないか!」
フリーシナリオが導入されて二カ月間でLv90まで成長させ、各ステータスのほとんどはカンスト500付近まで迫っている。
いやー、プライベート時間のほとんどをこのゲームにつぎ込み、夢中になって遊んでいたらこんなん出来ちゃいました。
大声を出した瞬間、モニターにノイズが走り、間もなくけたたましい警報音と共に画面にも警告表示が大きく表れる。
すると、コックピットの足元から煙が立ちのぼり、この狭い空間はあっという間に煙にのまれてしまう。
俺は必死の思いでハッチを開き、何とか脱出した。
そんな俺の目に飛び込んできたのは、機体の各部から煙を吹き出し、完全に故障した短い付き合いの愛機の姿だった。
オレンジ色の試験機は黒い煙に呑まれすすだらけになり、真っ黒いボディへと様変わりしてしまった。ついでに俺もすすだらけだ。
「さっすがハルト・シュガーバイン! 期待を裏切らない男だな。今回で搭乗した機体の破損記録パーフェクトじゃないか! ふははははははっははは!」
フレイが腹を抱えながら大笑いしている。他の連中も多かれ少なかれ、こいつと同じように笑っていた。
だが、俺はこいつらの腹の立つ笑い顔や声よりも、フレイが放ったある言葉が気になった。
「機体の破損記録パーフェクトってどういうことだ!?」
フレイたちは一瞬目を見開き、それぞれ顔を見合わせると、再び笑い転げながら俺に残酷な現実を告げる。
「おいおいおいおい! 記録更新したショックでおかしくなったのか!? 忘れているみたいだから教えてやるよ。お前は今までただの一度もまともに装機兵を動かせたことなんてないんだよ! さっきみたいにすぐに乗っている機体をおしゃかにしちまう! いやー、最後まで魅せてくれたなー、ハルトよぉ。うははははははははははは!」
ショックだった。フレイのような最低な奴にからかわれたことなんてどうでもよくなるくらいの衝撃だ。
突然俺を襲ったこのわけの分からない状況の中で、装機兵に乗った時の感動はすごかった。
でも、それも叶わないというのなら、俺は一体何のためにここに来たのだろう? 目の前が真っ暗になったような気がした。
こうして、俺がこの世界に来て間もなく俺のあまりにも短い訓練生としての生活は終わった。
数日後、卒業試験結果が発表された。フレイはかなりの好成績だったようで、『王都アルヴィス』にある近衛騎士団に入団することになった。
一方、俺はフリーシナリオでも名前を聞いたことがない『第六ドグマ』に行くことになった。
正直、試験でまともに装機兵を動かせなかった俺が場末とはいえ『錬金工房ドグマ』の関連施設に行けるのは破格の待遇だと思う。
それもこれも、ランド教官の口利きのおかげだった。もし、教官がいなかったら今頃俺は路頭に迷っていたかもしれない。
ランド教官には大変お世話になった。こんなに良い人であったなら、もっとストーリーモードとかで活躍させてくれればよかったのにと思ってしまう。
俺は『第六ドグマ』に行く飛空艇に乗る前に教官にお礼を言いたかったのだが、既に彼は任務で訓練校を去っており、結局挨拶もできなかった。
いつか再会した時にたくさんお礼を言おう。俺はそう誓いながら飛空艇に乗り込みこの地を後にしたのである。