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元女王の幸福はきっとすぐそこに咲いている  作者: 花一華
第一章 邂逅
2/6

2 優しい時間

 あれからおおよそ一か月が経った頃、今度は客として、という言葉の通りにアルナウトは再び喫茶店を訪れた。それは閉店間際のことで、先日の一件があって人の多い昼間に来るのをためらったこと、本当はもう少し早く来るつもりが人使いの荒い者がいて忙しくしていたことを、どこか気まずそうに教えてくれた。


 このときにリラが感じたのは、思ったよりもアルナウトが誠実な人物だということだった。正直なところ、リラはアルナウトが本当に来るとは思っていなかったのだ。いわゆる社交辞令だと思っていたのである。それでも今、目の前にいる彼が気まずそうにしている。たかが口約束でもそれを果たすのが遅れてしまったことを申し訳なく思っているからだろう。彼の言葉が社交辞令であることを疑わなかったリラの方が申し訳ないくらいだった。


 それからというもの、アルナウトはかなり頻繁に店にやって来るようになった。いわゆる常連客というやつだ。注文を取る間にする他愛もない会話はなかなか楽しいもので、リラはその決して長くはない時間が嫌いではなかった。ある時は人使いの荒い友人のこと、またある時は話題がなかったのか窓の外に見えていた雲の種類のことを。流石に雲の話を始めたときには彼が無表情なのも相まって笑ってしまったけれど。

 とは言え、アルナウトが来た日には必ず、アスタがからかい半分の生温かい視線を向けてくることには頭を抱えてしまった。きっとアルナウトはリラのことを、なんていうロマンスをアスタは想像しているのだろうが、現実はそんなに甘くないことをリラは知っている。実際に、アルナウトだってたまたま自分の舌に合う店を見つけたから通っているだけで、アスタが期待するような展開は決してやって来ないだろう。



 そんなある日のこと、リラは突然こんなことを尋ねられた。


「俺の態度は冷たくて素っ気ないとよく言われるが、君にもそう見えているのか?」


 それまでのアルナウトは何か答えを求めるようなことは言わなかったために、リラは少し驚いた。

 ただ、アルナウトが話してみれば意外にも気さくだということはリラにもだんだんと分かってきていた。確かに、基本的には眉一つ動かさないので少し冷たい印象を受ける人がいるのかもしれないが、それは対人関係を円滑にするための術なのだろうというのがリラの今のところの見解だ。


「ご自身は興味のないご令嬢を上手くあしらうためなのでは?」


「...そのご令嬢たちがこの場にいたら機嫌を損ねるどころじゃ済まないんじゃないか?」


 リラの冗談めかした返答にアルナウトは苦笑している。


「こんな風に、私の冗談にも付き合って下さる方を冷たいだなんて思うわけありません。それに、そうおっしゃったのは仲の良い方なのですか?」


「いや、別にそこまでではないな。」


「ならいいではありませんか、言わせておけば。その方はきっとフィーレンス侯爵様がどんな方なのか知りもしないで、勝手なことを言っているだけです。そんな方の言葉を真に受ける必要なんてありませんよ。」


 アルナウトは先ほどとは打って変わって真面目に話し出したリラに目を丸くしながらも、随分と機嫌が良さそうだった。それからしばらく何か考え込んで、いつもはピクリとも動かさない眉尻を困ったように下げて笑ったあと、忘れていた注文をリラに言いつけたことでその会話は終わった。

 この時のアルナウトはその微笑みの奥に何かを飲み込んで、そして決意をしたような表情だったと思う。いつもとは違う様子のアルナウトに、何とも言えない予感がした。一応、若輩者が偉そうにして申し訳ないと謝っておくのは忘れなかった。


 その後、リラの予感は少しづつ裏付けられていくことになる。その日を境にアルナウトは姿を見せなくなってしまったのだ。やはり常連客が離れていくのは寂しいもので、それはアルナウトについても例外ではない。

 ただそれよりも、どうして来なくなったのかが気にかかった。何か気に障ることをしてしまったのか、それとも単に飽きてしまっただけなのか、いくら考えても分からなかったけれど。

 別にもう会えなくても問題はない、でももう一度でいいから会いたい、そんなどっちつかずの気持ちだった。


「もう来ないのかなあ。」


 リラは朝の掃除をしながら、ぽつりとそう呟いてみる。当然のことながら、そんなことをしてもアルナウトが現れるなんてことはない。

 けれど、呟いてみるとより一層自覚してしまうことが一つ。どうやら注文の合間に彼と話す時間を、自分で思うよりも気に入っていたらしい。そんな自覚がまるでなかったことに、リラは自嘲する。昔から自分の感情に疎いという自覚だけがあって、いつもいつも結果が出てみないと気づけないのだから。

 とは言え、いつまでも感傷に浸ることもできない。いつかまた、そうリラの心の中だけで唱えると、少しばかりのもの悲しさも朝のからりとした風に攫われていった。


 それでもリラの脳裏に焼き付いてしまった、最後に会った時のアルナウトが見せた表情を忘れることはできなかった。



少し短めですが、切りがいいのでここまでです!緩ーくお楽しみください。

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