88.王様と歓談
王都の遅い朝。
俺はリリシアを連れて大通りを歩いていた。
冒険者ギルドに寄って薬草採集だけ受けた。
掲示板を見たところ、熊が出たことと、フォレストウルフのリーダーがダイアーウルフだとわかった。
店はソフィシアに任せていた。
聖白竜のラーナには好きにさせている。
テティは薬草採集に行ってもらった。
どうせ今日もギルドでの依頼は薬草採集だけなのはわかっていたので。
子機を通じて確認したが、ペガサスの子シエルと一緒に遊びながら採っているらしい。
リリシアの探知では、森には熊や狼が一匹もいなかったので大丈夫だろうと考えた。
そして幾つかの門や堀を通ってお城に着く。
背の高いお城。
門番に用件を伝えると身分証を確認された。ギルドカードを見せておく。
それから待合室に通された。
一般人向けの部屋で、椅子がいくつもあった。調度はそれなりに豪華だが、あまり広くない。
イスに座って、ぼーっと待つ。
待たされるのは初めての経験だった。
勇者の時は勇者のメダルを見せるだけで、ほぼ直通で王様に会えた。
他国の使者と面会中であっても優先された。
勇者の仕事は本来、魔王退治。すべてに優先される重要案件だった。
その制度が平和時にも適用されていた。
……というか俺の現役時代に魔王や邪神が必ず現れると予言されていたのになぁ。
だいぶ待たされた後、騎士が来て俺とリリシアを呼んだ。
騎士に従って城の中を歩くうちに、おや? と思った。
玉座の間には向かっていなかった。
不思議に思っていると、庭を見下ろすバルコニーに通された。
王様は日陰のテーブルに座ってお茶を飲んでいた。
俺を見るなり優しそうな微笑みを浮かべて手招きする。
「おお、来たか。こっちにきて一緒にお茶を飲もうではないか」
「ありがとう、王様」「お久しぶりでございます、陛下」
テーブルに座ると、お茶とお菓子が持ってこられた。
俺の好きな甘い焼き菓子だった。
一口かじってお茶を飲む。
「うん、久しぶりに食べたけどやっぱりうまいな……リリシアは食べないのか?」
「ご主人様……陛下の一言があってからでないと……」
なぜかリリシアが横で驚いていた。
王様が話しかけてくる。
「よいよい。わしとアレクの仲じゃ。で、あのあとはどうなったね?」
「えっと、店をやったり、ダンジョン倒したり、ヤマタ国に行ったりしましたよ」
「ほっほう! それはまた面白そうじゃな! 聞かせてくれんか?」
「まず店は……」
王様がにこにこしながら尋ねてくるので、俺は最近のことを話した。
ポーション屋を始めたこと、知り合いを助けるためにヤマタ国へ行ったことなど。
王様はお茶を飲みつつ楽しそうに聞き終えると、しわのある顔にいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「さすがアレクじゃ。――ここまでの話を冒険の書に記録するかね?」
「王様、俺はもう勇者じゃないですよ」
「ふぉっふぉっふぉ、冗談じゃよ。キングスジョークっ」
機嫌良さそうに笑う王様。
好々爺然とした笑顔を見ると、何も言えずに苦笑するしかない。
――勇者には王様への報告義務があった。
どんな活躍をしたか、魔王の手掛かりは見つけたか。
直属の上司である勇者を任命した王様に報告しなくてはいけなかった。
本来は話した内容を、書記官が冒険の書と言う本に書き留める。
まあ平和だったので、魔物退治しかしてなかったけれども。
勇者の討伐相手は誰も近づかない辺境が多いので、変わった景色や風習を王様はいつも楽しそうに聞いてくれた。
お茶やお菓子を食べつつ、和やかな歓談は続く。
時には重要な話もあった。
マリウスの不正が暴かれたため、新しい勇者の登用が滞っているそうだ。
嘘はついていないか、贈賄をおこなってはいないか、本当に勇者としての実力はあるのか。
そういったことを調査するため、第三者委員会を発足させて勇者候補をもう一度審査し直しているらしい。
それらを話すとき、王様は俺をチラチラ見てきた。
まるで勇者に戻って欲しいとでも言いたげな目。
――これは交渉に使える。
そこで俺は意を決した。
話が途切れたところで、真剣な表情で訴えかける。
「王様、今日はお土産を持ってきました」
「おお。いったいなにかの?」
王様が嬉しそうに相好を崩す。
俺はマジックバッグからぷちエリを5本取り出してテーブルに並べた。
「王様、これがさっき話した、うちの店で売ってるぷちエリです」
「ほほう、これがかの」
王さんは一本手に取ってしげしげと眺める。
俺は親しみやすい笑みを浮かべていると信じつつ、微笑んで言う。
「体の不調、ないですか? 一本飲めば良くなると思いますよ」
「ここ最近、膝が痛んでの……では、さっそく」
王様は瓶の蓋を取って飲んだ。
隣ではリリシアが慌てていたがよくわからない。
ぷちエリは体にいいだろうに。
「どうですか、王様?」
「ふぉぉ! な、なんだこれは! 膝の痛みが! 腰の痛みが! みんな消えよったぞ!」
王様は目を見開くと、勢いよく立ち上がった。
テーブルの横で素早くスクワットしたりジャンプしたりした。とても元気になったようだ。
肌の色つやも良くなった気がする。
俺は真剣な声で言った。
「ぷちエリが効いて元気になったようでなによりです。……ですが、王様。このぷちエリが今、偽造されようとしています。正確にはうちで買ったぷちエリを水で薄めて売り捌くらしいです」
「なんじゃと!? 製法特許の申請はまだか? すぐにでも手配をしてやるぞ?」
「それが、特殊な作り方で製法は開示できないんです」
「ほう……それは、また困ったもんじゃのう……何とかしてやりたいが……」
王様はしわしわの顔を悲し気に歪めた。
俺はテーブルに身を乗り出して訴える。
「今、勇者がいなくて困ってますよね?」
「んん? ――おお! 戻ってきてくれるというのかの!?」
ほらきた。
俺は大げさに首を振った。短い黒髪が揺れる。
「すいません、王様。それは無理です。彼女もいますし」
「奴隷契約を破棄するための申請書と違約金は、わしのポケットマネーで建て替えても良いのじゃが……」
「でも俺も、もういい歳ですし。代わりに後進の指導ならできるかと。勇者魔法はぜんぜんですが、聖剣技なら教えられるかと」
王様は顎を撫でつつ思案する。
ぶつぶつと「今はダメでも……関係はつないでおくべきか?」などと呟いていた。
それからひとつ大きくうなずいた。
「なるほど。代わりにぷちエリを保護して欲しいということじゃな?」
「できますか? 王様はだいぶ意見が通りやすくなったはずですが……」
俺が言うと、ニヤリと王様が笑った。
「そうであったな。トムソン卿は何かと発言権が大きかったが、まさかの邪教信奉者。王国の危機をよく防いでくれた。さすがアレクじゃ」
「じゃあ……」
「うむ。王室御用達としてクラウン模様の使用を認めよう。ぷちエリの名前も同時にな。あとはそうじゃの……わしの名において『医者いらず』のお墨付きを賜ろう」
「ありがとう、王様」
「陛下、ありがとうございます。これでぷちエリの名を騙り、瓶の形を似せたりすると罰してもらえるということですね?」
リリシアがお礼を言いつつもしっかりと確認する。
王様は強くうなずく。
「当然じゃ。特に孫のように可愛いアレクのためじゃ、厳しく取り締まらせよう」
「ありがとう、王様」
俺がお礼を言うと、王様は優しく微笑んだ。
「なに、長いこと努めてくれたのじゃ。礼には及ばん。また遊びに来るのじゃぞ?」
「はい、王様」
「お目通りをかなえていただき、まことにありがとうございました」
リリシアは白い修道服のスカートを摘まんで一礼した。銀髪が豊かに揺れる。
その後、クラウン印というデザインを教えてもらった。王冠の模様。
――たぶんコウに言えば、今の瓶に彫るか染め付けてもらえるだろう。
護衛の騎士に案内されて城の外へと向かった。
隣を歩くリリシアに言う。
「これでぷちエリの名前が俺たちだけ使えるようになったな」
「さすがです、ご主人様……毎月定期納入の義務ができてしまいましたが」
「月500本がタダで、500本が定価で。まあ、たったの千本で国の庇護がもらえるのはやすいもんだ」
「これで一安心ですね」
リリシアが、ほっと安堵の笑みを浮かべた。
俺はうなずきつつ、城をあとにした。
昼の大通り。
石畳の上を人々がかけていく。
とても活気があった。
俺はふと先程感じた疑問を思い出して、隣を歩くリリシアに尋ねる。
「そういや王様がぷちエリを飲むとき驚いていたけど、どうしてだ?」
「はい、毒見もせずにいきなり口を付けてらしたので。少し驚いてしまいました」
「えっ? 俺が持ってきたのに?」
「毒を盛られる可能性だってあります。よほど信頼なさっておられるようですね」
「なるほどな。王様は俺に甘いから」
俺は肩をすくめて答えた。
――確かに王様はいい人過ぎる。今度から俺が気を付けよう。
隣を歩くリリシアが首を傾げた。
「これからどうされますか?」
「そうだな……。エドガーに会って進捗を聞くか、テティのためにシェリルを雇うか。どこかで昼飯を食べてもいい――」
――と。
子機がぶるぶると震えた。
不思議に思いつつ耳に当てて話す。
「どうした、コウ?」
「アレクさん、助け――いやぁっ」
「この声、テティ!? おい、どうした!?」
『ますたー! テティさんとシエルさんが森で襲われてるです!』
「なんだって!? すぐ行く!」
俺は子機をしまうと駆けだした。幸いにも店は近い。
後ろを走るリリシアに呼びかける。
「テティが森で襲われてるらしい! 森へ出たら急いで探知してくれ!」
「はい、ご主人様!」
俺はリリシアを連れて店へと飛び込んだ。
遅れてすみません。骨折してました。
ブクマと★評価ありがとうございます!
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