【子語り怪談】朝顔が咲く理由
子にせがまれて、毎日語る怖い話の一つです。
ある男の子が体験したこと。
その子は五年生の男子、仮に太郎くんとしておきましょうか。
彼はクラスに、好きな女の子がおりまして。こちらも仮に、花子さんとしましょう。
その花子さんが、教室で他の女子たちとおしゃべりをしている時に、「朝顔が咲かない」と嘆いているのを、太郎くんは耳にします。いえ、ちょっと小耳に挟んだと言う体ですが、なにせ好きな子のことなので、実はがっつり聞き耳を立てておりました。
当時の男子と女子は、互いに交流するようなことはありませんでしたから、クラスが同じだとしても友だち付き合いは、まず望めません。けれども、困りごとを助けると言う体なら、ワンチャンあるのではないかと、太郎くんは勇気を振り絞って、声を掛けます。
「朝顔?」
なんだ、お前? とでも言いたそうな女子の視線に怯みながらも、太郎くんは花子さんの返事を待ちます。
すると、花子さん。
「うん。夏休みに、庭に植えたんだけど、葉っぱばっかりのびて、ぜんぜん花が咲かないの。もう十月だし、あきらめた方がいいのかな?」
好きな子と会話ができた。それだけで太郎くんは、もう心臓が口から飛び出しそうなくらいにドキドキしましたが、頑張ってなんでもないふりをして答えます。
「前に、お父さんが、花や実が付かないのはリンが足りないからだって言ってた」
「リン?」
花子さんは首を傾げます。理科の時間にも習っていないことなので、知っているはずがありません。
「魚の骨にいっぱい入ってる栄養なんだって」
「わかった。ごはんにお魚が出たら、朝顔にやってみる」
それから何日か後の朝。教室に入ると、花子さんが笑顔で声を掛けてきます。
「太郎くん、おはよう」
突然のことで驚く太郎くんですが、やっぱりなんにも気にしていないぞ、と言うふりで「おはよう」と返事をします。
「朝顔咲いたよ。いっぱい!」
花子さんが、あまりにも嬉しそうに言うので、太郎くんも思わず笑顔になります。
「魚の骨が効いた?」
「そうみたい。ありがとう!」
「どういたしまして」
「それでね」
と、花子さん。その、たくさん咲いた朝顔を、太郎くんにも見てもらいたいから、ぜひ家まで遊びに来て欲しいと言うのです。
普通なら格好をつけて断るところですが、女子の家に遊びに行くなど、そうそうある機会ではありません。しかも、ずっと友だちになりたいと思っていた、好きな女子の家です。太郎くんは、「いいよ」と答え、次の土曜の朝に、見に行くと約束します。
そして、土曜日。花子さんの家を訪れると、花子さんが笑顔で出迎えてくれました。こっちこっちと庭へ通されると、例の朝顔は思ったよりも大きく生い茂っていました。近くの木や物干し竿にまで絡みつき、あちこちに紫色の花を咲かせているのです。一番高い場所では、二階にまで届きそうなほど。
「すごい」
思わず言うと、花子さんは自慢げに笑います。
「がんばって育てたんだね」
好きな女の子に気に入られようとか、そう言った下心もなく、太郎くんは素直に褒めました。
花子さんは少し照れながら、朝顔の根元にしゃがみ込んで、これがそうだよと地面にまかれたいくつかの魚の骨を指さします。太郎くんも隣にしゃがみ、それを眺めていると、枝分かれした一本の蔓が、なぜか地面に潜り込んでいるのを見つけました。
「これ、どうして土に埋まってるの?」
太郎くんは聞きますが、花子さんもさっぱりわからないと言う顔で首を振ります。太郎くんは近くに落ちていたスコップを手に取って、掘ってみてもいいかと花子さんに聞きました。花子さんがうなずくので、太郎くんはスコップで蔓を追いかけるように土を掘っていきました。蔓は思ったよりも深く埋まっているようです。しばらく掘っていると、
カツン
なにやら硬いものにぶつかりました。スコップの先を、ぐいっと持ち上げると、土の中からぐるぐる巻きになった蔓と一緒に、白いものがぞろぞろ出てきます。
動物の骨でした。
なんの動物かはわかりませんが、それほど大きなものではありません。ただ、背骨のようなものが、ぐるぐる巻きの蔓の真ん中を通っているのがわかります。
花子さんが、太郎くんの手からスコップを奪い取り、骨もぐるぐる巻きの蔓もすっかり見えなくなるまで、掘ったばかりの穴に土を被せました。そうして、本当に気味悪そうに太郎くんを見てきます。
太郎くんは立ち上がり、花子さんが被せた土を、しっかり踏んで固めました。そうして、宿題はもう終わったかと聞きます。今のは、見なかったことにした方がよいと考えたからです。
たぶん、花子さんも同じように考えたのでしょう。スコップを放り出し、まだ終わってないと答えました。
「それじゃあ、一緒にやろう。僕のうちで」
それ以来、念願かなって太郎くんは花子さんと友だちになり、一緒にゲームをしたり、街へ買い物へ出かけたりするようになりました。もう、朝顔の話をすることはありませんでしたが、太郎くんは時々考えるのです。ひょっとすると、あの朝顔に花を咲かせたのは、花子さんがまいた魚の骨などではなく、蔓に巻かれた小さな動物の骨だったのではないか、と。