竜機大戦ヴァンフレア
現在時刻は十二時五分、正午から開始したゲームデータの追加ダウンロードがたった今終わったところだ。
俺、白河光樹、二十三歳会社員の目の前にあるテレビ画面には『竜機大戦ヴァンフレア』のタイトルが表示されている。
この『竜機大戦』は、所謂ロボット系シミュレーションRPGであり、装機兵と呼ばれる西洋甲冑を模した巨大人型ロボットを操り敵対勢力と戦うというものだ。
このゲームを作ったのは、昔からロボットもののシミュレーションRPGを作り続けてきた会社であり、昨今ファンタジー系の小説や漫画、アニメが大人気であるという流れを組んで、新作にファンタジー要素を取り入れたのである。
それが、この『竜機大戦』であり発売前はロボットやゲーム愛好家の間で話題になっていた。だが、それは既に半年前の話だ。
半年前、ゲーム発売直後彼らの反応は微妙なものであった。それもそのはず、このゲーム……あまりにも難易度が高く、おまけに主人公のフレイ・ベルジュというキャラクターの性格が悪く、それでもってフレイのステータスやスキルも酷かったのだ。
ただ、全体的にステータスが低いのなら諦めもつく。それに性格最低のキャラが無能という位置づけなら、それはそれで仕方がないというものだ。
だがこのフレイが厄介なのは、主人公機である<ヴァンフレア>が接近戦を得意としているのに、この男のステータスは遠距離攻撃の値が高く、近接攻撃が低いというものであった。
さらに<ヴァンフレア>は装甲の値が低いため、戦闘では敵の攻撃を回避し戦うというのは鉄板だ。
それ故、搭乗者には高い回避能力、スキルにもその点を強化するものが必須なのは想像に難くない。だが、この男は一味違った。
回避能力は低く、防御力がやたら高い。覚えるスキルは一応敵の攻撃を完全に回避するものはあるが、それは一回躱したら効果を失うので、連続して攻撃されたら袋叩きにあう。
結論から言うと、こいつは単に無能なのではなく主人公のくせに主人公機の性能と全く能力が噛み合わないために弱いのだ。
仮に、主人公機が遠距離攻撃に強く装甲の厚い機体であったのなら、かなり強キャラになっていたはずだ。
ぶっちゃけガ〇タンクに乗せたら強いのだ。もっとも、ガ〇タンクが主人公機のゲームなど俺はあまりやりたくないというのが本音なのだが。
そんなこともあり、このゲームは低評価を受けてクソゲーと揶揄されるようになる。
一方で、このゲームには魅力的な女性キャラたちが何人もおり、彼女たちの存在によってギャルゲーとしての高評価を一部紳士から受けていた。
エンディングにはマルチエンディング方式を採用しており、その中には彼女たちとの幸せなエンディングが待っているため、それを目的にプレイしていた者もいるようだ。
発売から四ヶ月後、開発陣はゲーム難易度の緩和にプラスしてフリーシナリオのデータを無料ダウンロードで配布するという対応を行った。
この追加ダウンロードで特に注目されたのはフリーシナリオで、プレイヤーが作成したアバターをひたすら強化していくという育成の楽しみができた。
フリーシナリオでは、戦闘で得た経験値でアバターをレベルアップさせ、取得した成長ポイントで近接攻撃、遠距離攻撃、防御、反応、技術、マナといった各ステータスを自分好みに強化、さらに〝バトルスキル〟や〝パッシブスキル〟までポイントを使って取得可能という自由度の高さだ。
ちなみにバトルスキルというのは〝マナ〟という精神エネルギーを消費して、戦闘時に一時的に効果を発揮するスキルだ。
例えば「抹殺」というバトルスキルは「一度だけ敵に与えるダメージが二倍」になる。
パッシブスキルは常に効果を発揮するスキルで〝マナ〟を消費しない。例として「インファイター」は、攻撃をする際に「近接武器の攻撃力に上方補正がかかる」という具合である。
また、フリーシナリオを進めて行くとゲーム内の貨幣である〝ゴールド〟を使用して購入可能な装機兵の種類が増えていき、アバターを様々な機体に乗せて戦わせることができるという点も注目された。
だが、ここで問題が発生する。何とこのフリーシナリオでは肝心の竜機兵に搭乗できないのだ。
竜機兵とは、この作品のタイトルにもなっている四機の強力な装機兵のことである。
その圧倒的な性能、他の機体とは一線を画するかっこいいデザインにより高い評価を受けている。
フリーシナリオが導入された時は皆、自分の育て上げたアバターをいつか竜機兵に乗せて無双する姿を夢見ていた。
だが、ここに来てアバターは竜機兵に乗れないという事実が発覚しネットでは炎上騒ぎになったのである。
そして二ヶ月後、再び追加ダウンロードが行われた。その内容は、アバターでも搭乗可能な五体目の竜機兵<サイフィード>の導入というものであった。
四機の竜機兵にも劣らない、純白の美しい機体デザインに俺は一目ぼれした。しかも、今回の追加内容はこれだけではない。
今まで、フリーシナリオでしか使用できなかったアバターがストーリーモードで使用できるというのだ。おまけに<サイフィード>もストーリーモードで使えるという。
その他にも色々な新要素が追加されているようだが、現在詳細は伏せられている。後は実際にプレイして確かめてもらいたいという内容がホームページに載っていた。
さて、そのダウンロードがつい先ほど終了し、俺はドキドキしながら自分の部屋で『竜機大戦ヴァンフレア』のタイトル画面を見ているのである。
いやー、今日のために有給を取って本当に良かった! こんな昼間から新要素が追加された大好きなゲームを最速で遊べるなんて楽し過ぎる! 部屋にはカップ麺、ポテチ、炭酸飲料が大量に用意されており長期戦にも耐えうる環境が整っている。
明日は土曜日。俺が勤めている会社は土日休みなので、実質二日以上ぶっ通しで遊べるのだ!
「まずはいつも通りにフリーシナリオに入って、そしたら<サイフィード>がいるはず。資金も余裕があるからとりあえず機体の全ステータスをフル改造して……ふへへ」
おっといけない! 感情が溢れて気持ち悪い笑い声が漏れてしまった。周囲に人がいなくてよかったよ。いたら、通報されていたかもしれない。
俺はゲームの進め方を考え、ニヤニヤしながらひとりごちてコントローラーのスタートボタンを押す。
そして、そこで俺の意識は途絶えた。