第6話『止まった日時計』
「ごめんね。私たちが産みの親だったなら、もっと寄り添ってあげられたのに」
ボヤけた視界に映るのは、第三者視点のアタシと、年老いた人間が、落ちていく夕日を椅子に座って眺める光景だった。
アタシは老人の手を握りながら、涙ながらにずっと同じ言葉を繰り返した。
「お願いだから、逝かないでよ。お願い、お別れなんてしたくない。誰か、進む時間を止めておくれよ。誰か・・・、誰か・・・」
震える声で願いを呟く、しかし叶うことはない。老人の手は、アタシの手からスルリと抜けた。
大粒の涙が、床を濡らす。胸には針を優しく刺し込まれるような痛みが、鼓動に合わせて何度もやってきた。
アタシは、抜け落ちた老人の手を、再び持ち上げた。
「お母さん。ねぇ、お母さん。置いていかないでくれよ。頼むから・・・返事をしておくれよ」
それからアタシは、老人の声を聞くことはなかった。
「またこっ酷くやられたね。でも、以前より軽傷だ。強くなってる証拠だよ」
ポーションや薬草の並ぶ一室。何度もお世話になっている此処で、ワタシは傷の手当てを受けていた。
頬に時計を模したタトゥーを入れたクロックという治療者に、今回も師匠との修行で負った傷を治療してもらっていた。
「そう、ですかね。神官として恩恵の力も操りながら拳闘士として戦う戦法に変わったので、慣れるためにも強度を上げると言われて・・・。この様です、アハハ・・・」
「吹っ切れたようで何よりだよ。しかし、相変わらず指導からも伝わってくる不器用さだね。師匠はブリザーデより、ガレアの方が向いてるんじゃないかい?」
「い、いえ!ワタシとしては、彼女の指導が一番しっくり来ますし、それにガレアさんにそんなこと言ったら、拳闘士になりてぇのに重戦士を師匠にしてどうすんだ、って言われそうですし」
「フフッ、違いないね」
治療が終わり、ベッドから立ち上がると、ワタシは深々と頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。怪我したり、何かあったらまた来るんだよ」
「はいっ!」
扉の取っ手に手を伸ばし、外へと出ようとしたその時だった。
ドンドンドンッ!部屋の扉が強く叩かれた。
「クロックさん!居るか!仲間を助けてくれッ!毒に侵されてんだッ!」
椅子に座っていたクロックは、その言葉を聞きすぐに立ち上がり、部屋の扉を開けた。
そこには、紫色に染まった血管を浮き出させている男性と、それを背負う冒険者が居た。
「毒に侵された子はベッドに寝かせて、キミは事情聴取。何処へ行き、何の毒を貰ったかを教えておくれ」
冒険者は、患者をベッドに寝かせると、慌てて語り出した。
「依頼で小さな孤島に行ってたんだ!名前もない、アンブラッセ大陸から北西に六時間ぐらいの!そこの林に潜んでた猛毒蟻の群れに襲われて!俺は重装備だったから助かったけど!コイツは、軽戦士で!鎧をほとんど着てなくて・・・!」
彼が語る間も、毒に侵されたベッドの患者は、苦しそうに、辛そうに喘いでいた。
事情を聞くと、クロックは患者の手を取った。
「・・・猛毒蟻に襲われてから、どれぐらい経ったかわかるかい?」
「丸、二日だ・・・。船舶が嵐で遅れて・・・」
「丸二日、か・・・。」
患者の冷たい手をギュッと握るクロック。その顔は、うつむいていた。
困っているなら助けたい、その一心で、ワタシは声を大にして言った。
「ワタシにできることはありませんか!救ってあげたいんです!」
その言葉を聞くと、クロックは顔を上げて、部屋の灯りを点けた。
「やれる限りは全力を尽くそう。成功率は・・・っ。絶対に死なせてなるものか・・・。マゼンタ、棚にある水色と赤色のポーションを一本ずつ取ってくれ。あとは、引き出しに入っている注射器も頼むよ」
「はいっ!ポーションと注射器ですね!」
ワタシは大急ぎで、棚から水色のポーションと赤色のポーションを手に取り、引き出しからは注射器を取り出した。
全てをクロックに手渡すと、二つのポーションを混ぜ合わせた液体を注射器に吸わせ、指ではじいて空気を抜いては、患者に注射した。
入っていく合成ポーション。全てなくなった頃には、少し楽になったのか、患者は息を落ち着けていた。
「まだ終わりじゃないよ。次は棚にある黄色い薬草と黒い薬草、そして清浄草が浸かったそこの水入り瓶を持って来て」
「黄色と黒の薬草・・・!清浄草が浸かった水・・・!どうぞ!」
急いで頼まれた物を手渡すと、クロックは着々と治療を進めた。
「俺に、俺にもできることは・・・!」
冒険者の言葉に、クロックは治療を進行しながら答えた。
「キミにできることは、彼に声を掛け続けること。それと、彼に伝えるべきことがないかをしっかり考え、言葉で伝えること。立派な仕事だ。任せたよ」
「わ、わかったよ!」
冒険者は、患者の名前を何度も呼んでは、大丈夫だ、と声を掛け続けた。
治療が終わる頃、日は完全に没していた。
冒険者たちの喧騒で賑わう街の中で、きっとこの部屋だけが、こんなに重苦しいのだろう。そう思った。
「人事は尽くした。後は天命を待つしかない。待って、その結果がどうあろうとも、受け入れるしかない」
ワタシたちは、待った。天命が下るのを、押しつぶされそうな緊張と不安の中、待ち続けた。
そして、その時はやってきた。
患者は、薄っすらと目を開けた。
気づいた冒険者は、患者の手を取りながら、不安な心を押し殺して、大粒の涙をボロボロと流しながら、笑顔を見せた。
「ぁ・・・、また・・・無理、してる顔・・・してる・・・よ・・・」
患者の囁くような声をしっかり聴いた冒険者は、その手をぎゅっと握った。
「っ・・・、それは、お互い様だろ・・・。苦しいのに・・・痛いのに、辛いのに・・・二日も耐えて、お前はやっぱり頑張り屋だなっ!」
「ぇ・・・えへ、へ・・・っ。でも・・・ね、今は・・・苦しく、ないよ・・・」
「あぁッ!クロックさんが治療してくれたんだッ!今によくなるッ!そしたらまた冒険に連れてってやるッ!どっか・・・行きたい場所あるか?」
患者は冒険者へと微笑みかけると、小さく、ゆっくりと口を開いた。
「・・・お花、綺麗な・・・お花が咲く、とこに・・・行きたいな・・・ぁ」
「行こうぜッ!治ったら行こうッ!記念に綺麗な花冠でも作ってよぉッ!だから・・・、だから・・・っ、治ってくれよ・・・ッ!!」
重たいまぶたをそっと閉じ、患者は声を振り絞るようにして、気持ちを言葉にして、血と一緒に吐き出した。
「ッ・・・ゲホッ、ゴホッ・・・、は、ぁ・・・ッ、マゼンタ・・・さん・・・。クロック・・・さん。お兄・・・ちゃん・・・っ。あり・・・がとう・・・」
最後に微笑んだ患者の手は、冒険者の手から虚しく落ちた。
冒険者は泣き叫んだ。何度も、何度も、同じ名前を呼び続けた。
しかしもう、返事が返ってくることはなかった。
ベッドに横たわるのは、微笑むばかりの、ただの死体なのだから。
別地方にある太陽神の教会へと連絡を入れ、患者の遺体は、神官たちによる心からの浄化と鎮魂を受け、土の中へと入った。
墓石には、マゼンタとあの冒険者と、アタシ“クロック”の名前も刻まれるそうだ。
辛い現実を受け止められなかったのだろう、泣き出したマゼンタにアタシはこう言った。
「冒険者は命懸け、彼もきっとそれを自覚していたことだろう。誰も特別じゃない。そして誰も悪くない。ただ、時が遅かっただけなんだよ」
動揺したままの彼女に、理解することは難しかっただろう。だから伝えることを伝えたら、アタシはマゼンタを宿へと返した。
送り届けた後、アタシは自分の部屋へと帰り、鍵を掛けた。
そして作業机に座ると、置いてあったナイフで自身の手首を切り刻んだ。
深く、深く、アタシが痛いと思うように、何度も何度も、手首に傷跡をつけた。
血が溢れる。机を汚す。痛みが体の神経を巡る。それでもアタシはやめなかった。
最後には、机に置いた腕に、ナイフを突き刺した。
「ぁ・・ぁぁ・・・ッああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッ!!なんでッ!!なんでッ!!なんでなんでなんでッ!!逝かないでッ!!死なないでくれよッ!!死ぬなよッ!!やめろッ!!また時間かッ!!時が全てを奪っていくッ!!こんな残酷な時無くなってしまえッ!!止まってしまえッ!!進むな・・・ッ!!これ以上・・・時間よ進まないでくれッ!!!!」
アタシは何度もナイフを突き刺した。
机も、床も、血塗れになるほど、痛みを味わった。
でも、流れ出る涙は、決して痛みから湧き出たモノではなかった。
濁り切ったこの感情が、文字通り濁流となり、溢れ出ているのだろう。一見透明に見えるその涙は、アタシからすればまるで泥水の如く濁っているように感じた。
こうしなければ、治まらなかった。
いや、こうしたところで、恒久的に溜まり続ける負の感情の、一時的な排出にしかならないのだろう。しかし、これ以外の方法は思いつかなかった。
毒で一人を亡くした一件から、数週間が経った。
ワタシは修行に身が入らず、朝の酒場で一人、ホットミルクを啜っていた。
目の前で死を見て来なかったわけじゃない。だが、仲間が、身近な人が、目の前で息を引き取るのは、初めての経験だった。
彼は、まだ幸せな方なのだろうと考えるべきなのだろうか。冒険者は命懸け。誰に看取られることもなく死ぬ者もいる。モンスターの餌として生涯を終える者もいる。それらと比べれば、彼は兄に看取られ去ったのだから、きっと幸せな最後を迎えられたのだ。
そう思うことにした。そうすれば、多少は気が楽になった。
「誰も特別じゃない・・・。そうですよね。どんなに強くたって、死ぬときは死ぬんですよね。アデリアさん、ガレアさん、クロックさん、ブリザーデさんも・・・」
「誰が死ぬと?」
突然掛けられた声と、目の前のテーブルに置かれたどデカい肉に驚き、ワタシは伏せていた顔を上げた。
そこには、ブリザーデとクロックが立っていた。
「い、いえっ!その、別に・・・」
「まだ例の件を気にしてるんだね。大丈夫だよ。太陽神教会の方でしっかりと鎮魂は行った。きっと神に召されたことだろうさ」
「ならきっと、彼はあの世でも笑顔で居られることでしょうね。よかった、よかった・・・」
二人はワタシの前の席に座ると、テーブルに一枚の依頼書を広げた。
「今回の冒険から帰還すれば、第二課題合格とする。受ける依頼は“不老不死薬を開発している魔女の討伐。及びレシピと現物の破棄だ”だ。その魔女は自分の作った不老不死薬を蛮族に高値で流してるらしい。お陰で蛮族は着々と力をつけている。これ以上蛮族の戦力が上がれば、対抗できなくなる。その前に手を打つというわけだ」
「不老不死薬・・・。過去に母から少しお話を聞きました。当時はまだ研究段階で、アンデッドのような理性のないモンスターを生み出すことしかできなかったとか。でも、あれから相当の歳月は経ってますし、純度は飛躍的に上がっていると考えていいかと」
「・・・なら早く止めないといけないね。蛮族は人々を不幸にする。治療者としてもこれ以上、力をつけさせるのには反対だよ」
ブリザーデはガブリッ、と肉を食いちぎると、片手間に地図を広げて、依頼書の横に置いた。
「魔女の住処は“ヘルズ大陸”。蛮族大陸の一つだ。今まで以上に危険で、少数ではリスクが高い。だから今回は、治療者としてクロック。そしてもう二人、強者を呼んだ」
「二人の強者・・・。もしかして!」
噂をすれば、その二人がワタシたちの座るテーブルまで近づいてきた。
一人は背の低い矮人族、もう一人は背の高い竜人族。ワタシは当然、二人を知っていた。
「やっほぉ!ハニーにお呼ばれされちゃって来ちゃった!」
「そういうわけだ。またよろしく頼むぜ?マゼンタ」
矮人族のアデリア、竜人族のガレア。二人は以前、共に冒険をした仲間だ。
ワタシの前に揃った四人は相当な実力を持っており、いつも以上の安心感があった。
「わぁ!心強いです!よろしくお願いします!皆さん!あ、でも大丈夫なんですか?クロックさん。この街の医者が居なくなったら・・・」
「大丈夫だよ。数日前、別の地方へ“医者の代理を任せたい”と依頼書を貼ったら、それなりの実力者が代理を務めたいと受注してくれたからね」
「なるほど、だったらよかったです!」
実を食べ切り、骨だけを皿にカランと置くと、ブリザーデは依頼書を丸め、片付けた。
「訊くが、マゼンタ。オマエはヘルズ大陸に行ったことがあるか?」
「一度だけあります。数年前、母が自陣の領土を広げたいと下見に行ったことがあって、ワタシもそれに同行していました」
すると、彼女はヘルズ大陸の地図を丸め、ワタシへと手渡した。
「ならオマエが持っていろ。少しでも土地勘があるなら、その方が活きる」
「わ、わかりました・・・。しっかりと皆さんを先導します!」
地図を握り意気込むワタシの背中を、二人がトンッと叩いた。
「頼んだよーっ!マイハニーッ!」
「地図持って迷子になんじゃねぇぞ?」
愉快に笑う二人に釣られ、クスクスとワタシも笑みを零した。
その様子を見たクロックは、ブリザーデに尋ねた。
「マゼンタ、変わったね。強いて言えば、人脈かな。彼女には人を惹きつける才能でもあるのかな」
「そんな才能、アイツは持っていない。考えてみろ。最初はアイツも除け者だった。それを、努力でひっくり返した。元々強いんじゃない。弱い自分を、強くしていったんだ」
「弱い自分を強く、か。かっこいいね」
骨だけが乗った皿を持つと、ブリザーデは去り際にこう告げた。
「集合場所は酒場。出発は白昼の馬車。それまでに準備を済ませろ。それと、蛮族大陸では何が起こるかわからない。自分の身は自分で守れ。いいな」
その言葉に、ワタシと他三人は一斉に返事をした。
それから食事を済ませたワタシたちは、街で冒険に必要な道具、情報などを可能な限り買った。
食糧、松明、テント、ポーション、その他に使用できそうなアイテム。また、ヘルズ大陸で出現する蛮族の情報、地形、人工物の有無などの情報。得られるモノはとことん得て、万全を期した。
準備を終え、各々は明日に備えて床に就いた。
ワタシは、緊張や不安に加え、皆と冒険できる高揚感を感じていた。
蛮族大陸、そこは今までの自然動物とは違い、ワタシたちに紛れもない敵意と悪意を向けて襲い掛かってくる者ばかりが集う土地。今までとは比べ物にならないほど危険な世界への冒険、不安を隠せと言われても無理な話だった。
しかし、今回は今まで戦った心強い仲間たちがいる。彼らとの冒険は、きっと得難い経験となるだろうと、ワタシは胸を高鳴らせていた。
「怖いですが、やらなきゃアンブラッセの皆も危険に晒されるんです。しっかりしてください!ワタシ!」
パチンパチン、頬を二三度叩くと、ワタシは布団を被り、眠りに就いた。
「おはようございます!皆さん!」
酒場の席に座る四人へ、ペコリと頭を下げては、元気の良い挨拶を発した。
すると、全員から返事が返ってきた。
「あぁ。飯を注文してある。少し待っていろ」
「おっはよーっ!ハニーは今日もかわいいねっ!」
「おいおいアデリアさん、そりゃあ男の台詞だぜ?まぁ座れよ、飯を食ってからじゃねぇと力出ねぇだろ」
「朝食は一番大事だからね。しっかり食べることだよ。顔色を見る限り、睡眠はバッチリのようでよかった」
「あ、あわわ、ありがとうございます。では、失礼します」
促され、ワタシは席に座った。
出発前の緊張を解すように談笑をして待っていると、店員が大量の料理を運んでやってきた。
料理の器をテーブルに並べると、愛想よく「以上になります!ありがとうございましたー!」と笑って厨房へと戻って行った。
ワタシたちは、並んだ料理をがっつくように食べた。
あっという間に全ての食器は空になり、食事を終えると、ブリザーデは銀貨を二枚テーブルに置いた。
「いいのか?今回はオレが奢ってやってもいいんだぜ?」
「構わない。アタシが一番食べたからな」
のんびりとした食後も束の間。チリンチリン、と大きなベルの音が酒場に響いた。
「ヘルズ大陸行きの馬車を予約された方々!出発の準備が整いましたので、白昼までにご乗車くださーい!繰り返しまーす!ヘルズ大陸行きの馬車を予約された方々はーっ!白昼までにご乗車くださーい!」
その声で立ち上がったのは、ワタシたちだけだった。
蛮族大陸へ向かうことを知った他の冒険者たちからは、声援が聞こえてきた。
頑張れ、生きて帰って来い、そんな温かい言葉にワタシは、笑顔で手を振った。
待機していた馬車にワタシたち五人は乗り込むと、街を抜け、エンバース地方を抜け、やがて船が停泊する港へと到着した。
全員が船に乗り換えると、船は出港した。
一日と数時間程度の船旅の末に、船はヘルズ大陸へと到着した。
ヘルズ大陸には、当然人族のための港などは無く、船は紫に変色した海の浅瀬に停まり、ワタシたちを降ろした。
また、蛮族大陸故に、停泊して待てば蛮族に襲われる可能性がある為、二日ごとの早朝から白昼の間だけ停泊するとのことだった。
条件に同意すると、ワタシたちは浅瀬から上がり、大陸の入り口となる枯れた森林へと踏み込んだ。
「ッ・・・!?」
瞬間、ワタシは恐ろしいほどの悪寒に襲われた。まるで、四方八方から殺気を向けられているような、行動一つを間違えれば息絶えてしまいそうな、悪い緊張がワタシを縛り付けた。
強張ったワタシに気づいたブリザーデは、肩をトンッ、と叩いた。
「臆するな。気持ちで勝てれば、蛮族との戦いにも勝機が見えるはずだ」
「は、はい・・・っ」
余計な力を抜き、ワタシは地図を広げながら皆の最前線を尾で歩いた。
地図に描かれた森林地帯、現在地を指差しながら、周囲を見渡し、指示を出した。
「ここから北西に歩けば平原まで最短ルートです。ただ、この森林地帯には下級蛮族が出現するらしいので、警戒を」
全員に注意を促し、北西へと進行方向を変え、先導し始めたときだった。
ヒュンッ、ワタシの頬を何かが掠めていった。
顎下へと伝う赤い血。近くの木にソレは刺さった。そう、一本の矢だった。
ワタシが驚き、血を拭っている間に、他の皆は拳や武器を構えていた。
「ガレアは嗅覚を使い索敵。アデリアはアタシと前方の警戒。クロックは矢の解析と毒の有無を判別」
ブリザーデの指示を受けると、全く無駄のない動きで各々が自分の役へと就いた。
「マゼンタ、オマエも早く構えろ。初撃はいいが、次は必ず当てに来るぞ」
「ぁ、はい!」
言われて初めて、ワタシはガントレットを拳に装備した。
今までの戦いとはまるで違うことを、既に悟った。
準備を整えてからでは遅い。常に襲われることを想定し、準備を整えておくことが大事だと学んだ。
「矢は石と木のオーソドックスな作り。粗さからゴブリンか、ゴブリンの装備を奪った何者かの仕業かだね。毒などは塗布されていないようだから安心していいよ」
「臭ったぜ。ゴブリンのクセェ悪臭がよ。北東からだ。それも近づいてきてる。五、六匹は居るぞ」
「今、視認した。北東にゴブリン計六匹。弓持ちが後衛に二匹、前衛に四匹。急接近中だ」
「ウチが生き埋めにしてあげてもいいんだけど、木々が倒れてウチらも危ないから、正面からやり合った方がよさそうだねぇ」
ゴブリンたちは森林の中を迷うことなく、素早く接近しては、ワタシたちの前に立ちはだかった。
「目を瞑って欲しいな」
後衛のゴブリンが矢を番え、前衛のゴブリンが突撃を始めた瞬間、眩い光が周囲を照らした。
クロックの言葉に従っていたワタシたちは、視界を奪われることはなかったが、言語の通じなかったゴブリンたちはその光をもろに受けてしまい、目を抑えながら悶えていた。
隙と捉えたワタシとブリザーデは、間合いを詰め、前衛の四匹の顔面を拳で殴り潰した。
前衛の陰で緩和されていたのか、目が開いた後衛のゴブリンたちは弓を捨て、腰にぶら下げていたダガーを手に取り、ワタシへと襲い掛かった。
しかし、二匹がワタシにたどり着くより先に、既に跳躍し、接近していたガレアとアデリアによる一撃によって、後衛のゴブリン二匹も倒れた。
「先を急ごう。無駄な戦闘は避けたい」
ブリザーデの言葉に皆は頷き、ワタシたちはまた歩き始めた。
近づく他の足音から逃れるように、枯れた淋しい森林を抜け、たどり着いたのは平原だった。
しかし、ワタシたちの大陸にある平原と違い、感じられるのは豊かな自然ではなく、動物の腐敗臭だった。
舗装された道などどこにも無く、右も左も、穢れた動物の死骸や、腐った蛮族の死体などが捨てられていた。
「ウッ、酷ぇなこりゃ。蛮族大陸だって腹括ってたつもりだったが、こんなに治安悪ぃのか。いや、治安なんて無いも同じじゃねぇか」
「ガレアは蛮族大陸は初めてだもんね?うん、此処はそういうとこ。蛮族大陸は屑籠って呼ばれてたりするぐらいだからねぇ。実際に育てられなくなった子供とかを此処に捨てて、隠滅する輩もいるみたいだよぉ」
「残酷な話ですね。自分の子供を捨てに来るなんて・・・」
「全くだよ。捨てるなら端から子を作らなければいいのにね。捨てられた子供が、どれだけ辛い思いをするかも知らずに・・・」
歩きながら見えたクロックの表情からは、まるで自分のことのように同感する、深く考え込んだ様子が伺えた。
思えばワタシは、クロックのことを何も知らなかった。沢山お世話になり、それなりに会話もしていた。だから知った気になっていた。
彼女だけじゃない。ブリザーデ、ガレア、アデリア、皆のことも、思えばほんの一部しか知らない。どんな過去があり、どんな志があって、どんなことができるのか。きっと知らないことを後悔する。そんな気がした。
しかし今は雑談をしている余裕はないと切り替え、周囲を見渡しながら伝えた。
「やはり平原などの目立つ場所に魔女の根城はありませんね。ワタシも土地の地形などは知っていますが、蛮族も生物、数年も経った今ではどこに何が潜んでいるのかわからないことの方が多くて・・・」
「闇雲に探索しても危険なだけだ。此処にいる、可能なら知性のある蛮族から話を訊ければいいんだが」
「だったら夜じゃねぇか?野営して、寝静まった頃に襲ってくるヤツがいるなら、そりゃあオレたち人族の大半が昼行性だって知識のある蛮族だ。危険はあるが、ブリザーデの言う通り、闇雲に探して体力を消耗するよりはまだそいつらから話を訊く方が可能性は高ぇ気がするぜ?」
「おっ、グッドアイデア!」
「なら、テントは三つ張ろうか。一つ作戦があってね。光源は貴重だからとあまり実践されない作戦だけど、此処には太陽神を信仰する神官、アタシがいる。任せてくれないかい?」
ワタシを含めた五人は、クロックの提案に賛成した。
しかし、テントを張るのは夕方、それまでに野営場所を見つけなければならない。この危険な蛮族大陸では人族が野営できる場所を見つけるのは一苦労だ。
ワタシは僅かな土地勘と地図を頼りに、必死になって野営場所を探した。
この広く穢れた平原を何時間と歩き回った。その間、何度も蛮族からの襲撃を受けた。ゴブリン、コボルト、フッドから、ダガーや剣、弓、魔法などで様々な攻撃を仕掛けられたが、ワタシたちの連携と、なにより彼女らの強さは、ソレを物ともしなかった。
もう夕日すら沈む頃、やっとの思いで見つけた場所は、巨大な岩の陰だった。
「この場所が一番マシかと思います。この場所も、完璧には程遠いですが・・・」
「無い物強請りをしてる時間はない。クロックの指示に従ってテントと準備をするぞ」
ワタシとブリザーデ、アデリアが組み立て式のテントを取り出すと、クロックは指示を始めた。
「じゃあまず、テントとテントの間には二十メートル程の間隔を空けて設置しておくれ。灯りはアタシが魔法を使って灯すから、空のランタンだけを置いておいて欲しいかな。可能なら左右のテントに二つずつ、中央のテントには一つだけ」
指示通りにテントやランタンを準備し終わると、ワタシは尋ねた。
「どのテントに誰が寝るんですか?二人組を作って寝る場合、一人余りますよね?誰が一人に、なるんでしょうか?」
「ん?そうだね・・・」
クロックはワタシのそばに近づくと、肩をポンッと叩いた。
「キミに任せてもいいかい?」
「わ、ワタシ・・・ですか!?」
「知性のある蛮族は手強い。だからこそ、危険を回避して事を終えたい。そのためには、キミが一人で中央のテントに居る方がいいんだよ。マゼンタ、キミが肝なんだ。任せてもいいかい?」
ワタシの心は、一人になる不安よりも、必要とされたことへの喜びでいっぱいだった。
熱の入ったワタシの心は、僅かに残った不安をも燃やし、自分の首を縦に振らせた。
「はいっ!役に立てるなら、ワタシ、やります!」
「よく言ってくれた。では、中央のテントにはマゼンタ。左右のテントにはそれぞれ、ガレアとブリザーデ、アデリアとアタシの組み合わせで入るように。食事はテントの外で一緒に食べるから安心していいよ」
「わかってんなぁクロックさん!やっぱ飯は集って食うのが一番だぜ!全員分の酒も用意してあるんだ!蛮族大陸だか何だか知らねぇが、空気に負けてちゃ敵には勝てねぇ!盛り上げていこうぜ!」
「別に心を鼓舞するためじゃないんだけどね・・・。それと、お酒はほどほどにしなよ?緊急時に酔って動けませんは通用しないからね」
「わ、わかってんよぉ・・・。今日はこの水袋一杯分だけにしとくぜ・・・」
酒の入った水袋を大事そうに抱き締めながら、ガレアは物寂しそうに小さく喉を鳴らした。
その光景を、まるで夫婦のようだと笑いながら、ワタシたちは焚火と食事の準備を始めた。
保存食と水袋を用意し、薪や枝などが少なかった為、クロックの魔法“太陽光”を暖と光源として使用した。
灯りが生まれた瞬間はとても眩しかったが、クロックが出力を調整すると、オレンジ色の暖かい光が程よく周囲を照らした。
「文字通り“太陽光”だからね。温もりがある灯りなんだよ。流石に何かを焼いたりはできないけれどね」
灯りの前にワタシたちは座り、各々が持ち込んだ食糧を食べ始めた。
ガレアが配った酒入りの水袋を、ちびちびと口に運びながら、ワタシは目の前にある“太陽光”の温もりに浸っていた。
「温もりがある光源・・・。ワタシはこういう灯り、結構好きです」
「ねーっ!太陽神を信仰する神官は数あれど、やっぱりクロックの灯りが一番優しくて、あったかいよぉ!調整が下手くそで最初眩しくなっちゃうことには目を瞑るとしてね!」
「・・・嬉しいことを言ってくれるね、アデリア。でも恩恵とその使用者の間に、使用者の意志は介在しない。優しいと感じたなら、それはきっと太陽神様への誉め言葉になるだろうね」
「どっちでもいいじゃねぇか!神が優しかろうがクロックさんが優しかろうが!どの道、クロックさんが居なきゃこの光源は無かったわけだしよ!感謝してるぜ!」
「ワタシも感謝しています!その、今回の冒険は、一人も欠けちゃいけない気がして・・・。だからクロックさんのような一流の治療者が居てくれて助かっていますし!この光源も、作戦も用意してくれて、とても心強いです!」
アルコールのせいか、ワタシたちの言葉のせいか、火照った顔を両手で抑えながら、クロックはブツブツと呟いた。
「・・・キミたちの方が余程温かいよ。アタシの魔法なんかよりずっと」
その声は、誰にも聞こえることはなかった。
作戦会議と食事を終え、各々がテントに帰っていく中で、クロックとワタシだけは灯りの前に座っていた。
太陽光を眺めながら、共に黄昏ていた。
コソコソ、とクロックの隣へ詰め寄ると、クロックは光を見ながら尋ねた。
「なにか用かい?作戦の再確認なら、また伝えるけど?」
「い、いえ!作戦はしっかり理解しました。それとは別で、訊きたいことがあって」
「なにかな?答えられることなら答えよう」
ワタシはクロックの腕へと視線を移して、尋ねた。
「その傷は、どうされたんですか・・・?」
「・・・ッ」
驚いた様子で腕を隠すクロック。しかしその腕には、確かに傷跡があった。
ほとんど完治しているように見えるソレだったが、明らかな腫れがあった。相当深い傷を負ったのだとわかるほど大きく、沢山のミミズ腫れが腕にびっしりと浮き出ていた。
「いつから、気づいていたのかな?」
「出発前です。偶然見えてしまって、訊くべきか悩みましたが、訊くことにしました」
貰った酒を一口飲むと、クロックは腕のミミズ腫れを撫でながら語った。
「この傷は自分でやったものだよ。治療もね。綺麗に治したつもりが、まさかこんなに跡が残るなんて思わなかったよ。治療者として失格だね」
「どうして、自傷なんてしたんですか?もしかして、あの時救えなかったことを悔やんで・・・?」
「だとしたらどうなんだい?その程度で自傷行為に及んだのかとを笑うかい?」
「そんな、笑いませんよ!ただ、そこまで自分を責めなくてもいい気がして・・・。クロックさんは全力で患者さんに向き合いました。その結果もあって、患者さんは笑顔で、感謝を残して去って行きました。確かに、去ってしまったことは辛いかもしれませんが、最後を幸せに迎えさせることができただけでも・・・」
ワタシの言葉を遮るように、クロックは叫んだ。
「幸せに死ねたから悔いないと思うのかいッ!?時のせいだからッ!!誰のせいでもないからッ!!辛くないと思うのかいッ!?そんなわけがあるかッ!!天寿を全うしようともッ!!バケモノの餌になろうともッ!!皆に讃えられ死のうともッ!!誰かが死ぬのは・・・悲しいに決まってるだろうッ!!死に方なんて・・・関係ないんだよ・・・ッ!!」
この人は、誰よりも失うことが怖かったのだ。
それは失った経験から来たトラウマなのか、迫り来る別れへの恐怖なのか、まだわからない。
ただ、話を聞いたワタシは、クロックが何故、頬に時計を描いているのかがわかった。
彼女は、進む時間が嫌いなのだろう。時は全てを塵にしてしまう。物、記憶、生命、大切なもの全てを奪い去る。だからこそ、描いたのだ。
決して動くことのない、進むことのない、絵の時計を、頬に残しているのだ。
「どれだけ努力したって、どれだけ食いしばったって、何一つ失わずに生きていくなんて無理なんだよ・・・。失う数を減らそうと努力をしたって、ゼロにはできないんだよ・・・。少し、ほんの少しだけは、絶対に消えてしまうんだ・・・」
「クロックさん・・・」
必ず失ってしまう現実を覚悟しながら、何も失わない努力をする二律背反に、彼女は何度苦しんだことだろう。そして、覚悟などできぬまま失ってしまった過去が幾つあることだろう。
褐妖精族の彼女の寿命は三百年以上と、他の種族の倍以上ある。時が経てば、必ず友や仲間の死を目にすることになる。確実に迫り来る哀しみ。クロックの人生には、“生き地獄”という言葉が一番当てはまった。
「マゼンタ、憶えておくといい。何も捨てずに得られる物はないんだよ。一を欲すれば、一以上の何かを捨てなければならない。それは、十かもしれない。百かもしれない。そして、何を得るかの選択はできても、何を捨てるかの選択は出来ないことの方が多いんだよ」
「何を捨てるかは、選べない・・・ですか」
彼女の言葉に、ワタシは一つ恐ろしい想像をしてしまった。
クロックは、今回の依頼を利用して、不老不死薬を、そのレシピを奪う気なのではないかと浮かんでしまったのだ。
今の彼女にとって、得る物とは、不老不死薬を指し、捨てる物とは、ワタシたちと築いてきた関係なのではないか。考えたくはないが、だとするなら辻褄が合ってしまうのだ。
喪失を最も恐れる彼女にとって、関係を捨てることなどしたくはなかったことだろう。だが、捨てなければ、もっと多くの別れを体験することになる。少数を捨て、多数を拾う。そんな苦渋の決断を迫られる自分を理解して欲しいという気持ちが、言葉のあちこちから感じられた。
「・・・ぁ、ッ」
真偽を確かめる言葉も、引き留める言葉も、思いつかなかった。
ワタシはただ、クロックの言葉を待つことしかできなかった。
「取り乱したね。ごめんよ。この話はここで終わり。早くテントに戻って、準備をしておきなよ」
返事を聞くより早く、クロックは灯りを消し、自分のテントへと戻った。
じんわりと消えていく光を最後まで見つめ、ワタシも真ん中のテントへと帰った。
作戦通り、ワタシは両隣のテントの灯りが隠れるまで、自分のテントの灯りは布で隠さずに待機していた。
横になっては眠ってしまうと、背負ってきたカバンを背もたれにし、脱力しながら考えた。
「クロックさんのこと、皆さんに伝えた方がいいんでしょうか。でも、クロックさんが違うと言えばそれまでですし、なにより仲間を疑いたくないです。この選択を間違えると、取り返しのつかないことになりそうです。どうしたら・・・」
一人で悩んでいる内に、右のテント、左のテントと灯りが隠れた。
ワタシはそれから数秒後、大慌てで太陽光を宿したランタンを布で覆い、灯りを隠した。
寝息を意識し、深呼吸を繰り返す。吸って、吐いて、寝返りのようなゴソゴソという音を交えたり、ワタシは眠っていると思わせるような音を立て続けた。
するとやがて、ザスッザスッと、集団の足音がこちらへと近づいて来るのが聴こえた。
テントの隙間から覗き見ると、それが蛮族の集団であることがわかった。魔法を使うグレムリンが一匹、巨大な肉体のオーガが二匹、棍棒を持ったゴブリンが二匹。一番知能があるのは、魔法を使用するグレムリン。他の四匹は参謀に従う駒、といったところだろうか。思考を巡らせながら、ワタシは気づかれぬよう隙間から目を離し、寝息の真似を続けた。
蛮族たちの足音は、一直線にワタシのテントに向かってきた。しかし不思議なことに、テントを乱暴に壊すことはせず、入り口の前で立ち止まった。
本来、荒事を好む蛮族の行動としては不自然、だがグレムリンを司令塔に据えているなら合点がいく。敵の戦力がわからないから、少数ずつ暗殺しようと目論んでいるのだ。
パタリッ、と体を寝かせ、眠るフリを続ける。ゴブリンたちが入り口をめくり上げ、ワタシの様子を伺う。体格のいいオーガ二匹は両サイドのテントからの邪魔に備えて見張り、グレムリンは持ち前の羽を使い空中から監視していた。
眠るフリをするワタシに気が緩んだゴブリン二匹は、テントの中へと侵入し、目を瞑るワタシの肌を下品に舐めた。
「ひ・・・ッ!?」
我慢できず目を開ける。目の前には、ワタシを雌として嗜もうとするゴブリンたちの姿があった。
起き上がろうにも、二匹分の体重がワタシを抑えつけ動けない。叫ぼうとすれば、悪臭漂うその手で口を塞いできた。
このままでは、作戦が失敗してしまう。身に纏う修道服を破られながらも、必死に打開策を考えた。
どうにか、どうにかランタンから布を外さなければ、光を出さなければ。しかし、抑えつけられ、布まで手が届かなかった。
動くワタシを鬱陶しく思ったのか、命令を思い出したのか、ゴブリンはワタシの首を抑え、棍棒を振り上げた。
右手の拘束が外れた瞬間、棍棒が頭蓋骨を砕くより早く、ワタシは右手でゴブリン一匹の頭を掴み、凄まじい電撃技を浴びせた。あの時、ブリザーデには避けられた雷魔法『ブラスト』だ。
鳴り響く雷鳴。眩く光る電光。黒焦げになったゴブリンを引き剥がし、横に寝かせると、もう一匹のゴブリンは慌てて外へと逃亡を図った。
しかし、外へと出るなり、倒れるオーガたちの巨体に潰され、ゴブリンは絶命した。
そう、オーガは倒されていたのだ。安全を確認しながら外へ出ると、そこには四人の姿があった。全員がテントから出て、血に濡れた武器を構えていた。
「電光で示してくるとは思わなかったよ。伝わったから良しだけどね」
「あぁぁ、オーガの牙は売れるから残そうとしたのに、ちょっと叩いたら潰れちゃったぁ。まっ、いっか!」
「あそこで飛んでるグレムリンが司令塔か!作戦は良かったが残念だったなぁ!こっちの作戦の方が上だったんだよ!」
「煽るなガレア。アイツを取り逃がせばコチラの負けだ。まだ勝負はついていない」
全員の無事が確認でき、安心も束の間、空中のグレムリンがこちらへ魔法を放った。斬撃のような鋭い魔力が、ワタシたちに向け無数に射出された。
しかし、クロックがその魔力を、橙色の熱を帯びた魔力で薙ぎ払えば、斬撃はドロリと溶け落ちていった。
焦りを隠せないグレムリンは、力量の差を感じ、羽ばたいて逃げ出した。
逃がすわけにはいかないと、ワタシはガレアに手を差し出した。
「あの時の力でワタシを投げてください!」
「オーライ!とっ捕まえて来いッ!!」
ガレアはワタシの手を掴み、飛行するグレムリン目掛けて投擲した。
飛行速度の速くないグレムリンにワタシはすぐに追いつき、その羽を掴んだ。
飛行能力が使えないワタシと、封じられたグレムリンは重力に身を委ね、共に落下した。
ドボンッ、落下地点は硬い地面ではなく、汚れた池だった。
「ゲッホッ、ゴホッ!ちょっと飲んじゃいました・・・。あっ、逃がしませんよっ!お話を訊くまではっ!」
水中でバシャバシャと暴れるグレムリンを両手で捕縛すると、知性があるからか、蛮族の言語で喋り始めた。
「~~~~~~~~~~~~~~~!~~~!~~~~~!」
「なんですって?“俺たちはただ献上できる品が欲しかっただけ?”献上品ということは、自分より上の人に差し上げるんですよね!もしかして、その人は魔女ではないんですか!」
「~~~~~~!~~~~~~~~~!~~~~~!」
「違うんですか?“届けてるのは蛮族の集う穴倉。そこに怪物が居て、届けないと酷い目に遭わされる”んですか。わかりました。では、その穴倉まで案内をしてください!」
全力で首を横に振るグレムリンに、ワタシは少し声色を変えて語った。
「もう直、ワタシの仲間たちも到着します。ワタシが提示したこの条件を呑まなかったとなれば、きっとアナタを死より恐ろしい目に遭わせることでしょう。しかしどうでしょう、穴倉へと案内をすれば、延命できますし、例えワタシたちが用済みのアナタを殺そうとしても、穴倉の蛮族と協力することで生き延びられる可能性がある。そうは思いませんか?」
ガクガクと震えるグレムリンは、何かに動かされるように首を縦に振った。
「ありがとうございます!では、皆さんの到着を待ちましょうか!」
池から共に出て少し経つと、四人はワタシとグレムリンも下へと駆け寄ってきた。
「おーい!大丈夫かぃぃ!!マイハニーッ!!」
「はい!大丈夫です!それと、グレムリンから情報を得たのと、協力を取り付けました!今から皆さんに説明しますね!」
ワタシは得た情報、そして協力内容を語り聞かせた。
グレムリンたちは蛮族の集う穴倉に棲む怪物に献上する品を得る為にワタシたちを襲ったこと、穴倉にいる蛮族の中に魔女に通じる情報を持つ者が居るかもしれないこと、グレムリンが穴倉までの道案内をしてくれること、全てを話した。
すると、グレムリンはワタシたちからの逃走を図り羽ばたこうとしたが、見逃さなかったブリザーデは、その脚を掴み、縄を括りつけた。
「一度目は許す。二度目は捕縛。三度目は命を潰す。今は二度目だ。そう伝えろ」
ワタシはブリザーデの言葉を翻訳し、グレムリンに伝えると、何度も首を縦に振った。
「さて、まだ我々は睡眠を取れていないからね。交代でグレムリンを見張りながら寝るとしよう。グレムリンが一匹居れば、そこはソイツの縄張りだと認識して、他の蛮族は寄って来ないだろうしね」
クロックの指示に従い、ワタシたちはグレムリンを連れ、テントへと帰り眠りに就いた。
数時間ごとに起きて、グレムリンの見張りをしながら、ワタシたちは朝を迎えた。
テントを畳み、食糧を食べていると、グレムリンからグゥゥっという空腹の音が鳴った。
皆、グレムリンへ情を向けることはなく、放置していた。同族の好か、少し可哀想に思えたワタシは、持参していた干し肉を一切れグレムリンに渡した。
グレムリンは、干し肉を美味しそうに頬張ると、ワタシの肩を叩いて尋ねた。
「~~~~~?~~~~~~、~~~~~~~~~?」
「質問ですか?えぇっと、“竜人族が作戦と言ってたが、どんな作戦だったんだ?”うぅん、皆さん、グレムリンさんが今回の作戦を知りたがっているそうなんですが、教えてもいいんですかね?」
「この作戦はクロックの案だ。クロック、どうなんだ」
「別に構わないよ。今回の作戦はマゼンタが居たから成功率が跳ね上がったわけだし、蛮族が知っても真似はできないだろうしさ」
「ありがとうございます!では、教えますね?」
許可が下りると、ワタシはペンと紙を取り出し、図解しながらグレムリンに教えた。
「まず、三つのテントを張り、中央のテントに注意を寄せるために、何故か狙われやすいワタシを一人置き、敵がそれぞれのテントに何人居るかを自然に判別できるように人数分のランタンを照らしました。知性のある蛮族なら、確実に仕留められる一人のテントを最初に襲撃すると思いました。しかし、両サイドからの妨害も考えられる。だから集団の数匹は警戒させるために左右のテントを見張らせるでしょう。そうなった場合、真っ先に行動に出るのは警戒要員ではなく、中央のワタシを襲う暗殺要員。だからワタシが襲われた際は“光と音で襲撃を知らせる”役割を担っていました。危うく失敗しかけましたが、双雷神様の恩恵に救われました。知らせたら後はカウンターです。分散してる警戒要員を倒し、中央テントにいる残りを袋叩きにするだけです」
作戦が描かれた紙をまじまじと見つめながら、グレムリンは何度も頷いた。
「~~~!~~~!~~~~~~!」
「クロックさんの作戦凄いって言ってますよ!確かに凄いです!まさかこんなに上手くいくなんて!」
「そんなことないよ。作戦とは謂わば理想、本当に凄いのはその理想を現実にする仲間たちさ。それとマゼンタ、キミにこの忠告をするのもおかしいが、あまり蛮族と馴れあわない方がいい。その甘さを突かれて散っていく冒険者もいるんだからね」
「わ、わかりました・・・」
食事を終えると、ワタシたちはグレムリンの案内に従い、冒険を再開した。
穢れた平原を抜け、不気味な沼地へと入った。途中何度も蛮族やアンデッドからの襲撃を受けたが、グレムリンを守りながら突破した。
グレムリンの「もうすぐ到着する」という言葉を翻訳し、皆へ伝えると、クロックは皆を立ち止まらせた。
「ちょっと待っていて。ここは野伏のアタシが入り口までを偵察してくるよ」
「一人じゃ危険です!ワタシも行きます!」
「いいんだよ。戦闘をする気はないし、偵察を複数人で行えば、気配で気づかれるかもしれないからね」
気配を消し、沼地の淀んだ空気に溶け込み、奥へと進んでいくクロック。追いかけようとしたワタシを、ブリザーデは止めた。
「足手纏いになるだけだ。それに、今のオマエじゃ隠密状態のクロックを追えない。やめておけ」
「でも、蛮族大陸は危険ですし・・・」
「だからこそクロックは最適解を選んだ。仲間を信じろ。昨日今日知った仲でもないだろう」
その言葉に、ワタシはクロックの向かった方角を見つめながら、コクリと小さく頷いた。
クロックの居ない状況で、ワタシは昨日のクロックとの会話を思い出した。同時にワタシの中に浮かんだ恐ろしい想像、これを伝えるべきか否かを悩んだ。
彼女が不老不死薬を、そのレシピを狙っているのではないかという疑念。ワタシたちを切り捨てようと考えているかもしれない不安。真偽は定かではない。しかし、事が起きてからでは遅い。伝えるなら今しかないと思った。
「あの、皆さんに、伝えたいことが、あって・・・」
ワタシの言葉で集まる視線。告げようとした口が固まる。これもまた取捨選択なのではないかと、悩みが心で渦を巻いた。
依頼達成の為に、クロックを切り捨てる選択なのではないか。打ち明けることで自分を楽にしたいだけではないのか。罪悪感がワタシの呼吸を荒げさせた。
そんなワタシの肩や背中を、ポンッと皆が叩いた。
「言えないことを吐き出そうとするな。今口にできることだけでいい」
「そうだよぉ!言いたくなってからでも、言えるようになってからでもいいんだからぁ!」
「まだまだ未熟者だってのに抱え込み過ぎなんだよ!頼れ頼れ!オマエが掴み取った友情だ!使わなきゃ損だろうが!」
「み、皆さん・・・っ!」
胸がキュッと締め付けられる。それは苦しい感覚より、覚悟を決めさせるような冴える感覚を与えてくれた。
嗚呼、ワタシには、掴んだ友情があるんだ。
「っ・・・。では、お話があります」
「皆さん、どうか___________________________!」
ワタシは語った。ワタシの気持ちを、想いを。その言葉に皆はどう思ったかはわからない。ただ、その言葉を聞いて尚、ワタシから離れる者は居なかった。
これで良かったのか。疑問は残る。しかしもう考えても仕方がない。時は戻らないと覚悟を決め、ワタシは皆と一緒にクロックの帰りを待った。
数分後、クロックは戻って来た。戦闘をした様子はなく、怪我も無く、ワタシはホッとした。
「穴倉を見つけたよ。天然の洞窟を蛮族なりに改造して、住処としているみたいだね。入り口に見張りはなし。道中に罠もなし。奥の状況までは把握できていないから、警戒は怠らずに」
「なるほどな。なら、グレムリンは此処で逃がそう」
縄を解くブリザーデの様子に驚くグレムリン。ワタシは蛮族の言語で説明した。
「穴倉の入り口で逃がせば、声で仲間を呼ばれる可能性があります。それに、少し残酷な言い方になりますが、殺す時間が惜しいんです。だから此処で逃がすんです。いいですか?妨害などはしないでくださいね?」
羽ばたき、穴倉とは別の方向へと飛び去って行くグレムリン。一度だけこちらを振り返ると、何かを伝え遠ざかって行った。何を伝えたかは、遠くて聞こえなかった。
縄を片付けると、ブリザーデはガントレットを装着した。既に装着しているワタシはいつでも向かえると頷く。そしてワタシたちは、穴倉へと向かった。
穢れのこもった異臭を放つ穴倉の入り口。言葉通り、見張りはおらず、中からは蛮族たちがはしゃぐ声が聞こえてきた。
「太陽光。全員のランタンに灯すよ」
クロックが唱えると、ワタシたちの持つランタンが光り、光源となった。
暗い穴倉を照らし、ゆっくり、ゆっくりと奥へと歩む。不用意に気づかれてはならない。だからこそ、無駄な音を立てないよう心掛けた。
少し奥へ進むと、いくつかの空間への入り口を見つけた。それぞれが一つの部屋として使用されているかのように、壁に配置されていた。
しかし一つ、奥にある大きな部屋にだけ相応の扉が設置されており、蛮族たちの声はその奥から聞こえた。
蛮族が居るなら奥からと、一番近くの部屋を通り過ぎる瞬間、偶然外に出てきたゴブリンと鉢合わせた。
他の全員が焦る中、ブリザーデは、ゴブリンがワタシたちを認識するよりも速く、死角に入り、その首をへし折った。
絶命したゴブリンを適当な岩陰に隠すと、蛮族の歓声が聞こえる大きな扉の前に立った。
「気を引き締めろ。この先には蛮族は何十と群れている。気を抜けば死ぬぞ」
「は、はい・・・っ」
ワタシとブリザーデは扉に手を掛け、他の三人は武器や魔法を構えていた。
「せーのっ!」
ワタシの合図で同時に開かれる扉。その先には、意外な光景が広がっていた。
何十といるゴブリンなどの下級蛮族たちが、一人の男が座る玉座の前で、冒険者から剝ぎ取ったであろう装備や装飾品を差し出しているのだ。
男は一見“人間”に見えるが、遠目からでもわかるほど頬や手の甲に竜のような鱗が見えた。それらを隠すようにか、ブカブカの衣服で肌の露出を極端に避けていた。
扉の開かれる音を聞いた下級蛮族たちは、ワタシたちに殺意と得物を向けながら威嚇のような声を上げた。
しかし、男が玉座から立ち上がると、下級蛮族たちは従順にも道を空け、跪いて男をワタシたちの下へ通した。
「ぇ、ぇ?争う気は、ないんでしょうか・・・?」
「油断はするな」
ガントレットを装着した拳を下ろすワタシに、ブリザーデは再び構えさせた。
やがて、ワタシたちの目の前にやってきたその男は、頬の鱗を掻きながら喋り始めた。
「人族が何の用だよ。ここは俺の穴倉だ。討伐しに来たんなら相手になるけど?」
人族の言語で話しかけられたことに、ワタシは驚いた。
そして彼から感じる、強者の感覚。ブリザーデやアデリアさんと同じレベルの力を感じた。
そんな男に物怖じせず、ブリザーデは冷たい眼で相手を睨みながら尋ねた。
「オマエが穴倉の怪物か?」
「怪物?あぁ、此処に並んでる奴らの中じゃあ一番強い。あと怪物って呼ばれんのは嫌だ。俺には“オール”って名前があるんだよ。つーか、こっちの質問に答えろ。お前たちは何で此処に来たんだ」
蛮族らしく言葉よりも先に手を出して来ると思ったが、話が通じる相手と出会えたことでワタシは安心した。
ブリザーデが返事を返そうとしたが、今の調子で口下手を発揮されては敵視されかねないと思い、「ワタシに任せてください」と前に出た。
「初めまして、ワタシはマゼンタです。蛮族の半蛇人ですが、訳あって今は人族側に就いています。ワタシたちが此処に来た理由は、オールさんや他の蛮族を討伐するためではありません。ある薬に関する情報を尋ねるためです」
揺らす尻尾を一目見ると、オールはある薬という言葉だけで気づいたのか、すぐに返事を返した。
「不老不死薬のことだろ?どうせ」
「知ってるんですか!?」
「知ってるも何も、俺は被験者だ」
唖然とした。既に不老不死薬を取り込んでいる個体だということ、取り込んで尚理性を失っていないということ。純度が上がっていることは覚悟していたが、それでもこの目で確かめると驚きを隠せなかった。
被験者ということを知った上で、オールの頬や手にある鱗を再確認したガレアが、今度は尋ねた。
「オマエ、種族はなんだ?竜人族にしちゃ竜としての特徴が薄い。かといって人間みてぇなプレーンな種族には見えねぇ。一体その鱗はなんだってんだ?」
すると、オールは頬の鱗を一枚ベリベリッっと剥がした。
赤黒い血を吹き出す頬、しかしその傷は一瞬で塞がり、傷口からは同じ鱗が再生した。
「俺は、捨て子の人間。拾ってくれた魔女の、不老不死薬の実験に手を貸して、副作用で鱗が生えた。それだけ」
捨て子と聞いた瞬間、クロックの真剣な表情が変わった。
まるで我が子のように同情するような、いや、同情したいような、憂い顔を浮かべていた。
何かを口にしようとしたクロックは、その口を一度噤み、少し言葉を整理して尋ねた。
「色々教えてくれてありがとう。お互い敵意がないことが証明できただろうし本題に入ろう。此方は不老不死薬を求めてる。もし、魔女の居場所を知っているなら案内して欲しいな」
「敵意があろうが関係ないな。“魔女を探してる者は、誰であろうが連れて来い”それが魔女からの指示だ。それに、お前らが敵なら、俺が全員殺すだけだ」
オールはワタシたちの間を抜け、扉の外へ出ると、下級蛮族たちにハンドサインを出した。
すると、後を追おうとした数匹の蛮族がその場で止まり、オールと、その後ろを追うワタシたちを黙って見送った。
穴倉を抜け、沼地を再び歩き出す。ブリザーデとガレアがオールを見張る為に隣を歩き、クロックとアデリア、ワタシの三人は少し離れた後ろからオールたちの背中を追った。
オールの細かな動作を観察していたアデリアは、小さな声でワタシたちに伝えた。
「あの子、多分だけど軽戦士だねぇ。それも、奇襲を得意とするタイプかなぁって」
「えっ?どうしてわかるんですか?」
「まずは服装。最初は鱗を隠すつもりかなと思ったんだけど、それにしては雑過ぎるんだよねぇ。手の甲もガントレットや手袋で隠せるはずだしぃ、頬の鱗も服の襟を立てればある程度隠せるのにしてないから妙だなぁって。確信したのは袖に見えた傷かなぁ。鋭い刃物で切れた痕があったんだぁ。それも不自然な痕でね?袖の内側から刃物でも出さないとあぁはならないかなぁ。袖に仕込める刃物を扱うのに重戦士の技術はいらない。手の鱗を隠すって理由を用いてガントレットを装着もできるのにしていないから拳闘士の可能性も低い。だから軽戦士かなと思ったのぉ。これで外れてたら恥ずかしいなぁ!アハッ!」
「やっぱりアデリアさんたちは洞察力が鋭いですね・・・!ワタシなんて隠すためにブカブカの服着てるとしか思いませんでした・・・!」
「警戒すべきはそれだけじゃない。オールが去り際に蛮族に出した指示と、下級蛮族たちの従順さの秘密、この二つもだよ。もしオールが出した指示が、待機以外だった場合が怖いよね」
「確かに、口じゃなく敢えて手で指示を出したところを見るに、裏があってもおかしくないです。それに、あの蛮族たちの従順さ。恐怖や力で従わせているような感じじゃなかったです。まるで、思考そのものが書き換えられているような・・・」
「オールか、はたまた魔女にかはわからないけど、洗脳のような術があるのかもしれないねぇ。だとしたら、ウチらも危ないから気を付けようねぇ?」
「はいっ!」
情報共有と推測をヒソヒソと語り合い終わると、今度は前列の三人が会話をしていないかを探るべく沈黙した。
すると、オールが二人に尋ねる声が聞こえた。
「あの半蛇人以外の、お前ら全員の名前も教えてくれ。案内までしてやってるんだ。そのぐらいはいいだろ?」
「ケッ、魔女の使いっ走りしてるだけじゃねぇか。まぁいい。オレはガレア。後ろの奴らは、頬に時計のタトゥーを入れてる褐妖精族がクロックさん。小っちゃいがデカいハンマー持ってる矮人族がアデリアさん。安物のガントレット着けた半蛇人が、さっきも名乗ったマゼンタだ」
「ふぅん、ガレアにクロック、アデリア。それで、お前は?多分、他の四人よりも強いだろ」
ブリザーデは、悩んだのか少し間を置いて名乗った。
「ブリザーデ、人間だ」
「ブリザーデ?もしかして、アンブラッセ大陸の英雄の、ブリザーデか?」
「そう呼ばれているが、それほどの偉業は為していない」
「半蛇人の王“イエロ”が仕向けた屍軍勢から、単独でアンブラッセ大陸を守ったって噂だ。本当なら英雄視されてもおかしくはないと思うけど」
「英雄という肩書きには何度も苦しめられている。例えそうだとしても、あまり呼ばれたくはない」
「変な奴だ。讃えられているなら利用すればいいものを」
ブリザーデの力量を会話の中で測ると、オールは真剣な顔で前を見据えた。
「それでも敵なら、俺が殺す」
意外な一言に驚いたブリザーデは、その横顔を一目見た。
しかし表情を崩すことなく、ブリザーデは同じように前を見据えた。
「敵でないことを祈ろう。お互いに」
いつかは戦う定め。それをわかっていても尚、彼女は不器用に嘘を吐いた。
悟ったオールは、それ以上喋ることはなかった。
数時間歩き続けた先、月が顔を出し、暗くなった頃に、オールは足を止めた。
それに合わせてワタシたちも立ち止まった。そこは、大きな館の前だった。
苔や汚れは一切見受けられない清潔感のある二階建ての館。二階の窓からは、此方に微笑みながら手を振る女性の姿があった。
それに気づいたワタシは、オールに尋ねた。
「二階に居る彼女が、不老不死薬を製造している魔女さんですか?とても、悪い方には思えませんが・・・」
「あぁ、アレが魔女“ミクサー”だ。あの感じ、歓迎するそうだ。入れ」
促されるまま、ワタシたちは館の玄関扉を開け、中へと入った。
外見が嘘ではないことを証明するように、中も清掃が行き届いており、人族の宿と言われても誰も疑わないほど装飾品も丁寧に飾られていた。
ワタシたちの入館に気づくと、中央の大階段から、黒いゴシック調のドレスを纏い、魔女“ミクサー”が降りてきた。
「いらっしゃいませぇ。ワタクシ、この館で様々なポーションを製造しているミクサーと申しますぅ。人族の方々がやって来るのはとても珍しいのですがぁ、アナタ方も、不老不死薬を求めて遠路はるばるこの館までいらしたのでしょうかぁ?」
「うんうんっ!そうだよぉ。やっぱり不老不死って憧れるからさぁ!あっ、でも値段交渉の前にまずは実物があるかの確認はさせて欲しいなぁ!敵味方も種族も関係なしに、これは商売人として当然の義務だから応じてくれなきゃ困っちゃうなぁ?なんてぇっ!」
慣れた口捌きで交渉を始めたアデリア。わざと腰を一振り、巾着袋に入った大量の金銭を鳴らした。
するとミクサーはクスクスを笑みを零しながら、アデリアに尋ねることを示すように手を差し伸べた。
「では、もしその義務を放棄した場合、ワタクシはどうなってしまうのでしょうかぁ?」
「蛮族社会にキミの悪評が流れ出すことになるかなぁ!“ミクサーという魔女は品も見せずに買い手を騙す蛮族らしい詐欺師”っていうねっ!人族の話は戯言で済まされちゃうだろうけど、蛮族の半蛇人が流す噂なら、それなりの範囲に響くんじゃないかなぁ。地震みたいにねっ!」
ワタシのことが会話の中に出たことに驚いた。しかし、確かに有効だと思った。
蛮族の中には、ミクサーの製造する“別の商品”を求めてくる者もいるだろう。しかし、蛮族のワタシが噂を流せば広まり、やがて別の商品は疎か、不老不死薬さえ売れなくなってしまう可能性があった。
相手の立場、自分の立場、言動から得られる情報、そして度胸。それらが無ければこんな敵を煽るような交渉はできない。戦力以前に、経験や知識量でアデリアはワタシの遥か先にいるのだと再認識した。
「ホホホッ、それはとても困りますねぇ。商売は信用が命、その点は人族とも差異はないのでぇ。えぇえぇ、もちろん商品の方を確認する時間を設けましょう~。ただ一つ、ご購入に際しての条件がありますのでぇ、商品のご確認後、ご購入が決定されましたら伝えさせていただきますねぇ?」
「条件?なんだか怖いなぁ」
「大丈夫ですよぉ。必ずご購入前に済むものですしぃ、ご購入されないようでしたらその条件は決して適応致しませんのでぇ」
ニコニコと笑みを絶やすことなく、ミクサーはオールに指示を出した。
「オールちゃん?玄関の見張りをお願いできるぅ?お客様が来てるのに、茶々が入ったりしたら困るからぁ」
「任せろ、ミクサー。絶対に誰も通さん」
その言葉にクスリと笑うと、「うんうん、えらいえらい~」とオールの頭を撫でた。
恥ずかしがる素振りも、甘える素振りもなく、一通り撫でられると玄関の扉前に向かった。
「ではぁ、商品の方をご確認していただきますのでぇ、どうぞついて来て下さい~」
ミクサーはそう告げ、再び階段をゆっくりと上がる。ワタシたちはその後ろを追った。
案内されたのは、客室だった。
上質なソファーとテーブルが備え付けられ、王族にでもてなされているような感覚を与えてきた。
「どうぞ座ってお待ちくださぁい。お茶とお茶菓子、それから不老不死薬の現物をお持ちしますのでぇ」
「わかった。だが茶はいらない」
「そうですかぁ。美味しい茶葉が手に入ったので振舞いたかったのですがすがぁ。でも警戒するのは仕方ないですよねぇ。わかりましたぁ」
ミクサーは部屋から出ると、隣の部屋に入って行った。歩く音、扉を開閉する音でそれはわかった。
家主が離れた客室で、ワタシたちはヒソヒソと作戦会議を始めた。
「どうやって不老不死薬を押さえますか?持ってきたところを力尽くで、ですか?」
「モノが一つなら考えたが、必ず裏に在庫がある。でなければ義務だからといって貴重な商品を危険に晒すはずもない」
「そ、れ、にぃ。レシピも見つけなきゃいけないんだからねぇ?製造者の思考としては、品よりレシピを重要視すると思う。商品はコストを費やせばまた生産すればいい。けど、レシピを失えば再生産も難しいだろうし、何より他人の手に渡った場合に自分の商品を他人に奪われるリスクだってある。レシピは在庫の不老不死薬より厳重に隠されてる気がするなぁ。もしかすると、彼女自身が常に持ち歩いているまであるかもねぇ」
「現物にレシピに、ミクサーも処理しなきゃいけねぇんだもんな。はぁぁ、滅入っちまうな。獲物から敵意やら悪意やらを感じないのが一番困るぜ。やりにくいったらありゃしねぇ」
「善を斬らなきゃいけないこともある。悪を救わなきゃいけないこともある。善悪のどちらにしても、今回の獲物は狩らなければ、今後、前者の選択を迫られることになり兼ねないよ」
ガレアはしかめっ面で喉をグルグルと鳴らしながら、クロックの言葉を聞き入れた。
冷たいことを言ってしまったという後悔が表れる沈んだ顔を、真剣な表情に切り替え、クロックは再び口を開いた。
「隙があれば野伏のアタシが探すよ。隠密行動が必須だろうからね。ただ、今は無理かな。彼女は音が筒抜けな隣の部屋に居る。それに、薬品一つ持ってくるのにそう時間は掛からないだろうし、お茶を要求しても微々たる遅延効果しか生まないと思うよ。別の隙を窺うしかないね」
「何をするにしても、後にミクサーさんがどういう行動をするかが重要になってきますね。購入に際しての条件も気になりますし」
「それに関しては大丈夫ですよぉ?」
後ろから触れられる頬、ひんやりとした指と爪の感覚が、ツツゥ、とワタシの顎下まで伝った。
「ひッ・・・!?」
慌てて振り返れば、そこに居たのはミクサーだった。
片手に髑髏を模した丸底の瓶を携え、頭の上には一匹の“手乗蛙”を乗せていた。
誰一人、彼女が入室した瞬間を見ていない。まるで瞬間移動して来たようだった。
ワタシを含めた全員が、慌てて立ち上がった。ガレアに至っては、武器に手を掛けていた。
「み、ミクサー・・・さん?一体、どうやって・・・?」
「申し訳ありませんがぁ、その情報は売り物ではないのですぅ。それよりもぉ、大丈夫ですよぉ?条件というのは簡単な面談に応じて貰うだけなのでぇ」
「面談だぁ?何でそんなことしなきゃいけねぇんだ?」
ミクサーは瓶と手乗蛙をテーブルに置くと、飛び跳ねて遊ぶ手乗蛙を余所に語った。
「その理由は後ほど致しますのでぇ。まずはぁ、商品の方から紹介させてくださいぃ。警戒も御尤もですがぁ、アレは単に驚かせたかっただけですのでぇ、申し訳ありません~。ですからお気になさらずぅ、今は座って、実演販売をご覧になってくださいませんかぁ・・・?」
言葉に従い落ち着くべきか否かを他の全員が考える中、ブリザーデはいち早く着席した。
「オマエたちも座れ」
「だ、だけどよぉ!」
「争う理由はまだない。今は黙って座れ」
警戒心は抜けぬまま、ガレアや他の皆はブリザーデの言葉で着席した。
するとミクサーはニコリと微笑み、椅子に座った。テーブルの手乗蛙は、彼女が手招きすると、ミクサーのそばに近づいた。
「ではぁ、これから不老不死薬の実演販売を開始しますぅ。パチパチパチパチィ」
声に合わせて拍手すると、手乗蛙を手のひらに乗せ、瓶の蓋を開けた。
「手乗蛙には、本来カエルにある再生力がありませぇん。一説には、愛されるためにこの大きさになることを望み、代償としてその力を捧げたなんて話もあるんですよぉ?けれど今回の実演販売には打って付けなんですぅ」
取り出した小さな注射器で瓶の中に溜まった水色の液体を吸い取り、ミクサーは手乗蛙の口から不老不死薬を飲ませた。
一瞬、蛙の表面に血管が浮き出るも、それ以外の変化は見られなかった。
「再生力のある生物に飲ませて実演させてもぉ、“それは本来ある再生力を多少強化しているだけではぁ”というお話になりますしぃ。なによりインパクトがありませんからねぇ」
薬を飲ませ数十秒待った後、ミクサーは自分の手のひらに手乗蛙を乗せた。
すると、次の瞬間、ブチュッ、っと手の上のカエルを握り潰した。
人間のモノとはまるで違う血液が、体液が、彼女やテーブルに飛び散った。
ネチョリッ、と広げたミクサーの手のひらには、惨たらしいカエルが息絶えていた。
更にミクサーはカエルの死体から頭部、両手足をもぎ取った。
「ミクサー、さん・・・?カエルだからといって、やり過ぎでは・・・?」
カエルの頭部以外のパーツをテーブルに並べるミクサーに、ワタシは青ざめた表情で尋ねた。
「大丈夫ですよぉ。これから奇跡が起こりますからぁ」
ミクサーはカエルの死体をニマリと笑いながら見つめた。
するとカエルの四肢が、胴体に引き寄せられるように動き、結合した。
しかし、頭部のないカエルはビクビクッと痙攣を繰り返すばかり。戻ろうにももぎ取られた頭部は、ミクサーの手に掴まれ、結合できない状況にあった。
グジュグジュグジュッ、気色の悪い音を発し出したカエルの首。やがて修復不可能だった首が“再構成”され、新たな頭部を持った手乗蛙が、元気にテーブルを跳ね回った。
「ご覧の通りですぅ。不老不死薬は摂取した者の欠損を再結合、結合が不可能なら再構成するのですぅ」
「再結合、再構成・・・。だから老いることもないのかな」
「どういう、ことです?」
手招きしても寄って来ないカエルを諦め、遊ばせながらミクサーは語った。
「欠損とは部位だけの話ではないのですぅ。細胞、分子、電子、原子核に至るまでの肉体構成要素全てにこの力は作用するのですぅ。老化の主な原因が酸化だとすればぁ、年齢に比例して失われていく抗酸化酵素も再構成されるので老いなくなるのですぅ。そのほかにも様々な効果があり不老不死を実現しているのですがぁ、紹介すれば夜が明けてしまいますのでぇ」
「今言われたことすら全くわかんねぇ・・・」
「えっとですね!要は不老不死薬を飲めば、どんな要因で起きた欠損も全て治るので、本当に不老不死になれるということです!」
「なるほどな、大雑把にわかったぜ」
一通りの実演と説明を終えると、ミクサーは、パンパンッ、と再び手を叩いた。
「これにて実演は終了ですぅ。現在、この薬の在庫は三本。価格は一本当たり金貨三十枚となりますがぁ、ご購入なさいますかぁ?」
「「ご、金貨三十枚ッ!?」」
ワタシとガレアは全く同じ驚き方をした。
「金貨三十枚となると、豪邸三軒分ぐらいの価格だねぇ!」
「ま、まぁ確かにな。不老不死になれるって薬だしよ。そのぐらいは・・・。グルルゥ・・・」
誰もが自分の金を出すことを躊躇う中、ブリザーデは三十枚の金貨をテーブルにドンッ、と置いた。
「一本購入だ。面談をするなら早く済まそう」
ミクサーはニコリと微笑みながら、手慣れた手つきで硬貨を数え、ピッタリ三十枚であることを確認すると、持参した巾着袋にしまった。
そしてその巾着袋をブリザーデに手渡しながら言った。
「確認終わりましたぁ。ではぁ、こちらは一度お返ししますねぇ?面談の後、不老不死薬と引き換えさせていただきますぅ」
黙って頷いたブリザーデ。返答を受け取ると、ミクサーは立ち上がり、客室の扉を開けた。
「ついて来てくださいねぇ。面談室へとご案内致しますのでぇ」
ミクサーの案内に従い、ワタシたちは客室を後にし、彼女の言う面談室へと向かった。
と言っても、三十秒程度歩いた頃には、目的の部屋の前に到着した。
その部屋の扉は、他の扉よりも重厚で、一切の音を通さない加工が施されていることが一目でわかった。
「面談はお一人ずつ行いますぅ。そうですねぇ。ではぁ、褐妖精族のアナタからお願いしますぅ」
「ん、アタシから?いいよ」
「クロックさん、気を付けろよ!今まで敵意は無かったが、二人きりになって正体表すかも知んねぇからな!」
「そうですね。それに、道中でお話した件もありますから・・・」
「心配しなくていいよ。寧ろ、最初がアタシで良かった」
クロックのその言葉に疑問を抱きながらも、ワタシは入室していくミクサーとクロックを見送ることしかできなかった。
重厚な扉は閉じられ、今、この扉の向こうには、ワタシの不安要素が二つ。とても怖かったが、ワタシたちが介入することはできなかった。
「それではぁ、面談を始めていきますよぉ。褐妖精族さぁん」
椅子に座ったアタシの目の前には、同じく椅子に座りこちらへ笑みを向けるミクサーが居た。
「クロックだよ」
「おぉ、クロックさんですかぁ。頬のタトゥーと掛けられててとても覚えやすい名前ですねぇ」
「無駄話のために入れたわけじゃないんだろう?なら早く面談を始めないかい?」
「そうですねぇ、ではぁ、面談の内容を教えますねぇ?」
ミクサーは手元にあったメモ紙に、一から五までの数字を縦に並べて書き記した。
同じメモ紙を二枚作っては、ペンと共に一枚をアタシに手渡した。
「お互いに五つまで、相手に質問をしますぅ。ワタクシは決して返答を偽りません。アナタは偽っても結構ですぅ。相手の質問を答えたらぁ、自分のメモ帳にチェックを入れるという形式ですぅ」
「(なるほど、既に始まっているとなると、“毎度同じ面談内容なのか”も“何故面談などを行うのか”も、尋ねれば一つ消費となるわけだね。)では、キミからどうぞ?この面談に慣れたいから、やり方を見たいな」
「ふむふむぅ、ではお尋ねしますねぇ。“クロックはどういう経緯で不老不死薬を求めるに至ったのですかぁ?”」
アタシは返事を考えた。素直に語るか、偽るか。しかし、不老不死薬を狙う理由が、根絶やしにする為だと知れば、襲われる危険が大きい。だからといって偽りが発覚したときも同じぐらい危険だ。
思考を纏め、アタシはならばと口を開いた。
「身近な存在が死んでいくのは、とても怖い。だから、例えお金が掛かっても、それで死なない存在が生まれ、ずっと寄り添ってくれるならと思って、アタシは不老不死薬を・・・」
「はぁい、嘘ですねぇ」
「・・・ッ?」
遮るようにミクサーは言葉を挟んだ。
アタシが驚いたのは、決して嘘を吐いたつもりはなかったからだ。
当てずっぽうで言っているなら言葉を返してやろうと、アタシがため息を吐くと、ミクサーはニッコリと微笑みながら懐から一本の天使の羽根があしらわれた瓶を取り出した。
「『安楽逝去薬』、幻の自殺薬ですぅ。これを飲めば、眠るように、それはもう楽に死ねるんですよぉ。一切の苦痛なくぅ、清らかにぃ・・・。アナタが真に求めるのはぁ、コレですねぇ?」
その薬に、アタシは目を丸くして驚いた。
彼女の言葉通り、幻とされており、流通量がこの上なく少なかった。不老不死薬の何倍も入手難易度が高かったのだ。
それに、安楽逝去薬の拡散や服用は禁忌とされていた。当然だ。広まってしまえば、使用者が続出し、経済が、社会が、滞ってしまうからだ。
ミクサーがそんな代物を持っていることにも驚いた。しかしそれ以上に驚いたのは、どうしてアタシがソレを求めていることを知っているのか、ということだ。
「何故、わかったのかな・・・?」
ミクサーはメモ紙に書かれた一の横に丸を付けると、その丸に悪魔のような角を書き加えながら答えた。
「質問一つ目ですねぇ。それはぁ、『真偽神』の恩恵の力ですぅ」
「真偽神・・・。あぁ、対象の嘘を見破り、真実を露見することができるようなるんだったかな。ただ、真偽を知るまでが限界だろう。決して記憶を、過去を探れる訳ではないね。相手の土俵に乗った時点で卑怯とは言えないし、これは先走ったアタシのミスかな」
「ただの面談に、ミスも何もありませんよぉ。ワタクシの真偽看破の結果は、いかがでしたでしょうかぁ?」
メモ紙に書かれた一と二の横にレ点を付けては、アタシは彼女の持つポーションを見つめた。
「・・・間違っては、いないよ。アタシは確かに、ソレが欲しい」
「理由を訊きましょうかぁ。質問三つ目を使用しますねぇ」
アタシはメモ紙にレ点を一つ増やした。これで三つ目だ。
「理由は、意外と簡単なものだよ。アタシが楽になれる、楽な方法だから。自分を取り巻く環境や人々を自分に合わせるのは、とても大変だし、覚悟が要る。皆に死んで欲しくないなんて願望を押し付けて、剰え実現させてしまえば、きっとアタシは恨まれる。そしてそんな皆を、嫌いになる。だけど、アタシ一人が皆の死から逃げられるなら、これ以上、死を見て苦しむ前に楽に死ねるなら、それがアタシの百点満点の答えなんだよ。誰もが険しい道を選ばなければと急いて歩く。だけどアタシは、楽な道へ逃げなきゃ自分を保てないからね」
アタシの手にひんやりとした手が重なる。ミクサーが手を繋いできたのだ。
自分へ呆れたような笑みを浮かべるアタシに、ミクサーは切なそうな表情を浮かべた。
「薬を求める方というのはぁ、皆一様に楽になりたいと思う方なのですよぉ。薬の効能が違おうとぉ、その思いは決して変わりませぇん。だからぁ、クロックさんが薬を求める理由も決して否定しませんしぃ、できませんねぇ」
「蛮族なのに優しいんだね。じゃあその優しさに甘えて質問しよう。安楽逝去薬は金貨何枚で譲って貰えるのかな?」
ミクサーのメモ紙にまた、角の生えた丸が一つ描かれた。
「二つ目・・・とぉ。コチラはどれだけ金銭を積まれても譲るつもりはございませんよぉ。ただぁ、ワタクシが提示する条件を呑んでくださるようでしたらぁ、喜んで差し上げますよぉ」
「条件が好きだね、キミは。条件を聞くだけ聞いてから検討するよ」
「ホホホッ、条件は何かと質問させるつもりでしたがぁ、引っ掛かりませんでしたねぇ。条件はとても簡単ですからぁ、このお部屋の中で決断して貰いましょうかぁ」
近くの棚に備わった引き出しから、ミクサーは何かを取り出した。
それは、注射器と赤黒い液体の入った小瓶だった。
「『隷属血清』ですぅ。これを打たれた方はぁ、ワタクシの従順な奴隷になるのですよぉ。オールの根城に居る蛮族は全員、コレを打ち込まれているんですぅ」
机に置かれた隷属血清を見ながら、アタシはあることに気づき、小さく二三度首を縦に振った。
「なるほど、キミはもしかして『吸血族』なのかな?吸血族は血を操る力を持つと聞く。この血清にも吸血族であるキミの血が混じっているのなら、辻褄が合うけど、どうなのかな?」
アタシの解答に、ミクサーはペロリと舌を舐めずった。
そしてメモ紙に悪魔のマークをまた一つ描き加えると、答え合わせを始めた。
「三つ目ですねぇ。はぁい!大正解ですぅ!流石は熟練の冒険者様ですねぇ。確かにぃ、隷属血清にはワタクシの血が混じっておりますぅ」
「それを聞けて安心したよ。メカニズムもわからない薬品を投与するのは怖いからね。きっと、コレを打ち込むことが条件なんだろう?」
「四つ目ぇ。察しが良い方は大好きですよぉ。ただ覚悟はよろしいのですかぁ?アナタを隷属させたならぁ、ワタクシはアナタを利用してアナタの仲間を死骸にしますぅ。蛮族も居ますがぁ、人族の方々の死骸は貴重な素材となり得るのでぇ」
アタシは四つ目のレ点を書き終わると、五という数字の横にグルグルと塗り潰すような丸を描きながら答えた。
「仲間とは、自分を助けてくれる者のことだろう。彼女たちはアタシの喪失に対する恐怖を払拭してくれたかな?もしそうなら、アタシは何故、安楽逝去薬なんて求めているんだろうね?でも、これでハッキリしたよ。アタシにとっての仲間は、ただ共に冒険をしただけの彼女たちじゃない。条件はあれど、アタシに明確な救いの手を差し伸べてくれるキミだろう」
ペンをそっと置き、注射器と隷属血清に手を伸ばす。慣れた手つきで、注射器に血清を吸わせると、アタシは自分の首筋に針を刺し、隷属血清を注射した。
「ぁ・・・っ・・・ッ!!!」
ドクリッ、ドクリッ、心臓が強く脈打つ。ドロリッ、ドロリッ、血管に血清が流れ込み、身体中が焼けるように熱くなる。しかし、決して意識が途切れることはなかった。
死にたくなるほどの苦しみ。死んでしまうほどの痛み。だが、死ぬことを許さないのだ。他の誰でもない。彼女が・・・。
決して切れることのない意識で感じる。アタシの手が、足が、頭が、まるでパペットのように彼女の手のひらにスッポリとはまってしまったような支配されている感覚。しかし、血清が馴染み、苦痛が消えれば、このパペットのような感覚も心地よく感じた。
嗚呼、もうアタシは、自分の意志を持たなくていいのだと、そう思ってしまった。
「気分はどうですかぁ?」
「・・・悪くな・・・ッ!?ク・・・が・・・ッ!?」
思考が捩じられる。脳から身体へ送られる信号が書き換わる。本来発しようとした言葉とは別の言葉が、口から漏れ出す準備をしていた。
「“悪くない”ではありませよぉ。“とても良い”と言ってくださいねぇ?」
「ぉ・・・と、ても、良い・・・よ」
「素晴らしいっ!本来の個性を保ったまま隷属できていますねぇ!ならば・・・ホホホ、いい事を思い付きましたぁ。となれば下準備を済ませ、速やかに出ましょうかぁ」
「わ、わかったよ」
「ほぉほぉ、口調も安定してきていますねぇ。ワタクシ、ニッコリです」
それからアタシは、数分に亘り、仕込みを施された。マゼンタたちを追い込む兵器として、それは申し分ないだろうというほどにだ。
準備が整うと、ミクサーは扉の取っ手に手を掛け、開け放った。
面談室の重厚な扉が、ゆっくりと開いた。
中から出てきたのは、とても純粋な笑顔を浮かべるミクサーと、何一つの変化もないクロックだった。
外傷もなければ、素振りや態度にも目立った変化は見られない。安心したワタシは、尾を使って駆け寄った。
「クロックさん!大丈夫でしたか?何かされたりとかはしませんでしたか?」
「大丈夫だよ。単に質問をし合っただけだからね」
「ホッ・・・。なら良かったです」
「マジで良かったぜ。クロックさんが死体として出て来ようもんならアイツをぶっ潰してたとこだ!」
「潰すのはキミの役目じゃないでしょ~、ガレア!でも無事で本当に良かったよぉ!大事な仲間だからねぇ!生きてて欲しいよぉ!」
そう、大事な仲間だ。だからこそ、我が身のように、それ以上に心配するのだ。
手放してはいけない。もう二度と、こんな仲間は手に入らないかもしれないのだから。
「ではぁ、お次は碧いガントレットを装着されたぁ、人間のアナタぁ。お願いしますぅ」
次の面談に指名されたのはブリザーデだった。
ワタシが警戒を促す言葉を掛けようとするより早く、彼女は言った。
「こっちの心配は不要だ。オマエこそ、警戒を怠るな。怪物は、ミクサー以外にもう一体居るんだ」
「は、はいっ!」
もう一体の怪物、それはきっとオールの事だろう。
しかし、ブリザーデ程の強者が“怪物”と語った二人に、小さな恐怖心が警戒心をより強めた。
面談室へと二人が入り、閉じられる防音の扉。クロックは、扉が閉まってすぐにワタシの肩を叩いた。
「アタシはこれから館の調査をするんだけれど、できればついて来てくれないかな?」
「ワタシが、ですか?」
「調査ならオレが同行した方がいいんじゃねぇか?不老不死薬の匂いは覚えたしよ、鼻を使えば調査は楽になるかもしれねぇぜ?」
「いや、これだけ儲けられる品を製造している館だからね。きっと罠の十や二十は仕込まれているよ。それに相手は蛮族、人族対策をしているに違いない。万が一を考えると、マゼンタがいいと思う」
アデリアとガレアは、互いに顔を見合わせながら頷いた。
「テント作戦を練ってくれたクロックさんの意見だ。聞いとこうぜ、アデリアさん」
「そうだねぇ、ここは実際に行動するクロックの判断に合わせた方がいいかもねっ」
「感謝するよ。時間も無いし、早速行こうか。マゼンタ」
「は、はいっ!」
クロックは、野伏特有の技術『隠密』を使い、気配や存在感を最小限まで消した。
穴倉潜入の際にも一度見たが、やはり並大抵の野伏とは次元が違った。目の前に立つ彼女を視認はできる。しかし、まるで物言わぬ小石がそこにあるだけのような、影が薄過ぎて意識しなければ脅威として認識できない状態だった。
更にはワタシの何倍のスピードで、館の二階を駆けていく。そんな彼女には、学んだ走法を使っても追いつけず、息を切らして必死に後を追った。
立ち止まったのは、面談室から一番離れた両開きの扉の前だった。
クロックが扉を開けると、蓄積していたのであろう薬品臭がモワリ、と溢れ出した。
罠かと思い口元を塞いだが、毒性が無いことをクロックが教えてくれたことで安心し、口から手を離した。
臭いが広がり、玄関口まで漂ってしまえばオールに気づかれてしまうと考え、ワタシたちは速やかに部屋の中へと入り、扉を閉める。
臭いでわかったが、内部を見れば確信した。そこは薬品庫だ。何十何百と並ぶ薬品棚には、クロックさんの部屋で見たような薬品や、明らかに危険な薬品など、様々な薬品や、調合前の薬草などが管理されていた。
「ここが、薬品庫ですか。一か所目から、当たりを引きましたね」
「気づかれない内に遠い場所をと思って来たけど、まさか引き当てるとは。早く終われそうでなによりだね。マゼンタはそっち側の棚を調べておくれ。アタシはこっちを調べるよ」
「わかりました!あの特徴的な瓶に保管しておいてくれると助かるんですが・・・」
指示通り、ワタシは指された薬品棚へと向かった。クロックとは逆側の棚だ。
そしてお互いに探索を始めた。髑髏をあしらった瓶を使用しているモノ、実際に見た現物と同じ水色の薬品、合致する全てを調べ、引っ張り出し、備え付けられていた大きな実験台に並べた。
あれでもない、これでもない、と棚を探している中、クロックはワタシに尋ねた。
「ねぇ、マゼンタ」
「あ、はい?なんでしょうか?」
「昨晩の話を聞いて、キミはどう思ったかな?」
「どれだけ努力しても、必ず何かは失ってしまうという話。でしたよね」
ワタシは心の中で、少し悩んだ。
ワタシの解答は、きっと彼女にとっては残酷で、冷たいモノになってしまう。
けれど仲間として、偽るのは間違いだと思い、素直に語った。
「失うことは、生きていく上でのコストだと諦めるしかないと思いました。失ったことをどれだけ悔やんでも、戻っては来ませんし、だったら諦めて、立ち直って、次、失わないようにまだ努力するしかないと思います」
「アッハハ。強者のお手本のような意見だね。じゃあもし、ブリザーデを失ったとしても、同じことが言えるかい?」
「・・・はい。きっと大泣きして、原因を恨みます。けど、大事なのはその後です。立ち直らないと、強くはなれないので」
辛い想像を続けたくないという気持ちから、ワタシは作業に戻った。
「あ、時間がありませんし、作業を続けましょう!まだこっちの棚は調べ切れていませんので!アハハ、すっとろいなぁ、ワタシ!」
背後に迫る威圧感。歩み寄って来る足音。振り返るまでもない。何故ならこの部屋には、ワタシの他にクロックしか居ないのだから。
作業を進める手を止め、ワタシは尋ねた。
「やっぱり、操られてたんですね」
「どうして、わかったのかな?」
「道中でクロックさんが言ってくれたじゃないですか。“洗脳のような術がある”って。それからずっと警戒はしてました。引っ掛かったのは、館の調査にワタシを同行させたことです。“蛮族だから人族用の罠を仕掛けている”なんて安易な考えを、アナタはしない。ここには蛮族客も訪れるという情報を知りながら、人族用の罠なんておかしな推測、ガレアさんはともかく、アデリアさんはきっと違和感を覚えてましたよ。第一、どんな罠にせよ未熟者を連れて行くのは合理的じゃありません。ガレアさんの嗅覚を使えば多少の罠は回避できるでしょうし、アデリアさんの体格なら罠を掻い潜れます。そして確信したのが薬品庫に入るときです。クロックさん、この部屋に罠が無いことを知ってましたよね」
「・・・ ・・・」
「扉を開けるのが早過ぎたんです。迅速に事を進めなければいけないとはいえ、罠の感知もせず扉を開けるなんて、罠の有無を知っていなければ決してできませんよね」
気づいたはいいが、ワタシは絶体絶命だった。
操られているとはいえ、相手はワタシの遥か上に立つ実力者。どんな攻撃を仕掛けて来ようと、必ずワンテンポ遅れてしまう。今、ワタシはクロックの必中の間合いに居るも同然だった。
冷や汗が頬を伝う。圧迫されているように胸が痛む。失敗一つが死に直結する。なのに失敗する要素ばかりが並ぶ、理不尽な戦場。ワタシが立っているのはソレだ。
「成長したんだね。人と繋がりを持つことで、人を見る目が養われたわけだ。けど愚策だったね。この状況こそが罠だと思い浮かんだ時点で、逃げるのが正解だったと思うな」
振り返り、扉へと駆け出すワタシの尾を踏み、クロックは逃走を許さなかった。
彼女が取り出したのは、ナイフでも、注射器でもない。魔力の凝縮された手のひら大のガラス玉だった。
「心が強いと、何を失っても立ち直れるんだろう?」
「魔力爆弾ッ!?・・・ダメッ!!」
爆弾はクロックの手から落ち、床に落下する。
何も敷かれていない硬い床で、魔力爆弾は、パリンッ、と割れた。
圧縮されていた魔力が一気に飛び出す。眩い光で包まれる。
次の瞬間、凄まじい爆発が発生した。
薬品庫にある薬品の瓶が砕け、薬品が魔力に反応し、更なる爆発が連鎖する。
衝撃をもろに受けたワタシは、扉を破壊し、薬品庫の外へと吹っ飛ばされた。
「カ・・・ァ・・・ァ・・・ッ!!」
言葉が出ない。いや、そもそも呼吸が出来ない。指も、口も、まぶたさえも、動かすことができない。
全身には致命傷の大火傷。衝撃で弾け飛んだ頬や腕の皮膚、揺さぶられた脳。身体中に突き刺さったガラス片。意識の有無など、自分ではわからないほど遠くに、自分の意識は遠ざかっていた。
爆発音に気づいてか、駆けつける足音が近くに一つ、遠くに一つ。剥き出しになった皮膚から感じられた。爆音を至近距離で聞いたワタシに、まともな聴力など残っていないのだから。
「何かあると思ったけど!今の爆発音は尋常じゃないッ!マゼンターッ!マゼ・・・ンタ・・・?」
凄惨な傷を負ったワタシを見るなり、大慌てで駆け寄って来たのは、アデリアだった。
その後ろからもう一人、ガレアが大急ぎで駆け付けた。
「今の爆発音ってよ!・・・やっぱそういうことか!なんつー事態だよ!クロックさんは!」
「ウチができる限り治療しておくから、ガレアはクロックを探して!」
ガレアは頷くと、アデリアに水袋を投げ渡した。
「清浄草を漬けた水だ!役立つかは知らねぇが、一応持っといてくれ!」
「わかった!気を付けてねー!」
アデリアが水を受け取り、治療に取り掛かる。ガレアは爆発を起きた薬品庫へと入って行った。
「今の揺れ・・・。オマエが何か仕込んだな」
面談室の中で、アタシはミクサーを睨んだ。
防音と謂えど限度がある。何より揺れは伝わってくる。
大まかな現場は割り出せた。二階、隅の部屋だ。
「はいぃ、仕込みましたよぉ。さぁ、面談を続けましょうかぁ。偽りの通じない面談をぉ・・・」
「断る。仲間の安否が最優先だ」
立ち上がり、扉の取っ手に手を掛けようとした。
しかし、見えない障壁に阻まれ、取っ手まで手が届かなかった。
感触から、魔力による障壁だと気づいた。だが不自然なことが一つあった。
「魔導士の生み出す障壁では、ない」
「脱出はオススメしませんよぉ?この部屋の壁にはぁ、特殊な障壁を張っておりますぅ。確かに強度はありますがぁ、アナタほどの実力者なら破壊も可能でしょう。ただしぃ、障壁に与えたダメージはぁ、全てアナタへと跳ね返りますぅ。言いたいことはぁ、おわかりですねぇ?」
「この障壁を破壊すれば、同等の攻撃を自分が食らう。障壁の硬度は最低でも肉体以上、ソレを壊すほどのダメージとなれば、アタシも無事では済まない」
「素晴らしいっ!最大の敵は自分自身と言いますが、まさにその言葉が証明されますねぇ!オススメはしませんがぁ、出たいのならご自由にどうぞぉ?お仲間のためにぃ、我が身を捨てる覚悟があるというなら・・・ですがぁ」
ミクサーは笑っていた。今まで見たことがない程、邪悪に、狂的に。
様々な敵と出会い、戦ってきたアタシでさえ、これ程までに歪な笑みを浮かべる存在とは出会ったことが無かった。
「“『略奪神』を信仰するだけあって”、他者から奪わなければ気が済まないようだな」
その言葉に、ミクサーは不思議そうに首を傾げた。
「はてはてぇ?何のことでしょうかぁ?」
「面談の中で使ったのは『真偽神』の恩恵。ならばこの特殊な障壁はなんだ、と考えた。障壁そのものは魔導士の技術を用いて張ったもの。対象へのダメージを、与えた対象に返す。対象との間に発生した事象・・・今回はダメージを均一にする。この効果は『天秤神』からの恩恵だ。一つの生命が二つ以上の信仰を持つことは不可能。だが、“奪った力を使っている”だけなら話は別だ」
「・・・やはりアナタが一番の障害になりそうですねぇ。閉じ込めて正解でしたぁ。ささっ、仲間を見殺しにするのならお待ちをぉ。捨て身で救うのならご退出をぉ。どちらにせよぉ、ワタクシにはメリットしかございませんのでぇ」
挑発的なミクサーの態度。当然だ。どちらを選ぼうとも奪えるのだから。仲間の命か、アタシの命か、あわよくば両方を。
しかしアタシは、そのどちらも選ぶ気はなかった。
「教えておいてやる。人族の世界ではな、自分がされて嫌がることをするなと教えられる。自己犠牲は、アタシが一番されたくない行為だ」
ズシンッ!!アタシの足が、強く床を踏み付ける。さっき起きた揺れと大差がない程の揺れが、床への一気によって起こった。
ピシリッ、ピシリッ、亀裂の音が響く。やがて面談室の床の一部が崩れ、アタシ諸共一階へと落ちた。
そう、障壁は“壁”にしか張られていなかったのだ。
面談室を脱出し、一階へ降りたアタシを、床の大穴から見下すミクサー。その表情に笑顔はなく、冷めたような表情をしていた。
「嘘・・・だろ?冗談にしちゃぁ、タチが悪すぎるぜ・・・」
薬品庫に入ったガレアは、悍ましい光景を目の当たりにした。
零距離で爆発を受けたクロックの四肢は弾け飛び、顔や体の皮膚は破れ、焦げ付き、完全に絶命していた。
筈だった。
「ァ・・・ぁ・・・ァ・・・」
グチュリッ、グチュリッ、そのグチャグチャの肉体が再生を始めていたのだ。
もげた手足は、胴体へと引っ張られ、結合する。炭化した皮膚は、再構築され、元のクロックの姿へと戻った。
漏れ出すような声を上げながら、クロックはゆっくりと立ち上がり、皮膚に残った焦げ跡を掻きむしりながら、大きな声で泣き叫んだ。
「あぁ・・・あぁ、あぁッ!死ねない・・・よぉッ!!死にたいよ、ぉッ!!」
ブシリッ、掻きむしり、剥がれた皮膚もまた再生する。
「クロック・・・さんよぉ、だ、大丈夫か・・・!?」
「アハ・・・。アッハハハハハハハハッ!!!!はぁぁ・・・、アタシってさぁ・・・ッ、どれだけ・・・どれだけ・・・ッ、バカなんだろうね・・・ッ」
フラリフラリ、と歩き出すクロック。行き先には出口、更に言うなら重体のワタシ、マゼンタと治療中のアデリアが居た。
明らかに正常ではない彼女を向かわせるわけにはいかないと、ガレアが立ちはだかった。
「悪いが、行かせらんねぇよ。どう見ても今のアンタは普通じゃねぇ!操られてんだよ!だから頼む!ここで大人しく待っててくれ!仲間のためだと思ってよッ!」
「仲間・・・。あぁ、そうだね。そうだったよ。仲間・・・仲間・・・仲間。アタシを救ってくれるのは、仲間。アタシの仲間が握ってる。アタシを救う術を・・・」
「そうだ!オレたちはアンタを救いてぇんだ!だから少し待っててく・・・ッ」
ガレアの必死の説得も、きっと届いていなかったのだろう。
クロックはガレアに歩み寄り、胸にそっと触れながら唱えた。
「『埋込太陽』」
瞬間、ガレアの肉体は内側から猛々しく燃え出した。
口から、鼻から、何千度という炎を漏らし、激痛に押され流れる涙は蒸発する。
「グガッ!!ァがッ!!ゴハッ!!が、ァッああああああぁぁぁぁぁあああああああああああァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!」
悲痛な絶叫が響く。溢れ出る血すらも蒸発させながら、やがてガレアは、床に膝を突いた。
沈下して漂う煙。現状に気づいたアデリアは、ワタシの治療も半ばに、ガレアの下へと駆け寄った。
「ガレア・・・!?ッ・・・ガレア・・・。クロック、本当に操られてるんだね・・・。本当に目的のために、ウチらを捨てるんだね・・・」
「自分を救ってくれる者に従うのは、当たり前のことだろう。キミたちは何をしてくれた?関係という呪いをアタシに結び、喪失への恐怖心を膨らませた。簡単に言おう、“キミたちの仲間意識が、アタシを更に追い詰めたんだ”。アデリア、キミにわかるかい?自分にできた大切な者が、死んでいく苦しみが。あぁわかるだろうね。だけどキミは、キミたちは、立ち直れる強さを持っている。失っても立ち上がるしかないなんて開き直って、辛い過去を糧にして成長できる。ただね、誰もがそんな強さを持っているわけじゃない。失った喪失感を抱え込み、転換させることも、忘れることもできず、大きなしこりとして残り続ける者だっている。誰もがキミたちみたいに強いわけじゃないんだよ?」
「強くない自分に辛い思いをさせたウチらに報復もできるし、従って不老不死薬を貰えれば、大切な人の死を見ずに済むようになる。だからあっちに就いたの?」
「・・・どうだろうね。ただ一つ言えるとすれば、今のアタシが求めるのは安楽逝去薬だけだよ」
クロックが求めている物、それが不老不死薬でないことを知ると、アデリアは目を丸くして驚いた。
そして、決して見せないように俯きながら、笑顔を浮かべた。
「わかったら退いてくれるかな?マゼンタと、ガレアを確実に殺して、戦力を減らさなければいけないんだよ」
「あぁそっか、わかったわかった。退くよ。ただし、三人でね!」
アデリアは、背負っていたウォーハンマーを振りかぶり、壁を破壊し煙を撒いた。
煙に紛れ、ワタシとガレアを両脇に抱え、アデリアは一階へと逃げ去った。
階段の裏、どの方面からも死角となっている一時的な安全地帯。アデリアはワタシたちをそこに置いた。
「ふぅぅぅ、危なかったぁ。だけど怖いなぁ。煙を撒いて逃げたとはいえ、玄関前に立ってたオールには見られただろうし。何よりオールが手を出して来ないのが怖いなぁ。それに、二人の復活にはまだ少し時間が掛かりそう。はぁぁ、クロックならすぐ治してくれるのに、敵に回っちゃったし、厄介すぎて泣きたくなってきたよっ」
階段の陰から周囲を警戒しながら、アデリアは息を切らした。
すると、二階からの死角を利用し、こちらへ向かってくるブリザーデの姿があった。
「ハニィ~ッ、キミが生きていてくれただけで安心するよぉ」
「状況は?」
「マゼンタ、ガレア、二人とも操られたクロックにやられちゃった。マゼンタは爆発を受け、ガレアはクロックの埋込太陽を食らっちゃってね・・・。ごめんよ、あの状況ではウチが対処すべきだったのに」
しゃがみ込み、ワタシとガレアの容態を交互に調べると、ブリザーデはガレアに水袋いっぱいの水を飲ませ、ワタシに普段使用しているより高価なポーションを摂取させた。
「対処しているじゃないか。でなければオマエたち三人、二階で倒れていた。二人を救った功績は小さくない」
「そ、そんなに褒められることじゃないよぉ。当たり前のことをしただけだよぉ。えへへぇ」
「“当たり前を当たり前とせず、褒めることが大事”と、書物で読んだが・・・。違ったのか?」
会話の最中、ムクリッ、とガレアが起き上がった。あれだけのダメージを受けながら、彼自身はケロッとしていた。
「だぁぁぁ!はぁッ!はぁッ!死んだかと思ったぜ・・・」
「竜人族は火に強い。常識だ」
「だからって痛くねぇわけじゃねぇよ。激痛で意識飛んじまったしな・・・」
「すぐに戦えるか?ガレア」
「あぁ。ただ喉が焼けちまって今まで通りの声が出るかわからねぇ。格上のアイツらに使うことは無ぇだろうが、竜咆哮は一発が限界だ」
微かに聞こえる、三人の声。
覚醒に向かう意識下で、三人の声より響く、二つの声があった。
「無能ちゃん、起きて」
「無能ちゃん、目を覚まして」
双雷神の、双子の声だ。
まだ言葉が浮かばないフワフワとした頭で、彼女たちの言葉を聞き続ける。
「『略奪神』の信仰者が、近くに居るよ」
「『略奪神』は、恩恵を奪う、悪い神なんだよ」
「今すぐ起きて」
「今すぐ殺して」
「さもないと、人々は不幸になる」
「さもないと、神々は滅びちゃう」
人々が不幸になる?神々が滅びる?そんなことを許せるわけない。
ワタシが強くなる為に、乗り越え、取り入れ、受け止めなければいけない全てを、たった一人の神やその信仰者に奪われるのは、納得できない。
戻って来た本来の意識。目を覚ますより先に、双雷神へ告げた。
「必ず、倒します。そのために、力を貸してください」
まぶたが開く。意識がハッキリと現実に戻る。火傷痕の僅かな痒みが、目覚めたことを認識させた。
まだボンヤリしている頭を、体を起こし、目の前の状況を認識する。
ブリザーデ、ガレア、アデリアが集合している。ここは階段の陰、今はまだ、二度目の襲撃を受けていない。
「ワ、タシ・・・。魔力爆弾を受けて・・・。あっ、アデリアさんとガレアさんが、助けてくれたんですね・・・。ありがとうございます」
「よかったぁ、生きてて・・・。ガレアによく感謝しておいてねっ?ガレアが居なきゃ、命を繋ぐまでには至らなかっただろうから!」
「はい!ガレアさん、ありがとうございます!」
感謝の言葉に照れるガレアを余所に、ブリザーデは話を切り出した。
「マゼンタ、戦えるか?」
「・・・はい。そのために戻りました」
「何言ってるのっ!?マゼンタは休ませるべきだよ!傷も完治したわけじゃない!今のまま戦わせたら、次は本当に死ぬかもしれないんだよ!?」
「出し惜しんでいる余裕が無いから言っている。オールとミクサー。直感だが二人は、アタシより強い。戦場で共に戦うならまだ支えられる。だが、戦えない足手纏いを庇いながら戦える相手ではない」
「でも・・・でも・・・っ!」
「戦わせてやろうぜ。それがマゼンタのためになる。何もできず、目の前で誰かを失うのは、本当に辛いもんだ。だったら命懸けで、やれることやりてぇだろ」
「ガレアさん、ありがとうございます!アデリアさんも、心配してくれたこと嬉しかったです!でも、ブリザーデさんの言う通り、あの二人はとても強いです。オールさんの手の内はまだわかりませんが、ミクサーさんが神官で、略奪神という神を信仰していることはわかりました。どれだけの恩恵を奪っているか底が知れませんし、使える戦力は微量でも使った方がいいかと・・・!」
「作戦会議はぁ・・・終わりましたかぁ?」
頭上の階段から声が聞こえる。コツコツと階段を下りる足音が響く。
「全員離れろッ!!」
かつてない形相でブリザーデは叫んだ。
ビクリッと驚く間もなく、頭上の階段が落下してきた。
ドスンッ!!響く轟音、散らばる礫、舞う煙。あのままあと一歩脱出が遅れていたら、潰されていたことだろう。だが、ワタシも、他の全員も、上手く逃げ出せていた。
「上手く逃げましたねぇ。ワタクシとしてはぁ、今ので二人は持っていくつもりでしたがぁ・・・。思い通りにはいきませんねぇ」
降下した階段の上に立っていたのは、ミクサーとクロックの二人。どちらも明らかな敵意を向けていた。
しかしそれ以上に気になったことがあった。
“降りてきた”階段だ。まるで予め設置されたレールを下りるかのように階段の一部分だけが降りてきたように感じた。
ここはミクサーの屋敷、仕込まれていてもおかしくはない。だが、本当に・・・?
階段から距離を置き、ワタシたちは大広間へと退いた。
「ミクサー、準備は整った。これからは加勢できるぞ」
玄関口から聞こえる、オールの声。ミクサーは微笑みながら手招きをした。
「そうなのぉ。お疲れ様ぁ。さぁさぁ、一緒に戦いましょうねぇ。っと言っても、数で押しつぶすだけなんだけれどねぇ」
オールは手招きに応じ、玄関口からそっと距離を置いた。
窓から見える。扉の奥から聞こえる。外には、無数の蛮族の集団がいる。
そのどれもが、穴倉で見た個体と全く同じ装備、同じ見た目をしていた。
「ッ・・・!やはりあのサインは待機指示じゃなかったんですねッ!」
館への侵攻を始める蛮族たち。ここままでは数の暴力によって捻じ伏せられる。
ワタシが不安を零すより早く、アデリアとガレアは扉へと駆け出していた。
「外はウチらが相手するから!」
「怪物共は任せるぜ!拳闘士!」
二人の向かう道へ立ちはだかったのは、オールだった。
両の袖から取り出した二本のダガーは、二人の喉を的確に狙った。
「行かせると思う?」
しかし、オールは横から襲い来る強烈な打撃によって数メートル吹き飛んだ。
打撃の正体は、ブリザーデの振るった拳だった。間合いを詰めていた彼女の拳は、オールの腕を捉えた。
「止めさせると思うか?」
その隙を逃さず、二人は玄関口を出た。
透かさず轟いたガレアの竜咆哮を聞き、ワタシもミクサーへと立ち向かった。
「アナタは・・・許しちゃいけないッ!」
バジンッ!バジンッ!電撃を尾に、雷撃を右拳に留める。
電撃を込めた尾を地面に叩きつけ、衝撃を利用し、ミクサーとの間合いを一気に詰める。
雷撃を帯びた右拳を振るえばは、ミクサーの腹部にめり込んだ。拳本来の威力に双雷神の加護が加わり、破壊力は十二分にあった。
その証拠と謂わんばかりに、ワタシの拳はミクサーの腹部を貫いていた。
零れる鮮血、確かな手ごたえ。致命傷と言える一撃。だがミクサーは、血を吐きながらも歪に笑った。
「痛みを感じたのはぁ、数年前に注射針を刺したぁ・・・以来ですねぇ。クロックさぁん、治療をお願いしますねぇ?」
「わかったよ。ただ、異物が入っていては邪魔だから、抜いてくれないかな」
機械的なクロックの言葉。ミクサーは「そうでしたねぇ」っとワタシを睨み付けた。
心臓部へと伸びる手、危険を感じたワタシは手を抜き、距離を置いた。
瞬間、一筋の雷撃がワタシを貫いた。
「ぐ・・・ァッ!?」
「ホホホ、皆さん触れようとすると離れてくれるのでぇ、遠距離攻撃が当たりやすくて助かりますぅ」
体感でわかった。今のは双雷神の恩恵であることが。
もし同じ恩恵を受け取っておらず、耐性がなければ、今の一撃で絶命していた。
しかし状況は最悪だった。致命傷でないにしろ大きなダメージを受けてしまい、与えたダメージは完全に治癒されてしまった。
「距離を置いては拳が届きませんよぉ?それともワタクシに魔法で挑みますかぁ?」
挑発に乗せられてはダメだ。魔力量でも、魔力耐性でも、ミクサーはワタシの遥か上に居る。
万が一、魔力を吸収する類の術を隠し持っている場合、迂闊な魔法行使は自分の首を絞めることになる。
一体、どうすればいい・・・。
無数の斬撃、無数の打撃、致命傷を狙うお互いの間に、他者が入る隙などなかった。
アタシの急所を狙うオールのダガーに、ワタシは受け流す選択肢を取り、反撃を狙う。
その反撃は、オールのダガーによって受け止められた。
衝撃に耐えられず、オールのダガーは砕け散った。
瞬間、アタシの体に重い打撃がヒットした。
「・・・ッ!」
相手に攻撃をした素振りも余韻もない。ならば今の攻撃の正体はなんだ。
考えるよりも早く、オールは次の得物を取り出した。
装備したのは、拳闘士の使用するガントレットだった。
「・・・軽戦士だけではないのか」
「一途の軽戦士だと、名乗ったつもりはないけど?」
オールの連撃が迫り来る。拳を一発捌けば十発となり、十発捌けば百発となり、相手の手数は無限を思わせるほどに増え続けた。
反撃の隙は限りなくゼロに近かった。だが、決してゼロではない。
僅かに見えた小さな隙、確実な頭蓋骨粉砕を狙った大振りの拳。対抗するように拳を振るった。狙いは、相手の拳。ガントレットの破壊。
と、思わせてオールの拳をガシリッ、掴んだ。
「・・・なッ!?」
決して放さず、アタシはオールの腕の捩じり上げ、床へと叩き伏せた。
ひび割れる丈夫な床。受身を間に合わせたオールはホコリを叩き落とし、捩じられた腕を無理やり戻しては、不服そうにアタシを睨んだ。
「仕掛けに気づいたのか?」
「答えると思うか?」
仕掛けには気づいていた。というより、異様な一撃によって気づかされたというのが正しいだろう。
オールの使用する武器には全て、天秤神の恩恵が付与されている。付与した人物は十中八九、ミクサーだ。
武器による受け流しやガードによって防がれる度、そのダメージはアタシへ返って来る。
ならば話は簡単だ。得物ではなく、本体のみにダメージを与え続ければいい。
一番の懸念材料は、あちらの戦いだ。
「マゼンタ、警戒しろ!ミクサーは知る限り、三つの恩恵を扱える!『真偽神』『天秤神』そして階段に使用したのは恐らく『建築神』のモノだ!」
相手の猛攻を受け流しながら、マゼンタに伝えられる限りの情報を叫んだ。
「把握しました!」
あちらも追い詰められながら、なんとか致命傷を避けている様子だ。
外で蛮族を食い止める二人も、苦戦していることだろう。
意識がオールから外れた一瞬、その一瞬の隙を突き、オールはアタシの喉を潰そうと手刀を伸ばした。
対応はできた。アッパーカットによって喉を狙った手刀を弾いたのだ。
バキャッ、ガントレットが砕ける音が鳴る。アタシのじゃない。オールのだ。
「ぐ・・・ッ!!」
重い一撃が、アタシの体へ跳ね返る。ダメージを負ったのが下腹部で幸いだった。肋骨にまで響いてはいない。
だが、天秤神の恩恵に、複数の戦闘職業技術、複数の武器、相手をするには質が悪過ぎる。
ミクサーがオールの得物に天秤神の恩恵を与えられるのは、それだけマゼンタとの戦闘に余裕があるからだ。
実力差は天と地ほど開いている。勝てる確率は限りなくゼロに近い。だが、もしクロックの助力があれば状況は好転する。
圧倒的不利への打開策を考える間もなく、オールは次の手に出た。
「仕掛けを見破ったのも、これだけ生き永らえるのも、ダメージを与えてきたのも、全部お前が初めてだ。だからもう、正々堂々とは戦わない」
新たなガントレットを装着し直し、その手にはダガーを握る。
刺殺、殴殺、絞殺、圧殺、あらゆる決定打に警戒しながら構えるアタシの裏をかくように、オールは砂袋を投げつけた。
受け止め、遠くへと投げ捨てるより早く、次に投擲したダガーが砂袋を破った。
砂煙が舞い、煙幕が張られる。気配も姿も認識できない最悪の状況。オールは背後を取り、アタシの頭蓋を砕かんと迫った・・・。
拳を使っても、魔法を使っても、ワタシの全力を絞り出しても、届かない相手。
負けなんて信じてはいなかった。本気を出せば、誰にでも勝てる気でいた。
一切の、勝ち目が見えない。
「ワタシが倒さなきゃ・・・ッ!!ワタシが勝たなきゃ・・・ッ!!皆が死ぬッ!!倒れろッ!!倒れろッ!!倒れろぉぉおおおおおッ!!」
もう何百回、拳を放っただろう。
そして何百回、防がれただろう。
これで何百回、攻撃を受けただろう。
食らい続けた雷撃で皮膚は焦げ、傷口は開く。動きがまた鈍る。
同じぐらいとは言わないが、こちらも小さなダメージは与えたはず。だが全ての傷は、クロックによって回復させられてしまう。
「無駄な努力、お疲れ様ですぅ。ですがそろそろ、この勝ちの決まった勝負には飽きてしまいましたぁ。なのでぇ、一つチャンスを差し上げましょう」
ミクサーは横に退いた。まるで、奥で守られていたクロックを差し出すように。
「治療者が邪魔なのでしょう?でしたらどうぞぉ、処理して結構ですよぉ?」
「な・・・ッ!?」
「不老不死薬を盛りましたがぁ、ほんの微量ですぅ。心臓を潰すなりぃ、脳を破壊するなりすればぁ、簡単に殺せますよぉ?まぁ、薬の効果で死ぬまで時間が掛かりますしぃ、とぉっても苦しむでしょうけどねぇ」
他人の命を秤に掛け、嘲笑うミクサーにワタシは怒り以外の感情を忘れた。
傷口から熱された血が吹き出そうなほど、血管がちぎれそうなほど、憤怒を露わにした。
「命を侮辱するのも大概にしろッ!!」
「命を天秤に掛ける行いが侮辱と言うならぁ、アナタ方の今までの行いはどうなのでしょうかぁ?依頼とぉ、動植物の命を秤に掛け、取捨選択をし続けた結果が今のアナタ方ではないのですかぁ?今回の天秤にも、仲間の命とぉ、クロックさんの命が掛けられているだけですよぉ?」
「・・・ッ!!絶対に、仲間は捨てないッ!!」
電撃と雷撃の二つを宿した強力な一撃を、ミクサーへと振るう。
彼女はソレを難なく掴み、捻じ伏せた。
「が・・・ァッ!!」
「そうですかぁ。クロックさんを選びぃ、仲間を捨てるのですねぇ?その選択は承りましたぁ。ではぁ、サヨウナラァ」
グサッ、グサッ、グサッ。
グサッ!!グサッ!!グサッ!!グサッ!!グサッ!!
熱い液体が、ワタシの体から流れ出る。濁流のように、ドクドクと。
痛みは後から追ってきた。鋭く、真っ直ぐな痛み。そんな痛みが、体中にあった。
串刺し。その表現が一番合っていた。
ワタシの体は、床が変形してできた無数の棘に貫かれていた。
ポタリ、ポタリ、頭から溢れ出る血が、顔を伝い、床へと落ちる。
砂煙が消えて尚、霞む視界。揺れる意識。立っているのがやっとだった。
「咄嗟にダメージを減らしたな」
「・・・減らしたと言えない」
血を拭い、倒れそうな体を二本の足で支える。
もう痛み以外の感覚すら感じない拳を構える。
「もう、お前に勝機はない」
オールはマゼンタたちの戦っていた方向を横目見た。
同じように目を向ければ、そこには串刺しのマゼンタと、事を終え、ゆっくりとこちらへ迫るミクサーとクロックが見えた。
マゼンタが勝てる見込みなどないことは、わかっていた。それでも期待していた。あるいは、ミクサーを倒せるかもと、クロックを戻せるかもと。
期待は、その通りにならなかった瞬間、絶望へと変わる。アタシの心にも、絶望が満ち始めていた。
「おつかれさまぁ、オール。殺さなかったのはとてもお利口さんよぉ」
「・・・アタシを奴隷にでも・・・するつもりか?」
「ホホホ、ご名答ですぅ。アナタほどの強者を、いえ、アナタという英雄を隷属させることでぇ、人族の人々へ面白いアプローチができるようになりますぅ。ブリザーデという英雄とぉ、大陸を、文化を、別の英雄を交換なんて話も持ち掛けられますねぇ?当然大多数は反対するでしょうがぁ、アナタほどの実力者を失うのは人族社会の危機に繋がりかねないと立ち上がる者もいるでしょう。ですがぁ、ワタクシの真に求めるところは交換ではありませぇん。何かを捨てるとき、何かを失うときの人々の反応が大っっっ好物なんですよぉ!ワタクシはソレが見たいのですぅ」
距離を取ればミクサーの魔法、間合いを詰めればオールとの近接戦闘、仮にダメージを与えてもクロックの治療によって回復される。
勝機は無く、ただ仲間を、自分を奪われることを待つばかり。それでもアタシは、構えた。
「まだ目の前にあるなら、手を伸ばす。アイツは、諦めるアタシなど見たくないだろうからな」
「アナタは失う寸前でも諦めないのですねぇっ!素晴らしいっ!ではぁ、打ち砕かれたときどんな表情をするのかも是非見せてくださいぃっ」
ミクサーは空の注射器を取り出した。
しかし、肝心の薬を出さなかった。
不思議そうに首を傾げるミクサー、咄嗟に驚いた様子で串刺しのマゼンタに目を向けた。
無数の針から抜け出したワタシは、片手に持った小瓶の赤黒い液体を飲み干した。
そう、隷属血清だ。
熱い、苦しい、辛い、様々な感覚がワタシを襲ったが、既に負った傷から感じる痛みと、ミクサーへの怒りが、隷属血清の副作用を無効化した。
グジュグジュ、と体中に空いた穴が塞がる。焼け焦げた皮膚が修復される。そう、ダメージが完治したのだ。
「・・・やはり同様のモノでした、か」
ズルリ、ズルリ、尾を使って、ミクサーへと歩み寄る。
まるで吸い寄せられる、磁石のように。
「ほぉほぉ、なるほどぉ。最後の一撃、ワタクシが捻じ伏せた瞬間の隙を狙って隷属血清をくすねたのですねぇ?足掻きますねぇ。ですがその判断はぁ、自分たちの首を絞める行為だとお気づきでぇ?」
尾が止まらない。どんどんと、勝手に、尾が進む。
ミクサーの手招きに応じるように、近づく。
今のワタシは、この衝動に逆らえない。
「・・・ミクサー。オマエもアタシも、マゼンタという半蛇人の力を見誤っていたようだ」
「ん~?なにを仰って・・・」
この衝動の名は、殺意だ。
バギャッ!!握り込んだ拳は、ミクサーの頬を殴り抜いた。
数メートル浮き上がり、倒れ伏す彼女は、オールによって起こされた。
「ッ~~~!!あれ、あれあれ、あれぇ!?そんな命令は下していません!何が起こっているのでしょうかぁ・・・!?」
「わからないか。マゼンタの意志が、薬の支配を上回ったんだ。命中したのは不意打ちのラッキーパンチ一発。だが、それで十分だろう。“クロック”」
敵の脅威度を計算し直したのか、オールはワタシへと間合いを詰めた。
そして振るわれるダガー。受身を取らなければ袈裟斬りにされるだろう。
しかし、そのダガーの金属部が、ワタシに接触する寸前にドロリッ、と溶けたのだ。
ダガーの刃を掴んだクロックが太陽神の恩恵を使い、溶かしたのだ。
咄嗟に飛び退くオール。手に付いた溶解金属を払い捨てると、クロックは体中からシュウシュウと蒸気を上げながら尋ねた。
「・・・何故アタシから殺さなかったのかな?」
「マゼンタが言った。“何を欲し、誰に就こうとも、クロックを信じろ”と」
「マゼンタ、が?」
照れ臭さから頬を掻きながら、ワタシは答えた。
「危うくワタシは、自分がされて嫌なことをアナタにするところでした。進む道を他人に決められる。これほど辛いことはない。仲間の進む道も信じられないで、仲間なんて名乗れません。だからワタシたちは、アナタを手伝います。例えそれが、死にたいという選択肢でも」
「・・・大馬鹿者ばかりだ。普通から逸脱した、変人ばかりだ。けれど、だからこそ、ありがとう。本当に、感謝しかできないのがもどかしい。今まで誰も、この選択を認めてはくれなかったからさ」
笑い合うワタシたち。その光景にミクサーは不快そうに口を挟んだ。
「・・・自身の体に埋込太陽を使い、隷属血清の混じった血を蒸発させたのですねぇ。僅かに残った薬の効果で血は蘇るとはいえ、そんな苦痛を受け入れるとは思わなかったですねぇ。で・す・がぁ」
安楽逝去薬を見せびらかしながら、ミクサーはまたワタシたちの負の感情を引きずり出そうとした。
「クロックさんの求めるモノはワタクシの手の上ですぅ。その気になれば捨ててしまうこともできるのですよぉ?それでも抗えるのですかぁ?生涯を懸けて追いかけたモノを捨ててまでぇ、戦えるのですかぁ?」
ワタシたちが立つ床ががグニャグニャと歪む。串刺しにされる直前と同じ感覚だ。
咄嗟にワタシたちは飛び退く。瞬間、床から無数の棘が出現した。
棘は先ほどより長く伸び、天井にまで達し壁となった。
見事にワタシたちは分断された。ミクサーに対してのワタシとクロック、オールに対してのブリザーデ。相手にとって都合がいいように、魔力には魔力を、膂力には膂力をぶつけるつもりだ。
「絶対にポーションは手に入れます。そのために、クロックさんも力を貸してください」
「任せなよ。決して負けさせないから」
一つ誤算があったとすれば、ワタシの膂力はミクサーを越えうることに気づいていないことだ。
「ではぁ、裏切り者から処すことにしましょうかぁ。ねぇッ!!」
ミクサーは指先に溜めた雷の魔力をクロックへと放った。
鋭く、強力な一撃を、クロックは避けようとしなかった。
「クロックさんッ!!」
「第一段階、気化!」
鋭いが故に、細く強烈な一撃は、クロックの構えていたガラス瓶へと吸い込まれた。
それはポーションの瓶だった。中の薬液は雷撃によって気化し、クロックがその手から太陽の魔力を注ぎガラス瓶を温めることで、パリンッ、と瓶が割れ、気化したポーションが蔓延した。
何かを企んでいることに気づいたミクサーは、建築神の恩恵を使用し、クロックの足を床に埋め、無数の魔力の弾を発射した。
動けない中、それでも目論見を果たさんとするクロックを守るように、ワタシは前に立ち、次から次へと迫り来る魔力弾を、拳で弾き落とした。
防ぎきれずに何度も深手を受ける。ガントレットが砕ける。それでも決して逃げない。この戦い、拳を止めて守ってもいい。反撃は諦めていい。ただ一つ、逃げてクロックを見捨てることは絶対にしない。
「半蛇人風情がどれだけ拳闘士を真似たとてなァ!!浅い限界に阻まれて置いて行かれるだけなんだよォッ!!」
「置いて行かれてもいい!負けたっていい!今はただ、守りたいものを守れればそれでいい!」
戦う姿に憧れた。勝つ姿に憧れた。だから拳闘士になった。
けれど今は違う。誰かの為に戦えるあの姿に憧れている。穢れた蛮族のワタシが、あれだけの綺麗事を為せるようになりたいと思ったのだ。
「第二段階、活性化ッ!」
天井に小さな太陽が生まれる。輝き照らす太陽光は、ワタシやクロック、ブリザーデの体を包み込み、受けた傷を塞いでいく。
気化し蔓延したポーションを取り込んだ体に、太陽神の恩恵による活性力の強化が混じり、ダメージが持続的に回復しているのだ。
「『治癒領域』。さて質問、太陽神は果たして歪んだキミたちを照らすだろうか?」
太陽に注意が向いたミクサーとの間合いを詰め、ワタシは両手に雷電の魔力を込め、何十何百というラッシュを浴びせた。
張られた障壁すら打ち壊し、魔力の装甲を貫通し、放った連撃は今までにない大きなダメージを与えた。
「ぁ・・・ぃ・・・痛・・・ぃッ」
怯み、膝を突いたミクサーから零れ落ちた安楽逝去薬を拾い上げた。
「クロックさん!手に入れました!」
「ありがとう。だが、まだ気を抜いてはいけなさそうだね」
安楽逝去薬をクロックへと手渡しては、ワタシはすぐミクサーへと向き直った。
「ぁ・・・ぁあぁ。奪わせちゃぁ・・・くれないのぉ・・・?ユメも・・・キボウもぉ・・・ナカマも・・・チカラもぉ・・・!!全部全部全部ぜんぶゼンブ・・・!!奪い尽くしてぇ・・・!!その顔を歪ませたいなァッ!!!!アハハハハハハハハハッ!!!!」
ドクドクと血を流しながら、ミクサーは不自然に起き上がった。
ゆっくり、ゆっくりと歩み寄りながら、腕から流れ出る鮮血を、指先に滴らせ、コクコク、と飲み込んだ。
瞬間、ミクサーの魔力量が跳ね上がった。
「鮮血儀式・・・。一人ずつ骸にすればァ・・・ッ!!泣いてくれるかなァ・・・ッ!!叫んでくれるかなァッ!!!!」
先ほどまでとは別人、いや、別の種族かと思ってしまう程の実力差を見せつけられたワタシからは、きっと恐怖の色が見えたことだろう。
だが、そんなワタシの背中を、クロックが叩いた。
言葉はない。だが、その手の感触だけで伝わった。“勝つぞ”という意思が。
魔力的な進化を迎えたミクサー、その異変にオールは舌打ちをした。
ポキリ、ポキリ、指を鳴らす仕草を見せると、オールは真正面から殴り合いを仕掛けた。
「焦っているのか?」
「どうだろうな」
安直な攻撃の連続、全て避けさせる為に放っているようにも見えるほど、単純な攻撃ばかりだった。
理由はどうあれ隙と捉え、アタシはその腕を掴み、軽々と持ち上げ、棘の柵へと投げつけた。
衝突の寸前、オールは予めわかっていたかのように拳を握り、棘に殴り掛かった。
パリンッ、という音と共に太陽の光にも負けぬ眩い光が周囲を照らす。
光と同時に爆音と、大きな爆発が発生し、棘の柵は砕け散った。
「ッ・・・ミクサーッ!!」
「指を鳴らしたあの時に、魔力爆弾を・・・ッ」
弾け飛んだ腕など捨て置き、オールはミクサーの下へと駆け出した。
これは危険だと、アタシも後を追いかけた。
ワタシとクロックの間を駆け抜け、ミクサーの下へ向かう者がいた。
オールは、暴走するミクサーへと片腕で抱き着き、叫んだ。
「前にソレ使ってどうなったッ!!魔力が切れて、ミイラになったの忘れたのかッ!?頼む、ミクサーッ!!ソレは使わないでくれッ!!居なくなって欲しく・・・ないんだよッ!!」
血涙を流しながら、ミクサーは目を見開いた。
「オール・・・。そうよね・・・、失ったら辛い。失ったら悲しいものねぇ・・・」
「そうだ!だからやめよッ!!二人でアイツら倒せばいいからッ!!もう・・・一人はいやなんだよッ!!」
「・・・ありがとう、オール」
オールをギュッと抱き締めるミクサー、しかしその行為はまるで捕縛しているようにも感じた。
危険を感じワタシは叫んだ。
「なにか・・・嫌な予感が・・・ッ。逃げてッ!!オールさんッ!!」
「でもね・・・ワタクシはァ・・・、そんな悲しイ顔がだァいすキなのォッ!!」
後ろから追いついたブリザーデが手を伸ばす。抱き締めるその腕をもぎ取ってでも、救おうと。
しかし、遅かった。
ミクサーが抱き、添えた手から、鮮血を凝縮したような強力な魔力が炸裂し、オールの胴に大穴を空けた。
「ぁ・・・ぁ・・・ァァ・・・ッ」
「やめてヤメテッ!!そんな悲痛なおカオしないでェッ!!濡れちゃうッ!!火照っちゃうッ!!もう抑えられなくなっちゃうわァッ!!!!」
滝のように流れ出るオールの血、手に付いたソレをベロリッ、と下品に舐めては、抱き締めていたオールの亡骸を投げ捨てた。
より一層、ミクサーの魔力は濃く、赤黒く染まる。
生み出される無数の魔力の槍。だがもう、臆すという言葉は、ワタシたちの辞書から破り捨てられた。
『許さない』という感情だけが、ワタシたちを突き動かした。
「それじゃァ!!アナタから奪いましょうかァ!!」
撃ち放たれる魔力の槍、標的はワタシだった。
貫かれれば死、理解をしていたからこそ、ワタシは一本残らず弾き落とした。
しかし床に落ちた槍はドロリと血溜まりに変化し、ポコ、ポコ、と血の球体を生み出した。
沸々と沸騰を始めた球体を、クロックは魔力で薙ぎ払い、蒸発させた。
次弾の準備が整うより早く、ブリザーデは拳をミクサーの顔面に打ち込んだ。
「んべぇェ、じゃんねんれしたァッ!!」
その拳は、真っ赤な魔力の紐で拘束され、顔に命中することはなかった。
拘束したその拳に噛みちぎった舌を吐き捨てると、舌から零れる血を媒体に作られた鋭利な棘の球体が、ブリザーデの腕を貫いていた。
「ッ・・・」
拘束を振り解き、腕の血を払った。どうやらガントレットのお陰で拳には影響がなかったようだ。
舌の断面から溢れ出る血で、舌を再び創り出すと、ニマァ、とミクサーは笑った。
「アハァッ!!待てないッ!!イヤァ!!もう焦らされるのはイヤなのォッ!!だからァ・・・!!一番キレイな命、奪っちゃうねェッ!!!!」
館全体の床がグニャグニャと歪み出す、また串刺しにする気なのだ。
更にダメ押しとして、ミクサーは自分の真っ赤な魔力の球体を何十と館に設置した。
もしこの全てが棘に変形してしまえば、ワタシたちは針千本のサボテンになってしまう。
「そレ、ではァッ!!さヨぉナらァッ!!!!」
煽るようにミクサーは手を振った、その時だった。
「『初撃崩』にご注意くださぁいッ!!」
地震のように床が、いや大地が揺れる。
歪んでいた床がバキバキッ、と砕け、建築物という概念から外れた、欠片となる。
階段が、二階が崩落し、屋敷や屋根が付いた廃墟と化した。
落下した瓦礫などが壁となり、魔力の球体が変形してできた針を掻い潜ることができた。
「建築神の力までパクってたなんてね、全くけしからんっ!」
「マジで宣言してから実行してくれんのは助かるぜ・・・。じゃなきゃコイツ、オールだったか?下敷きだったぜ」
ハンマーを肩に担ぐアデリア、そして瀕死のオールを背負うガレア。煙の中から見えた二人に、ワタシたちは喜んだ。
「お二人とも・・・、無事だったんですねッ!!」
「骨が折れたけどねぇ・・・。あっ、本当に折れたんじゃないよ!?疲れたって意味ね!?」
「塵も積もればなんとやらだ。雑魚もあんな大量に来られちゃたまんねぇよ」
戦力が増えたことにも喜んだ。しかしそれ以上に、生きていてくれたことに喜んだ。
もし扉の奥で死んでいたらと考えると怖かった。けれど事実はこうだ。二人は生きていて、戦力が増えた。
もう、負ける気がしなかった。
「奪えル数が増えんデすねェッ!!!いッたダッきマァすッ!!!」
魔力の槍が、ガレアとアデリアに向かって放たれる。
しかしガレアをクロックが、アデリアをブリザーデが守った。
「ガレア、すまなかった・・・。キミにあんなことを・・・」
「何言ってんだ!アンタが本気出してたらオレなんて炭になってたぜ?抗っててくれたんだろ。ありがとな。クロックさん」
「ッ・・・ぁぅ」
「後はオレに任せとけ。あのクソッタレぶっ潰して、その後はしっかり、看取らせてくれよなっ!」
ニィッ、と無邪気に笑うガレアの笑顔に、クロックは頬を赤らめた。
そしてクロックはオールの治療に、ガレアとアデリアはワタシたちと同じ戦場に立った。
「オレたち重戦士が盾になるからよ!」
「ハニーたち拳闘士は、最強の矛になってねッ!!」
振るわれる二本の血の鞭。アデリアは弾き、ガレアは掴んだ。
「い~~~~~ッでぇぇぇッ!!!」
ベシンッ!!肉が削ぎ落ちる程の威力に悶えながらも、決してその鞭を離すことはなかった。
鞭はミクサーの腕から直接生えており、切り離せば再び魔力と血のリソースを割いて創り出さなければならない。
迂闊に切り離せはしないと判断しての行動だった。
「もう一本に警戒してッ!!」
鞭の軌道を予測しながら、ワタシとブリザーデは懐に入ろうと詰めた。
ワタシに迫り来る鞭、回避を試みたが、様子がおかしかった。
「残りが一本だとォ・・・いイですネぇェッ!!!」
一本の太い鞭が、とても細く枝分かれし、無数の鋭利な糸へと変化した。
糸に囲まれたワタシに脱出の術はない。ガントレットを失い防御の術もない。このままでは八つ裂きにされる。
ならばダメージ覚悟で反撃してやろうと思った。
「報いを受けろッ!!クソ吸血族ッ!!」
無数の糸となった鞭を、何十本と束ねるように掴み、電撃を流し込んだ。
変幻自在と謂えど、元が血液なら電撃は必ず流れ行く。本能的に思い付いた反撃の策だった。
「あぁぁッ!!!が、ゥアァアアあああああああァアアアッ!!!!!」
血管から直接繋がっているその糸に電撃を流せば、当然ミクサーの肉体に侵入し、内部でスパークする。
その激痛に藻掻き苦しみながらも、糸を切り離した。一つ無力化に成功した。
「はァ・・・ッ!!ハ・・・ァッ!!はハ・・・アははッ!!」
もう理性などないのだろう。ミクサーは痛みが逃げた喜びに笑った。
しかし攻撃が止んだ今、矛のワタシたちは一斉に攻撃を仕掛けた。
片手に電撃、片手に雷撃を込めて、ワタシは何度も拳を叩き込んだ。
ブリザーデも的確に、出血を狙える急所を殴り続けた。
血を、魔力を、リソースを切らせる為に。そして何より、目の前のコイツを殺す為に。
「子供の分までッ!!!!」
「死んで詫びろッ!!!!」
床の亀裂にミクサーの血が流れる。ドプ、ドプ、まるで滝のように。
生きていることが不自然な程の出血。それでも生きている事実に目を向け、ワタシはミクサーの頭を殴り潰した。
地に捻じ伏せ、拳を捩じり込み、脳までを完璧に潰した。
「はぁ・・・ッ、はぁ・・・ッ、やり・・・ました・・・ッ!!」
魔力と体力が底を尽き、膝を突くワタシを、アデリアが撫でてくれた。
「よくやった」
「むーっ!もっと褒めたげなよ!マゼンタ居なかったら生きてたかどうかわかんないんだからぁ!!」
「元々甘やかすタイプじゃねぇしな。そこは仕方ねぇよ。今は取り敢えず、クロックさんに診てもらおうぜ」
終わったのだ。長くて苦しかった戦いが、ようやく。
涙すらも出ない程絞り出したのだろう。ワタシはそのまま気を失った。
その時だった、頭部のないミクサーの死体が独りでに立ち上がった。
「嘘だろッ!!もう全員、魔力も体力も残ってねぇのに!!」
とめどなく溢れ出る血が集合し、ミクサーの手のひらに集束する。
その巨大な魔力の球体は、この場に居る全員を消し炭にするのに十分な威力を孕んでいると誰もが感じ取った。
放たれる魔力。防ぎ様もない。誰もがそう思った瞬間だった。
ブリザーデはワタシたちを突き飛ばし、魔力の塊から遠ざけた。
「仲間を失いたくないんだろッ!!ありったけをぶつけろッ!!」
その声は他でもない、クロックへと送った言葉だった。
我に返ったクロックは、宙に浮く太陽に全ての魔力を注ぎ込んだ。
焼け焦げんばかりの熱量。だからこそとても頼もしい。そして優しい。クロックの魔力の集合体。
「『太陽落撃ッ!!』」
肥大化した太陽は、鮮血のような赤黒い魔力を浄化し始めた。
衝撃で壁に亀裂が走る。やがて壁の一部は崩落し、もう一つの太陽が差し込む。
二つの太陽に焼かれた魔力は、やがて消滅した。
再び膝を突くミクサーの死体。もう、動くことはなさそうだ。
訪れる朝の静寂。崩壊した壁から差し込む朝日に照らされながら、ワタシは担がれ、皆の下へと連れられた。
揺れる感覚で目を覚ます。その背中は、ブリザーデのものだった。
目覚めたことに気づいた彼女は、一度ワタシの顔を横目見た。
「起きたか」
「ぁ、はい。すみません、意識が飛んじゃって・・・。でも、眠っている間、すごく安心したんです。優しいお天道様に守られていた気がしたので」
「あながち間違っていない。アタシも、オマエも、アイツらも、クロックの太陽に救われたんだ」
何から救われたか、そんなことはどうでもよかった。
ただ、守られた事実、感謝すべき事実があればそれでいい。
降ろされたワタシが皆の下へ向かうと、そこには息絶える寸前のオールが居た。
体に空いた大穴を塞ごうと、血管が蠢くのが見える。だが、決して結合しない。
彼が飲まされたのはきっと試作品。致命傷には対応できないのだろう。
「・・・ぁ・・・、また、捨てられ・・・た・・・。また・・・独り、ぼっち・・・」
「オールさん・・・」
一人じゃないと言ったとて、それは死ぬまでの僅かな間だけ。
ずっとは寄り添えない。無責任にそんなことは言えなかった。
誰もが俯き、沈黙する中で、クロックは安楽逝去薬を取り出してこう言った。
「・・・独りじゃないよ」
そしてクロックは、安楽逝去薬を半分まで飲み込んだ。
残った半分は、オールの口へと注いだ。
「痛かっただろう。これ以上、苦しむ必要はないんだよ」
飲み干したオールは、痛みや苦しみから解放されたように、安らかな表情を浮かべた。
「・・・貴女が・・・ママなら、よかったなぁ・・・」
じわりじわり、涙を浮かべるオールの頬を撫でながら、クロックは薄らぐ意識の中で言葉を紡いだ。
「・・・来世があるなら・・・キミのママになりたいな・・・。いい、旦那を見つけて・・・キミを産んで・・・。同じ時間を・・・歩きたいな・・・」
死が近い二人に、ワタシも涙を堪えられなかった。
ボロボロと溢れ出る心、それはガレアもアデリアも、ブリザーデも同じだった。
静かに泣く者、号泣する者、泣き方はそれぞれだったが、皆一様に、喜びと悲しみの感情で葛藤していた。
「ごめんね・・・。きっとクロックは、今のウチら以上に悲しい思いを何度もしてきたんだよね・・・っ!気づいてあげられなかった自分が情けないよっ!」
「・・・経験しても、努力しても、才能があっても・・・真の意味で、隠された心を見透かすなんてできない・・・。だからこそ・・・関係を持って・・・心を解きほぐしていくんだよ。そうしたら、ほら・・・アデリアに、皆に伝わったよ・・・。アタシの心が・・・」
オールの手を握り、壁へともたれ掛かるクロック。きっともう会話もままならないのだろう。
だからこそ、最後の力を振り絞って、クロックは呟いた。
「・・・アデリア・・・ブリザーデ・・・ガレア・・・、マゼンタ・・・。楽しい冒険を、ありがとう・・・。さようなら・・・」
「・・・ッ!!!!」
クロックの意識が途切れる寸前で、ガレアは涙ながらに叫んだ。
「愛してるぜッ!!来世でもいい男見つけやがれッ!!そんで・・・前世の苦しみが帳消しになっちまうほど幸せになりやがれッ!!」
返事は返って来ない。だが、ガレアはグシャグシャな顔でニコリを笑った。
微笑み浮かべるクロックの手が、ピースサインを出していたからだ。
きっと届いたのだろう。そして彼女は、決して忘れないだろう。この冒険を、この仲間を、この人生を。
クロックの日時計は、一周した。そしてまた一から進み出すのだろう。
そうしてワタシたちは帰還の準備を始めた。
オールとクロックの亡骸は、日に照らされる明るい場所に埋めた。
割れた物は可能な範囲で適切に処理し、残った不老不死薬とレシピは適切な場所にて処理してもらうことにした。
帰り道、蛮族の襲撃に遭うわけにはいかないと地図を見直していると、数匹のグレムリンがワタシたちの前に着陸した。
警戒して話を訊けば、どうやら命を救ってもらった恩を返したいそうだ。
危険性はないと感じたワタシたちは、グレムリンたちの先導の下、ヘルズ大陸を抜けた。
船に乗り込む直前、ワタシは救ったグレムリンに尋ねた。
「アナタは操られる薬を摂取しなかったんですか?」
するとグレムリンは答えた。“知性のある蛮族には注射していなかった”、“話し相手が欲しかったらしい”と。
きっとオールも、クロックと同じで孤独だったのだろう。理解されない、いや、理解しようとする存在すらいなかったのだ。
次は、幸せになって欲しいと願いながら、ワタシは船に乗り込んだ。
ワタシたちは無事、アンブラッセ大陸、エンバース地方に帰還した。
帰還しすぐに依頼を完璧に済ませ、達成報告をすると、街全体の人々に向けて、広場にある集合の鐘を鳴らした。
わらわらと集まる冒険者に一般の住民たち。英雄ブリザーデからの招集に驚く者たちばかり。
ブリザーデは演説台の上に立ち、大きな声で語った。
「エンバースの治療者、クロックは旅立った!戦場での大きな功績を残し!ブリザーデ、アデリア、ガレア、マゼンタの四名の命を救い!不老不死薬という驚異から人族を守った!」
クロックの死に、人々はざわついた。
人々は不安と怒りを露わにしながら叫んだ。
「治療者は貴重なんだぞ!それを失ったって、意味わかってんのか!」
「例え代理が居たとしても、クロックほどの実力者はそういないんだ!これじゃあおちおち旅にも出れねぇじゃねぇか!」
「英雄様が守るべきだったんじゃねぇのかよ!結局テメェも自分の命が惜しいのかよ!」
飛び交う罵詈雑言。しかしブリザーデは一切の反論も、それ以上の補足もすることなく、反感の的となった。
彼女は今、人々の不安のはけ口になっているのだ。吐き出さなければ毒は抜けない。毒が抜けなければ活気が消える。それを危惧しての言動だった。
途絶えない言葉を、俯きながら受け止めている中で、人々の注目は、ある人物のある発言に切り替わった。
「うっせぇんだよ!雑魚共がミーミーと喚きやがってよォッ!」
ピコンッ、と猫の耳を立て、背丈の小さな少女が高らかに叫んだ。
その猫人族の少女は、人混みをかき分けながら演説台でブリザーデと並んだ。
「ブリザーデ様、ここは一旦譲ってくれな」
その言葉にブリザーデが一歩退くと、猫人族は鐘をガンガンガンと乱暴に鳴らし注目を再び集めた。
「クロック様からバトンを受け取った治療者、“ネイル”だ!さっきも言ったが雑魚のクセしてミーミー威嚇してんじゃねぇよカス共がッ!!」
その言葉に人々は顔を真っ赤にして怒り散らかした。
「なんだと!こっちはなぁ、オマエみたいな半端な治療者じゃあ治し切れねぇ傷を負うことがしょっちゅうなんだよッ!」
「大体!その英雄がクロックを守れば済んだ話だろうが!」
はぁぁ・・・、深いため息を吐くと、ネイルは背負っていたカバンから一枚の紙を取り出した。
「クロック様が残した言葉だッ!!耳かっぽじってよく聴けッ!!」
クロックの最後の言葉、きっと誰もが気になったのだろう。
飛び交っていた野次は消え、静寂が訪れ、ネイルは紙を見ながら語り出した。
アタシが生きて帰らなかったら、この内容を街の人たちに伝えて欲しい。
無責任と怒られてしまうことは知っていた。だけどアタシは、旅立つことを決めた。
怖かったんだ。人の、仲間の死をこれ以上見ることが。
失うことに慣れ、毅然とした態度で治療者を務めることは、アタシにはできない。
だからアタシより、優秀な治療者に代理を依頼した。
数年分の費用は支払ってある。アタシも認める実力者だから、安心して頼って欲しい。
皆、ごめんね。必要としてくれて、ありがとう。
最後に一つだけ、皆に伝えるよ。
治療者は万能じゃない。手が施せないことだってある。
だから、治療者に甘えるばかりじゃなく、個々が強くなって欲しい。
皆に、長生きして欲しいからね。
俯く者も、泣く者もいる。だが、その内容に文句を吐く者は居なかった。
何故なら、クロックが去った一因は、自分たちにもあるのだから。
「テメェらがなァッ!!テメェらが、もっと強くて!クロック様が安心できるほど逞しかったならッ!!ここまでの選択はされなかったかもしれねぇんだぞッ!!」
その言葉に、冒険者の一人が声を上げた。
「わかってんだよッ!!だったらッ!!どうすりゃいいんだよッ!!」
しゃっくり混じりの泣き声に乗せ、叫ばれた言葉に、ネイルは答えた。
「強くなれッ!!泣いて!背負って!歩いて!鍛えて!戦って!足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて!わっちという治療者が収入を得られずミャアミャアと泣きわめくまで強くなっちまえッ!!」
人々は顔を上げた。
きっとそんなこと、皆、頭で理解していただろう。しかし、原動力の心に響いていなかったのだ。
ネイルの喝は、そんな人々の心を確かに揺さぶったのだ。
少し躊躇う様子も見られた、しかし数泊の間を空け、人々は叫んだ。
「「「「応ッ!!!!」」」」
ワタシもガレアも、アデリアも叫んだ。
もう二度と、誰も不安にさせないように。誰も失わないように。
その晩、閉店直前の酒場で、ワタシは一人ホットミルクを飲んでいた。
喪失感を埋める為に来るつもりだった。しかし、心を甘やかしている余裕がないことに気づかされたワタシは、今回溢れ出た全ての感情を流し込む為にミルクを飲んでいた。
すると、ワタシと店員だけの酒場に、ブリザーデが入って来た。
「正面、いいか」
「はい、どうぞ」
彼女が着席して注文した鶏肉は、香草焼きだった。
やってきた肉にかぶりつく彼女に、ワタシは尋ねた。
「今日は塩焼きじゃないんですね」
「しょっぱいと涙を思い出す」
「そうかもしれませんね」
しばらくの沈黙。次に口を開いたのはワタシだった。
「修行の強度、上げてもらえますか?」
ブチリッ、肉を噛みちぎると、彼女は答えた。
「覚悟は、できているようだな」
ワタシの鋭く、真剣な眼差しを真っ直ぐ見つめると、彼女はテーブルにお代を置き、立ち上がった。
「行くぞ、マゼンタ」
店を後にする彼女の背中を、ワタシは追いかけた。
「はい!ブリザーデさん!」