9.初めての冒険者任務
高級宿で朝から愛を確認し、遅めの豪華な朝食を食べた後、俺とリリシアは冒険者ギルドへ向かった。
リリシアが俺を補佐する天使だとわかったが、出会いが20年ほど遅かった。
ちなみに部屋に散らばった羽根は、リリシアが翼をしまうと消えていた。
大通りを歩いている。
リリシアは恋人のように俺の腕に抱き着いている。
「しかしまあ、当分は二人で冒険するしかないな。あれがバレるといけないから」
神の宣託を告知しに現れる天使は敬われるが、堕天使なんて疑いの目で見られるだけだろう。
むしろモンスター扱いのはずだった。
リリシアも白い修道服を揺らして、深刻な顔で頷く。
「はい、そうですね……なんだかごめんなさい」
「いや、問題ない。ただ、そうなると装備は大丈夫か? 回復職も身を守る方法があったほうがいい」
するとリリシアが食い気味に言ってきた。
「でしたら、ご主人様っ。戦い方を思い出したので、武器が欲しいですっ」
「どんな?」
「フレイル、ですね。持ち手から鎖が伸びていて、先端におもりがある武器です……モーニングスターでもよいですが」
「じゃあ、先に武器屋に寄って購入してから、冒険者ギルドへ行こう」
「はいっ」
朝日の中、リリシアの輝く笑みがとても可愛らしかった。
そして武器屋につくと、指輪っかでフレイルを眺めて一番いいものを買った。
31万ゴート。
鋼製で銀メッキが施されている。
「難しそうな武器だな。少し試したらどうだ?」
「はいっ、ご主人様!」
リリシアが店の隅のスペースがある場所へ行くと、フレイルを軽く振り回した。
それだけで昔から使っていたもののように馴染んでいた。
振り回しつつ的確に前へ飛ばす。
窓から斜めに入る日差しを浴びて、細い鎖と長い銀髪がきらりと光った。
ただ、彼女の顔は曇っていた。
「こんなにお金を使わせてしまって申し訳ありません」
「いや、いい。俺たちは二人っきりなんだから。リリシアの装備は大切だ」
「ありがとうございます、ご主人様!」
嬉しさを噛みしめた笑顔で、また腕に抱き着いてくる。
こんな可愛いリリシアのためならいくらだって……。
とは思うものの、だいぶ所持金が少なくなってきた。
――本格的に稼がないとな。
俺とリリシアは店を出て冒険者ギルドへ向かった。
所持金残り、大金貨21枚、金貨0枚、大銀貨5枚、銀貨1枚。
210万5100ゴート。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドは人でごった返していた。
おいしい依頼を受けるためらしい。
俺たちも人込みをかき分けて掲示板の前に出ると、張られた依頼を見ていく。
「薬草採集、ゴブリン退治……わりと普通の依頼ばかりだな」
「どうします? 依頼を受けます? それともダンジョンに行ってみます?」
「そうだな……いろいろ経験を積んでおこう。今日は依頼をこなすぞ」
「わかりました、ご主人様。依頼は収集系と討伐系がありますね」
「同じエリアの収集と討伐を受けてみようか。リリシアは収集系を選んでくれ」
「はい、わかりました」
「俺は討伐を決めよう……ふむ」
依頼をじっくり見ていく。
ゴブリン退治、フォレストウルフ退治、トロール退治、ワイバーン退治……。
だいたいが王都の南東に広がる森に棲んでいるらしい。
ゴブリンはなしだな。
実は戦ったことがない。姿を見かけたことすらない。
そのうち引き受けたいが、今は姿や習性を知らない魔物はやめておこう。
ウルフは群れていて大勢じゃないと対処が面倒。
トロールは森に溶け込んでいて見つけるのが面倒。
ワイバーンも飛ぶから面倒。
過去の戦いの中で、俺が一人でも倒せそうなやつはと言えば……。
「ああ、これだ。これがいいな」
俺が手にした依頼メモは『ヘルリッチ討伐』だった。
ヘルリッチは高位アンデッドで魔法を使う。
魔術を極めようとした魔術師が闇に取り込まれてしまった成れの果て。
動きや足が遅いうえに一定の場所から動かない。つまり逃げない。
接近時に魔法一発くらうだけで、あとは簡単に殴り殺せる。
これで大金貨7枚(70万ゴート)の稼ぎになるんだから、とてもお得だ。
……疑問があるとすれば、普通は山奥の古城とか、大砂漠のダンジョンとか、人のいない場所に発生する。
人の多い王都の近くに出没するのは珍しいんじゃないか?
リリシアが俺の選んだメモを見て、すみれ色の瞳を見開く。
「ご主人さま……そちらBランクの依頼となっておりますが、よろしいのですか?」
「ああ、問題ない。こいつは意外と弱い」
「さ、さすがご主人様です」
なぜか驚いているリリシア。少し尊敬の視線も入っている。
大げさだな、と思う。
まあ、リリシアは冒険したことがないから仕方ないか。
一度戦えばヘルリッチなんて楽勝だとわかるからな。
しかし、俺の後ろから馬鹿にする声が降ってきた。
「ぎゃははっ! この新入り、Bランクの依頼なんか手にしてやがるぜ!」
振り返ると斧を背負った大男がいた。初日に絡んできた奴だ。
ウザい奴だな、弱そうなのに。
まあ、ほっといていいだろう。
わざわざ揉め事を大きくする必要はないな。
なので俺は淡々と答えた。
「別に俺がどんな依頼受けたっていいだろう」
「しかもヘルリッチ! お前なんかが勝てるわけねぇだろ! ぎゃはは!」
「ヘルリッチ!?」「あの最近騒がしてる奴か」「あの新入り、何も知らねぇバカだな」「アンデッドはランク一つ下がってるのに」「強さは実質Aランク」「死にに行くようなもんだぜ」
ざわざわと冒険者たちが騒いだ。
俺はぶっきらぼうに言い放つ。
「心配してもらわなくても結構だ」
「お前なんかどうでもいいに決まってるだろ! 俺様は女の心配をしてるだけだ! ぐひひっ」
「その心配も無用だ。――行くぞ、リリシア」
「は、はいっ」
俺はリリシアの手を引いて人込みを抜けようとする。
言われ放題は癪だが、無視して耐えるに限る――。
――だがしかし。
大男がリリシアの肩を掴んで引っ張った。
「女は置いて、お前ひとりで行って来いよ!」
「い、痛いっ!」
リリシアが顔をしかめて叫んだ。美しい銀髪が乱れて広がる。
その瞬間、俺はカッとなって腕を振り抜いた。
怒りのあまり、拳が残像を引く。
「――ッ! 俺のリリシアに手を出すなっ!!」
ズドン――ッ!
俺は拳に聖波気を込めて、鎧の隙間、脇腹辺りを思いっきり殴った。
――聖波気は癒しの力。殴っても大怪我にはならない。
だが痛みは相当なものだ。大男でも一歩下がるぐらいの――。
――が。
「ぐげぇぇっ!」
大男はよだれを吐き、白目をむいて床にぶっ倒れた。
「えっ……弱っ!」
俺は驚きで目を丸くした。
周りの冒険者たちも目を見開く。
「ええ!」「一発!?」「今、何した!?」「すげぇ……Aランクを一撃だ」「なんだアイツすげぇ」「今の、パンチしただけだよな!?」「嘘だろ……鋼鉄のバリアルを一発で……」
――えっ? こんなに弱くてもAランク冒険者になれるのか!?
そっちの方が驚きだった。
するとカウンターから受付嬢の声がした。
「どうしました? ギルド内での争いはご法度ですよ?」
――しまった。
大勢に見られてしまった。
これは大変なことになったかもしれない。
困ってリリシアを見たが、彼女も眉を寄せて困っていた。
でもなぜか嬉しそうな表情になりそうなのを、唇を噛んで耐えている。
俺は必死で頭を巡らせた。
何か、何かいい言い訳はないか?
とにかく出まかせを口にしながら、周りの連中を睨んで言った。
「足を滑らせたみたいだ。なあ、そうだろ?」
こんな子供騙しな方法が通用するとは思えない。
額からイヤな汗が流れる。
――と。
冒険者たちがのんきな声で言った。
「バリアルがぶっ倒れただけだ」「転んだっぽいな」「こいつ、今日は体調悪いって言ってたわね」「誰か治療室へ連れてってやれ」「こいつでかくて面倒だな」
冒険者たちは事実を言わなかった。
口々にはぐらかしてくれた。
受付嬢は言う。
「どうやらそうみたいですね。備品も壊れてないですし、死んでないなら放置でいいでしょう」
俺は小声で礼を言った。
「すまないな。助かった」
「へっ、バリアルを一撃で沈める奴の恨みなんか買いたくねぇよ」「すっとしたよ、見かけによらないんだね」「さすが水晶玉壊した男だな」「すげぇよ。その技、俺にも教えてくれよ」
どうやら大男は嫌われていたらしかった。
――誤魔化しがうまくいって助かった。
そしてリリシアと共に依頼を受けた。
受付嬢が言う。
「初依頼がBランクで本当にいいの?」
「構わない」
「まあ、どこにいるか見つけて報告するだけでもDランクの任務に相当するから、無理せず戻ってくるように」
「そういうものか、なるほど」
「――じゃ、二人パーティーで、クエストは薬草採集とヘルリッチ探索討伐ね」
俺たちのカードを二枚重ねて、プレス機のようなものに入れた。
ガシャッと音がしてパーティーが組まれた。
「じゃあ、南東の森だな」
「はい、ご主人様っ」
笑顔のリリシアが恋人のように腕を組んできた。
来るときよりも大胆に魅力的な曲線を押し付けてくる。
なぜかとっても嬉しそうだ。
喜びに震える柔らかな体を感じつつ、ギルドを後にした。