94.にぎやかな晩御飯
森の夜。
屋敷に戻って夕食となった。
食堂のテーブルに座ってご飯を食べた。
肉を柔らかく煮込んだシチューだった。とろみのあるルーに柔らかくなった野菜と肉。
濃厚な旨味が舌を幸せにする。パンともよく合った。
「このシチュー、うまいな。リリシアか?」
「はいっ。放置気味でも作れますし、大量にできるのでよく作ってました。子供たちに人気でした」
「なるほど。作りなれた手料理か。さすがリリシア」
「ありがとうございますっ」
リリシアが嬉しそうに頬を染めつつ、はにかんだ。銀髪が揺れる。
俺は食べながら尋ねた。
「みんな、変わったことはないか? 変な客とかいなかったか?」
ソフィシアが眉間に可愛いしわを寄せつつ、ん~と唸って考え込んだ。
「ん~、変な……今日も、ちょこちょこと売れたけど。12本単位で買っていく人が、クラウン印に驚いてた」
「クラウン印の転売は許されるのかな。まあ今は偽造対策だな。転売は後回しだ」
リリシアがすみれ色の瞳で俺を見た。
「それですが。コウちゃんが偽造防止するなら、密閉式にすればいいと言っていたのでお願いしました」
「密閉式?」
「新品は開けると音がするそうです」
「ほう」
俺はシチューを食べる手を止めて、近くに置いていたマジックバッグを引き寄せた。
中からロイヤル印の小瓶を取り出す。
ふたを開けようとすると開かなかった。
リリシアが横から手を伸ばす。俺の手の上から細い指を絡ませる。
「こうして回して開けるそうです」
少し抵抗があってふたが回った。
それと同時にプシュッ! と音が鳴った。
最後まで開けてみた。
ふたには溝があってそれで回して開けるようになっている。
もう一度反対に回して締めて、また開けても音はしなかった。
「なるほど。一度開けてある小瓶は偽物ってわけか。音は魔法なのか?」
「かがく、だそうです。内圧の差とかなんとか。王様が口にする物ですから毒混入なども防げると思います」
「さすがコウだな。あとで誉めておこう」
テティが穴を開けて中を食べたパンに、シチューを流し込みながら言う。
「封を開けると音がするって、お客さんに売るとき伝えた方がいい?」
「そうだな。知らずに開けたら驚くかもしれないし。新品か中古かわかるし」
「使用済みのクラウン印の瓶はどうします?」
ソフィシアがシチューをスプーンですくいつつ尋ねてくる。
「あー、捨てるのはまずいか。1000ゴートぐらいで買い取るか」
俺の言葉にテティが可愛く首をかしげる。金髪がふわっと揺れた。
「今より儲け減っちゃわない? 値上げする?」
「いや、今はまずい。裏社会と薬商を先につぶしてからだな」
「うん、わかった」
シチューパンにかぶりつくテティ。「熱っ!」と叫んでいた。
それからは森でどうだった、シエルが元気になったなど、いろいろ話した。
リリシアが嬉しそうに言う。
「あと、ぷちエリで子供の病気が治った人が、たいそう感謝しながらお礼を持ってきてくれました」
「おー、ぷちエリが役立つとは嬉しいな」
「はい、わたくしも嬉しいです」
リリシアが微笑みながらシチューを一口。優雅な手つきが美しい。
庶民でも買える値段設定にしておいてよかった、と俺は思った。
浮かれ気分でシチューを食べていると、ソフィシアが言う。
「まーちゃんに、そろそろ教会に戻れるって言われたんですけど」
「ああ、店手伝ってくれてありがとうな。金がいるだろうから慰労金は払うよ」
「いえ、まだ決まったわけじゃなくて。そもそも、王都から離れた教会に赴任するか、修道院に入らなきゃいけないっていうので」
ソフィシアは鼻の頭に可愛いしわを寄せて嫌そうに顔をしかめた。
俺は不思議に思って尋ねる。
「戻れるってのに、嫌そうだな? あれか。エリクサー風呂に入れなくなるからか」
「あれは最高です。お風呂文化の極みです!」
ソフィシアは青い目を輝かせて熱弁した。肩で切りそろえた青髪が揺れて、首の細さが際立った。
――さすが一日5回は風呂に入る、お風呂中毒者。
「この僧侶、神よりお風呂を取る気だ」
「ええ~! 天使なんだからいいじゃないですか。ていうか私は、教会で働く側じゃなくて、教会から敬われる側だと思うんですけど?」
「堕天使だけどな」
「私は大きな湯船に浸かって翼を伸ばすだけ。身の回りの世話は全部信者たちがして、私は時々湯から上がってジュースを飲んでマッサージをしてもらうだけなら、教会に帰ってあげてもいいと思うんです」
「なんという上から目線な堕天使。そら天から落ちるわ」
俺のつっこみに、リリシアが眉間に険しいしわを寄せてうなずく。
「その通りです。ソフィシアさん、少し俗世にまみれすぎたかもしれません。天使であっても慎み深く生きましょう」
「いやいや、毎晩堕天してる天使にだけは言われたくないからね。絶対優しいからじゃなくて、アレの罪だよね」
「う――っ」
リリシアが唇をかみしめてソフィシアを睨んだが言い返せない。
ぐぬぬっと悔しそうな顔をして、うーうー唸るしかなかった。
俺は苦笑しつつなだめた。
「まあまあ二人とも。俺とリリシアは将来を誓い合った夫婦なんだから。別にいいだろ?」
「ご主人様……ありがとうございます」
「式とか上げるの? ってか、婚約指輪の交換もまだなんじゃ?」
俺は横にいるリリシアを見た。
リリシアも大きな瞳で見つめ返してくる。その瞳に迷いはない。
「まだ、早い。目的を達成してからにしたい。待っててくれるか?」
「はい、ご主人様っ」
リリシアが信頼のまなざしで頷いた。銀髪が跳ねるように揺れた。
テティがシチュー入りパンを食べながら言う。
「いいな~。じゃあ、あたしはドレスの裾持ちするよ~!」
「きゃいっ!」
「え、ラーナちゃんもしたいの? じゃあ、半分こで」
「きゅい!」
ラーナがスプーンを握ったまま両手を上げて喜んだ。
仕草がまるで子供だった。
興に乗ったのか、ソフィシアまでもが手を上げて元気に言う。
「じゃあ、私が見届ける司祭をしてあげる!」
「教会に戻ってないのにできるのか?」
「ぐぬぬ……やりたいけど、戻るのは面倒だなぁ」
「もう教会には帰らないのか」
「ん~。なくはない、かなぁ。前みたいに教会の権力をバックにいろいろわがまま言えるなら帰ってもいい」
「堕天使だなぁ……」
「まあ、ぶっちゃけそこまで執着はないけどね。地位が高かったのも、みんなが嫌がる勇者補佐の出張してたら序列ランクが勝手に上がってっただけだし」
パンを黙々と食べながら言った。
俺は肩をすくめるしかない。
「じゃあ、当分は店を頼む」
「はーい、アレクさんっ」
ソフィシアが青い髪を揺らして微笑む。
その後も楽しい夕食は続いていった。
ただ――と、俺はパンをかじりながら思う。
ソフィシアの元司祭、元序列一位という地位は、いろいろ使えるかもしれないなと少し思った。
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