第2話『間違いではない憧憬』
大陸“アンブラッセ”。そこにワタシが到着したのは、日が下りて間もない頃だった。
街にはクエストを終えた冒険者たちが酒場に向かう様子や、並ぶ店で夜食を買い揃える主婦の姿などが見えた。
話を聞くなら酒場だと思い、ワタシは大きな巾着を背負いながら、街の入り口から街へと入った。
すると、ワタシを目視した人々はざわつきだした。当然だ、人族の街に蛮族が単身で乗り込んできたようなもの。動揺するなという方が無理な話だ。
蛮族の『ラミア』が来たといぶかし気に見る者、軍を率いることなく来たことに驚く者、反応は様々だった。
しかし誰一人として、敵意を向けることはなく、それだけが救いだった。それも、現段階ではの話だが。
「お邪魔しまぁす・・・」
ワタシは酒場の戸を開け、中へと入った。
中には酒盛りで騒ぐ竜族の男や、そのパーティーであろう人々が大きなテーブルを一つ貸し切っては皆が皆、一献傾けていた。
別の席には一人のんびりと酒と食事を楽しむ者や、依頼書を出しに来ている者なんかも居た。
しかし皆、ワタシが入ると同じ反応を示した。
『ラミア』が単身でやってきた。
『蛮族』が一人、のこのこやってきた。
一度驚いたと思えば、皆揃って、冷たい視線を送る。そして始まるひそひそ話。先ほどまで温まっていた場は一気に冷め上がった。
しかし酒場は絶対不可侵。暴力沙汰も、トラブルの持ち込みも厳禁な場所だと、書物に書いてあった。
なのでワタシは少しおずおずとしていた態度を改め、堂々とした立ち振る舞いで、店員に声を掛けた。
「すみません。ミルクを一杯だけください」
店員も多少緊張した様子ではあったが、酒場でのマナーを心得ているようで、「はい!少々お待ちください!」と、声を上げては、調理場へと早歩きで去って行った。
「ほっ」と、緊張を抜いたような吐息を吐きながら、ワタシはがら空きだったカウンター席へと座った。
ここがどういった大陸なのか、蛮族への認識はどうなのか、そして、あの拳闘士は何処にいるのか。
解らないことが多い中、それでも誰に聞くこともできず、ワタシはキョロキョロと周りを見渡した。
しかし、視線の色は変わらない。異種族・・・、それも蛮族に対しての敵対心が感じられるものばかり。
「おまたせしましたー!」
雰囲気を読み取らない、さっきとは別の店員が、大きなマグカップ一杯に注がれたミルクを元気のいい声とともに運んできた。
「ありがとうございます。お代はいくらですか?」
「これはサービスの範囲となりますので、お代は結構ですよ!」
「え、いえ、流石に申し訳ないですよ。せめて銅貨一枚でも!」
店員はワタシのお金の入った小さな巾着をずいずいと押し返し、
「それこそ申し訳ありません!サービスですので!」
と、小さな揉み合い・・・。譲り合いになっていると、一人の男性がその間に割って入った。
「いいじゃねぇかよ。サービスだって言ってんだ。それに甘えんのが、客の務めだぜ。お嬢さん」
野太いその声の正体は、後ろの大きなテーブルを貸し切っていた竜族の男性だった。
筋肉質の肌を、金属の重い鎧で隠し、背中にはワタシの身の丈ほどの大剣が背負われていた。
「では、ごゆっくりー!」
ワタシの隣に座った竜族の男性を見ては、店員はにこやかに去って行った。
「・・・そういうものなんですか。すいません、お店とかには慣れてなくて」
その二メートルはある巨漢の竜族に物言われ、ワタシはまたおずおずとした姿勢を取った。
しかし、少し申し訳なさそうなワタシの肩をボスボス、と少し乱暴に叩きながら、にこっと笑った。
「知らなかったなら無理ねぇさ。そう落ち込むなって。オレは、ガレアってもんだ」
「いえ、無知が祟りました。けれど、アナタのおかげで一つ勉強になりました。ありがとうございます、ガレアさん。あっ、ワタシはマゼンタと申します」
「マゼンタ、いいねぇ。その綺麗な髪ともマッチしてるいい名前じゃねぇか」
ワタシは少し照れたからか、前髪をいじる仕草をしながら、「そうですか?ありがとう、ございます」と一礼した。
名乗り合いが終わると、ガレアはワタシの右手の甲を見ながら、突然話を切り出した。
「話は変わるんだけどよ。マゼンタさん、アンタ今はどのパーティにも所属してないんだろ?」
「え?あ、はい。今日この大陸に来たばかりで、パーティどころか会話をできそうな人も見つかるかどうかといったところでしたので」
ガレアは手をパンパン、と叩き、ワタシに顔をずいっ、と寄せた。
「なら丁度いい!オレのパーティに入れよ!」
ワタシは大層驚いた。まだこの大陸に、酒場に来て間もないこんな蛮族を、自分のパーティに入れる。その行為に、ワタシは驚きと疑問を隠せなかった。
「ど、どうされたんですか急に?ワタシ、まだ来たばかりの新参者ですし、蛮族ですよ?それをなんで引き入れようと思ったんですか?」
「困っている時はお互い様ってのが建前で、本音を言えば、マゼンタさん。アンタが神官だからだ」
何故、ワタシが神官と名乗っていないのに解ったのか、また一つ疑問が浮かんだ。
しかし、ガレアの視線を思い返せば簡単なことで、ワタシの手の甲には“雷神の刻印”があった。
気づいたワタシはその刻印を左の手のひらで隠しながら、ガレアから視線を外した。
「こ、刻印があるからといって、階級の高い神官とは限りませんよ。ただ授かっただけの刻印かもしれませんし」
「刻印ってのは、どれだけその神の恩恵を得ているか、使っているかによって、その濃さが変わる。アンタの刻印はちっとも薄れてねぇ。つまり、今でも神官としての力は健在ってなわけだ」
そういう読み取りもできたのかと、この刻印を少し恨んだ。
ワタシはあくまで拳闘士と出会い、拳闘士になる為にここへ来たのだ。断じて、神官という得意分野に甘えて冒険者になる為に来たわけではない。
「なぁ、マゼンタさんよ。出会って早々、パーティに誘われるってことは物凄くラッキーなことだ。だから、な?その幸運を掴むと思って、入っちゃくれねぇか?」
ワタシはマグカップ一杯のミルクをごきゅっ、ごきゅっ、と飲み干すと、口元に着いたミルクを拭って、ガレアへと微笑んだ。
「ありがたいお誘いですが、お断りさせていただきます。ワタシはこう見えて、拳闘士を目指す身。神官の実力はあれど、それを振るって冒険者になるつもりはありません」
キッパリと断った。生まれて初めて、いや、前世も含め、生まれて初めて、ここまでキッパリと話を断った。
訪れる静寂。そこに居た酒場の客も、店員も、目の前にいるガレアも、皆が皆、時でも止まったように静まり返った。
少し経って、ガレアは喉から声を出した。それも、笑いを堪えるような声を。
「クックックックッ・・・」
次第に声は大きくなり、終いにガレアの笑い声は酒場中に響き渡った。
「ガッハッハッハッハッ!!足も持ってねぇラミアが、拳闘士を夢見るとは!!これは傑作だ!!」
先ほどまで多少なりとも敬いの心を持って話していたであろうガレアの、突然の嘲笑、揶揄。
自分の夢と掲げたモノを嘲笑われた経験のなかったワタシは、その行為に我慢できなかった。
「何がおかしいんですかッ!!」
ワタシが初めて口にした夢、歩み出せた夢、それを笑われた怒りは、一喝となって酒場に響き渡る。
その声を合図に、クスクス、クスクス、湧き出るのはワタシを侮辱する笑い声だった。
「何に感化されてかは知らねぇけどよぉ!!グッハッハッ、足も持たねぇ半蛇が、拳闘士を目指すってぇ!?夢を見るのも大概にしろって話だぜ!!」
「足は無くとも動ける尻尾があります!!今はまだ動きは鈍いですけど・・・それも練習次第で、きっともっと速くなって!!いつか、あの青い目の拳闘士のようになってみせるんです!!」
ワタシは上から見下し、嘲笑うガレアを、下から睨みつけながら続けた。
「種族も理由も関係ないじゃないですか!!思い立って、行動しようとするその意思を、選択を、何故嘲笑うんですかッ!!」
笑いの渦に包まれた酒場に虚しく溶ける、ワタシの思い。
もう誰一人として、ワタシの問いに答える者は居なかった。
我慢の限界だった。力があるなら、目の前のこの竜族を、この酒場の全員を殴り飛ばしたいとさえ思った。
しかしその力が無いことは、ワタシが一番よく知っていた。十中八九、この竜族にさえ、ワタシの拳は届かないだろうと。
そうなったワタシの行動は簡単だった。その場から逃げ出す、だ。
ワタシは笑い声から逃れるように、酒場の戸を荒々しく開き、外へと走って逃げた。
ワタシが去った後、酒場には一人の女性客が来た。
その客は、討伐した一匹のコカトリスを肩に背負い、酒場の戸を開けようとした。
しかし大きなコカトリスが入店を邪魔して、ドス、ドス、っと、音を立てながら何度も入り口で詰まっていた。
音に気付いた店員が女性の下へ駆け寄ると「いつもご利用ありがとうございます!!香草焼きにします?それとも塩焼きに?」
女性は少しむっとした表情で考えた後に「塩の方で」と答えた。
「かしこまりました!!では、お好きな席でお待ちください!!」
店員はそのコカトリスを受け取り裏まで運び、女性はぺこっ、と小さなお辞儀をした後に、ようやく入店した。
笑い声の溢れる酒場。しかしいつも以上に騒がしい環境に、女性は少し疑問を抱いていた。
「アイツ、ホントに馬鹿な夢を語ってくれたもんだなぁ!!」
「足の無ぇラミアが、拳闘士だとさ!!カッカッカッ、思い出すだけでもアホらしい!!」
「おいおい、そう言ってやるなって!!いい酒の肴になったんだからよ!!」
女性はあまり良い話ではないと知りながら、誰に声を掛けることもなく黙ってカウンター席に座った。
すると座っていた竜族のガレアが、女性に距離を詰めてきた。
「よぉ、アンブラッセの英雄さんよ!!今日も拳一つで魔物を仕留めたんだって?」
「相変わらず情報が早いな。コカトリス程度、牧場の鶏と対して変わらん」
はめていた碧色のガントレットを外し、女性は店員から差し出された大きなコカトリスの塩焼きにかぶりついた。
大きな一口で、あっという間に足の部位を噛みちぎり、飲み込んでしまうと、女性はガレアに聞いた。
「今日はやけに賑やかだな。何かあったのか?」
「お?なんだ、気になるか?」
ガレアはこんがりと焼けたコカトリスの肉を見ながらよだれを啜った。
その様子を見るなり、丸焼きの乗った大きな皿をガレアへと譲り、ガレアもその胴にかぶりつきながら語った。
「今さっき面白い客が来てな。今日この大陸アンブラッセに来たばっかりの奴だったんだが、なんでも拳闘士に憧れてるそうなんだよ」
「別におかしなことはないだろう。憧れる職業など十人十色だ。重戦士に憧れる者も居れば、軽戦士に憧れる者もいるだろう。何一つ笑えるような話ではないが?」
「それが足のある種族なら、頑張れよの一言で済む話なんだがな?なんとそんな憧れを抱いてんのが、ラミアの神官と来た!こりゃあとんでもねぇ笑い話だろ!?神官って強みがありながら、足が無いってバッドステータスを持ちながら、それでも拳闘士に憧れてるんだぜ!?」
女性はエールを一杯注文して、運ばれてきた大きなジョッキに注がれたエールをごきゅっ、と一口飲んでは、ふぅっと吐息を吐いた。
「アタシは、やはり笑えないな」
「んぉ、そりゃ意外だな。アンタなら鼻で笑ってしまいそうな話だと思ったんだがな」
「人というのは、一度何かに憧れてしまうと、その気持ちを一生抱え込んでしまう。憧れとは、呪いのようなモノだと、アタシは知っている。だから笑えない」
ガレアはふぅん、とあまり興味を示さぬまま、肉を食い続けた。
そして完食すると、綺麗に残った骨を皿の上いっぱいに転がし、膨れた腹を叩いた。
「ふぅ、食った食った!!マジで美味かったぜ!!」
「そりゃどうも」
淡白な返事を返すと、ガレアは、あっと、何かを思い出したように女性に告げた。
「ご馳走の礼に教えといてやるよ。そのラミア、“青い目の拳闘士”を探してたようだぜ。オレの予想じゃ、そりゃきっとアンタのことだ。“ブリザーデ”」
女性は白く短い髪をひるがえして、ガレアの方へと向き直った。
そしてガレアの顔を、その青く冷たい瞳で見つめた。
「アタシを追う、ラミア、か」
「どうだ?ブリザーデ、興味が湧いたか?」
「心当たりがあってな。まさかこんな因果なことになるとは思ってなかったが」
「アンデッドの群れから街を救った英雄。そんな名声を得たんじゃあ、寄ってくる奴も少なくないだろ?この際だ、弟子にでも取ってやったらどうだ?」
「ハッ、それこそ鼻で笑っちまう冗談だ。アタシが弟子を取って、一人でも成功した弟子が居たか?それどころか、弟子にした奴ら全員に、アタシは今でも恨まれてるんだ。“この悪魔”ってな」
気まずい表情で、「すまねぇな」と謝罪を入れるガレアに対し、「別に気にしちゃいない」と、ブリザーデは素っ気なく返した。
そしてブリザーデは立ち上がると、店員に代金をジャラッ、と手渡しては、店を後にした。
ブリザーデは、そのラミアに聞きたがっていた。
何故、あの時に至近距離の魔法で挑んできたのか。何故、自分を追ってきたのか。何故、拳闘士に憧れたのか。
それを聞きたい一心で、ブリザーデは一匹のラミアを探した。
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ワタシは、近くの森に逃げ込んでいた。
ここなら人は来ない。誰からも、こんな顔の自分を笑われない。
そんなことを考え、涙でグシャグシャの目元を、必死に袖で拭った。
「なんで、なんで、ワタシの夢を、笑うの・・・?」
ひっく、ひっく、としゃっくりを交えながら、ワタシは木に縋りつくようにもたれ掛かっては、呟いた。
ワタシは理解したつもりでいた。憧れを追うことが正しいとは限らないと。本来、既にある力を棒に振ってまで、追い求めるものではないと。
理解し切れていなかった。才能も無い。度胸も無い。根性も無い。そんなワタシの歩める道ではなかったのかもしれないと気づいたのは、今さっきなのだから。
「・・・弱虫」
トスッ、と力のこもっていない拳が、大木を叩く。
「弱虫ッ!!」
バァンッ、と魔力のこもった一撃が、大木に焦げ跡を作る。
しかし、何一つ状況は変わらない。ワタシの声は誰にも届かない。ワタシの思いは、誰にも理解されない。
帰ることも許されず、進むことにも怯えている。また、馬鹿にされる。嘲笑われると。
「あぁぁぁああああああッ!!」
ワタシは泣き叫んだ。森中に響き渡るほど、大きな声で。
道が、見えなかった。前も後ろも、何かに塞がっていた。どっちに進むにも、乗り越える壁が邪魔をしていた。
泣いてどうにかなるなんて、思ってはいなかった。けれど、泣く以外、なにもできなかった。
「オマエが、拳闘士を志望するラミアか?」
その声に、ワタシは泣き声をピタッ、と止めた。
誰かに見られた?このみっともない姿を?ワタシは、溢れ出る涙を必死に拭いながら、恐る恐るその声を主の方へと振り向いた。
そこにあったのは、白い短髪に、凍てつくような青い瞳を輝かせる一人の女性の姿。
そう、ワタシが探していたその人だった。
ワタシは止まってくれない涙を拭い続けながら、ガラガラの声で答えた。
「アナタは・・・ッ。はい・・・、そうです。名前をマゼンタと言います・・・」
覇気のない小さな声。それを聞き取る為にか否か、女性は木にもたれ掛かるワタシの下まで近づいた。
「アタシは、ブリザーデ。酒場でアンタの、マゼンタのことを聞いて探していたが・・・。やはりオマエだったか」
「ッ・・・、覚えて、いるんですか・・・?」
「忘れられるものか。あの時、アタシを相手にカウンターを仕掛けたラミア。こんな珍しい存在を、忘れはしない」
憧れのその人に覚えていて貰えたこと、それにワタシは驚いた。
戦闘中の、一瞬の出来事。今、思い返しても、何故あの時反撃を仕掛けたのか、ワタシ自身よく解らなかった。
それでも、この人、ブリザーデさんの記憶の片隅に残るような行動をできたのだと、過去の自分に少しだけ感謝した。
「出会ったところで、聞きたいことが三つほどある。聞いてもいいか?」
ワタシは、こくん、と一度頷くと、ブリザーデはワタシの座る隣に座った。
質問は、ワタシの涙が引くまで待ってくれた。
「一つ目。何故あの時、マゼンタはカウンターを仕掛けた?神官、魔法使いであれば、戦わず逃げようとするのが普通の反応なんだが?」
「それが・・・、ワタシにも、解らないんです。反射で、手が出たというか」
ブリザーデは、「ふんふん」と頷きながら、質問を続けた。
「二つ目。何故、アタシを追ってきた?アンデッドから街を救った英雄、という名声を持っているからか?」
「いえ。ワタシがアナタを追ってきたのは、あの時、戦う姿を見て、アナタに憧れたからです」
少し沈黙した後、「なるほど、な」と頷き、ブリザーデは最後の質問をした。
「最後、三つ目。何故、拳闘士に憧れた?神官という力を持ち、半人半蛇であるという特性を持った上で、ただアタシを見ただけで憧れるわけもないだろう。アタシ以外に、理由があるはずだ」
その問いに対しての答えを、ワタシは迷った。
正直に言って、信じてもらえるかは解らない。かといって、憧れのその人に対して嘘を吐きたくはない。
しばらく考えたが答えは見つからず、ワタシは正直に言うことにした。
「実は、ワタシ。前世の記憶を持ってるんです」
「ほう、前世か。その切り出し方、アンタの前世に理由がありそうだな」
「はい。ワタシの前世は、足が動かない病にかかった人間でした。そんなワタシは、動ける人に憧れていました。歩いて、走って、何かを蹴って、そんな当たり前ができる人に憧れ、技術を使って何かとぶつかれる人に憧れていました」
ここまで話すとワタシは、袖で隠していた右手の甲の“雷神の刻印”を晒しながら語った。
「けれど、ワタシは不慮の事故で死んでしまい、雷神様の力を以て、この身に転生しました。最初は歩けること、動けることで満足していました。しかし、ブリザーデさんに初めて出会ったとき、ワタシの本当になりたいものは、拳闘士、これなのではないかと思うようになりました。ブリザーデさんに出会って、前世を含めたワタシの憧れ。“技術を使って何かとぶつかれる人になりたい”に結びついたんだと思います」
ブリザーデは、なんとも言えない表情で、ワタシを見つめていた。
その顔からは、申し訳ないと言えばいいのか、頑張れと言えばいいのか解らないという気持ちが伝わってきた。
「アタシのせいで、相当振り回されたことだろう。安定した道から外れ、こんな茨の道を歩む羽目になってしまうとはな。本当に因果なもんだ」
「そうですね。正直、もう帰りたいとさえ思ってしまいました。酒場でワタシを、ワタシの夢を嘲笑われて、それが現実だと突きつけられて、もうダメだと思ってました。でも、そんなワタシを、憧れのアナタは笑わない。それだけで、ワタシは少し救われました」
ワタシは心から微笑んだ。ワタシの夢は、否定されることが多くとも、間違いではないと思えたからだ。
そうだ。多くの夢がそうなのだ。抱くことも、歩むことも、間違いであるはずがないのだ。
ただ否定する者が多いだけ、それだけなのだ。
ブリザーデは、突然ワタシの右手を、左手で握った。
ドキッとして彼女の方を見れば、ワタシの方を見つめるブリザーデの姿があった。
「もし、マゼンタ。オマエが良ければ・・・」
ブリザーデは、言いよどんだ。
この提案は彼女にとって、きっと大きな意味を持つのだろう。
過去の弟子たちの怒り、恨み、それを想像してしまい、彼女は言葉を紡げずにいた。
しかし、ワタシの覚悟を捨てては置けぬと、ブリザーデは口を開いた。
「アタシの、弟子にならないか?」
何もかもが突然のことで、ワタシはこんがらがった。
特にワタシを驚かせたのは、弟子入りの話だった。
「他の弟子だった奴らの話によれば、アタシの修行は死ぬほど痛く、辛いものらしい。だから、無理強いはしない。どうするかは、オマエが決めろ」
死ぬほど痛く、辛い。それを聞いて、ワタシはゾクッ、と恐怖から鳥肌を立てた。
今まで戦場では、痛みを味わう場所に居なかったが故に、痛みに対する恐怖が強かった。
「是非、ワタシを弟子にしてください」
しかし、断るという選択肢は、ワタシにはなかった。
憧れた人からの弟子入りの誘い。それは、決して神官としてではなく、拳闘士として育てる為に差し伸べられた手。
ならば、どれだけ辛かろうと、痛かろうと、その手を掴まずにはいられなかった。
「いっぱい泣くと思います。もう嫌だと、何度も言うと思います。それでも、ワタシは頑張ります!」
宣言したワタシの頭に、ポンッ、と右手を添えた。
「任せろ。アタシがオマエを、強くしてやる」
夜も更けた頃、この森で、二人は大きな約束を交わした。
ワタシ、マゼンタは“泣き言を言おうと、頑張る”と。
ブリザーデは、“マゼンタという半人半蛇を強くする”と。
こうして消えかけたワタシの火は、また猛々しく燃えだしたのだ。