第4話『極寒の大陸への冒険』
悍ましい量の遺骨が並ぶ一室で、半蛇人はシクシクと泣いていた。
「嗚呼、マゼンタ。何故?何故なの・・・?ワタシの愛情が足りなかったの・・・?ワタシの教育が嫌だったの・・・?直せる事なら直すわ・・・。だから戻って来て頂戴・・・。刻印を持つアナタは逸材なのっ!神官の才能に恵まれたアナタを誇りに思っているのっ!お願いよ・・・っ!どうか・・・どうかぁぁぁぁっ!!ああああああああああああああああああああああああああっ!!」
喉を枯らさんばかりの大きな泣き声は、屋敷全体に広がった。
涙は床に置かれた頭蓋骨を濡らし、その頭蓋骨は、カラカラと顎を動かし、語り始めた。
「イエロ、サマ。イエロ、サマ。マゼンタ、ノ、居場所、ガ、判明、シマシタ」
頭蓋骨の言葉を聞くと、イエロは涙ながらに頭蓋骨を持ち上げ、怒鳴るような口調で尋ねた。
「何処なのッ!!!早く言いなさいッ!!!」
「カラカラッ、北方ノ大陸“フロスティア”ニ、居ルヨウデス」
イエロは、思わず頭蓋骨を地面に手放した。
頭蓋骨は落下の衝撃でその骨片を床に撒き散らした。
「フロスティア大陸。なら、丁度いいわ・・・。マゼンタ、アナタはまだ神官として未熟なの・・・。それさえ自覚すれば、きっと戻って来てくれるわよねっ!!はぁぁ、マゼンタ・・・。大丈夫よ・・・っ、少し痛い思いをするかもしれないけれど、ちゃぁんと治してあげるから・・・!!うっふふ・・・」
散らばった頭蓋骨の破片を踏み砕き、立ち上がると、その大きな部屋に並んでいた大量の遺骨たちも同様に、カラカラと音を立てながら立ち上がった。
その種類は様々で、人間の骸骨から、四足歩行の動物の骨までもが、骸の状態で動いていた。
「行きなさい。そして、準備なさい、屍軍勢。必ず、マゼンタを連れて帰るのよ」
骸骨たちは指示を聞いた後、イエロへと跪き、礼を行うと、隊列を組み、北方の“フロスティア大陸”へと向かった。
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「ずびっ、ずずっ、さ、さぶいでずね・・・!ブリザーデざん・・・っ!」
「そうか?防寒着を着ていれば寒くないだろう」
「慣れだよぉ、慣れ。ウチはほら、防寒着すら来てないし」
ヒュウヒュウと雪原の冷風が荒ぶ大地に、ワタシとブリザーデは、分厚い防寒着に身を包み、もう一人の同行者、矮人族の“アデリア”は、巨大なウォーハンマーに必要最低限の防具で立っていた。
北方、“フロスティア大陸”。ワタシたちがここへ来たのには当然理由があった。
発端は、遡ること二日前。まだ、アンブラッセ大陸に居た頃だった。
早朝、眠っていた体を起こす為に、ワタシは森のトレーニング器具を使って体を動かしていた。
吊り袋打ちに、蛇の尾を木に巻きつけての腹筋、背中に重りを乗せての腕立て伏せ、他にも強度のある運動を繰り返し、体を起こしていった。
「よしっ、こんなところですね!」
汗を布で拭いながら森を出て、街へと戻る頃には、既に街が賑わい出すような時間帯だった。
何やら今日はいつも以上に賑わっており、中でも酒場では冒険者たちがざわざわと落ち着きのない様子を見せていた。
酒場に入ってみると、クエストボードの前に冒険者の人集りがあった。
どうやら今日は、アンブラッセ大陸の首都『イールフォード地方』から、ワタシたちの居る此処『エンバース地方』へとクエストが配られる日のようで、稼げるクエストや新鮮なクエストを求める冒険者たちからすれば食いつかずにはいられない、小さいながらも重要なイベントだったのだ。
街も新たなクエストに向かう冒険者に向け、薬草やポーション、食糧や装備など、需要が大きくなり、儲けるチャンスと賑わっていたのだ。
「凄い賑わいですね!新しいクエスト、気になりますが・・・、次の課題としてクエストはブリザーデさんと行くと約束しましたし、ワタシはゆっくりお風呂で汗を流しましょう」
クエストに賑わう酒場を後にし、ワタシは街の公衆浴場へと向かった。
大浴場に人はほとんど居らず、ワタシ一人だけが湯舟に浸かっていた。
蛇の半身を大きく伸ばし、深いため息を吐きながら、心地の良い天然の湯に肩まで沈んだ。
「はふぅぅ~、極楽ですぅ。トレーニング終わりのお風呂はやはり格別ですね」
蕩け切った顔で温もりに浸っていると、脱衣所から誰かが浴室へと入って来た。
湯けむりでぼんやりとしか見えないが二人の女性だった。一人は背丈の少し高い女性。もう一人は、その娘かと思うほど背の小さな女性。誰だろうと考えていると、その二人の声が聞こえた。
「なぁなぁブリザーデぇ、結婚しよぉよぉ。結婚指輪も買うしさぁ。ウチ、一生添い遂げるって約束するからさぁ」
「断る。オマエはその言葉を一体何十人の男女に言い続けているんだ。求婚癖が激し過ぎるぞ、アデリア」
かけ湯を済ませ、ワタシと同じ湯舟に入ってきた二人を見ながら、思わず尋ねた。
「ブリザーデさん、求婚されてるんですか・・・!?それも、そんなかわいらしい女性に!?」
「違う。こいつ、アデリアの友好表現だ。気にするな」
「どぉも~、キミが噂の半蛇人、マゼンタかぁ。ウチはアデリア。ブリザーデとは同じギルドで、見ての通り“矮人族”の重戦士やってるよぉ。よろしくねっ」
アデリアは幼くかわいい見た目を活かし、ウィンクを見せつけた。
かわいらしい仕草に少し胸を高鳴らせながらも、ワタシはブリザーデの言葉で我に返った。
「第二課題のクエストだが、アデリアも同行することになった。向かうクエストも既に受注してある」
「ブリザーデさんのギルドメンバーさんと同行・・・!足を引っ張らないように頑張ります!」
「そんな気ぃ張らなくていいよぉ。ウチはキミのことが気になったから、無理言って連れてって貰うんだからさぁ」
「ワタシのことが、ですか?大して面白いことはないと思いますけど・・・。それでも、同行していただけるんでしたら、全力で頑張ります!」
ワタシの言葉ににんまりと笑むアデリア、団欒とした雰囲気の中でふと、気になったことがあった。
「あっ、ところで受けたクエストってどういったモノなんですか?」
「北方の大陸“フロスティア”にて、指定された素材を収集する。というモノだ。集める素材は、『コールダイト鉱石』『鋭馴鹿の角』『極寒蝶の蜜袋』の三つ」
「『極寒蝶』って、確か珍味だよねぇ。その蜜袋には、とっても甘い蜜が詰まってるんだけど、適切な処理をするとその蜜がシャーベットみたいになってもうホントに美味しいらしいのぉ!」
「どの素材も、フロスティア大陸ぐらい寒い土地にしか存在しない物ばかりですね。でも、大丈夫でしょうか。フロスティア大陸には、確か『雪守熊』という狂暴な熊が眠っていて、起こしたが最後、八つ裂きにされ、餌として食べられてしまうとか・・・」
「大丈夫だ。雪守熊は基本眠っている。興味本位で寝床に構わない限りは、何もされない」
少しの不安を他所に、ザバン、とブリザーデは湯舟から立ち上がり、「アタシは体を洗ったら上がる。オマエたち二人の準備が整い次第、出発するぞ」と言い残し、洗い場へと向かった。
その時に見えたブリザーデの背中には、大きな火傷痕があった。
誰かに焼かれたのか、それとも何かを隠す為に自分で焼いたのか、真実は解らない。
ただ、それを聞くことは、いけない事のような気がした。
入浴を終え、準備が整うと、ワタシとアデリアは酒場のテーブル席で待つブリザーデと同じテーブル席に座った。
ブリザーデは自分の顔の二倍の大きさはあろう骨付き肉をモグモグと食していた。
「お待たせしました。防寒具や食料など、準備は整いました。って、またお肉食べてるんですか・・・?」
「んむむっ、もぐもぐ」
「んもぅ、また塩焼きぃ?よくもまぁ飽きずに塩味ばっかり食べるねぇ。まっ、そういう一途なところも好きなんだけど~っ」
「んもっ、んもっ、ごきゅっ・・・。どの料理も、塩味が一番美味い」
骨だけを綺麗に残し、肉を完食すると、見計らったような丁度いいタイミングで、チリンチリン、と大きなベルの音が鳴った。
それは、馬車の予約者を呼ぶ呼び鈴で、入り口でベルを振る人間の男性は、ベルに負けない大きな声で告げた。
「フロスティア大陸行きの馬車を予約された方々!出発の準備が整いましたので、白昼までにご乗車くださーい!繰り返しまーす!フロスティア大陸行きの馬車を予約された方々はーっ!白昼までにご乗車くださーい!」
ブリザーデが無言で立ち上がると、アデリアも立ち上がり、自分もそうかと思い出したワタシが、最後に立ち上がった。
他数名の冒険者を連れ、報告者であり操縦者の人間は、今回の移動に使用する馬車へと案内した。
ワタシたち冒険者が全員乗車すると、「では、出発しまーす!」という操縦者の元気な声を合図に、馬車が北へと走り出した。
その後、馬車で港まで向かい、港で船に乗り換え、数日が経過した後、フロスティア大陸に到着し、今に至るのだ。
幸いにも、現在この土地は吹雪いておらず、積もる雪と凍てつくような風がワタシたちの足取りを邪魔するだけだった。
「そういえば、どの素材が何処にあるとかって解ってるんですか?ワタシ、この土地に詳しくないですし、地図の読み方も解らないので、知っている方が先導した方がいいかと・・・」
「アタシは虱潰しに全ての場所を探索しようと思ったんだが?」
「えっ!?いや、それは、危険ですよ!何週間と掛かりますし、流石にこの寒波の中じゃあ身が持ちませんよ!」
そうなのか?と言わんばかりの呆気にとられたような顔を晒すブリザーデに、ワタシはしっかりしてくださいと伝えるようにその両手を握ってはブンブンと振った。
「やれやれぇ、ブリザーデは独特な独自理論で独断独走する癖があるからねぇ。そういう不器用なとこも含めて好きなんだけど・・・。っと、こういう風に、支え甲斐があるからさっ!」
アデリアは、出発前に街で購入したフロスティア大陸の地図を荷物袋から取り出し、広げると、特定のポイントを指でなぞった。
「コールダイト鉱石はこの洞窟の中に採掘できる鉱脈があるって情報を聞いたなぁ。んで、鋭馴鹿は程よい寒さを求める習性があるらしいから、多分積雪の少ないこの平原かな?申し訳ないんだけど、極寒蝶の居る場所だけは誰も情報を持ってなかったんだよねぇ。だから自力で探すしかないかなぁ」
「す、すごいっ。地図も買って、ちゃんと事前に情報も手に入れてるなんて!」
「ふっふんっ。冒険者ってのは、戦うだけが全てじゃないからねぇ。情報収集から戦闘、探索と、その要素のどれもが重要なんだよぉ。だからこそ、極めればどの職業も、どんな特技も、認められる技となるのさぁ!」
その言葉に、ワタシは一度頷くことで、深い理解を示した。
戦う職業だけに価値があるなら、賢者などの知識を以て支援する職業などが認められることはなかっただろう。
野伏などの探索や偵察によって援護する職業などが日の目を見ることもなかっただろう。
極めれば、どんな職業も、どんな特技も、認められる技となる。全くその通りだと思った。
そして、ワタシの中に一つの疑問が浮かんだ。
過去のワタシは、人々に認められる程に、神官を極められていたのか。
ただ刻印を持っているから注目されていただけではないのか。それは果たして、ワタシの力と呼べたのか。
錯綜する思考回路を現実に戻したのは、背中をタップされる感覚だった。
ボーっとしていたワタシを見て、考え込んでいることに気づいたのだろう。背中を叩いてくれたのは、ブリザーデだった。
「何を考え込んでいる。行くぞ」
「早くしないと置いてっちゃうからねぇ!」
「ま、待ってください~っ!」
歩き出す二人の背中を、足跡を、ワタシは尻尾で跡を作りながら追った。
二人の先導の下、一番最初に向かったのは積雪の少ない平原だった。
標高の高かったさっきの地点から、坂を下り、雪の少ない平地へと到着したのだ。
横を向けば、ワタシたちが下りてきた山が見えた。分厚い雪化粧をした山が堂々と。
しかし、景色は見えても、鋭馴鹿の姿はなかった。
「あれ?一匹もいませんね。もしかして、既に他の冒険者に狩られてしまったとか・・・?」
平原の様子を一望すると、ブリザーデとアデリアは言った。
「それはないな。少なくとも、狩られていなくなったわけではない」
「そうだねぇ。狩られたとしたら、どこにも血痕が無いのはおかしいよねぇ?丁寧に拭き取って帰る潔癖症がいたり、『殺法神』を信仰するようなヤツがいるなら話は別だけどさぁ」
「『殺法神』って、確か生命を殺す行いそのものに恩恵を与えてくださる神ですよね。綺麗に心臓だけを停止させるよう殺せたり、逆に大量の血を撒き散らせ殺せたりと。ワタシはあまり、好きではありませんが」
「恩恵の力を使った感じもないな。そもそも『殺法神』の恩恵は複数の対象に使うものじゃない」
ブリザーデは少し考えると、アデリアに尋ねた。
「“自分よりも強い獣が来たから隠れた”という説はないか?この大陸へは竜人族も来ていた。可能性はあるんじゃないかと思ってな」
「なるほど!じゃあ、調べてみるね!」
ワタシたちが下りてきた山の岩場へと、アデリアは近づいた。
疑問に思い、同じように近づくワタシをブリザーデは肩を掴むことで止めた。
そして、アデリアが小さな体で、その巨大なウォーハンマーを片手で軽々と握り、大きく振りかぶった。
「・・・えっ!?ちょっ、ま・・・っ!!」
ドグォォオオオオオオンッ!!!!!!
大きく揺れる大地。振るい落とされる山の積雪。あまりの衝撃にワタシは尻もちをついた。
そう、全てはアデリアの振るったウォーハンマー一つで起こった事象。その衝撃は、岩場の陰に隠れていた鋭馴鹿たちを驚かせ、平原へと追い出した。
「やったぁ!ブリザーデの言う通り、逃げ込んでたみたいだねぇ!」
ドタドタと平原を走り回る鋭馴鹿たちを眺めながら、ワタシは恐る恐る立ち上がった。
「調べるって、調査じゃなくて岩場の打診だったんですね・・・。でも、あんなフルパワーでやらなくても良かったのでは!?」
「フルパワー?何言ってんのさぁ。あんなの二割の力も出してないよぉ!ウチ、ちゃんと調整したから大丈夫っ!岩場が崩落して角が全滅しちゃ意味がないからね!」
ワタシは、唖然とした。あれで二割程度なのか、と。
下手をすれば岩場が崩れ、雪崩すら起きてしまいそうな威力の一撃を、二割と言った。
では彼女が全力を出した時にはどうなってしまうのだろう。とても恐ろしかった。しかしそれ以上に、思い知らされた。
アデリアという女性は、紛れもなくブリザーデと肩を並べるギルドメンバーなのだと。
「後はアタシとマゼンタの仕事だ。ヤツらは素早い。ウォーハンマーでは仕留め難いだろう。それに、その破壊力で角が砕けても困る」
「あいあいっ、解ってるって!んじゃ後は頑張ってねぇ!マイハニーたちっ!」
ワタシも求婚対象になってるのか、という複雑な気持ちを苦笑いで示し、ワタシは鋭馴鹿の群れる場所へと近づいた。
仕留め方の解らないワタシは、ブリザーデがどう対処するのかを見て盗もうと考え、彼女を見ていた。
彼女は、一匹の鋭馴鹿の数メートル前に立ち、小石を投げつけた。
小石は対象の顔に当たり、痛そうに首を振りながら、鋭馴鹿はその鋭利な角を前に向け、ブリザーデへと突進した。
あんな鋭い角が、速度を乗せて突っ込んで来たら、普通の人間なら肉を貫かれ、致命傷になることだろう。
しかし、ブリザーデは違った。
肌にその角が突き刺さる寸前、両の角を両手で掴み、受け止めたのだ。
角を抑えられ、身動きの取れない対象の脚に、足を引っ掛け、転倒させた。
要らぬ苦痛を与えぬよう、そのまま素早い一撃を鋭馴鹿の脊椎に打ち込み、息の根を止めた。
「すごい・・・。もう何度も相手したことがあるみたいに、手慣れた動きでした!」
息絶えた鋭馴鹿の角をパキリと折りながら、ブリザーデは言った。
「一度も相手をしたことなどないが。ただ、獣相手なら方法は同じだと思っただけだ。教えろと言われてもできん。自分でやれるようにやってみろ」
「わかりました!では、やってみます・・・!」
ワタシも拾い上げた小石を狙い澄ませ、油断している一匹の鋭馴鹿へと投擲した。
ズモリッ、投げた石は胴体の厚い毛に埋まり、ワタシのことになど気づかず、大きな欠伸をしながら去って行った。
「・・・ごめんなさい」
「・・・やはり、オマエに戦闘のセンスは無いな」
「で、でも絶対やります!一匹は、一匹は絶対!」
それからワタシは、向かってくるのを待たず、自分から追いかけた。
決して素早くはない蛇の尾を使い、全力で走った。
努力はした。しかし一匹も捕まらなかった。
そう、ワタシには前衛職に必要なスピードが圧倒的に足りなかったのだ。
「・・・半蛇人が前衛に不向きと言われる所以です。大地を蹴り進む二本足、四本足の種族と違って、一本の尻尾を使って進むワタシたち半蛇人は、速さで後れを取ってしまうんです」
近接して戦う職業なら特に、このスピード不足が障害となる。
距離を詰めるべき場面で相手が先に遠ざかってしまったり、先手を取るべき場面で後手に回ってしまうなど、とても致命的な弱点なのだ。
ワタシが沈み、落ち込んでいると、ブリザーデはワタシの尻尾をワシリッ、と掴んだ。
「ひゃぅうううッ!?ぶ、ブリザーデさんッ!?」
何も言わず、今度は尻尾を左右に揺さぶったり、裏側を撫でたりと、激しく触り始めた。
くすぐったさで悶えるワタシを他所に、ブリザーデは手を離して尋ねた。
「マゼンタ、オマエはどう前進している?」
その問いに対して、ワタシは実際に前進しながら答えた。
「えっ?えっと、こうやって、尻尾を左右に揺らしながら、体の重心を前にして、進んでますね」
ワタシの前進する様子をまじまじと見ながら、尻尾の動きを指でなぞった。
ある程度動きを見せ、尻尾を止めると、ワタシの近くまで歩み寄って、彼女は言った。
「尻尾の動きが無駄に大きすぎる。できる限り小刻みに動かせ」
「・・・?わかりました!では、やってみます・・・」
指示通り、ワタシは尻尾を小刻みに動かし、鋭馴鹿へと接近した。
当然、鋭馴鹿は逃げ出した。しかし、今までより明らかにスピードの乗ったワタシの走法は、相手を遠ざけることを許さなかった。
「あれ、ワタシ、追いつけて・・・っ!」
逃げる獲物を捕えた蛇の如く、ワタシは両の手で鋭馴鹿に食らいつき、押し倒した。
暴れるその体を、角を必死に抑え込みながら、脊椎に全力の一撃を叩き込んだ。
仕留められ、動かなくなった鋭馴鹿の角をパキリと折ると、その角を大きく振りながら、アデリアとブリザーデに素材を獲得できたことを満面の笑みでアピールした。
「純粋な子だよねぇ。でも、全く特殊なわけじゃない。秀でた才能も、センスもない。ブリザーデも感じてるよねぇ?マゼンタ、刻印を持って生まれてきたらしいけど、魔法の素質も人並みより少し上程度だよ。きっと、努力なんかとは程遠く、甘やかされて育ったんだろうねぇ」
「今までの環境は関係ない。重要なのは、今からどういう環境で自分を磨くかだ。マゼンタは言った。強い拳闘士になりたいと。その為に拳闘士の技術の他に、神官の技術が必要と本人が思ったなら、磨けばいい。アタシにできるのは添削までだ」
何かを語り合う二人の下へ、ワタシは二本の大きな角を持って歩み寄った。
「見てください!獲れました!ブリザーデさんの教えのおかげです!ありがとうございます!」
「オマエの力だ。一々礼を言う必要はない。納品の為にアタシが預かっておく」
「あーっ、いつもの口下手が出て来ちゃったぁ。ホントは嬉しいクセにぃ。ウチのハニーは素直じゃなくて可愛いんだからぁ!」
「・・・照れてない。あとオマエのハニーになった覚えもない。次は、コールダイト鉱石がある洞窟だ。早く行くぞ」
ブリザーデは、丈夫で大きな巾着の中に、鋭い角を四本入れると、それを肩に背負いながら歩き出した。
二人の歩幅が前よりも小さく感じた。いや、ワタシの脚・・・いや、尻尾が早くなっていたのだ。
小さな成長かもしれない。しかし、その小さな一歩を踏み出せたことを、ワタシは嬉しく感じた。
コールダイト鉱石の鉱脈がある洞窟へと、ワタシたちはやってきた。
中は不思議と明るかった。洞窟の隙間から差し込む外界の光が、並ぶ氷柱や氷塊に反射し、洞窟を照らしていたのだ。
とても幻想的な景色だった。冒険をしていなければ、決して見ることのなかったであろう光景。ワタシは目を輝かせた。
「とっても、綺麗です・・・!カメラがあったら、一枚撮って、残しておきたい程に!」
ワタシの発言に、二人は首を傾げた。
「カメ・・・ラ?なんだそれは。新しい筆写道具か?」
「景色を残すってことだろうし、そうなのかなぁ?わっかんないけどぉ」
元の世界の知識をふと口にしてしまった。カメラなんて高性能な機械、この世界には存在しないだろうに。
「ご、ごめんなさいっ!なんでもありません!ささっ、先を急ぎましょう!」
慌てて誤魔化し、ワタシは洞窟の中へと入った。
今度はその後ろを追う形で、二人は歩いていた。が、数メートル、尾を進めてワタシはピタリと止まった。
「・・・この道であってましたっけぇ?」
不安気に道を指差すワタシに、苦い表情を浮かべながら、二人はワタシの前を歩いた。
二人の先導の下、ワタシは洞窟の奥へと尾を進めた。ランタンの灯りなど要らないほど、明るさは奥まで続いていた。
しばらく進み続けると、分かれ道を見つけ、立ち止まった。
分かれ道は五つあり、どの道が鉱脈に続いているかは分からなかった。
「困りましたね。こんなに分かれ道があるなんて・・・」
「うぅん、何が起こるかわっかんないから、別行動はしたくないんだけどねぇ」
「しかし時間も掛けられない。アタシとアデリアで左右の二つを調べる。マゼンタは中央一つを頼む」
「それがいいかもねぇ。中央なら何かあったときに、最悪、壁二枚をぶち抜けば助けに行けるしさぁ」
「わかりました!では、ワタシは中央を見てきます!お二人もお気をつけて!」
「あぁ、わかった」
「わかってるよぉ。ありがとね、マイハニー!」
ブリザーデは一番右側の道の前、アデリアは一番左側の道の前、そしてワタシは真ん中の道の前に立った。
「鉱脈を発見したり、問題が発生したときには大声を出せ。洞窟なら声は響く」
「はいっ!」
「おっけー!」
返事を終えると、ワタシを含めた三人は奥へと入っていった。
道は今までより狭く、小さかった。それ故に、ワタシはワクワクしていた。
「こういう場所が秘密基地みたいって言うんでしょうね。車椅子の生活では、決して味わえなかった。本当に、転生してよかった」
氷塊が照らす道を、ワタシは子供が探検するような踊る心で進んでいた。
すると、奥から響いてくる音を聞き取った。
カンッ、カンッ、カンッ、何か硬いものがぶつかる音だった。
もしやと思い、ワタシはさっき学んだ走法を使って、急いで音の鳴る奥へと向かった。
そこは、鍾乳洞のような広い空間だった。違う点があるとすれば、この空間は水ではなく、輝く氷柱と結晶が見られることだろうか。
立派な鉱脈もあるようで、そこで鉱石を採掘するパーティが一組だけ居た。
カンカンとピッケルを打ち付けるそのパーティに、ワタシは声を掛けた。
「どうもこんにちは!えっと、もしかしてアナタ方もコールダイト鉱石を求めて来たんですか?」
すると、彼らはピッケルを振るう手を止め、ワタシの方へ視線を向けた。
しかし、その視線からは、快く対応する気などまるで感じられなかった。
「そんぐらい見りゃわかるだろ。それともなんだ?半蛇人は力だけじゃなくて、知識もねえのか?」
「あんまり言い過ぎんなよ。どれだけ街に溶け込んでも、所詮は蛮族だ。癇癪起こしたら魔法使って暴れるかも知れないだろ」
「そうそう、蛮族に構うなよ。さっさと帰りたいし。それに、こんな冒険者なり立ての雑魚に構っても、銅貨一枚分も得はないだろ。無視無視、早く鉱石採掘を済ませようぜ」
結果も出せていない蛮族の冒険者が相手となれば、その程度の反応は察していた。
それに気づいても尚、声を掛けたのは、彼らが採掘に苦戦しているように見えたからだ。
鉱脈は硬く、並みのピッケルと力量では掘り切れない。ならばこそワタシの拳で亀裂を深くし、彼らがコールダイト鉱石を得られるように助力しようと考えたのだ。
「その、コールダイト鉱石を狙っているなら、ワタシにも協力させてください!見たところ鉱脈が硬くて苦戦しているようですし、手助けになれば・・・」
そう告げ、彼らが掘る鉱脈へと近づいた。
すると、彼らの内一人が、ワタシの頬を拳で殴った。
目を見開き、驚くワタシに、彼らは言った。
「なに横取りしようとしてんだテメェは!こういうのは早い者勝ちなんだよ!手伝うだの何だの言って、どうせお前が全部持ってく気だったんだろ!」
「蛮族の考えることは全く、狡いな。おっと、この程度で怒るなよ?冒険者になったんなら、この程度覚悟の上だろ?」
「善人のフリした偽善者なんて、ただ襲ってくる蛮族よりタチが悪いな。どっか行けよ、さもないと今度は逆の頬に一発入れるぞ」
決してそんなつもりはなかった。ただ、手伝いたかっただけだった。
考えが甘かった。蛮族からの思いやりには裏があると、そう思われるのは必然だ。
もし、ワタシが蛮族じゃなかったのなら、答えは変わったのだろうか。
心に生まれた小さな痼を抱えながら、ワタシは来た道を帰ることにした。
分かれ道の入り口まで帰ったワタシは、二人の声が聞こえるまで待っていた。
手を擦り、白い吐息を吐きながら、聞こえることなど期待せず待っていた。
何故なら鉱脈は、ワタシの行った真ん中にあったのだから。
「なんと説明したらいいんでしょうか・・・。他の冒険者が先に採掘していたから、と伝えるしかないですよね」
考えていることをボソリと口に漏らしながら、立っていると、右側の道からとてつもなく大きな打撃音が聞こえた。
地面が、洞窟が、大きく揺れる。崩落の危険すら感じさせる一撃は、ブリザーデの向かった道の方向から響いた。
「鉱脈を見つけたぞー。早く来い」
いつものトーンながら大きく響いたブリザーデの声。その声を聞きつけたアデリアも、左側の道から戻って来た。
「今ブリザーデちゃんの声が聞こえたんだけど、聞き違いじゃないよね?おっ、マゼンタちゃんも居るってことは、ちゃんと呼ばれたっぽいねぇ」
「はいっ、今さっき右側の道から呼ばれました!早くと言ってましたし、早速行きましょう!」
「はぁい、了解したよ!マイハニーッ!」
ワタシとアデリアは、声の聞こえた道を走った。
ワタシは習った走法を使い、アデリアは両の足で素早く走った。
肩に担いだ巨大なウォーハンマー、あんなものを持ちながら、素早く動けるということにワタシは関心していた。
「そんな大きなハンマーを持ちながら、凄い敏捷性ですね!アデリアさんは、ドワーフという種族の特色だけに頼らず、物凄い鍛錬も熟しているように見えます!」
「やっはは!ウチは大した事してないよぉ。ただ冒険者になる前から、女だってのに力仕事ばっかり任されててねぇ。気づけば重たいモン持ちながらでも身軽に動けるようになっただけ。要は慣れだよぉ、慣れ。でも褒めてくれたのは嬉しいなぁ。ありがとね、マイハニー!」
「い、いえいえそんな!ふと思ったので・・・。アデリアさんも、ブリザーデさんも、並みの冒険者をはるかに凌駕する力の持ち主で、きっとその強さには秘訣があるんだろうなと・・・」
ワタシが口にした疑問に、アデリアは愉快と言わんばかりの笑みを浮かべた。
「マゼンタは、ウチやブリザーデの強さの秘訣、知りたいの?」
「勿論です!ワタシもブリザーデさんのように強くなりたいですから、もし秘訣があるなら知りたいです!知って、もっと強くならないといけません!」
「ふんふん、なるほどねぇ。ウチから教えてあげてもいいんだけど、それはマゼンタの師匠に任せることにするよ。その方がキミも納得できるだろうし!まぁ、あの口下手ちゃんが上手に答えられるかは疑問だけどね?」
「大丈夫です!ブリザーデさんの教えは、頭じゃなく心で理解するものだと思っているので!」
「やっはは!違いないっ!」
語りながら進んでいると、やがて一つの空間に到着した。
先ほどの鍾乳洞のような大きなの空間よりは一回り小さいが、それでも、この三人が気軽に身動きをとれるほどの大きさはあった。
「こっちだ。採掘場所を見つけた」
声の方へと向かうと、巨大な氷壁の前に立つブリザーデの姿があった。
氷壁は三から四メートルの高さがあり、表面は目を奪われるほど美しく眩いガラスのように輝いていた。
「わぁぁ、綺麗です・・・!」
「このまま持ち帰って飾りたいかもぉ」
「目的を忘れるな。コールダイト鉱石だろう」
ハッと我に返るワタシとアデリア、そして一つの疑問が浮かんだ。
「あの、採掘場所と言っていましたが、この氷壁は鉱脈・・・じゃないですよね?鉱石と言われるぐらいですから、岩場や壁の裂け目などで得られるんじゃないですか?」
「コールダイト“鉱石”は鉱脈から得られる。だが、最も純度の高い『コールダイト輝石』は、数百年の内一年だけ発生するこの氷壁からしか得られない」
そびえる美しい氷壁、ここからコールダイトの最高純度の石『コールダイト輝石』が手に入ることに、目を輝かせた。
輝石なんて幻だとばかり思っていたワタシにとって、それを現実だと信じられる根拠を得られることだけで、この冒険に意味があったと思えたのだ。
「本物の、輝石が見られるんですね・・・。緊張します!」
「でもでも、依頼書通りに鉱石持ち帰らないと報酬貰えないんじゃないかなぁ?それとも依頼主の本命は、輝石なの?」
「十中八九、輝石が狙いだろう。依頼書にも書いてある。“コールダイト輝石の回収でも可とする。その場合、報酬は銀貨十枚から二十枚へと増額する”とな」
その言葉と、見せられた依頼書で納得したワタシとアデリアは、依頼書を丸めて返した。
「では、早速採りましょう!どなたか、ピッケルは持ってますか?」
「持ってないよぉ?」
「持って来てない」
「んんんんん~~~~~~っ?」
ワタシの頭は一瞬真っ白になった。
何を言っているんだこの人たちは、そんな白文字で埋め尽くされたからだ。
鉱石を採掘しに来ているのに、何故ピッケルを持って来ていないんだろう。
かく言うワタシも、ブリザーデに「必要ない」と言われ、素直に持って来なかったのはどうかと思った。けれどそれは、二人が持って来ていると思ってのことだったのだ。
「どうやって採掘する気ですか!?力任せにハンマーや拳で叩けば傷をつけかねませんし!道具もなしじゃ無理ですよ!」
慌てるワタシの話を聞きながら、ブリザーデは荷物の中から、一本の鋭い杭を取り出した。
「ピッケルなんて大きなモノを持ってくる必要はない。この杭と、アデリアが居れば十分だ」
「さぁて、ぶちかますよーっ!!マイハニーッ!!」
合図に合わせて、ブリザーデは氷壁に杭を、素手で打ち込んだ。
ガキンッ!分厚く堅い氷壁に、一発の拳で撃ち込まれた杭は、尻を三割ほど表面に出したままめり込み、保持された。
「一割未満の力で頼む」
アデリアはその指示にニコッと笑みで返事をすると、何十何百キロはあろうウォーハンマーを軽々と振りかぶった。
次の瞬間、ウォーハンマーによる重い一撃が、出っ張った杭のお尻を押し込んだ。
バッキィィィィンッ!
完全に埋もれた杭から徐々に、堅い氷壁に綺麗な亀裂が走った。
バリバリと音を立て崩壊を始める。やがて完全に崩れ落ち、そこにあった大きな氷壁は、ワタシたちの足元に広がる手のひら大の欠片となって散らばった。
「本当に、ピッケルを使わずに・・・。って、これは大丈夫なんですか!?氷壁が壊れてしまってますけど!?」
「砕いた後、その中から純度の高い欠片を見つける。それがコールダイト輝石だ」
「純度の低い欠片も、ここに置いておけば、次に氷壁ができる頃には立派な輝石になるの!だからコールダイト輝石は別名、『循環の石』とも言われてるんだって!」
「つまり、百年に一度必ず実る宝なんですね・・・。なにはともあれ、問題ないようでしたらよかったです。やはりお二人は息が合ってますね!」
そうなのか、と疑問符を浮かべながら、ブリザーデとアデリアは輝石を拾い集めた。
ワタシも探そうと思い、欠片に目をやるも、全く見分けがつかず、ワタシは尋ねた。
「あの、ブリザーデさん、アデリアさん。もしよければ、輝石の見分け方を教えていただけませんか?」
そのワタシの言葉を聞くと、二人は一つの欠片を持ち上げた。
すると、ふわっと青白い光が欠片から発せられた。
「簡単だよぉ。手に取って、欠片に魔力を通せばいいだけ。魔導士や神官じゃなくてもできるから、マゼンタなら息をするみたいに簡単にできるんじゃない?」
「わかりました。やってみます!」
アデリアの指示通り、ワタシは欠片を両手に持ち、微弱な魔力を通した。
すると右手に持った欠片は、青白い光がより顕著に見られた。きっとこれが輝石なのだろう。
「見つけました!これは、輝石でしょうか?」
「それだけ光が出ているなら、間違いなく輝石だろう。欲しければ持っていろ」
「えっ、いいんですか?依頼の品なのに・・・」
「数十は確保できている。問題はないだろう」
「わぁぁ!ありがとうございます!ブリザーデさん!」
その一つのコールダイト輝石を見つめていると、ワタシはふと思い出したことがあった。
「すいません!少しやるべきことを思い出したので、行ってきてもいいですか?」
「んぅ?なんだろぉ、ウチはいいよー!もうやること終わってるし!行ってきな、マイハニーッ!」
「アタシも構わない。離れすぎるなよ」
二人から降りた許可に「ありがとうございます!」と一礼すると、ワタシは分かれ道の入り口へと向かった。
入り口には、三人の冒険者が喋りながら立っていた。
その冒険者には見覚えがあった。そう、さっきワタシを殴った冒険者たちだ。
「結局一個も採取できなかったじゃねぇかよ!使えねぇピッケル売りやがって、あのクソ店主!」
「なんか、どっちの味方って思われるかもしんないけどさ、やっぱあの半蛇人に手伝ってもらった方がよかったんじゃ・・・」
「バカかお前。その手段があるなら全部奪ってく気だったに決まってんだろ。蛮族を信用すんな。損するだけだぞ」
ワタシへの不安、不満を話している声を、ワタシは岩陰に隠れて聞いていた。
出て行くのは、とても勇気がいる。今度もまた、断られるかもしれない。殴られるかもしれない。それでも、困っているなら助けたかった。
だから、ワタシは岩陰から出た。
「ど、どうも。さっきぶり、ですね?」
ワタシを見た三人の反応は、さっきとは少し違った。
邪魔者を見るような視線も感じた。しかし、少しだけ、悔いているような気持ちも感じたのだ。
「なんだよ、笑いに来たのかよ!それとも、やっぱり頼った方が良かったと煽りに来たのか!」
「い、いえ違います!断じてそんなことはありません!今回はただ、コールダイト鉱石が採れなくて困っているようだったので、その、輝石でもよければ、お渡ししたくて・・・」
その言葉に、三人は訝し気な表情を浮かべた。
疑うような視線は、ワタシではなく、ワタシの差し出すコールダイト輝石に向いていた。
「はっ、どうせ見返り欲しさにやってることだろうが!誰が受け取るか!蛮族からの施しなんかよ!」
怒鳴る冒険者に対して、ワタシは少し考えた後に、微笑みながらこう言った。
「見返り・・・。そうですね、では、受け取ったら一言だけ“ありがとう”と言って欲しいです!」
「はぁ!?なに綺麗事言ってんだ!どうせ金やら情報やらが欲しくてこんなもんで釣ろうとしてんだろうが!見え見えなんだよ、お前の魂胆なんかな!」
「お金は働けば必ず手に入ります!情報は買えば手に入ります!けど、感謝や礼賛は、必ずしもそれらで得られるとは限らない貴重なモノなんです!手に入るかわからない、それでも欲して追い求める。それもまた、冒険者の在り方ではないでしょうか!」
正直、ワタシは自棄になっていた。何故ならこの冒険者たちの言動一つ一つから、切羽詰まっている状況が伝わったからだ。
依頼が絡んでいるのか、個人的な事情なのか、それは本人たちにしかわからない。ただ、どうしてもコールダイトが必要なんだと感じた。
その気持ちを、彼らのプライドが邪魔をしているような・・・。
だからワタシは、心の内をぶちまけた。恥ずかしくてもいい。これがワタシ、マゼンタの本心だと伝わるほど堂々と口にした。
「・・・ ・・・ ・・・」
「・・・ ・・・ ・・・」
「・・・ ・・・ ・・・」
三人は黙ったまま、互いを見合った。
困惑ではなく、葛藤するように、三人は眉間にしわを寄せて考えていた。
「・・・感謝なんてしねぇぞ。俺は誰かが落っことした輝石を偶然拾っただけだ」
冒険者の男は、ワタシの差し出す手のひらからコールダイト輝石を奪い取ると、くるりと背を向けた。
出口へと歩む男についていくように、他の冒険者たちも後を追って行った。
感謝の言葉は貰えなかったものの、それでもワタシは困っている人を助けられたんだろうと自己満足しながら、ブリザーデとアデリアの居る場所へと帰った。
「なぁ、減るもんじゃないし、感謝の一つは言っといた方がよかったんじゃねぇか?」
「バカか!俺たちの師匠を殺したのは誰だ!アイツと同じ蛮族だろうが!死んじまった師匠が、今度は幸せに生まれ変われるように、循環の石って呼ばれてるコールダイトを持って帰って、墓に供える為に来たんだろ!それを、蛮族からの施しとして貰ったとあっちゃ、あの世の師匠がいい顔しねぇだろうが!」
「あ、あぁ、確かにそうだ。この輝石は、俺たちが見つけて手に入れた。それでいいだろ・・・」
洞窟を出る頃、既に綺麗な月が出ていた。
もう夜、より冷える時間帯。ブリザーデは、ワタシとアデリアへ火打石と薪を手渡した。
「今晩は洞窟の入り口で野宿する。オマエたちは火の準備を済ませろ。アタシはテントの準備をする」
「わかりましたっ!」
「はいはーいっ!任されたよぉ!」
各々は与えられた役割に従い、準備を進めた。
火を焚き、テントを張れば、次は食事の支度を進めることになった。
ブリザーデは肉を焼くことと、塩を適当にかけることしかできないらしく、料理はワタシが担当した。
と言っても、内容はシンプルで、持参した保存食の豆や野菜、肉などを調味料と一緒に煮込んだ、温かいスープだ。
「出来ました!簡単なスープですが、どうぞ!」
三人分の器にスープを装い、アデリアとブリザーデに配った。
「ん、いただく」
「美味しそぉ!うんうん、ありがとねっ!じゃあ、いっただっきまーすっ!」
スプーンを使って、パクリッ、とワタシたちはスープを口にした。
満足そうな表情でアデリアは「おいひいっ!厨房で活きるよコレ!」と興奮気味にスプーンを振り回し、ブリザーデは無表情ながら黙々と食べ進め、「おかわりをくれ」と器を差し出した。
そんな二人にクスクスと笑い、応対しながら、微笑ましい時間を過ごした。
そんな楽しい食事の時間は、あっという間に終わった。
そしてワタシたちは、三人が入るのに丁度いいテントの中で、温かい寝袋に入り、眠ろうとしていた。
しかし、ワタシは目が冴えていた。初めての冒険にワクワクしている気持ちもあるのだろう。しかし、それ以上に、気になることがあったからだ。
“ブリザーデの強さの秘訣”だ。
「ブリザーデさん、起きてますか?」
ワタシに背を向けて寝ていたブリザーデは、こちらにゴロンと寝返った。
「起きている。なんだ?」
「その、聞きたいことがあって。ブリザーデさんは、どうしてそんなに強いんですか?」
「鍛錬しているからだ」
即答された。そうだ、それも間違いではない。しかし、アデリアのあの言い方は、きっと別に理由があるに違いない。そう思ったワタシは、少し深く聞き込んだ。
「えっと、鍛錬は勿論そうなんですけど。こう、精神論でもいいんです。なにか、こう考えながら戦っているとか、こう思いながら鍛錬しているとか、強さの秘訣があれば、教えて欲しいです」
「強さの秘訣・・・か」
うぅん、と唸りながらブリザーデは考える。そして、答えが出たのか口を開いた。
「逃げること、諦めること、止まること、戦いの度にどれか一つを捨てる。それぐらいだな」
「どれか一つを、捨てる・・・。どれか一つでいいんですか?普通は、その全てを捨てろと言うものだとばかり思ってました」
「戦い一つ一つに、勝利条件があるだろう。敵を倒すこと、何かを守ること、何かを得ることなど。その度に無駄に感情や行動論を捨てていては効率が悪い」
きっとこれだけではないのだろう。しかし、確実に一つ、彼女の強さの秘訣がわかった。
彼女は、戦いの度に選んだその一つをタブーとし、それ以外は良しとし、余計なことに思考を割いていないのだ。
果たしてそれがワタシにできるのか、それはまだわからない。でも、実践するだけの価値はあると思える内容だった。
「ありがとうございます。その、戦いの中で実践できるかはわかりませんが、心のモヤモヤが晴れた気が来ます。本当に、ありがとうございます」
「礼を言う必要はない。明日は極寒蝶の蜜袋を取りに行く。今回の依頼の中で一番確保が難しい獲物だ。早く休め」
寝返りを打ち、すぐさま寝息を立てるブリザーデ。ワタシも後れを取らないように体力を回復しようと、まぶたを閉じた。
翌日の朝。朝食を済ませたワタシたちはテントを片付けていた。
荷物を背負い、準備を終えると、ワタシは初の依頼達成を思い浮かべて薄く微笑んだ。
「今日中に手に入れば、今日の夜か明日の朝に出港する船に乗って帰れますね!」
「だが、昨日も言った通り、極寒蝶は確保が難しい」
「その一番の理由が、居所が不明瞭な点なんだよねぇ。どこに現れるかの目星でもと思って情報は聞いてみたけど、誰も知らなかったし。効率を考えるなら、三手に分かれて探すのが一番だけど・・・」
二人はワタシを不安気に見つめながら、「どうしたものか」と悩んだ。
きっと、ワタシの経験や実力が未熟であることを懸念しているのだろう。ワタシに単独行動は危険だと、そう思っているのだろうと察した。
「大丈夫です!こういう経験もいつかは積まなければいけませんし、それに一番危険な雪守熊は冬眠しているらしいので、脅威は少ないと思います!」
「・・・死ぬなよ」
「そうだよぉ、寒い土地だからね。生物だけじゃなくて、環境にも殺されないようにね?」
「はい!わかりました!」
ワタシの返事を聞くと、アデリアはワタシとブリザーデに一本の筒を手渡した。
筒には紐が付いており、これを引っ張ることで信号弾が放たれる仕組みのようだ。
「獲物を見つけたり、なにかあったりしたらコレを撃ち上げて知らせること!いいね、二人とも?」
「わかった」
「わかりました!」
「それじゃあ、解散!」
二人はそれぞれ別の方向へと歩んで行った。
ワタシも二人とは違う方向へと走った。少しでも早く、極寒蝶を見つけるために。
真っ白な道を、たった一人で進むのは心細かった。
昨日まで冒険できたのは、二人の熟練冒険者が居てくれたからだと再認識した。
今は支えなどない。それでも役目は果たさなければ、不安でも信じて任せてくれた二人のためにも。
ワタシは自分の頬をグニィっと引っ張り、痛みで自分を奮い立たせた。
「ウジウジしたって成長できませんよ、マゼンタ!今すべきことは怯えることじゃなく、一刻も早く極寒蝶を見つけることです!」
半ば立ち止まっていた体は、その痛みと言葉で奮起し、ワタシは尾を急がせた。
雪の道に一繋ぎの跡を残しながら進んでいると、坂を上った先に、『豪毛象』の群れがあった。
マンモスのように毛深いその体毛は、フロスティア大陸の寒い環境に適応する為に進化した形と言われており、防寒具にその素材が用いられることもあるとのことだ。
「あっ、豪毛象ですね!せ、折角ですし、一度やってみたかったことを、やってみましょう・・・」
一匹の豪毛象にそっと近づき、ワタシはもふりっ、と柔らかな毛に顔を埋めた。
その毛の中はとても温かく、少し獣臭いことに目を瞑れば心地が良い空間だった。
数分の間、そうして暖を取っていると、無害であると判断したのか、顔を埋めさせてくれた豪毛象は、ゆっくりと座り込んだ。
一見眠たそうな目でワタシを見ると、象特有の長い鼻で自分の背中を示し、まるで「乗ってもいいよ」と言わんばかりの振る舞いを見せた。
「乗っても、いいんですか?」
その言葉に返事こそしなかったが、彼の視線はじーっとワタシの瞳を見つめていた。
「では、乗せてもらいますね。ありがとうございます、優しい豪毛象さん」
大きな腰にそっと尾を掛け座ると、豪毛象はゆっくり立ち上がり、歩き出した。
ノシッ、ノシッ、重たい足音とは異なり、腰の上は揺れをあまり感じず快適だった。どうやらこの分厚い毛がクッションになっているのだろう。
「わぁぁああ!高いっ、すごく高いですーっ!」
豪毛象腰の上から眺める景色は、今まで以上に壮大に感じた。
雪原、山脈、洞窟、今まで来た場所からまだ知らない場所までがハッキリと見えた。
このフロスティア大陸を調べ尽くすだけで一体どれだけの歳月が掛かるのだろう。その壮大さに、少し身震いを起こしながらも、この世界に決して飽きることはないという興奮から、思わず目を輝かせた。
「まだまだ、冒険は始まったばかりですもんね。やるからには全力で楽しみましょう!」
意気込みと一緒に、豪毛象は、「パォォオオオンッ!」と、大きな鳴き声を上げた。一緒になって張り切ってくれている気がして、ワタシは嬉しかった。
豪毛象と共に雪道を進んでいると、その脚がピタリと止まった。
ブルブルという震えを、腰の上で感じる。豪毛象は一歩、また一歩と後退った。
「どうしたんですか?そんなに怯えて・・・」
ゆっくりとその腰から降り、彼のお腹を撫でながら、彼が見ている方向へと目を向けた。
「・・・ッ!?」
ワタシはそれを見て、青ざめた。
真っ白い景色をベッタリと、それも広範囲を汚している赤いなにか。
察してしまう。それが血液であることを。
「だ、誰かが狩りに来たんでしょうか・・・。調べてくるので、怖かったら帰ってもいいですよ」
豪毛象はその言葉に返事こそしなかったが、余程怖かったのだろう、駆け足で来た道を帰って行った。
見送った後、ワタシは恐る恐る、血で汚れた場所に近づいた。
そこには、グチャグチャに潰れた人間の腕が転がっていた。
「・・・うッ、酷い。一体誰がこんなことを」
腕を拾い上げ、見識を試みたが、ワタシには知識が無く、使用された武器など解ることはなかった。
しかし、この出血量では戦うどころか、生存することが難しいだろうということは解った。
血の跡は奥へと続いている。危険な状態なら、助けなければと思い、ワタシは信号弾の紐を引き上空へと放った後、奥へと素早く走った。
血の跡を辿って走り続けると、血が途切れた地点に到着した。
この寒さに、傷口が凍り、肉体の壊死が始まってしまったのだろうと、焦りを隠せず、走り回っては怪我人を探した。
「早く、助けないと!」
すると、岩陰に人影を見つけた。それも、誰かに向かって叫んでいるようだった。
「おいッ!しっかりしろよッ!死ぬなっ!お前らッ!生きて師匠の墓参り行くんだろッ!クソッ!クソッ!」
岩陰で叫んでいたのは、あの時ワタシの輝石を受け取った冒険者だった。
その横には、三人組の一人だった、今は片腕のない冒険者と、胴体からドクドクと血を流す冒険者だった。
二人は重傷で、叫ぶ冒険者も片目に深い傷を負っていた。
只事ではないと、ワタシは駆け寄ろうとした。
その時だった。
グルルルァァアアアアアアアアアッ!!!!
猛々しい咆哮、重たい足音、近づいてくる鋭い眼光。やがてソレは、姿を現した。
ワタシより一回りも、二回りも大きく、白い体毛は赤く染まっていた。そう、ソレは『雪守熊』だった。
「ぁ・・・ぁ・・・っ」
助けなきゃいけない。救わなきゃいけない。守らなきゃいけない。
なのになんで、ワタシの尻尾は動かない?なんで、ワタシの拳は上がらない?
震えるばかりで、前に進まない。理由など考えなくても解った。ワタシがアレに“恐怖”しているだけだ。
ズシリッ、ズシリッ、鳴り響く足音。グルルルルッ、喉を鳴らせて冒険者たちに歩み寄る雪守熊。怒り狂った形相で、その鋭く大きな爪を振りかぶった。
「なんでこの時期に雪守熊が起きてんだよッ!!ふざけんなッ!!ふざけんなぁぁああああああああッ!!」
為す術などなく、ただ今起こる理不尽に叫ぶ冒険者。
当然だ、こんな怪物と戦えるわけない。勝てるわけない。
逃げるしか、ない・・・。
「『逃げること』『諦めること』『止まること』どれか一つを捨てろ」
思い出したのは、師匠の言葉だった。
「そうだ・・・ッ。今、一番しちゃいけないのは・・・ッ!!!!」
突風が巻き起こり、雪煙が舞った。
次の瞬間、ガギリィィイイッ、鈍い金属音が鳴り響いた。
そう、ワタシの両手のガントレットが、冒険者たちに当たる筈だった雪守熊鋭利な爪を防いだのだ。
「間に合った・・・ッ。ワタシが時間を稼ぎますッ!その間に逃げてくださいッ!」
助けに来たワタシに、冒険者は目を丸くし驚いた。
「お前・・・なんでッ!」
「冒険者は助け合いと、学んだのでッ!!」
降り注ぐ猛攻。爪による強烈な斬撃だけじゃなく、重い体重を乗せた拳が、ワタシの防御する手をジリジリと壊していった。
「早く逃げてッ!ワタシの力じゃ、出来て時間稼ぎですッ!」
「・・・ッ!!」
何かを言いたそうな表情を浮かべた冒険者だったが、今はそれどころではないと判断したのか、両脇に仲間を抱え、雪守熊がら遠ざかる方へ走った。
逃げる冒険者を追いかけようと大地を蹴り上げる雪守熊。装備を着た人間二人を抱えて歩く冒険者など、すぐに追いつかれてしまうような速度だった。
しかし、ワタシは宙に浮いた雪守熊の脚をなんとか掴み、地面へと叩き伏せた。
「アナタの相手はワタシです!」
怒りを露わにするように咆えては、倒れた状態から四足歩行の構えを取り、四本の手足で大地を全力で蹴ってはワタシ目掛けて突進した。
直撃すれば内臓が潰れかねない程のスピード。しかしワタシは直撃の寸前で雪守熊の頭部をいなし、軌道をずらすことで回避した。
「危なかった・・・!」
起き上がった雪守熊は、二足歩行でワタシに接近し、また鋭い爪で切り裂きを狙った。
何十、何百という爪の連撃。ガードすれば腕が壊れる。回避する動体視力なんて持ってない。だからワタシは、攻撃が皮膚や装備に触れた瞬間、反射的に体を動かし、致命傷を避け続けた。
浅くも確実な切り傷が、骨にはヒビが入っていく。痛みへの恐怖、それを克服した経験があるからこそできた反射的回避と、ダメージへの耐性だった。
だが、それだけでは足りなかった。
「・・・ダメッ!このままじゃ・・・、あの人が逃げ切る前に倒されるッ!」
力で圧される、避け切れない。それでも逃げない。逃げることだけは、捨てたのだ。
「一分、一秒、生き続けろッ!倒れるなッ!勝てなくていいッ!これは、勝つ為の戦いじゃないッ!守る為の戦いだッ!!」
実戦の中で、ワタシの動きは、反応は、洗練されていた。
傷を受け、避けるたび、反射速度が上がっているのだ。
これまで以上にダメージを回避しながら、立ち回ることができていた。
「よし・・・ッ!三人はなんとか逃げられそう・・・ッ!」
攻撃で沈まないワタシに怒り狂った雪守熊は、叩き潰さんとばかりに両の手を振り上げ、ワタシに全力で振り下ろした。
本来なら辛うじて避けられたであろう一撃。しかし三人に意識が向いていたワタシには、回避の余裕などなかった。
「グァ・・・ッ!!ガァッ!!」
致命傷を防がんとした本能は、両の手で、雪守熊のハンマーのような重い一撃を受け止めた。
グチリッ、グチリッ、腕の肉が悲鳴を上げる。激痛が走る。手を離せば致命傷は確実。それを知っていたが故に、苦痛が伴っても防御は下げられなかった。
しかし、両の手が塞がっているワタシを見て、隙と捉えた雪守熊は、口を大きく開け、鋭い牙を向けた。
そのままグチャリッ、とワタシの首に噛みつき、差し込んだ歯を擦らせ、ギチリッ、ギチリッ、と肉を咀嚼した。
「ああぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
今まで味わったことのない、内部的な激痛。神経を牙という歪なナイフで、無理やり引きちぎられているような感覚だった。
ブチリッ、首の肉を噛みちぎられワタシの両の手からは力が抜けた。
ガードの外れた雪守熊の拳が、倒れかかったワタシの胸骨を粉砕した。
バキリッ、バキリッ、二重に響いた嫌な音。聞き慣れた音。これは、骨が砕ける音だと、痛みに包まれながら認識した。
薄れゆく意識の中で、ワタシは考えた。
“本当にこれで、守れたといえるのかどうか”と。
もうすぐ彼らは、このエリアを抜けて、別のエリアに到着するだろう。もし、そこまで雪守熊が追いかけたら?そしてもし、そこに他の冒険者も居たら?
大量の血が流れる。死人も出るだろう。
そんなことを許すような冒険者が、強いと認められるのだろうか。
彼女のように、なれるのだろうか________。
ワタシの横を通り過ぎる雪守熊の脚を、血塗れの腕で掴んだ。
意識を保ったワタシに、咆え立てる雪守熊。ワタシは血反吐を吐きながら、その前に立ちはだかった。
「終了のゴングなんて・・・ないんですよ・・・ッ。どれだけ辛くても、どれだけ痛くても・・・やらなきゃいけないんです・・・ッ。けど、だからいいんですよね・・・ッ。自分が負けを認めるまで、負けじゃないんですからッ!!」
首を食いちぎられ、呼吸すらままならない状態だった。それでも、ワタシは構えた。
振り下ろされる鋭利な爪、ワタシはそれを避けることはしなかった。
体に触れる前に、拳をぶち当て、軌道を逸らしたのだ。
ボキボキッ、骨が折れる音が響いた。雪守熊は激痛に唸った。
「やっと・・・一発食らわせました・・・ッ」
その隙を見て、ワタシは雪守熊の懐に入り、インファイトに持ち込んだ。
爪は振るわねば威力が出ない。なら、噛みつきと打撃技に限定される至近距離の方が有利と考えたからだ。
予想は的中し、爪での攻撃を諦め、牙を使い噛みついてきた。
ワタシは開いたその口を、顎下に拳を殴りつけることで閉じさせ、顔面を殴り抜いた。
吹っ飛ぶことはなかった。しかし、明らかに怯んだ。
「絶対に・・・行かせないッ!!」
瞬間、ワタシは雪守熊の脚に自分の尻尾を絡みつかせた。
転倒を狙ったわけじゃない。ただ決して“離れない”ように、“逃げない”ように施したものだった。
「ワタシは・・・ッ!!師匠のように、強くなるんだッ!!」
尾を絡ませた状態では、避けることなどできない。しかし、それでよかった。
ダメージを負って、反射的に動く体。なら、回避ではなく攻撃に応用したらどうなる。考えるより先に、ワタシは行動していた。
重い拳が、ワタシの胴に突き刺さる。内臓が痛む、骨が軋む。しかし、その痛みは反撃の好機となった。
激痛の瞬間、同等の重い拳が、雪守熊の腹部に打ち込まれた。
あまりの衝撃、ダメージに吹っ飛びそうな雪守熊。しかし、逃げられない。ワタシの尻尾は、逃がさない。
放せと言わんばかりに、雪守熊は、拳による連撃を打ち出した。
ワタシは全て受け止めた。内臓も骨もグチャグチャになり、もう意気だけで持ち堪えている状態だった。
霞む視界でしっかりと相手を捉え、動かすことさえ困難な右手を、全力で握り込み、受けたダメージを吐き出すように、渾身の一撃を打ち出した。
バキバキバキバキッ!!雪守熊の胴の骨が砕ける音、そしてワタシの腕が負荷に耐えられず壊れる音が重なった。
けたたましい咆哮を上げ、激痛に悶える雪守熊。その声は段々と小さくなり、やがて気を失った。
バタン、とその場に倒れる相手からスルリッ、と尻尾を外し、大量の血を垂れ流しながら、ワタシもその場に倒れた。
「ぁ・・・ぁ・・・ッ、もう・・・指一本・・・動かせない・・・」
雪の冷たい感覚が、首の大きな傷口から痛いほど伝わる。靄の掛かった視界には、赤と白の眩い景色が映るばかりだった。
「・・・やり・・・ました・・・。ブリザーデ・・・さん・・・。守りました・・・」
最後に、独り言のように呟いた後、ワタシはスッと意識を手放した。
ザスリ、ザスリ、雪の上を歩く足音が何十と響いた。
その足音には、ほとんど重さを感じられない。まるで、骨か何かが歩いているような音だった。
「マゼンタ、ヲ、発見シマシタ」
「雪守熊ハ、気絶シテオリマス」
「マゼンタ、ノミ、確保シマス」
それは、様々な骸骨たちの集団。屍軍勢だった。
ワタシの眠るすぐ横で淡白で単調な会話を終えると、骸骨たちは縄でワタシを縛ろうと、手を伸ばした。
瞬間、その骸骨の腕骨は粉々に砕けた。
「アタシの弟子に、何をしようとしている?」
「ウチの可愛いハニーに、何しようとしてるのかなぁ?」
攻撃を仕掛けたのは、ワタシを助けたのは、白い短髪を靡かせる女性と、幼い容姿で巨大なウォーハンマーを持つ少女。
そう、ブリザーデとアデリアだった。
ブリザーデは片手に手のひら大の石ころを握っていた。さっき骸骨の腕を粉砕したのは投擲した石ころだったのだ。
二人は、倒れるワタシを一瞥した後、そばに倒れる雪守熊を見た。
「まさか、マゼンタが倒したのか。一人で」
「すっごいじゃん!あの子、雪守熊を相手できるぐらい成長してたんだ!よっぽど鍛錬を頑張ってたんだね!」
砕けた右腕には目もくれず、骸骨たちは二人を見た。
「オマエ、何者ダ」
「邪魔者ハ、殺シテモヨイト言ワレテイル」
「邪魔スルナラ、オマエヲ殺ス」
ブリザーデは、ハァッ、と深い溜息を吐き、碧色のガントレットを外すと、指の関節をポキポキと鳴らした。
「アタシはマゼンタの周囲にいる十匹をやる。マゼンタをこっちに連れて来たら、残りの二十ちょっとはアデリア、オマエに任せる」
アデリアはウォーハンマーを、まるで木の枝でも扱うように軽やかに振り回すと、屍軍勢に向けた。
「オッケー!夫婦の共同作業ってワケだよね!頑張っちゃうぞーっ!」
それは違うと言わんばかりの視線が、ブリザーデからアデリアに向けられた。
目の前の二人を敵性存在と見做した屍軍勢は、武器を構えようと抜き始めた。
刹那、激しい雪煙と共に、圧倒的な速さで間合を詰めたブリザーデによって、先手を許してしまった。
手前に並ぶ二体の頭蓋骨を掴み上げ、圧倒的指圧で握り砕くと、拳が見えない程のスピードで放たれたジャブによって、残りの八体の頭部も順番に砕き割った。
倒れ伏していく十体の、頭の無い骸骨たち。隙を見逃さず、ワタシを抱え、アデリアの近くまで戻ると、自分の上着を雪の上に敷き、その上にワタシを寝かせた。
「やはりガントレットは要らなかったな。後は任せるぞ」
「はいはーい!任されちゃいましたぁーっ!」
ワタシとブリザーデの前に守るように立つと、アデリアは巨大なハンマーを軽々と振り上げた。
「骸骨のキミたちに警告!“初撃崩”に注意してねーっ!」
迫りくる屍軍勢。二十はいるその骸骨の壁。それを崩したのは、大陸を揺るがす程の地震だった。
振り下ろされた巨大なウォーハンマー。叩きつけられ揺れる大地。ドゴゴゴゴゴゴッ、大きな揺れはやがて雪崩を呼び、骸骨の群れを一切合切、雪の中に沈めた。
藻掻き出ようとする骸骨たちに、アデリアは言った。
「あー、無理無理!雪崩から抜け出すのって肉の付いた人間でも難しいらしいから、骨だけのキミたちじゃ無理だよー!まっ、ウチはできるけどねっ!」
自慢気に笑いながら、雪の中からせっせと雪守熊を引っ張り出すと、雪崩で積もった雪の外に寝かせた。
「でも、なんでアンデッドたちがこんなところに?命令されてたっぽいけど・・・。雪守熊を起こしたのもその人なのかな?まっ、今はいっか!」
アデリアが戻ってくる頃、ブリザーデさんによりワタシへの応急処置は終了しており、一命は取り留めた。
「応急手当はしたが、なるべく早く治療をしなければ後遺症が出るかもしれない。早く帰ってクロックに診せるぞ」
「オッケー!じゃあ、マゼンタはウチが運ぶね!」
アデリアに抱えられ、ワタシとアデリア、そしてブリザーデは、フロスティア大陸を後にした。
ワタシが目を覚ましたのは、クロックの部屋だった。
第一課題に挑戦している頃から、何度もお世話になった場所。そのベッドの上でワタシは目覚めた。
「おはよう。いい夢は見れたかい?」
優しいクロックの声は、ワタシがアンブラッセ大陸に帰って来られたのだと安心させてくれた。
「おはようございます。いい夢、雪守熊に殺されかける夢は見ましたね。アハハ・・・」
「ん?それは夢ではないんじゃないかな?」
「それは、どうしてそう思うんですか?」
クロックは、自分の首を指差しながら、手鏡を手渡してきた。
手鏡で首を見れば、くっきりと、傷跡が残っていた。
しかし驚いたのは、あれだけ深い、致命傷ともいえる傷を、ほとんど完治させていることだ。
「傷を見れば、といえば簡単だけどね。それよりも証明に足る情報があるんだよ」
「証明に足る、情報・・・?」
クロックは扉の向こうに声を掛けた。
「入ってきていいよ。患者は起きてるから」
すると、扉から一人の冒険者が入って来た。
誰かはすぐに解った。あの時、ワタシが雪守熊から逃がした冒険者だ。
「あっ!アナタはあの時の!」
「ぉ、ぉぅ・・・」
小さな声で、とても気まずそうに、ウジウジと返事をした。
「良かった・・・。無事だったんですね!お仲間の方は、どうですか?」
「えっと、腕を失った奴は、片腕になっちまった。けど、他は大事には至ってない。その、お前の・・・おかげだ・・・」
歯を食いしばって、言葉に詰まる冒険者。その背中を、クロックはポンッと押した。
「感謝は伝えなきゃ、伝えられなかったことを一生後悔する。言うなら今だよ」
その言葉をきっかけに、口を開いた冒険者は、震えた涙声でこう言った。
「ぁ・・・ありがとう。本当に、ありがとう・・・。命を助けてくれて・・・。あの時、輝石をくれて・・・。本当に、本当にありがとう・・・ッ!!」
心からの感謝。それは、これだけの傷を負い、これだけの痛みを受けて得られた報酬とするなら、あまりに“大きすぎるもの”だった。
しかし、だからこそ、ワタシは笑顔でこう言えた。
「こちらこそ、感謝を伝えてくださり、ありがとうございます!まだまだ未熟な身ですが、お互い頑張りましょうね!」
こちらの笑顔に、彼も笑顔を返してくれた。
その満面の笑みは、ワタシがこの道を、選んだことへの報酬なのだろう。
「それで、どうだったんですか!?依頼の方は・・・!」
まだ閑散とした夕方前の酒場で、ワタシはアデリアに尋ねていた。
「それが・・・それがね・・・残念なことに・・・うぅぅ・・・」
「ま、まさか、そんな・・・」
ズーンッ、と落ち込む二人のテーブルに、ドサッと、巾着袋が置かれた。
「何を落ち込んでいる。依頼の報告は済ませたぞ」
ブリザーデさんはワタシの隣に座りながら、落ち込むワタシたちに不思議そうな目を向けていた。
「ちぇっ、依頼不達成みたいな雰囲気出して、可愛いマゼンタちゃんの残念顔見れると思ったのにぃ。むぅぅ!」
「えっ、えっ、ってことは、極寒蝶の蜜袋も手に入れたんですね!よかったぁぁぁ・・・」
「大量に手に入ったから、期間限定で販売するかもって!今度三人で一緒に食べよ!」
「いいですね!是非食べましょう!」
「塩をかけても合うのか?」
「「絶対だめっ!」」
そうして、ワタシの初めての冒険は、とても大きな経験となった。
しかしまだ始まったばかり、ワタシは次の冒険が待ち遠しくて、ワクワクが止まらなかった。