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元女王の幸福はきっとすぐそこに咲いている  作者: 花一華
第一章 邂逅
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4 君に想いを告げる理由

アルナウト視点

 その日、アルナウトは朝から頭を抱えていた。なぜなら厄介な客人が朝からフィーレンス侯爵邸にやってきたからだ。


 その客人の名はイザベラ・メイツ。どうやらアルナウトにご執心のようで、あの手この手で待ち伏せををしてくるほどだった。両親であるメイツ夫妻にどんなに大事に育てられたのか知らないが、はっきり言って仕事への支障も出かねないので迷惑しているのだ。

 ちなみにアルナウトの仕事はラルエット王国の宰相補佐だ。その仕事に支障が出ると言うのはそれなりに重大だと言うことを彼女には理解してほしいところである。ただその宰相というのが彼女の父親であるメイツ侯爵であり、あまり強く言えないというのが現実だった。


 そして、この日のイザベラはいよいよ侯爵邸にまで押しかけてきたのだ。しかも予告があったとは侯爵邸の誰からも聞いてはいなかったし、それを伝えないような者はこの侯爵邸にはいない。明らかに彼女はこちらに連絡もせずに勝手に訪問してきたのであって、礼儀を欠いていると言わざるを得なかった。

 アルナウトとしても流石に我慢の限界だったため少し強めに文句を言ったところ、

 

「だってアルナウト様、最近私のことを避けていらっしゃるから、、、」


と潤んだ瞳を向けてくる。何とも厚かましい返事にアルナウトは呆れかえるほかなかった。全く誰のせいでイザベラを避けていると思っているのか。すべては完全な自業自得である。


「悪いがもう出かけないといけないので失礼する。それから、今日のところはもう帰ってくれないか。」


 本当は今日は休みの日だったのだが、積もり積もったものを彼女の父親にぶちまけなければ気が済まなかった。彼なら仕事に支障が出るのでやめてほしいと訴えれば流石に何らかの対処をしてくれるに違いない。


「なぜそんな嘘をおつきになるんですか?父が今日はアルナウト様がお休みだと聞いたから来たんですのよ?」


 イザベラの潤んだ瞳からは大粒の涙が今にも零れ落ちそうになっていたが、その表情にアルナウトはより一層腹立たしく思った。ここ最近忙しかったからと周りの厚意で休みをもらったのに、これでは休むものも休まらない。


「その父であるメイツ侯爵に君のことについて一言言いに行くんだ。」


 苛立ちついでにより強い口調でそう言い放つと、イザベラは流石に脈がないことを悟って落ち込んでいるのか大人しくなってくれた。メイツ侯爵なら恐らく今日も王城の執務室にいるだろうと思い支度のために自室へ向かう。

 また、これでようやく面倒ごとが片付きそうだとアルナウトはほっと胸をなでおろした。




 王城へ着いてから、慣れた足取りで宰相の執務室へ向かった。驚いたことにメイツ嬢の方も一緒に来ると言い出したのだが、父親の前で文句を言うことにアルナウト側のデメリットはないので今もアルナウトの後ろをついて来ている。

 執務室に着いて城の重々しい扉を開くと、そこには予想通りメイツ侯爵が書類とにらめっこ状態であった。アルナウトと自身の娘の姿に気づいた彼は少々驚いていたが、侍従にお茶を出すよう命じるくらいには冷静である。

 そしてそのお茶の用意が終わったところで、アルナウトは目的の話を切り出した。


「宰相殿、イザベラ嬢についてなのですが。所かまわず待ち伏せをされたり、連絡も寄こさずに朝からうちまで押しかけたり、はっきり言って迷惑です。どうにかしてくださいませんかね。」


 その話を聞いた瞬間、メイツ侯爵は宰相としての顔ではなく一人の厳しい父親の顔になる。

 そして娘の方を向いて問いただす。いつもより少し低い声で言うのでその迫力はなかなかのものだった。


「イザベラ、それは本当か?」

「わっ、私はそんなつもりでは、、、それよりも、アルナウト様!私との婚約を父にお願いしに来たのではないのですか?」


 イザベラは今度こそ泣き出していたが、それよりもアルナウトの予想をはるか斜め上をいく彼女の返答には顔をしかめてしまった。


「俺がいつそんなことを言った?そもそもその前に、俺と君は恋人同士でもなんでもないだろう。」

「だ、だって、、、お父様に私のことについて一言言いに行くのだとおっしゃったではありませんか!!」


 そこまで聞いてアルナウトは彼女の涙の理由に納得した。いや、彼女は泣けばいいと思っている節があるので納得したくはないのだが。しかしなるほど、それで彼女は父親のもとまで一緒に来たわけである。大人しくなったと思ったのは喜びのあまり思考が停止がちになっていたというところか。


「君がどう考えていたのか知らないが、俺は君に恋愛感情を抱いたことはないしそれはこれからもない。悪いが諦めてくれ。」


 イザベラと会うのはきっとこれが最後だ。最後の誠意を込めてアルナウトは深々と頭を下げる。

 そしてしばらくの間、彼女の泣き声だけが静かに響いていて返事をする気配はなかったが、彼女の代わりにメイツ侯爵が答えを告げる。


「アルナウト、君には迷惑をかけたようで済まない。この馬鹿娘にはうちで厳しく言っておこう。さあ、イザベラ、早く帰りなさい。」


 父親にそう言われたイザベラはすぐ後ろにいた侍女に支えられながら力なく出ていった。前髪の隙間からはまだアルナウトに縋るのを諦めていない目が見えたが、黙殺するに限るだろう。

 それよりも問題があるとすれば、メイツ侯爵との間に流れる気まずい空気だった。まあ当然と言えば当然のことであるではあるのだが。


 先に沈黙を破ったのはアルナウトの方だった。まず私情で仕事を中断させてしまったことを詫びると、こちらこそすまなかったとメイツ侯爵は頭を下げた。娘の行動を把握していなかったらしく、ひどく情けないと言った様子だ。

 だが次の瞬間、人の悪そうな笑みでアルナウトの方を見る。


「ところで。うちの娘はともかく、そろそろ相手を見つけなければならないんじゃないのか?」


 メイツ侯爵のただからかいたいだけ、という様子にアルナウトは思わず半目になる。もともと豪胆で切り替えの早い人物なので驚きはしないが、やはり何とも言えない腹立たしさは感じてしまう。決して関係性が悪いわけではなく、そういうものなのだ。

 そして、メイツ侯爵の疑問は的外れなものでないことには少し耳が痛い。アルナウトは今年で二十三才、相手がいてもおかしくない年齢な事は間違いない。侯爵家の嫡男となればなおさらである。

 それからもっと面倒なのは、どうやらアルナウトがあえて考えないようにしていたことにも察しがついているらしいことだった。


「何が言いたいんですか?」


 少し不機嫌にアルナウトがそう言うと、さらにニヤニヤとしてメイツ侯爵は話を続けた。


「誰に言われたわけでもなく働きすぎるような男が急に定刻通り帰るようになれば何かあったと思うだろう。男がそんな行動をするのは大体女絡みと相場が決まっている。まあ最近はなかなか帰らないのを見るとフラれたってところか。どうだ、違うか?」


 メイツ侯爵が言っているのはリラのいる喫茶店に通っていたときのことだ。もはやからかっていることを隠そうともしない。まあ確かに言われてみれば明らかに不自然だ。もし自分の知り合いがそんな行動を取ればアルナウトだって同じことを思うだろう。ほとんど図星なので言い返す言葉も持ち合わせていない。


「フラれてはないです。」


「おい、帰ろうとするな。娘が来てできなかった仕事分くらいは働いていけ。」


 事実の訂正はして去ろうとアルナウトは試みたが、そんなに簡単に食い下がる気はないらしい。そうなるとメイツ侯爵は聞き終わるまで返さないということを知っているので、諦めて白状するしかないのだろう。アルナウトは書類を半分引き受けていつもの自分の席に着く。


「それで、相手は?」


 さっそく随分と明け透けに聞いてくる。


「...街にある喫茶店の娘です。」


「ほー、じゃあなんで最近は行かなくなったんだ?フラれたわけじゃないんだろう。」


 いきなり核心をつくような質問にアルナウトは言葉を詰まらせる。全て説明しようと思えば少し長くなるのだが、この際人に聞いてもらえば楽になるだろうかとアルナウトは喫茶店でリラと過ごした時間を振り返る。




 初めて会ったときから、リラが今まで出会って来た女性たちと何かが違うと感じてはいた。だからこそわざわざ自分で傘を届けに行ったのだし、客として再び足を運んだ。そして、なぜそう感じるのだろうと思いながら気づけば毎日のように通うようになっていた。

 そして、ある日。例のイザベラ嬢になぜそんなに冷たく素っ気ない態度をとるのかと文句を言われた日のことだった。


“冷たいだなんて思うわけありません”


 彼女はさも当たり前そうに言い放った。その言葉でリラが容姿や身分ではなく、アルナウト自身を見てくれているのだと気がついた。今思えば、傘を貸してくれたのはアルナウトの胸中を察してくれたからこそだと分かる。

 そして、自分がリラに惹かれていたことにも気が付いてしまったのだ。自分の気持ちを自覚できたことに関してはイザベラ嬢に感謝してもいいのかもしれない。

 

 またアルナウトが次に思ったのは、何か行動を起こすべきなのだろうかということだった。普通の男女なら、どちらかが告白というものをして、うまくいけば想い合うのだから。

 けれどアルナウトは貴族でリラは平民。アルナウトの告白を断れないから、なんて理由で受け入れられてしまえば政略結婚で夫婦仲の破綻した両親の二の舞になりかねないと思った。

 それに何より、身分のことで周囲の風当たりが強いことは容易に想像できる。面倒ごとの多い貴族の世界が彼女を傷つけることが怖かった。


 だからこそ、彼女のことは忘れてしまおうと思いその日を最後に店に行くことを辞めた。今ならばまだ引き返せると思ったからだ。結果、そんな気持ちで他の誰かと恋愛をしようなんて思えるはずもなく、リラのことを毎日想っては胸が苦しくなるばかりだったのだが。

 

 とまあ、そんなような話をある程度かいつまんでメイツ侯爵に説明を終える。羞恥心に耐えながら俯いていた顔をメイツ侯爵の方に向けると、上機嫌に、しかし既に興味を失ったように窓の外を見ていた。

 アルナウトは聞いておいてその態度はなんだという非難の視線を向ける。そうするとメイツ侯爵はまだまだだなといったふうにため息をついて衝撃的な提案をアルナウトに持ちかけた。


「お前、今すぐにその娘に告白して来い。」


「なんの冗談ですか、それは。」


 メイツ侯爵の顔は至って真面目だったので本気の可能性の方が高いが、冗談だと信じたいのでアルナウトも至って真面目に切り返す。


「冗談っておまえな。人がせっかく娘の詫びもかねて解決策を授けてやろうとしているのに。」

「詫びる事項を増やしてしまったの間違いでは?」


 アルナウトは思わず普段なら言わないようなことまで言ってしまったが、まるで意図が分からなかった。


「まあ、そう言わずに最後まで聞け。話を聞いた限りじゃあ、お前はただ逃げているだけだな。怖いだのなんだの言ってないで、その相手の娘を守ってやればいいんだ。俺はそんな力量もないような男を宰相補佐に任命した覚えはないぞ。それから今なら詫びついでに俺が二人の味方になってやろう。」


 そこまで言うとメイツ侯爵はにかっと歯を見せて笑った。最後のはあまり関係ないような気もするが、それと同時に顎で早く行ってこいという合図まで送って来る。


「どうしてそこまでするんですか。」

「俺だってアルナウト・フィーレンスという人物の中身を多少なりとも知ってるつもりだ。幸せになって欲しいくらいは思ってるさ。」


 そう言うとほら早くと言いながらアルナウトの机の上の書類を取り上げようと手を伸ばした。もともと休日だったので仕事を切り上げること自体は問題ではないのだが、このままだとリラに告白することが決定してしまうため力の限りアルナウトは抵抗する。

 するとメイツ侯爵はわざとらしくこう言うのだ。


「少し小腹がすいたな。丁度いいからその娘のいる喫茶店の菓子を買ってきてもらおう。ああ、渡すのは明日でいいし種類も任せよう。これは上司命令だ。」


 もはや言っていることが支離滅裂だとアルナウトは訴えるが、聞く耳を持つ様子はない。


 その数分後、勝ち目がないと悟ったアルナウトは菓子だけでも買って来る決心をして城を出た。




 気が重くなりながら喫茶店の前までなんとか辿り着くと、店内に緊張した空気が流れていることに気が付いた。それは外にいるアルナウトでも分かるほどだった。

 しばらく窓越しに様子を伺っていると、どうやらリラとリラに求婚した男が揉めているのだと察することができた。なぜか本来仕事中のはずの大男たちが通りに出てきていて、事情を聞くと自分とは入れ替わるようにして喫茶店の常連になったらしい。何一つとして知らなかった自分自身が腹立たしい。


 そして相手の男に見覚えがある、アルナウトがそう思った時だったと思う。その男の手がリラの頬に触れたのだ。リラがその手をすぐに払いのけたのを見て胸をほっと撫でおろす。

 ちなみに、このときのアルナウトが冷静でいられたのはひとえにリラのおかげだった。本来なら直ぐにでも相手の男を張り倒したいくらいだったが、リラが淡々と男の相手をするのを見て多少の安堵を覚えさせていたからだ。きっと周りにいる大男たちもそういうことなのだろう。


 しかし、そう思ったのも束の間。いつの間にか男がリラに殴り掛かろうとしていた。

 そこからしばらくの記憶は正直あまり覚えていない。全身の血が沸騰するように熱くなって気づいたときには店の中にいたのである。

 

「それにしてもお久しぶりですね。それに今は昼間ですし、どうかされたのですか?」


 アルナウトに再び冷静さを取り戻させたのはリラのこの言葉だった。この質問に、メイツ侯爵との経緯を全て話すわけにもいかず頭を悩ませた。彼女を助けることに意識を持っていかれて顔を合わせたら何を言えばいいかなど考えていなかったのだ。

 けれど、アルナウトにはこの一件で分かったことがあった。それは自分で思っている以上にリラに惹かれてしまっていたことだ。リラの頬を触れた男を許せないと思ったのは独占欲、殴り掛かられるリラを守りたいと思ったのは庇護欲という感情に違いないからだ。あまつさえリラが自分の隣で笑ってほしいと願ってしまう。


 彼女がなんと答えるのか分からないが、このままでは自分の気持ちの落としどころがない。覚悟を決めよう、アルナウトはごく自然にそう思った。結局メイツ侯爵の言うとおりにしてしまったのは癪であるが。

 そうしてアルナウトはリラの目を見つめて口を開いた。





「リラ、俺と結婚してくれないか。」

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