97.あのダンジョンと裏組織のやり口
ある日の昼過ぎ。
二人組の冒険者が森の中を、道なき道を草をかき分けて進んでいた。
先頭を歩く鎧を着た無精髭の男が、剣で藪を切り払いながら言う。
「本当にあるんだろうな?」
「さあね。それを調べるのが我々の仕事ですから」
後ろをついて歩いていたローブを着た魔術師風の青年がひょうひょうと答える。
髭の男は顔をしかめつつ藪を進む。
「毒が洩れてる辺りに、魔物が住むダンジョンの入り口があるって、信じられねぇなぁ」
「しかも猛毒らしいですからね。魔物自体、死んでそうです……進化種だから生きられるのかもしれませんが」
「毒鼠王が出たからっておおげさだろ」
「確かに一匹だけの可能性もありますが、逆にSランクが発生してる、なんてことも」
「Sランクなんて見たことないから、一度見てみてぇな」
髭男はニヤリと笑う。
その後ろで青年は呆れて首を振った。
「僕はいやですよ。毒系のSランクなんて見た瞬間即死しますよ、きっと」
「ヒュドラとか、メドゥーサだっけか。小説でしか読んだことねーや」
「へぇ。読書してたなんて驚きですね」
「魔族転生は面白いぜ? 意外と魔物の知識が詳しくて勉強になるし」
「小説はフィクションですよ。嘘も混じってるんだから信じてどうするんですか」
青年の言うことは基本的には正しい。
小説は面白くするために嘘を混ぜる。
ところが魔族転生は、執筆者が魔王だった。
なので魔物や魔族の生態や情報は、人間が知らない部分まで正確に記述されていた。
魔王からしたら当たり前のことしか書いていなかったのだが……。
男はニヤリとしてさらに言う。
「まあ魔族転生は、なによりも全種ハーレムがさいこーっ――……ええっ!」
「どうし――ええっ! なんですかこれ!」
男と青年は、目を見開いて立ち尽くした。
二人の前には明るい日差しに照らされる、巨大な大穴が広がっていた。
直径300メートルはある大穴は、地面をえぐり取ったように深かった。
覗き込むと、穴の底には瓦礫が積み上がっている。
うっすらと緑や紫の霧が漂っていた。
「おい、これ、どういうことだ……?」
「もしかして、ここにあったダンジョンが崩れたんじゃないでしょうか?」
「崩れたって……誰か攻略したってのかよ!? 深さ的に40階層はあるんじゃねーか?」
「いえ、瓦礫の分抜いたらもっと深そうですよ? 60階層はありそうな……」
「それってSランクダンジョン並みの深さじゃねぇか……こんなもんギルマスぐらいしか無理だろ」
「これを攻略できるのは勇者パーティーぐらいでしょうね……いったい誰がやったのやら」
男は呆然としたまま見下ろした。
その横で崖の上に身を乗り出していた青年が、何かに気が付いて一歩下がった。
「うわぁ……あの毒霧、やばいですね。触れただけで皮膚ただれて死にますよ、あれ」
「そんなやべぇのかよ……さっさとこの地点を地図に記入して、帰るぞ! ギルドに報告だ」
「わかりました」
青年は手早く地図を取り出して印をつけると、ハンカチで口を押えて歩き出した。
男も青年を追い越しつつ、今さらながら手で口を覆った。
そして二人は足早に、来た道を戻っていった。
その後、冒険者ギルドと宮廷魔術師団が合同で派遣した魔術師たちが漂う毒霧を分析した。
結果、邪気で強化された邪猛毒と解析された。
通常の毒消し草やキュアポーションでは治療不可能な危険性を持つため、辺り一帯は封鎖された。
ダンジョンが勝手に崩壊したとは考えにくい。
――今は勇者がいないため、いったい誰がこんな偉業を達成したのかと噂されたのだった。
◇ ◇ ◇
王都の深夜。
大通りから何本か奥に入った裏通りに、地下へと続く階段の先に酒場があった。
店内は穴倉のように薄暗く、客も店員も一癖ありそうな男たちがいた。
そんな店の奥で、眼帯をしたむさくるしい男がグラスをテーブルに叩きつけた。
「なにぃ? 捕まっただと!?」
「は、はい、ガドウィンさま。ぷちエリがロイヤル印を取ったとかで、仕事を任せた二名は偽造と余罪で捕まりました」
頭が薄くなった背の低い男がへこへこと頭を下げながら報告した。
ガドウィンと呼ばれた眼帯男は、悪態をついて酒を煽る。
「くそっ。叩いても埃は出ない奴はうちにいないのかっ!」
「そんな無茶な。ごろつきの集団ですから」
「嫌がらせを続けろ! 明日は朝一で店に乗り込んでいちゃもんをつけろ! 捕まらない程度にな」
「わかりました」
小男が怯えるようにその場を去る。
周囲に誰もいなくなると、ガドウィンは盛大に舌打ちした。
「ちっ、ここで手柄を立てりゃあ、邪神様に力をもらえるってのによ……うだつの上がらねぇ元勇者と奴隷女ぐらい、なに手間取ってやがるんだ。ここで一発逆転狙わねぇと後がねぇってのにっ! ちくしょう!」
ガドウィンはグラスを煽って酒を飲み干し、手酌でまた酒を注ぐ。
彼はトムソン卿の裏の仕事を引き受け、豪勢に振舞う悪党だった。
手下を従えて、王都での影響力も伸ばした。
しかしトムソン卿という後ろ盾を失った今、またちんけな悪党に逆戻り。
捜査の手を逃れるためにアジトを引き払うはめになり、場末の酒場でくだをまくしかない。
ガドウィンの唯一の望みは邪神様だった。
ぷちエリの評判を落としてアレクとリリシアが迫害されるように仕向けたら、トムソンに与えたような力をやると言われていた。
ガドウィンは酔った眼をぎらつかせ、歯を噛みしめる。
「俺はもう、物乞いして生きるしかなかったスラム街のガキじゃねぇ……でかい男なんだ。このチャンスを絶対ものにして、王都一の組織にしてやる! ――だったら毒だな……ぷちエリ飲んだ奴が死ねば、評判ガタ落ちだろ。やるしかねぇ!」
ガドウィンは激しい勢いで立ち上がると、肩を怒らせて店を出て行く。
そのあとを存在感の薄い、ぼさぼさ髪の痩せた男が続いたが誰も気にしなかった。
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