第一章『始まりは終わりの兆し』①
「私は、私を好きだったんです。」
後に彼女は獄中で、とある新聞記者に静かに、そして『正しさ』を探し求めるかのように哀しく、そのように哀しく、語り始めた。
時は後に言う『バブル期』の真っ只中。
街中には金が湯水のように飛び交い、誰もが下品を通り越したデカデカとしたブランド品のロゴが無造作にぶら下がったような装飾品を身に纏い、まるで『この世をば』という詩を全身に浴び、つい2.30年前の戦時中の死苦を忘れ、世の中を闊歩していた。
彼女、『澤木香菜』もそんな時代に生きた一人だ。
しかし、彼女はその時代には貴重な存在だっただろう。
何故なら、彼女の家はそのような、いわゆるバブリーな世界からは除外されてなんとか息を繋いでいるようなところだった。
この時代、いわゆるサービス業、つまり総合的に見て営業職の力が強い時代であり、巨大ビジネスから取り残されたような、彼女の家の家業のような個人経営の、それも昔からある商店などは次々と新興の大手企業に飲み込まれるのがオチであった。
当然、『澤木』家は、殆ど毎晩のように『家族会議』が行われていた。
とはいえ、彼女自身は既に23歳の大人の女性であり、家業には関わりなく、企業勤めの社会人だった。
周囲の、後の時代の言葉を借りれば『セレブ』的な出で立ちで外を出歩く同世代の仲間達と、彼女自身は何も変わらない存在を、自分に言い聞かせた。
『家族家族』は、彼女の心には必要なかった。
「香菜ってさァ、素朴な感じが良いよねェ〜」
「香菜のそーゆートコ、ウチらワリと好き〜」
どのような意味を含めた言葉を浴びせられているのか、彼女にとっては理解が及ばなかった。
及ばなかったからかもしれない。
だからこそ、深層にはあったはずだ。
『独り残らず・・・・・・・・・』
その深層が、全てを、『愛』といえる範囲の中枢へと導きゆくのだった。