ニーズヘッグ発進
――ついに『聖竜部隊』大型飛空艇<ニーズヘッグ>の発進時間となった。船内のクルーたちは既に持ち場につき、その時が来るのを待っている。
ハルトたち竜機兵の操者は、愛機がいる格納庫でマドック錬金技師長等と一緒に待機していた。
その頃、飛空艇の頭脳であるブリッジでは船長であるシェリンドン指示の下、着々と発進準備が進められていた。
「ドラゴニック・エーテル永久機関、各エーテル永久機関、全基始動。アメリ、『第一ドグマ』の各部署に本船発進の連絡をよろしくね」
「了解です、主任。エーテル通信開きます」
「ステラ、本船のエーテルの流れはどうかしら?」
「各エーテル永久機関から発生したエーテルは船内各部に順調に伝達されていますわ。それに応じて各エナジスタルとの反応開始、オールグリーン。――右舷並びに左舷のアークエナジスタルのエーテル増幅及びチャージ開始。これなら〝羽〟も問題なく使用できます」
「ここまでは順調のようね」
ステラから<ニーズヘッグ>の起動状態が良好であると報告を受けたシェリンドンは、ホッとした表情を見せる。
ブリッジ内のクルー全員も同様に安堵していた。
飛空艇においてエンジンであるエーテル永久機関が正常に動き、エーテルの増幅器であるエナジスタルの同調が確認されれば起動に成功したも同然だからである。
「『第一ドグマ』関連部署への連絡終了しました。飛空艇運搬設備のコントロールこちらに譲渡されました。――<ニーズヘッグ>発進いつでも行けます!」
「ありがとう、アメリ。――それじゃ、皆始めましょうか!」
「「「了解!」」」
シェリンドンの指示を皮切りにブリッジ内の全クルーが忙しなく作業を開始する。
各員の持ち場の設備が機械音を上げ、クルー同士で情報の伝達が行われ発進の準備が着々と進んで行った。
「飛空艇運搬用エレベーター起動、地上までの隔壁を全開放」
「了解、『第一ドグマ』地上までの全ての隔壁開きます。続いてエレベーター起動します」
シェリンドンの指示を受けてアメリが『第一ドグマ』のシステムにアクセスし、地下である現ドックから地上までに至る何層もの隔壁が解放されていった。
直後、<ニーズヘッグ>が固定されている床が地上に向かって動き出す。
<ニーズヘッグ>が地上目指してエレベーターで移動する中、ティリアリアは緊張した面持ちでクルーたちの仕事ぶりを見守っていた。
「ティリアリアさん、緊張しなくても大丈夫よ。本船は間もなく浮上するわ。それに、この船が想定通りの性能を発揮出来れば並大抵の飛空艇では太刀打ち出来ないから安心して」
「ありがとう、シェリンドンさん。飛空艇となると、どうしても以前乗っていた<ロシナンテ>を思い出してしまって。あの船は性能的にちょっと――常に不安があったものだから」
飛空艇<ロシナンテ>の名を聞いてシェリンドンは苦笑していた。
「あの飛空艇はかなり古い型で本当なら実戦に耐える代物ではないのよ。その船で南方での戦いを乗り切ったと聞いて本当に驚いたわ」
「……私たちはつくづくとんでもない装備で戦っていたのね。<サイフィード>がいなかったら早々に詰んでたわ」
ティリアリアは少ない戦力で戦い抜いた二ヶ月間を思い出し、当時と比べて戦力が遥かに充実している『聖竜部隊』を任された責任を再確認し自らの襟を正すのであった。
<ニーズヘッグ>を運ぶエレベーターは何層もの隔壁を通過し、地上から差し込む光が群青の装甲を照らし出す。
そして、雄雄しい竜の大型飛空艇はその姿を地上に現した。ブリッジからは『第一ドグマ』地上工場区の風景を一望出来る。
工場区の建物は先日の戦闘の影響で半壊している物が多く痛々しい。その姿が普段の状態を取り戻すのには、もうしばらく時間が必要であった。
戦いの爪痕を残す我が家の姿を目に焼き付けて、群青の巨大竜が地上を飛び立とうとしていた。
「エレベーター部との固定ロック解除。メインエーテルスラスター出力上昇」
「了解。全ロックを解除、後部スラスター出力上昇、船体各部エナジスタルによるエーテル増幅開始、エーテル力場による浮力発生。――飛べますわ」
ステラにより<ニーズヘッグ>発進の準備が整ったことが伝えられ、ブリッジクルー全員が息を呑む。
船長であるシェリンドンは、そんな部下の一人一人と視線を交わし最後は隣にいるティリアリアと頷き合う。
――そして、巨大竜飛翔の指示を出すのであった。
「『聖竜部隊』大型飛空艇<ニーズヘッグ>、発進!」
「了解、<ニーズヘッグ>発進します!」
操舵手であるハンダーが舵を取り、四百メートル越えの巨大な船体がゆっくりと地上を離れる。
船体底部の着陸脚が収容されると、後部にあるメインエーテルスラスターからエーテルが噴射され<ニーズヘッグ>は空高く舞い上がった。
旧型の飛空艇とは桁違いの推力によって、大型飛空艇は首都『アルヴィス』から離れて行った。
その雄雄しい姿を、『聖竜部隊』に縁のある者たちが見送る。
その中の一人であるノルド国王は、船に乗る愛娘や姪、そして義理の息子を始めとする若者たちが無事に帰ってくることを祈り送り出すのであった。




