アバター①
俺は青ざめながら、とりあえずランド教官の後を追って、試験会場に向かった。そこには俺と同じ制服に身を包んだ若者が二十人くらいいた。
女性も数人いたが、彼女たちはスカートを穿いている。少しタイトな感じなのが個人的にグッときた。
そんな、緊張感のない俺の視界にとんでもない光景が飛び込んで来る。五人のグループが一カ所に固まり俺を見てニヤついているのだが、その中心にとても見覚えのある男がいたのだ。
フレイ・ベルジュ――シミュレーションRPG『竜機大戦ヴァンフレア』の主人公だ。
奴は取り巻き連中と一緒になって未だに笑っていた。
「おい! 随分と余裕じゃないかハルト? 向こうの芝生で爆睡していたんだって? 今まで実技でまともに装機兵に乗れたことがないくせに大したもんだな!?」
フレイの言葉に他の連中も一緒になって笑っている。この野郎、やっぱり性格最低だな。本当になんで開発陣は主人公をこんなバカ仕様にしたのだろうか?
常に他人を見下し、上官にも敬語を使わず、好みの女性がいればいきなり急接近とボディタッチをする。
はっきり言って嫌悪感しか感じない。俺がストーリーモードそっちのけでフリーシナリオにのめり込んでアバターを強化しまくっていたのは、ストーリーでこんな最低な奴を自分の分身として使いたくなかったからだ。
そんな俺の敵意に気が付いたのか、フレイは面白くなさそうな表情で俺に近づいてきた。
「おい、なんだその目は? 俺に喧嘩を売ってんのか?」
「うるさいな、お前に関わっているほど俺は暇じゃないんだよ」
「お前たち、何をしている! 今は卒業試験中なんだぞ! 授業中でもそうだったが、いい加減場をわきまえないか!!」
険悪な雰囲気の俺たちに気が付いたのか、ランド教官は俺たちの間に割って入り事なきを得た。フレイは「ふん!」と言って取り巻き連中のもとへ戻っていった。
一方、俺は……少し足が震えていました! だって、喧嘩なんて小学生の頃にちょっとやったことがあるくらいで、基本俺は完全平和主義者を貫いてきたんですよ!
俺が闘争心をむき出しにするのはゲームの世界だけ!
なので、喧嘩を止めてくれたランド教官に俺は深く感謝をする。ありがとう教官。
そんな俺の感謝の気持ちが届くはずもなく、ランド教官は未だ鬼の形相で俺の方を向き、近づいてくる。
その怒りっぷりに怖気づいて後ずさる俺の手を掴み、ランド教官は俺を実技試験用装機兵の方に連行する。
「ちょ、ま、待ってください教官!」
「どうした?」
「お願いです! 殺さないで! 後生ですから! 装機兵で潰したりしないでー!!」
俺の切実な叫びが届いたのか、ランド教官は俺から手を離す。だが、ため息をついているところを見ると明らかに呆れている様子だ。
「あのなぁ、私がそんなことをするわけがないだろう。」
「へ? そうなんですか? 俺はフレイと喧嘩した見せしめに血祭りにあげられるのかと……」
「だったら、二人同時に連行している! ここにお前を連れてきたのは、試験はお前で最後だからだ」
どうやら俺以外の連中は既に試験を終えていたらしい。皆を見ると明らかに「早くしろ」という意思が伝わってくる。
さて、あんな非難の目で見られてしまっては、俺もサクサク進めて行かなければならないという焦燥感に襲われるのだが、ここで問題が発生する。
これ……どうやって乗るん? ゲームでは装機兵の乗り方なんて説明されていなかったぞ。
でもコックピットは装機兵の胸腹部内にあるんだから、多分胸部装甲の近くにコックピットハッチを開くボタンとかがあるはずだ。
「…………シュガーバイン、まさかとは思うが装機兵のコックピットハッチの開き方……忘れた?」
試験用装機兵の前で立ち往生する俺を見かねてか、教官が恐る恐るといった感じで声を掛けてくれた。
経験上、こういう状況で意地を張っていても事態は好転しないと思った俺は、小さく頷いて自らの無能を教官に晒した。
そんな俺を怒らず、ランド教官は丁寧にやり方を教えてくれた。その指示通りにやってみる。
「胸部装甲に手を触れて、ハッチが開くイメージを装機兵に送り込む……うぉっ! 開いた!」
無事第一関門を突破した俺に、再度ランド教官が声を掛ける。
「一応説明しておくぞ。コックピットのシートに座って左右にある操縦桿に両手を置き、体内のマナを機体に流すイメージをしろ。そうすれば機体は動く。そしたら、まずはステータスウィンドウを開いて自分と機体のステータスを確認すること。その後は私が指示を出すからその通りに動けばいい。分かったか?」
「あの、ステータスウィンドウを開くにはどうすれば……」
「頭の中で念じればいい。基本的に装機兵は操者が頭で描いたイメージ通りに動く。さっきハッチを開いた時のようにな。……シュガーバイン、大丈夫、落ち着いてやってみなさい。そうすればきっとうまくいく。自分を信じろ」
「は……はい!」
その後、ランド教官は試験用装機兵から離れて俺の状況を見守っていた。
ランド教官の説明は丁寧で、それでもって最後はなんか口調も優しくて、励ましてもくれるし、感動して少し泣きそうになってしまった。
「理想の上司は誰ですか?」と質問されたら、俺は間違いなくランド教官の名前を出すだろう。
もしも、俺が女性だったら今のやり取りで恋に落ちていたかもしれない。
でも、あの人の娘が後に大地の竜機兵<グランディーネ>の操者になると思うと、何とも言えない思いだ。
ちなみに〝操者〟とはパイロットのことだ。コックピットに対してはファンタジーの世界設定でも呼び方が変わらないのだが、それは元々このゲームの開発陣はスーパーロボットものの作品をたくさん作ってきた名残だろう。
 




