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ストライク・サーペント  作者: 桐志摩 秋
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第1話『人生の分岐点』

 おぎゃあ、おぎゃあ、産声を上げるワタシを、誰かが抱き上げた。

 その手は間違いなく人肌であったが、人肌よりも冷たかった。しかし生まれたてのワタシには、少し心地が良かった。

「嗚呼、私の可愛い子。私の愛しい…“マゼンタ”」

 粘液を纏ったワタシの身体を、このママは躊躇なく、衣服を着たまま抱きしめた。

 ねちゃり、ねちゃり、ママの腕の中で蠢くワタシ。そう、蠢くという表現が適切だった。

 ワタシの上半身は人でありながら、下半身は、さながら大蛇のようにうねっており、粘液を纏った身体は、もぐもぐと動いていた。

「“雷神の刻印”を持って生まれた、神からの授かり物・・・。貴女は神に愛されて生まれてきたのよ」

 よしよし、よしよし、ワタシの頭を撫であやしながら、ママは語った。

 ママの言葉通り、ワタシの手の甲には確かに刻印があった。あの二人の子供によって刻まれたのであろうものが。

 しかし、ワタシはそれどころではなかった。おぎゃあ、おぎゃあ、泣き止むことができなかった。

 外の世界に怯える赤子の性質からか、喉が渇いているのか、用を足したいのか、まるで解らないまま、ワタシは泣き続けた。

 そんなワタシに、にっこりと微笑みを向けると、ママは耳元に唇を近づけ、

「黙れ」

 と、一言囁いた。すると、ワタシの口が本当にチャックでも閉められたかのように、開かない。

 呼吸が浅くなる。意識が遠のく。そうして意識が飛ぶ一歩手前、ワタシが黙り込むと、

「ふふ、そうよ、マゼンタ。お利口さんね。ママの言うこと聞けるいい子さんね」

 パチンと指を鳴らし、ワタシの口がやっと開いた。ふぁあ、っとワタシは息を思いっきり吸い込んだ。

 赤子の感性である今のワタシにも理解できた。このママは、恐ろしい人だと。

 しかし一番恐ろしいと感じてしまうのは、“可愛い”“愛しい”と呼んだワタシをあっさりと殺しかねない手段で黙らせたこと、そしてそれすら帳消しにしてしまいそうな母性だった。

 このママに抱かれ、撫でられ、言葉であやされ、それだけで先ほどの苦しみが嘘のように安らいでしまうのだ。

「はぁ、よしよし。いい子、いい子・・・」

 そう囁かれるだけで、ワタシは蕩けてしまいそうになる。

 そしてワタシは、この心地のいい腕の中で眠りに就いた。甘えるように、その腕に頬を擦り寄せながら。




 時は流れ、ワタシは三歳になった。

 名前通りの赤紫色の髪をなびかせながら、その日、ワタシは豪邸である家の庭で、母と歩行の練習をしていた。

 俗に言う『ラミア』という、半人半蛇の種族は、上半身が人であり下半身が蛇である為、歩行が難しいとされており、生まれてからの第一関門と言われている。

「ほら、マゼンタ。こう歩くのよ。尻尾を左右に揺らしながら、いっちに、いっちに」

 掛け声に合わせて、ワタシは地面に着いた尻尾を振った。右へ、左へ、揺らしながら、足のある種族よりは断然遅いが、着実に前へ進んだ。

 人として足を使って歩いた経験がない分、早い段階で蛇の下半身を使っての歩行を覚えることができた。

「わぁ、すごいわ!こうも早く歩き方を覚えるなんて!マゼンタ、貴女には素質があるわ!」

 歩行という動作ができていること、それにはママと同じぐらい感動していた。

 足があるわけではない。けれど、歩くために必要な蛇の半身がある。そして、それを使ってワタシは今、ワタシという存在が生まれて初めて、歩けていた。

 早くなくとも、小回りが利かずとも、ワタシは今、確かに進み出せたのだ。




 また時は流れ、ワタシは十歳になった。

 するとママは、ワタシにこう告げた。

「マゼンタ、貴女には雷神から授かった刻印がある。絶対に神官プリーストになるべきよ」

 それからは、神への祈りと魔法の勉強が毎日のように続いた。

 勉強は、魔法の威力調整や、範囲調整、その他に神官プリーストとしての基礎学問。ワタシはそれらを容易く習得していった。

 元々が勉強型だった為、何かを学ぶことに対して一切の抵抗もなければ、苦手意識もなかった。

 ママは賢かった。なんでも一級の魔導士ウィザードであり神官プリーストでもあるようで、魔法のことで困ったらすぐにママに相談した。

 その度に優しく、甘くとも受け取れる手解きを受け、成し遂げる度に、ママはワタシを抱き締めては「よくできたわね」と何度も頭を撫でた。




 そんな幸せを捨ててまで、なりたいと憧れるものに出会ったのは、十八歳になった頃だった。

 ママは領地拡大の為に軍を引き連れて、“アンブラッセ”という大陸に向かった。

 実戦経験もある程度積んでいたワタシは、ママに連れられ、魔法による支援攻撃を任された。

 今まで何度も同じようなことがあった。ママが作り上げた『屍軍勢アンデッド・アーミー』の後ろに隠れながら、ワタシは雷神を信仰する神官プリーストとして、雷の魔法を振るう。

 ワタシの魔法は優れているようで、落雷魔法『ライトニング』を使い、敵の頭上から落雷を落とすだけで、魔法耐性のある魔法士ウィザードもろとも、消し炭となった。

 誰も接近してこない安全地帯から、ただ魔法を放つだけの、単純作業。


 しかし、アンブラッセの攻略中、ワタシは目に物を見せられた。

 なんと、今まで一度も崩れたことのないママの『屍軍勢アンデッド・アーミー』の陣形が、一瞬にして砕けたのだ。

 それを為した本人の姿を、ワタシは決して忘れなかった。真っ白な短髪に、凍てつくような青色の瞳の女。ただ拳にナックルを着けただけの一人に、軍勢は砕かれていった。

 両手両足を器用に使い、軽やかに攻撃を受け流し、鋭く重い拳が何人もの腹をえぐった。

 突破された防御壁、真っ直ぐワタシの下へ走ってきた。目を合わせた瞬間、ワタシは一瞬、凍り付いた。魔法ではどう足掻いても対処できないと感じてしまったからだ。

 だが、ワタシは諦めず、至近距離で使える雷魔法『ブラスト』を手のひらから、女の眼前に放った。

 バァンッ、高火力の雷撃が女を襲った。と思ったが、女は軽やかに攻撃を避け、ワタシのうなじに重い一撃を入れ、意識を飛ばした。

 それに焦ったママはすぐさま残った『屍軍勢アンデッド・アーミー』を使い、時間を稼ぎながら、ワタシを救出した。




 一件以降、ママはワタシを戦場に連れていくことはなかった。

 実の娘のピンチ、イレギュラーな存在の登場に、ママ自身、焦りを感じてのことだろう。

 しかし、ワタシはまたあの戦場・・・。いや、あの大陸“アンブラッセ”へ行きたいと思っていた。

 あの女の拳闘士グラップラーに、また会いたい。いや、あの拳闘士グラップラーのようになりたい。

 戦場を拳一つで馳せ、敵を穿つ。あんな姿に、あんな前衛に、憧れを抱いた。

 そう思い、ママに相談もした。

「イエロ、ママ。ワタシ、拳闘士グラップラーになりたい」

 するとママはワタシの肩を掴んで、諭すように言った。

「足のない半蛇の私たちに、前衛は務まらないわ。それに、マゼンタには神官プリーストとしての才能があるじゃない。その道でいいと、ママは思うわ」

 同じだ。前世のママと、同じことを言っている。

 いつだってそうだ。ワタシは行きたい道より、向いている道へ誘導される。

 そっちが楽だから?そっちが幸せだから?そっちが正しいと、みんなが言うから?

 ワタシは、「うん」と頷くことはしなかった。ただ黙って、自分の部屋へと帰った。




 二年間、ワタシは考え、悩んだ。

 ここに留まって、単なる神官プリーストとして、一生生きていくか。

 大陸“アンブラッセ”へと行く、あの拳闘士グラップラーに教えを乞うか。

 決断は、とても怖かった。

 留まる道は、夢を切り捨てる選択。行く道は、この安定した幸せな生活を切り捨てる選択だった。

 一度出て行けば、きっと帰ってはこれない。それに『ラミア』という種族は蛮族。人族の人々にすんなり受け入れられるとも思えない。

 動けない前衛と言われ、拳闘士グラップラーの道を断たれる可能性だってある。

 安定を取るのが正解か、挑戦を取るのが正解か、ワタシには解らなかった。




 そして二年が経ち、二十歳になった時、ワタシは決心した。

 大きな荷物を抱え、家族の寝静まった夜更けに、ワタシは家を飛び出した。

 今からなら戻れると、何度も後ろを振り返りながら、それでも進まなければいけないんだと自分を奮い立たせた。

 森を抜け、海を越え、前に訪れた道のりを、頭の地図を頼りに進んだ。

 何度も迷った、何度も引き返そうと思った、それでも進んだ。




 そしてワタシ、マゼンタは、大陸“アンブラッセ”に到着した。

スロウスタートですね。そうなんです。自分の作品、カレーとかシチューの類なんです。(?)

じっくり煮込んで美味しいところを提供したいんです。だからこそ、最初はゆっくりなんです。

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